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『番の呪い』前編
67 異端 1
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「てっきりヴィーはそんなこと知らないと思っていたけど、知っていたんだね」
「ついさっき、リュージュから聞いたばかりよ」
『番の呪い』
番になっていないのに相手を番だと認識してしまうことをそう呼ぶようだ。名称自体は今知ったが。
「心配しなくても大丈夫だよ。俺と身体を繋げればいい。『呪い』なんてすぐに解ける。俺が解いてあげるよ」
一瞬その光景を想像してしまい、悪寒が全身を駆け巡った。
眉根を寄せたヴィクトリアは表情に現れた不快感を隠そうとはしなかった。強い口調で告げる。
「お断りします」
渾身の一言のつもりだったのだが、アルベールは全く意に介していないように見えた。
「お断りをお断りします」
「……」
「……」
(アルと会話すること自体久しぶりだけど、この人こんな人だったっけ?)
「酷いよヴィー…… 俺のこと捨てるつもり?」
呆気に取られてアルベールを見ていると、今度は微笑みを消して眉尻を下げ、とても悲しそうな顔をした。
ヴィクトリアはしばし無言のままアルベールを見つめた後、口を開く。
「ええ、そうよ。捨てるわ」
アルベールは目を見開き、信じられないものを見るような目付きでヴィクトリアを見た。
「あなたが七年前に私を見捨てたように、私もあなたを捨てるわ」
ヴィクトリアがシドに執着されて辛く苦しい思いをしている間、アルベールはただの一言も声をかけてくれなかった。
最初の頃のシドの束縛は激しかったし、きっと接触を強く禁じられていたのだろうとは思う。
けれどその後ヴィクトリアはリュージュと交流を持つことができた。
七年もの間にシドのせいで一度も会話ができなかったなんて、そんなことはないだろう。
この男はシドを恐れてヴィクトリアに全く近付いてこなかったのだ。
シドがいなくなった途端に番になってくれと言い出すなんて、虫がよすぎる。
(アルとはもう、友達でも何でもない)
厳しい視線をアルベールに向けていると、彼は浮かべていた悲しそうな顔から、それ以上のもっともっと強く号泣しそうなほどの悲しみに支配された表情になって――――――それから、瞳に強い憎しみの色を宿した。
自分への強い負の感情を示すアルベールの視線を受けてヴィクトリアは戦慄した。
咄嗟に逃げようと思ったが、壁際に追い詰められたままで動けない。
ヴィクトリアの怯えを感じ取ったらしきアルベールが声を立てて笑い出した。乾いた笑いだった。
一瞬、アルベールがおかしくなってしまったのだろうかと思った。
「ア、ル……?」
異様に思いながら声をかけると、アルベールは途端に笑いを止めて、また悲しそうな顔をする。
「そうか。俺を捨てるのか。俺だってできることなら捨てたかったさ。でもできなかった」
アルベールはヴィクトリアの「捨てる」という発言にこの上ない悲しみを見せていたが、いきなり怒りを顕にしたかと思えば次の瞬間には急に笑い出し、また直後にそれまでとは真逆とも言うべき深い悲しみを湛えた顔をする。
感情の起伏が激しすぎる。ヴィクトリアはアルベールに危険なものを感じていた。
(何なのだろう…… 得体が知れない。底も見えない。この男が怖い)
「文字通り本当に『呪い』だよ。従来の番ならお互いがそうだって認識できるのに、この現象は悲しいくらいに一方的で、どうしようもなく惹かれて愛しているのに相手はそんな風に思ってくれないんだよ?」
アルベールがヴィクトリアの頬に手を添えて撫でながらじっと見てくる。恍惚とした、愛しいものを見る目付きで。
「ねえ、ヴィーのきっかけは何だったの? 『番の呪い』にかかる条件は人によって違うからね。
それまでは何ともなかったのにある日突然匂いを嗅いだらそうなったとか、キスをしたらそうなってしまったとかもよく聞くな。
酷いと相手の姿を一目見ただけで、なんてこともあるらしいよ。あとは――――」
アルベールはそこで言葉を区切り、もったいぶった様子で告げた。
「血を飲んだ、とかね」
「ついさっき、リュージュから聞いたばかりよ」
『番の呪い』
番になっていないのに相手を番だと認識してしまうことをそう呼ぶようだ。名称自体は今知ったが。
「心配しなくても大丈夫だよ。俺と身体を繋げればいい。『呪い』なんてすぐに解ける。俺が解いてあげるよ」
一瞬その光景を想像してしまい、悪寒が全身を駆け巡った。
眉根を寄せたヴィクトリアは表情に現れた不快感を隠そうとはしなかった。強い口調で告げる。
「お断りします」
渾身の一言のつもりだったのだが、アルベールは全く意に介していないように見えた。
「お断りをお断りします」
「……」
「……」
(アルと会話すること自体久しぶりだけど、この人こんな人だったっけ?)
「酷いよヴィー…… 俺のこと捨てるつもり?」
呆気に取られてアルベールを見ていると、今度は微笑みを消して眉尻を下げ、とても悲しそうな顔をした。
ヴィクトリアはしばし無言のままアルベールを見つめた後、口を開く。
「ええ、そうよ。捨てるわ」
アルベールは目を見開き、信じられないものを見るような目付きでヴィクトリアを見た。
「あなたが七年前に私を見捨てたように、私もあなたを捨てるわ」
ヴィクトリアがシドに執着されて辛く苦しい思いをしている間、アルベールはただの一言も声をかけてくれなかった。
最初の頃のシドの束縛は激しかったし、きっと接触を強く禁じられていたのだろうとは思う。
けれどその後ヴィクトリアはリュージュと交流を持つことができた。
七年もの間にシドのせいで一度も会話ができなかったなんて、そんなことはないだろう。
この男はシドを恐れてヴィクトリアに全く近付いてこなかったのだ。
シドがいなくなった途端に番になってくれと言い出すなんて、虫がよすぎる。
(アルとはもう、友達でも何でもない)
厳しい視線をアルベールに向けていると、彼は浮かべていた悲しそうな顔から、それ以上のもっともっと強く号泣しそうなほどの悲しみに支配された表情になって――――――それから、瞳に強い憎しみの色を宿した。
自分への強い負の感情を示すアルベールの視線を受けてヴィクトリアは戦慄した。
咄嗟に逃げようと思ったが、壁際に追い詰められたままで動けない。
ヴィクトリアの怯えを感じ取ったらしきアルベールが声を立てて笑い出した。乾いた笑いだった。
一瞬、アルベールがおかしくなってしまったのだろうかと思った。
「ア、ル……?」
異様に思いながら声をかけると、アルベールは途端に笑いを止めて、また悲しそうな顔をする。
「そうか。俺を捨てるのか。俺だってできることなら捨てたかったさ。でもできなかった」
アルベールはヴィクトリアの「捨てる」という発言にこの上ない悲しみを見せていたが、いきなり怒りを顕にしたかと思えば次の瞬間には急に笑い出し、また直後にそれまでとは真逆とも言うべき深い悲しみを湛えた顔をする。
感情の起伏が激しすぎる。ヴィクトリアはアルベールに危険なものを感じていた。
(何なのだろう…… 得体が知れない。底も見えない。この男が怖い)
「文字通り本当に『呪い』だよ。従来の番ならお互いがそうだって認識できるのに、この現象は悲しいくらいに一方的で、どうしようもなく惹かれて愛しているのに相手はそんな風に思ってくれないんだよ?」
アルベールがヴィクトリアの頬に手を添えて撫でながらじっと見てくる。恍惚とした、愛しいものを見る目付きで。
「ねえ、ヴィーのきっかけは何だったの? 『番の呪い』にかかる条件は人によって違うからね。
それまでは何ともなかったのにある日突然匂いを嗅いだらそうなったとか、キスをしたらそうなってしまったとかもよく聞くな。
酷いと相手の姿を一目見ただけで、なんてこともあるらしいよ。あとは――――」
アルベールはそこで言葉を区切り、もったいぶった様子で告げた。
「血を飲んだ、とかね」
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