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『番の呪い』前編
65 お持ち帰り
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「終わったよ」
廊下に佇み昔の事に思いを巡らせていると、しばらくしてアルベールが居間からひょいと顔を覗かせた。
リュージュは下の衣服は身に着けていたが、上半身は胸の辺りから包帯でぐるぐる巻きにされていて何も身に着けていない。締まった腹部が見えていた。肩口にも包帯が巻かれていて血が滲み痛々しい。
リュージュに触れようとするとやっぱり止められた。
「じゃあ、行こうか」
アルベールがヴィクトリアの手を握り歩き出そうとしたが――
「ちょっと待って」
「何?」
「少し待ってて」
ヴィクトリアはアルベールの手を振り解くと、廊下に出て再度階段下の物置部屋に向かった。
中から新品のタオルケットを持ち出して居間に戻ると、ソファに横になったまま目を覚まさないリュージュの身体に掛けた。
「……行こ」
アルベールはリュージュを労るように見つめるヴィクトリアを促して、ウォグバードの家から出た。
外は暗い。月の光でぼんやりと周囲の様子がわかる程度だ。暗闇の中をアルベールに手を引かれて歩く。
アルベールはウォグバードの家を出てから黙ったままだ。
ヴィクトリアだって、アルベールと何を話せばいいのかわからない。幼馴染とはいえ、七年間も交流がなかったのだ。
ふと、ヴィクトリアの鼻腔が血の匂いを捉えた。リュージュのものではない。
「ちょっと待って」
「今度は何?」
アルベールは苛立っているようだった。向けられた表情が昔ヴィクトリアに何かを命令して凄む時と同じだったのでやや怯んだ。
けれど気付いてしまったものを無かったものとして通り過ぎることはできない。
「……誰か倒れてる」
ウォグバードの家から少し離れた所で、点在するように周囲に何人か里の獣人たちが倒れていた。
「ああ…… 俺がやった」
「へっ? 何で?」
ヴィクトリアはやや素っ頓狂な声を上げた。アルベールは殺人狂だが、それは狩場で人間に対してのことで、理由なく里の獣人をむやみやたらに襲ったりはしない。そんなことをしたら里の戦力が減ってしまう。
ヴィクトリアが口を開きかけたが、何か言う前にアルベールが切り出す。
「まさかあれ全員治療しろとかやめてくれる? リュージュほど酷くはないし朝まで放っておいても死なないよ。そのうち誰か気付くか、自分で起きて処置できるでしょ」
そうは言っても怪我をした仲間を放ってはおけない。言いたいことが顔に出ていたのか、ヴィクトリアを見たアルベールが苦笑する。
「言っておくけどあれ全部ヴィーを襲うなり攫うなりして番にしようとしてたゴミクズだ。虫ケラ以下の連中だよ? 相応の報いだ」
確かに倒れているのは番を持っていない男の獣人ばかりだ。
これまではシドがいたからヴィクトリアを番にしようとするような命知らずはいなかった。以前何かの褒美でヴィクトリアを番にしたいと申し出た者もいたらしいが、シドの怒りを買い酷く殴られ続けてただの肉塊と化したらしい……
シドがいなくなることでこんな弊害が起こるとは思っていなかった。むしろシドがいないことで自由を手に入れて、のびのびと穏やかに暮らして行けると思っていたのに……
不安に思っていると、アルベールが肩を抱いてきた。
「心配しなくてもこれからは俺がヴィーを全ての危険から守ってやるから大丈夫だよ。俺の隣で安心して過ごして」
現状、言っている本人から一番の危険を感じているので全く安心できない。
(血を飲む変な癖は直ったのかしら……)
連れて来られたのはアルベールが住む家だった。アルベールは四人兄弟の末っ子で実家暮らし。上の兄姉は既に番を得て独立し、家からは出ているはずだ。
居間に通されてソファに座らされる。部屋の中は綺麗に整頓されていて、昔遊びに来た時とあまり変わっていなかった。
「疲れたでしょ? 何か飲む?」
「だ、大丈夫よ。お気遣いなく」
そう言ったけれど、アルベールは紅茶を用意して出してくれた。紅茶からほのかに柑橘系の匂いが漂う。二人とも植物性のものが全く受け付けないわけではないので、嗜好品としてお茶くらいなら飲むことができる。特にアルベールは紅茶が好きで昔からよく飲んでいた。
ヴィクトリアはティーカップに乗せられた茶色い液体を眺めた。崖から落ちた後は優しくしてくれることも多かったが、その期間は短かったし七年も前の話だ。彼の優しさに接すると戸惑いをかなり大きく感じる。以前はアルベールの家であっても、飲み物などはヴィクトリアが用意していた。
「そういえば、ご両親は?」
家の中に両親の気配がなかったので、まったりしながら優雅にお茶を飲んでいるアルベールに問いかけてみた。
「今日は二人とも夜勤だからいないよ」
(二人きりなのか……)
廊下に佇み昔の事に思いを巡らせていると、しばらくしてアルベールが居間からひょいと顔を覗かせた。
リュージュは下の衣服は身に着けていたが、上半身は胸の辺りから包帯でぐるぐる巻きにされていて何も身に着けていない。締まった腹部が見えていた。肩口にも包帯が巻かれていて血が滲み痛々しい。
リュージュに触れようとするとやっぱり止められた。
「じゃあ、行こうか」
アルベールがヴィクトリアの手を握り歩き出そうとしたが――
「ちょっと待って」
「何?」
「少し待ってて」
ヴィクトリアはアルベールの手を振り解くと、廊下に出て再度階段下の物置部屋に向かった。
中から新品のタオルケットを持ち出して居間に戻ると、ソファに横になったまま目を覚まさないリュージュの身体に掛けた。
「……行こ」
アルベールはリュージュを労るように見つめるヴィクトリアを促して、ウォグバードの家から出た。
外は暗い。月の光でぼんやりと周囲の様子がわかる程度だ。暗闇の中をアルベールに手を引かれて歩く。
アルベールはウォグバードの家を出てから黙ったままだ。
ヴィクトリアだって、アルベールと何を話せばいいのかわからない。幼馴染とはいえ、七年間も交流がなかったのだ。
ふと、ヴィクトリアの鼻腔が血の匂いを捉えた。リュージュのものではない。
「ちょっと待って」
「今度は何?」
アルベールは苛立っているようだった。向けられた表情が昔ヴィクトリアに何かを命令して凄む時と同じだったのでやや怯んだ。
けれど気付いてしまったものを無かったものとして通り過ぎることはできない。
「……誰か倒れてる」
ウォグバードの家から少し離れた所で、点在するように周囲に何人か里の獣人たちが倒れていた。
「ああ…… 俺がやった」
「へっ? 何で?」
ヴィクトリアはやや素っ頓狂な声を上げた。アルベールは殺人狂だが、それは狩場で人間に対してのことで、理由なく里の獣人をむやみやたらに襲ったりはしない。そんなことをしたら里の戦力が減ってしまう。
ヴィクトリアが口を開きかけたが、何か言う前にアルベールが切り出す。
「まさかあれ全員治療しろとかやめてくれる? リュージュほど酷くはないし朝まで放っておいても死なないよ。そのうち誰か気付くか、自分で起きて処置できるでしょ」
そうは言っても怪我をした仲間を放ってはおけない。言いたいことが顔に出ていたのか、ヴィクトリアを見たアルベールが苦笑する。
「言っておくけどあれ全部ヴィーを襲うなり攫うなりして番にしようとしてたゴミクズだ。虫ケラ以下の連中だよ? 相応の報いだ」
確かに倒れているのは番を持っていない男の獣人ばかりだ。
これまではシドがいたからヴィクトリアを番にしようとするような命知らずはいなかった。以前何かの褒美でヴィクトリアを番にしたいと申し出た者もいたらしいが、シドの怒りを買い酷く殴られ続けてただの肉塊と化したらしい……
シドがいなくなることでこんな弊害が起こるとは思っていなかった。むしろシドがいないことで自由を手に入れて、のびのびと穏やかに暮らして行けると思っていたのに……
不安に思っていると、アルベールが肩を抱いてきた。
「心配しなくてもこれからは俺がヴィーを全ての危険から守ってやるから大丈夫だよ。俺の隣で安心して過ごして」
現状、言っている本人から一番の危険を感じているので全く安心できない。
(血を飲む変な癖は直ったのかしら……)
連れて来られたのはアルベールが住む家だった。アルベールは四人兄弟の末っ子で実家暮らし。上の兄姉は既に番を得て独立し、家からは出ているはずだ。
居間に通されてソファに座らされる。部屋の中は綺麗に整頓されていて、昔遊びに来た時とあまり変わっていなかった。
「疲れたでしょ? 何か飲む?」
「だ、大丈夫よ。お気遣いなく」
そう言ったけれど、アルベールは紅茶を用意して出してくれた。紅茶からほのかに柑橘系の匂いが漂う。二人とも植物性のものが全く受け付けないわけではないので、嗜好品としてお茶くらいなら飲むことができる。特にアルベールは紅茶が好きで昔からよく飲んでいた。
ヴィクトリアはティーカップに乗せられた茶色い液体を眺めた。崖から落ちた後は優しくしてくれることも多かったが、その期間は短かったし七年も前の話だ。彼の優しさに接すると戸惑いをかなり大きく感じる。以前はアルベールの家であっても、飲み物などはヴィクトリアが用意していた。
「そういえば、ご両親は?」
家の中に両親の気配がなかったので、まったりしながら優雅にお茶を飲んでいるアルベールに問いかけてみた。
「今日は二人とも夜勤だからいないよ」
(二人きりなのか……)
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