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『番の呪い』前編

56 罪の告白

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 食事を完食し口元や指を拭いているヴィクトリアにリュージュが問い掛ける。

「それで、結局お前に手を出したのはそのジュリアスって奴なのか?」

「え? 何でジュリアス?」

「違うのか? さっきからやたらとジュリアスって奴のことを良く言っているから、お前の相手はそいつなのかと」

「違うわ。ジュリアスはすごくいい人だけど、婚約者がいるもの。私の相手は…… ううん、もう相手とかそういうのじゃない……」

 そうだ、もう離れると決めた人だった。

 結局、レインとは恋人にすらなれなかった。

 俯いて表情を暗くするヴィクトリアを見て、リュージュが眉を寄せて心配そうな顔をしている。

 ヴィクトリアはレインとの事を話し始めた。

 レインは看守として夜ヴィクトリアを見張ることになったが、最初はほとんど話をしてくれなくて嫌われていると思っていたこと。
 だけど、レインが一人きりで見張りをしている時にヴィクトリアがシャワーを浴びたら、その後襲ってきて好きだと言われたこと。

 レインが襲ってきたあたりの話になると、リュージュは思いっきり嫌そうな顔をした。

 ヴィクトリアとしても内容が恥ずかしいので、そこら辺はなるべく手短に簡潔に話した。

「レインとすったもんだしている時にシドが拘束具から抜け出してこっちに向かっていることに気付いて、私怖くて、レインに縋ってしまったのよ。そうしたらレインがキスしてきて……
 そこから急にレインの匂いを特別なものだって感じるようになってしまったの。身体の中からこの人が好きだって強い思いが湧き上がってきて、その気持ちが消えないどころか一緒に過ごしているうちにどんどん強くなってくるのよ。
 番になったわけでもないのに、その後も彼と離れるのを嫌だって感じるようになってしまって…… 

 私、キスされただけでレインのことが好きになってしまったみたいなのだけど、そんなことってよくあることなの?
 私は他の獣人の話もよく知らないし、これが普通なのか異常なのかわからなくて」

 うーん、と、リュージュが難しい顔をしながら唸っている。

「たぶんそれは…… 特殊な部類に入ると思うぞ。相手の匂いを殊更特別な匂いだと感じるのは普通、正式に番になってからだと聞いている。

 でも、身体を繋げること以外でも番だと思い込んでしまう奴も中にはいるみたいだ。

 何がきっかけになるかは人によって違うらしくて、お前の場合はそれがキスだったってことみたいだな。たまにいるらしいよ、そういう奴。

 つまり今お前はその男を、自分の番だと思っている」

「そんな……」

 ヴィクトリアは絶句した。

「私、レインとはお別れしたの。好きだったけど、酷い事されて……」

「何だよ酷い事って」

 心配をかけてしまうからその後起こったことを詳しく言うつもりはなかったが、つい口を滑らせてしまった。

 眉根を寄せて不快感を隠そうともしないリュージュを見て、しまったと思ったのだが、リュージュからの強い視線を感じて誤魔化せそうにもなく、ヴィクトリアは全て白状することにした。

「……無理矢理犯されそうになったの」

「…………はあ?」

 リュージュの顔が、だんだんと怒りの様相を呈していく。

「でも、レインは九番隊砦から逃げる時に私をシドから必死で守ってくれたのよ。自分の命だって危ないのに私のことを投げ出さずにいてくれたわ。一緒に逃げた後もレインは私の面倒を見てくれてすごく優しかったの」

 リュージュの表情を見て、ヴィクトリアは咄嗟にレインを庇うような言葉を紡ぐ。

「でも何故か途中で急に態度が変わってしまって。私に身体の自由が効かなくなる薬を飲ませて、それで――」

 言葉の途中でリュージュがテーブルを叩いて大きな音を立てた。

「何か変な薬品の残り香がすると思ってたけどそういうことかよ! 何だよそいつ、結局はとんでもないクソ野郎じゃないか! 首輪もそいつに着けられたってことなんだな?」

 ヴィクトリアは悲しそうに頷く。

「レインは私を獣人奴隷にして監禁するつもりだったみたい。街でナディアがたまたま私を見かけて助けてくれたの。ナディアが来てくれなかったら今頃どうなっていたか……」

 ナディアの名前を聞いて、リュージュの怒りが少し収まる。

「そうだったのか…… それでお前からナディアの匂いがするのか。あいつは元気だったか?」

 リュージュはシドの息子だから、同じくシドの娘であるナディアとは異母姉弟だ。
 二人は同じ年だが生まれ月はナディアの方が早いので、ナディアが姉でリュージュが弟になる。

「雰囲気が明るくなっていて元気そうだったわ。ナディアが囮になってくれてそれで私は逃げ出せたの。銃騎士隊から無事に逃げ切れているといいんだけど……」

「そうか…… あいつは足が早かったし、男を容赦なくぶん殴ったりしてたから、捕まらずにちゃんと逃げ切れているような気がする」

「そうだといいわ」

 ナディアは流石はシドの娘とでも言うべきか、戦闘能力は高い方だ。

「リュージュ、私、レインのこと忘れたいのだけど、どうしたらいい?」

「その好きだって気持ちは思い込んでいるだけで自己暗示みたいなものなんだ。

 普通、獣人は相手と身体を繋げてこそ本物の番になれる。関係を持たない限りは自然と気持ちもなくなっていくと思う。

 何かのきっかけで急に解けたって奴もいるし、時間を置くか、それとも別の相手と番の絆を結べば消えるはずだ」

「そっか、ちゃんと忘れられるんだ…… よかった……」

 よかったと言いながらも、ヴィクトリアは覇気がなく沈み込んでいる。
 その後二人とも黙り込んでしまい、周囲に沈黙が降りた。

 突然、リュージュが無言のまますっくと立ち上がると、剣を手にして戸口へ向かった。

「リュージュ? どこへ行くの?」

 振り返ったリュージュの瞳には静かな怒りが満ちている。

「お前をこんなに傷付けて悲しませる奴は俺が許さない。探し出してきてぶった斬ってやる」

「ちょ、ちょっと待って!」

 リュージュが本気だと悟ったヴィクトリアは慌てて止めた。

「私にも悪い所があったからいいの! このままレインのことを忘れられればそれでいいから、報復とかは望んでいないからそんなことはやめて!」

「お前のどこに悪い所があったっていうんだ! ヴィクトリアに悪い所なんかあるわけないだろ! そんな奴を庇うな!」

 ヴィクトリアはリュージュに抱き付くようにして止めながら首を振った。

「悪かったの! 私は悪い事をしたの!

 私は、助けられたはずの彼の大切な家族を見殺しにしたの!

 私があの女の子を殺してしまったのよ!

 レインが私を憎むのは当然のことなの!」

 ヴィクトリアの叫びが家の中に響いた。リュージュが動きを止める。

 ヴィクトリアは泣き出してその場に膝を突いた。リュージュは号泣するヴィクトリアを見下ろしている。

「殺したって、どういう事だ?」

 ヴィクトリアは問い掛けに答えようとするが、涙に阻まれて話もできない状態だ。

 リュージュはその場に膝を突き、ヴィクトリアの両肩を掴んだ。

「落ち着けよ、一体何があったんだ?」

 泣きじゃくるヴィクトリアをリュージュが胸の中に抱き込んだ。背中をそっとさすりながらヴィクトリアが泣き止むのを待つ。

「大丈夫だ。俺はお前を責めたりなんてしない。落ち着けヴィクトリア。何があったのかちゃんとわかるように説明してくれ」 

 リュージュに抱きしめられてヴィクトリアは次第に落ち着きを取り戻していった。

 リュージュがヴィクトリアの涙の跡を拭ってくれる。ヴィクトリアは顔を上げてリュージュを見つめた。心配しながらも全てを許すような赤みがかった優しい瞳と目が合う。

 ヴィクトリアは、レインにはついに話せなかったことを、リュージュには全て打ち明けることにした。
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