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レインバッドエンド 愛していると言わない男

8 寝言

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 地下監禁生活にも変化はあって、以前レインと一緒に婚礼衣装を着て撮った写真が届いた。

 大きく引き伸ばされて上等そうな厚紙に入ったものと、それよりは小さいが綺麗な写真立てに入れられたものがいくつかあって、ヴィクトリアは嬉しくなって地下室の至る所に飾った。

 レインは全く同じ写真を何枚も買っていて、あの時撮った写真は全て冊子の中に収められていた。しかし鑑賞用が二つと保存用も二つあって頼みすぎではないかと思ったが、地下室で見るのと一階の自室で見るためには二つずつ必要なんだとレインは主張していた。

 地下室の書斎には本だけでなく写真の入った冊子も置いてあった。レイン自身が写った写真なんてほとんどないのに、十代前半頃と思われるヴィクトリアの隠し撮りしたような写真はたくさんあって驚いた。

 ただそれ以上に驚いたのは、たぶん一緒に写っていただろうと思われるリュージュの部分が、そこだけ燃やされたような跡があったり刃物で切り刻まれていたり顔の部分に銃弾が撃ち込まれていたりしたことだった。
 五体満足で写っているリュージュの写真なんて一枚もなくて、レインがやったのに違いないと思うが、ちょっと引いた。

 レイン曰く、実は里には銃騎士隊の潜入捜査員がいて、その人物からすごく美人で可愛い獣人の女の子がいると聞いて気になっていて、写真を撮って自分だけに渡すようにとずっと頼んでいたのだと言った。

 それを聞いたヴィクトリアは、本当の話だろうかと思った。

 レインがヴィクトリアの存在を知ったのは、彼が銃騎士隊に入る前のはずだ。写真を見たからではないと思う。

 ヴィクトリアは、「私たちは昔実際に会っているよね?」と何度も言いかけて、でも、結局言えなかった。

 レイン自身があの時のことを話すのを避けているような気がして、それにヴィクトリアにとっても、かなり話しづらいことだったので、打ち明ける勇気も出ずに踏み込めないままだった。










「おかえりなさい!」

 レインがしばらく不在で、リビングのソファで一人で座って気が抜けたようになっていたヴィクトリアは、愛しい人の匂いに気付いた瞬間、それまでとは真逆のような明るい表情になり、階段を一気に駆け上った。

 ヴィクトリアは扉から現れたレインに飛びつく。レインも嬉しそうに笑って抱き留めてくれて、大好きな人の匂いに包まれてヴィクトリアは幸せだった。

「ごはん作ってあるけど食べる? それともお風呂にする?」

「じゃあヴィクトリアにしようかな」

「やだもう」

 一緒にお風呂に入ろうと言われたが、月経中だったので断った。レインが地下で入浴を終えてから一緒に一階に上がる。レインが無防備な時――――就寝中や入浴中は一緒にいる時でも上に上げてもらえない。レインが一階のダイニングで食事をしている間はずっとそばにいて、片付けをした後に二人で過ごし、寝るためにまた地下室に戻った。

 地下の寝室で寄り添って二人で眠る。ヴィクトリアはレインのそばにいるだけでとても幸せだった。

「レイン、愛してる」

「うん、俺も大好きだよ」

 レインは疲れていたのかすぐに眠りに入ってしまった。

 ヴィクトリアは久しぶりに会えたのが嬉しくて、すぐに寝てしまうのがもったいないと感じ、レインに抱きついて彼の匂いを思う存分嗅いでいた。

 そんな時だった――――

「……ティナ」

 ヴィクトリアに戦慄が走った。

(レインが寝言で他の女の名前を呼んでいる!)

 まさか浮気! とヴィクトリアはレインを起こさないように注意しながら彼の身体中の匂いを嗅いで、別の女の残り香がないかどうかを確かめた。

 かなり集中して探るが、他の女と致したとかキスしたとか抱きついたとかそういうことはなさそうだった。もっとも、他の女と肉体関係を持っていたら帰宅した時点でわかるので、それはないのだが、一瞬まさかと焦るくらいには動揺してしまった。

 今の所、身体上で女の影はない。でももしかしたら、男女にはなっていなくとも浮気の前段階で、心の中では既に他に好きな女ができたのかもしれない……

 ヴィクトリアは不安に苛まれ、かといってレインを起こして問い詰めたら全てが終わってしまうような気がして、目が冴えたまま明け方近くまで眠れなかった。





 翌朝――――

 地下のため光の入らない寝室で、唇に柔らかい感触を感じてヴィクトリアは目を覚ました。薄っすらと目を開けると、至近距離からレインの秀麗な顔が微笑んでいた。レインはヴィクトリアの頬に手を当てて労るように撫でている。

「起こしてごめんね。寝てていいよ」

 レインは既に隊服に着替えていた。もう出勤の時間なのだろう。ヴィクトリアはハッとして身を起こそうとするが、それを押し留められる。

「身体が辛いんだろう? まだ休んでなよ」

 レインはヴィクトリアが月経の最中であることを気にかけてくれているようだ。

「でも、ご飯とかは?」

「外で食べるから大丈夫だよ。顔色も悪そうだし、ゆっくり休んで」

 顔色が悪く見えるのは月経のせいというよりも、寝不足と心配事のせいだろうとヴィクトリアは思った。

「レイン、あの……」

「ん?」

 レインはヴィクトリアが起きようとして取り払った上掛けを身体に掛けてくれて、それからヴィクトリアの頭を優しく撫でていた。

「……愛してる」

 ヴィクトリアがそう言うと、レインは嬉しそうな笑みを向けてきた。

「ありがとう。俺も大好きだよ」

(やっぱり、愛しているとは言ってくれない……)

 疑念がもやもやと胃のあたりに溜まるのを感じるが、やはりこれから仕事に行くのに込み入った話はできない。

 ヴィクトリアはにっこりと、久しぶりに作り笑いを浮かべた。

「いってらっしゃい」

 レインは申し訳なさそうにしている。

「昨日も言ったけどまたしばらく戻って来れないと思う。できるだけ早く戻るようにするけど、ごめん」

 レインは最後に口付けを落とした。ヴィクトリアの身体は愛しい人との接吻に歓喜しつつも、レインは本心では他の女の子ともキスしたいって思っているのかな、と考えたら切なくなってしまった。
 獣人と違い人間の男は同時に複数の女を愛せると聞く。レインはヴィクトリアの自由を奪って束縛し、強い執着を見せているからそんなことにはならないと思っていたが、そう思い込みたかっただけなのかもしれない。

(そうだ、だってレインは獣人なんて大っ嫌いだと言っていた。獣人である自分よりも、他に好きな人間の女ができてしまっても不思議じゃない……)

 レインは名残り惜しそうにしながら部屋を出て行ったが、これからその女の所にも行くのだろうかと思ったヴィクトリアは、泣きそうな気分になっていた。
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