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レインバッドエンド 愛していると言わない男
11 昼間の男
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ヴィクトリアはリビングの椅子に座り、テーブルの上に置かれた結婚写真を見つめながらじっとしていた。
やはり何もする気にならない。ただ、レインが帰ってくるのを待つだけの日々だ。
ここから逃げ出そうなんて考えはとうの昔にどこかへ消え失せてしまった。
最初の頃はそれでも、一階へ続く扉の番号式の鍵は六桁の数字の組み合わせなのだから、レインが不在にしている最中に全てを試せば、どこかで開くだろうと考えたこともあった。
けれど一度も試さなかった。だって、自分はレインなしでは生きられないのだから。酷い事をされても、それでもそばにいたい。
器具を使われたのはあれっきりだったし、レインはもうしないと言っていたが、そんなことは信じられない。彼はきっとまた同じことをするだろう。
レインのことをはっきりと憎んで嫌いになれればいいのに、そんな風にはなれなかった。
獣人の性なのか、身体を繋げる相手に湯水のように好意を寄せてしまう。嫌いになれない。こんな身体が恨めしい。
ヴィクトリアは何度目かわからないため息を溢しつつ、写真に写るレインを愛おしく思いながら、彼の顔の部分を指先でそっとなぞった。
異変が起こったのはその時だった。
レイン以外誰も訪れることのなかった地下室に、人の気配が現れた。レインではない。この匂いは――――
ヴィクトリアは勢い良く立ち上がった。その拍子に座っていた椅子が音を立てて倒れた。
ヴィクトリアは飛び付くようにしてサンルームへと続く扉へ走り寄り、その扉を開けた。
「ジュリアス!」
サンルームの淡い光の中に佇むその人は、最後に会った時と変わらず隊服姿で神々しいほどの美貌を誇りながら、ヴィクトリアに向かって微笑んだ。
ジュリアスの姿を視界に認めたヴィクトリアは涙を溢れさせた。
(この場所に来てから初めてレイン以外の人に会えた!)
泣きながら抱きつくヴィクトリアをジュリアスは広い胸の中で抱きしめてくれた。
「ごめんね、もっと早く来れば良かった」
密室であるこの地下室にどうやって入ったのだろうという疑問すら沸かずに、ヴィクトリアはジュリアスの腕の中で号泣し続けた。
「ヴィクトリア…… 痩せてしまったね……」
ひとしきり泣いて落ち着いた頃にジュリアスがそう声をかけてきた。
「どうして…… どうやってここに?」
落ち着けば泣いていることも抱きついていることも恥ずかしくなってくるが、孤独感に疲れ切っていたヴィクトリアは人の温もりに餓えていた。ヴィクトリアは抱きついて離れないまま当然の疑問を口にする。
見上げると美しく整いすぎたジュリアスの深い蒼碧の瞳と目が合う。ジュリアスは小さい子供を扱うような手付きでヴィクトリアの頭を優しく撫でていた。
「うん、どうやってここに入ったかだけどね、秘密があるんだ」
実は魔法が使えると打ち明けるられたが、すぐには信じられなかった。
するとジュリアスは手の中に花束を出現させた。どうぞと手渡されたので、ありがとうと受け取ったが、いきなり出てきたので面食らったままだった。
花束の花は本物だった。花はマリーゴールドしか見ていなかったから、種類も豊富で色とりどりに咲く花々はとても綺麗で、心が少しほっこりする。
手品の一種の可能性もあるが、隠し持っていたとしても獣人であるヴィクトリアは花の匂いでわかるし、やはりこの場に突然摩訶不思議な力で出現させたとしか思えない。ジュリアス自身が密室であるこの地下室にいきなり現れたことから考えても、実は魔法使いだったとした方が合点がいく。
「不思議ね。ジュリアスがお伽話の中の存在みたいに思えてくるわ」
ヴィクトリアは微笑む。しばらくぶりに笑えたような気がした。
ジュリアスも微笑み返してくれて、それから――――彼がここへやって来た目的を話し出した。
「ヴィクトリア、ここから出よう」
「え……」
ヴィクトリアは固まった。
(ここから出る……)
「魔法を使えばこんな所からはすぐに出られるよ。ごめんね、俺の想像以上にあいつの闇が深すぎた。レインに任せるべきではなかった」
(ジュリアスは、レインと私を引き離そうとしている)
そう考えたヴィクトリアは、すぐさま首を振った。
「レインは私の番なのよ? 離れるなんてできないわ……」
レインと離れることを考えたら悲しみに支配されてしまい、胸が痛かった。レインは家を空けることも多いが、それでもここにいれば必ず帰ってくるし、また会える。
外に出たい気持ちはあるけれど、ここでジュリアスについていったら、二度と会えなくなってしまうような気がした。
「それに、私がいなくなったら…… あの人きっと死んじゃうわ」
レインはヴィクトリアが死を望む言葉を口にして以降、彼女がいなくなることを極端に恐れるようになった。
ヴィクトリアが自殺でもしたら堪らないと思ったのか、地下室からは刃物やヒモ状のものは全部撤去されてしまった。
困ったのは料理だ。レインがいる時は料理を作ってくれたり肉や魚をあらかじめ切り分けておいてくれたりしたが、ちょっとした時に包丁が使えないのは不便だった。
「もしあいつがおかしくなっても、あとは俺たちが何とかするから、君は自分自身を守ることだけを考えて、ここからは出た方がいい」
「……無理………… 別れるのは嫌…………」
レインがいなくなったら死んでしまうのは自分も同じだ。
レインとお別れすることを考えたら急激に悲しみが強くなってきてしまって、ヴィクトリアは目に涙を湛えた。
ジュリアスはヴィクトリアの涙を拭ってくれる。
「だけどあいつは君に酷い事をする。俺はそれが許せない」
魔法使いであるジュリアスは、レインがヴィクトリアに何をしたのかを知っているようだ。
「ねえ、ジュリアスは知ってる?
――――ティナって誰なの?」
「ティナは愛称だよ。本名はクリスティナ・グランフェル。レインの亡くなってしまった妹だ」
(ああ、やっぱり…………)
身体中から力が抜けて、その場に膝を突いてしまいそうになるヴィクトリアを、ジュリアスが支えた。
「ヴィクトリア、大丈夫? しっかりして」
「ジュリアス…… 私はここに残るわ。レインが私にあんなことをするのは彼の復讐なの。私はそれを甘んじて受け続けなければならない」
「俺は、君はもう充分償ったと思うけれど」
ジュリアスはレインとの過去のいきさつも全て知っているようだ。
ジュリアスは立てなくなってしまったヴィクトリアを横抱きにすると、サンルームを出てリビングのソファに寝かせてくれた。
ジュリアスはヴィクトリアの髪をかき上げて額をそっと撫でてくれた。その手付きが心地良い。
「何か飲む?」
「……大丈夫よ、少し休ませて」
ジュリアスはヴィクトリアを無言で見下ろしている。ヴィクトリアは身体中に力が入らなくなってしまったのと、ここの所ずっと不眠に悩まされていたのもあって、目を閉じるとそのまま眠りに落ちてしまった。
やはり何もする気にならない。ただ、レインが帰ってくるのを待つだけの日々だ。
ここから逃げ出そうなんて考えはとうの昔にどこかへ消え失せてしまった。
最初の頃はそれでも、一階へ続く扉の番号式の鍵は六桁の数字の組み合わせなのだから、レインが不在にしている最中に全てを試せば、どこかで開くだろうと考えたこともあった。
けれど一度も試さなかった。だって、自分はレインなしでは生きられないのだから。酷い事をされても、それでもそばにいたい。
器具を使われたのはあれっきりだったし、レインはもうしないと言っていたが、そんなことは信じられない。彼はきっとまた同じことをするだろう。
レインのことをはっきりと憎んで嫌いになれればいいのに、そんな風にはなれなかった。
獣人の性なのか、身体を繋げる相手に湯水のように好意を寄せてしまう。嫌いになれない。こんな身体が恨めしい。
ヴィクトリアは何度目かわからないため息を溢しつつ、写真に写るレインを愛おしく思いながら、彼の顔の部分を指先でそっとなぞった。
異変が起こったのはその時だった。
レイン以外誰も訪れることのなかった地下室に、人の気配が現れた。レインではない。この匂いは――――
ヴィクトリアは勢い良く立ち上がった。その拍子に座っていた椅子が音を立てて倒れた。
ヴィクトリアは飛び付くようにしてサンルームへと続く扉へ走り寄り、その扉を開けた。
「ジュリアス!」
サンルームの淡い光の中に佇むその人は、最後に会った時と変わらず隊服姿で神々しいほどの美貌を誇りながら、ヴィクトリアに向かって微笑んだ。
ジュリアスの姿を視界に認めたヴィクトリアは涙を溢れさせた。
(この場所に来てから初めてレイン以外の人に会えた!)
泣きながら抱きつくヴィクトリアをジュリアスは広い胸の中で抱きしめてくれた。
「ごめんね、もっと早く来れば良かった」
密室であるこの地下室にどうやって入ったのだろうという疑問すら沸かずに、ヴィクトリアはジュリアスの腕の中で号泣し続けた。
「ヴィクトリア…… 痩せてしまったね……」
ひとしきり泣いて落ち着いた頃にジュリアスがそう声をかけてきた。
「どうして…… どうやってここに?」
落ち着けば泣いていることも抱きついていることも恥ずかしくなってくるが、孤独感に疲れ切っていたヴィクトリアは人の温もりに餓えていた。ヴィクトリアは抱きついて離れないまま当然の疑問を口にする。
見上げると美しく整いすぎたジュリアスの深い蒼碧の瞳と目が合う。ジュリアスは小さい子供を扱うような手付きでヴィクトリアの頭を優しく撫でていた。
「うん、どうやってここに入ったかだけどね、秘密があるんだ」
実は魔法が使えると打ち明けるられたが、すぐには信じられなかった。
するとジュリアスは手の中に花束を出現させた。どうぞと手渡されたので、ありがとうと受け取ったが、いきなり出てきたので面食らったままだった。
花束の花は本物だった。花はマリーゴールドしか見ていなかったから、種類も豊富で色とりどりに咲く花々はとても綺麗で、心が少しほっこりする。
手品の一種の可能性もあるが、隠し持っていたとしても獣人であるヴィクトリアは花の匂いでわかるし、やはりこの場に突然摩訶不思議な力で出現させたとしか思えない。ジュリアス自身が密室であるこの地下室にいきなり現れたことから考えても、実は魔法使いだったとした方が合点がいく。
「不思議ね。ジュリアスがお伽話の中の存在みたいに思えてくるわ」
ヴィクトリアは微笑む。しばらくぶりに笑えたような気がした。
ジュリアスも微笑み返してくれて、それから――――彼がここへやって来た目的を話し出した。
「ヴィクトリア、ここから出よう」
「え……」
ヴィクトリアは固まった。
(ここから出る……)
「魔法を使えばこんな所からはすぐに出られるよ。ごめんね、俺の想像以上にあいつの闇が深すぎた。レインに任せるべきではなかった」
(ジュリアスは、レインと私を引き離そうとしている)
そう考えたヴィクトリアは、すぐさま首を振った。
「レインは私の番なのよ? 離れるなんてできないわ……」
レインと離れることを考えたら悲しみに支配されてしまい、胸が痛かった。レインは家を空けることも多いが、それでもここにいれば必ず帰ってくるし、また会える。
外に出たい気持ちはあるけれど、ここでジュリアスについていったら、二度と会えなくなってしまうような気がした。
「それに、私がいなくなったら…… あの人きっと死んじゃうわ」
レインはヴィクトリアが死を望む言葉を口にして以降、彼女がいなくなることを極端に恐れるようになった。
ヴィクトリアが自殺でもしたら堪らないと思ったのか、地下室からは刃物やヒモ状のものは全部撤去されてしまった。
困ったのは料理だ。レインがいる時は料理を作ってくれたり肉や魚をあらかじめ切り分けておいてくれたりしたが、ちょっとした時に包丁が使えないのは不便だった。
「もしあいつがおかしくなっても、あとは俺たちが何とかするから、君は自分自身を守ることだけを考えて、ここからは出た方がいい」
「……無理………… 別れるのは嫌…………」
レインがいなくなったら死んでしまうのは自分も同じだ。
レインとお別れすることを考えたら急激に悲しみが強くなってきてしまって、ヴィクトリアは目に涙を湛えた。
ジュリアスはヴィクトリアの涙を拭ってくれる。
「だけどあいつは君に酷い事をする。俺はそれが許せない」
魔法使いであるジュリアスは、レインがヴィクトリアに何をしたのかを知っているようだ。
「ねえ、ジュリアスは知ってる?
――――ティナって誰なの?」
「ティナは愛称だよ。本名はクリスティナ・グランフェル。レインの亡くなってしまった妹だ」
(ああ、やっぱり…………)
身体中から力が抜けて、その場に膝を突いてしまいそうになるヴィクトリアを、ジュリアスが支えた。
「ヴィクトリア、大丈夫? しっかりして」
「ジュリアス…… 私はここに残るわ。レインが私にあんなことをするのは彼の復讐なの。私はそれを甘んじて受け続けなければならない」
「俺は、君はもう充分償ったと思うけれど」
ジュリアスはレインとの過去のいきさつも全て知っているようだ。
ジュリアスは立てなくなってしまったヴィクトリアを横抱きにすると、サンルームを出てリビングのソファに寝かせてくれた。
ジュリアスはヴィクトリアの髪をかき上げて額をそっと撫でてくれた。その手付きが心地良い。
「何か飲む?」
「……大丈夫よ、少し休ませて」
ジュリアスはヴィクトリアを無言で見下ろしている。ヴィクトリアは身体中に力が入らなくなってしまったのと、ここの所ずっと不眠に悩まされていたのもあって、目を閉じるとそのまま眠りに落ちてしまった。
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