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『番の呪い』前編
62 手当て
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ソファに寝かせられたリュージュを見てヴィクトリアは泣きそうになった。肩口から流れた夥しい血によって腕も衣服も血まみれだし、口元にも吐いた血が付いている。傷口より心臓に近い部分を縛りはしたものの、まだ出血は止まっていない。
意識を失っているリュージュの顔からは悲しみが色濃く感じられて、ヴィクトリアの胸が抉られる。
屈み込んでリュージュに触れようとするとアルベールに止められた。
「薬箱取ってきて」
アルベールがリュージュの上着を脱がしていく。
ヴィクトリアは何か言い返そうとして、結局何も言わずに初めて訪れたウォグバードの家で薬箱を探すことにした。
当初、アルベールはヴィクトリアを連れてそのまま去るつもりだったようだが、リュージュをあのままにしてはおけないとヴィクトリアがごねたのだった。
アルベールは渋々といった様子で応急処置をすることは了承したが、運ぶのも治療するのも全部自分がやるからリュージュには一切触るなというのが条件だった。
消毒薬の匂いを探して居間から廊下に出る。
目に付いた部屋の扉を開けて中に入ると書斎のようだった。壁際の棚には本が並べられていたが、写真も多く飾られていた。
近付いて良く見ると、見知らぬ一人の女性の写真が多い。今よりも若いウォグバードと一緒に写っているものもあったので、この女性はずっと前に亡くなったというウォグバードの番なのだろうと思った。
執務机の上にもこの女性の写真立てが置かれていた。きちんと掃除の行き届いた場所に置かれて、埃も被っていない写真立てを見ると、何となくウォグバードの思いを感じる。亡くなった後も番の女性をずっと愛しているのだろう。
棚には少し前の幼さの残るリュージュの写真も交ざっていたので、こんな時だが微笑ましく思った。
書斎に薬箱はないだろうし、人の大切なものを勝手に覗き見したように感じてしまったヴィクトリアは、すぐにその部屋を出た。
薬箱は階段下にある物置のような小部屋の中にあった。リュージュもウォグバードも仕事柄怪我をすることが多いのか、三箱くらい置かれていた。ヴィクトリアはそのうちの一つを手に取り、中に消毒薬や包帯など一式が入っていることを確認してから居間に戻った。
居間に行くとリュージュが下着一枚にされていたので驚く。脚にも刀創があるので治療しやすくする為だと思うが、リュージュの裸なんて見たことがなかった。
居間の入り口で立ち止まっているとすぐにアルベールが寄ってきた。アルベールは薬箱を受け取りながらヴィクトリアの背を押して、居間から出るように促してくる。
「ここで待っててね。あいつの裸なんて見せたくないから。男の裸が見たいなら後で俺のをたっぷりと見せてあげるよ」
耳元で囁かれると、ぞぞぞっと悪寒が走り抜けて身震いしそうになったが耐えた。
(無理だ…… アルベールが生理的に受け付けられない……)
アルベールも他の獣人同様に整った顔立ちをしていて品行方正な何処ぞの国の王子様のように見えるが、外見だけ美形でも中身がおかしいのは知っているので無理なものは無理だった。
ヴィクトリアは真顔のまま無言で正面の壁を見つめていたが、腕に鳥肌を立てているのを見つけたアルベールが続ける。
「逃げたかったら逃げてもいいよ。でもすぐに捕まえるから。あの時と同じだよ。ヴィーはずっと、俺の獲物だからね」
アルベールはヴィクトリアの肩を抱きながらそう告げた。
忘れかけていた昔の記憶が蘇る。
「アル」
腕を解いて居間に向かう背中に呼びかけると、アルベールは意外そうな顔で振り向いた。
「終わるまでここで待ってるから、治療はちゃんとやって頂戴ね」
リュージュを置いて逃げるつもりはない。快楽殺人者のアルベールがリュージュをこのまま殺すことも考えられるし、意識のないリュージュを一人置き去りにはできない。
ヴィクトリアが言葉をかけると、アルベールは嬉しそうな顔を見せて頷いた。その顔が子供の頃に見た昔の面影と重なる。
アルベールの両親は共に医師だ。アルベールも怪我の治療には少し心得があるらしい。彼の性格ならお願いすればきちんと最後まで処置をしてくれるだろうと思った。
(このままだとアルベールと番になってしまうので、どうやって逃げるかはまた別に考えないといけないけど……)
アルベールは強い。ヴィクトリア一人だけの力で彼から逃げることは不可能だ。
最悪、本当にアルベールと番になることも覚悟しなければならないかもしれない。
でもそれには自分の心をかなり殺さないといけない。ヴィクトリアはアルベールに対する嫌悪感がどうしても拭いきれなかった。
昔アルベールから受けた仕打ちを遠いものとして忘れかけることは出来ても、あの時抱いた感情は時が経ってもまだ自分の中に燻っているようだった。
あの時もアルベールがヴィクトリアの傷を診ようとして――――
(そして、あんなことになってしまった――――)
意識を失っているリュージュの顔からは悲しみが色濃く感じられて、ヴィクトリアの胸が抉られる。
屈み込んでリュージュに触れようとするとアルベールに止められた。
「薬箱取ってきて」
アルベールがリュージュの上着を脱がしていく。
ヴィクトリアは何か言い返そうとして、結局何も言わずに初めて訪れたウォグバードの家で薬箱を探すことにした。
当初、アルベールはヴィクトリアを連れてそのまま去るつもりだったようだが、リュージュをあのままにしてはおけないとヴィクトリアがごねたのだった。
アルベールは渋々といった様子で応急処置をすることは了承したが、運ぶのも治療するのも全部自分がやるからリュージュには一切触るなというのが条件だった。
消毒薬の匂いを探して居間から廊下に出る。
目に付いた部屋の扉を開けて中に入ると書斎のようだった。壁際の棚には本が並べられていたが、写真も多く飾られていた。
近付いて良く見ると、見知らぬ一人の女性の写真が多い。今よりも若いウォグバードと一緒に写っているものもあったので、この女性はずっと前に亡くなったというウォグバードの番なのだろうと思った。
執務机の上にもこの女性の写真立てが置かれていた。きちんと掃除の行き届いた場所に置かれて、埃も被っていない写真立てを見ると、何となくウォグバードの思いを感じる。亡くなった後も番の女性をずっと愛しているのだろう。
棚には少し前の幼さの残るリュージュの写真も交ざっていたので、こんな時だが微笑ましく思った。
書斎に薬箱はないだろうし、人の大切なものを勝手に覗き見したように感じてしまったヴィクトリアは、すぐにその部屋を出た。
薬箱は階段下にある物置のような小部屋の中にあった。リュージュもウォグバードも仕事柄怪我をすることが多いのか、三箱くらい置かれていた。ヴィクトリアはそのうちの一つを手に取り、中に消毒薬や包帯など一式が入っていることを確認してから居間に戻った。
居間に行くとリュージュが下着一枚にされていたので驚く。脚にも刀創があるので治療しやすくする為だと思うが、リュージュの裸なんて見たことがなかった。
居間の入り口で立ち止まっているとすぐにアルベールが寄ってきた。アルベールは薬箱を受け取りながらヴィクトリアの背を押して、居間から出るように促してくる。
「ここで待っててね。あいつの裸なんて見せたくないから。男の裸が見たいなら後で俺のをたっぷりと見せてあげるよ」
耳元で囁かれると、ぞぞぞっと悪寒が走り抜けて身震いしそうになったが耐えた。
(無理だ…… アルベールが生理的に受け付けられない……)
アルベールも他の獣人同様に整った顔立ちをしていて品行方正な何処ぞの国の王子様のように見えるが、外見だけ美形でも中身がおかしいのは知っているので無理なものは無理だった。
ヴィクトリアは真顔のまま無言で正面の壁を見つめていたが、腕に鳥肌を立てているのを見つけたアルベールが続ける。
「逃げたかったら逃げてもいいよ。でもすぐに捕まえるから。あの時と同じだよ。ヴィーはずっと、俺の獲物だからね」
アルベールはヴィクトリアの肩を抱きながらそう告げた。
忘れかけていた昔の記憶が蘇る。
「アル」
腕を解いて居間に向かう背中に呼びかけると、アルベールは意外そうな顔で振り向いた。
「終わるまでここで待ってるから、治療はちゃんとやって頂戴ね」
リュージュを置いて逃げるつもりはない。快楽殺人者のアルベールがリュージュをこのまま殺すことも考えられるし、意識のないリュージュを一人置き去りにはできない。
ヴィクトリアが言葉をかけると、アルベールは嬉しそうな顔を見せて頷いた。その顔が子供の頃に見た昔の面影と重なる。
アルベールの両親は共に医師だ。アルベールも怪我の治療には少し心得があるらしい。彼の性格ならお願いすればきちんと最後まで処置をしてくれるだろうと思った。
(このままだとアルベールと番になってしまうので、どうやって逃げるかはまた別に考えないといけないけど……)
アルベールは強い。ヴィクトリア一人だけの力で彼から逃げることは不可能だ。
最悪、本当にアルベールと番になることも覚悟しなければならないかもしれない。
でもそれには自分の心をかなり殺さないといけない。ヴィクトリアはアルベールに対する嫌悪感がどうしても拭いきれなかった。
昔アルベールから受けた仕打ちを遠いものとして忘れかけることは出来ても、あの時抱いた感情は時が経ってもまだ自分の中に燻っているようだった。
あの時もアルベールがヴィクトリアの傷を診ようとして――――
(そして、あんなことになってしまった――――)
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