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対銃騎士隊編
35 囚人と看守 2
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もやもやした気持ちを引きずったまま、結局チェスは負けてしまった。途中勝てそうだったのに、いつの間にか形勢をひっくり返されていた。ジュリアスは頭も良いようだ。
昼の時間になり、昼食が運ばれてきた。ジュリアスは朝は食べてから来るらしいが、その後はずっとヴィクトリアの見張りになるので彼の分もある。手間を省くためか、ジュリアスの食事もヴィクトリアと同じ肉料理だけだった。
昨日は鉄格子の外で食べていたのに、なぜだかジュリアスは椅子を柵の中に持ち込んで、ヴィクトリアと同じテーブルに着いていた。
ヴィクトリアが笑っている。
「本当に変な人ね。看守が囚人と同じ檻に入って食べるなんて普通ないわよ」
「いいじゃないか。夕方まではもう誰も来ないだろうし、一緒に食べた方が美味しい」
そう言ってふわりと笑うジュリアスの周囲の空気が、この世の神聖なもの全てを掻き集めて圧縮させたかのようで、彼が清らかに澄み切った世界でただ一人超然と光り輝いているように見えた。
ジュリアスに親愛の情のような気持ちが湧き始めているのは自覚している。
昨日レインに忠告されたことは充分理解しているつもりだ。ジュリアスが冷酷だというのはにわかには信じ難いが、実際問題として置かれている立場が違う。ジュリアスはヴィクトリアを拘束して自由を奪っている側の者だ。ジュリアス自身は素晴らしい人物ではあるが、自分たちは敵同士なのだから心まで持っていかれては駄目だ。ジュリアスに尊敬の念は抱いているが、彼の魅力に傾倒して全面的に信頼を寄せすぎるのもよくない。線引きはちゃんとしておかないと。
ジュリアスはヴィクトリアの肉料理を切り分けてくれたり、口の汚れを拭ったりして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
普通人間は獣人を蛇蝎の如く嫌うものだが、ジュリアスはヴィクトリアを蔑む様子は全くない。そういう所は好ましく思う。
「シドは、これからどうなるの?」
食事ももう終わりかける頃、意を決して昨日から思っていた疑問をぶつけてみた。
「近日中に処刑される」
処刑。そうか――――――シドは処刑されるのか。
シドの所業を思えばわかりきった答えではあったが、自分の父親が死ぬのだと思えば心境は複雑だった。
程なくして昼食を食べ終えたが、その間ジュリアスに話しかけられてもヴィクトリアはほとんど上の空だった。
ふと、ジュリアスが扉に視線をやった。ヴィクトリアもその人物の匂いに気付いて視線を向ける。
扉を叩く音がして、レインが現れた。昼食を終えたばかりでまだ交代の時間ではない。いつもより早いがどうしたのだろう。
「……何してる」
ジュリアスが檻の中でヴィクトリアと一緒に食事を摂ったらしきことを認めると、レインは随分と冷え切った声を出した。
気持ちはわかる。看守が檻の中に入って囚人と食事を共にしているのだ、普通に考えたら異常である。
しまったな、とジュリアスが小さく呟く声が聞こえた。
「レイン、ただ一緒に食事をしただけだ。変な誤解するなよ」
ジュリアスがそう言ってもレインは二人を睨んでいた。レインは人間と獣人が馴れ馴れしくすることをあまり好ましく思っていないようだ。
黙ったままのレインにジュリアスが声をかける。
「それで、何か用事ではなかったのか?」
「隊長が呼んでる。見張りを俺と代わるようにと」
「わかった。ヴィクトリアすまないな、しばらく離れる」
ジュリアスは立ち上がると、食器を片付け始めた。
「俺が勝手にやったことだから、彼女に辛く当たるんじゃないぞ」
レインはジュリアスの去り際に鍵束を渡されながらも、まだ不機嫌そうな顔をしていた。
ジュリアスが行ってしまった。レインと二人きりで、何だか気まずい。
(早くジュリアスに帰ってきてほしい)
夕食後にシャワーを浴びようと計画していたのもあるし、そのくらいまでには流石に戻って来ていると思うが。
「ヴィクトリア」
ジュリアスが出て行った扉をずっと眺めていたヴィクトリアにレインが声をかけた。
「ジュリアスに近づいたり一緒に食事をしたりするのはやめてくれないか。適度な距離を保ってほしい」
「あなたが言いたいことはわかるわ。人間と獣人が仲良くするのはおかしいと言いたいのでしょう?」
「そうじゃない」
否定されてヴィクトリアの頭に疑問符が浮かんだ。
「ではどういうことなの?」
レインは答えない。ヴィクトリアはむくれそうになる。
「あなたはいつも黙ってばかりね。それじゃ何もわからないわ。言いたいことがあるのならはっきり言って頂戴」
ヴィクトリアは待った。立ったまま柵の向こうでこちらを見ているだけのレインが話し出すのを待った。
ヴィクトリアはしばらくの間レインと向かい合って立ち尽くしていたが、そのうちにレインが何も説明するつもりがないのだと悟ると、彼からふいっと背を向けた。
ヴィクトリアは読みかけの本を手に取り椅子に腰掛けた。レインがいる方向は一切見ない。
「俺が嫌だからだ」
ヴィクトリアの姿を眺めながらレインが小さな声で呟いたその言葉は、彼女には届かなかった。
昼の時間になり、昼食が運ばれてきた。ジュリアスは朝は食べてから来るらしいが、その後はずっとヴィクトリアの見張りになるので彼の分もある。手間を省くためか、ジュリアスの食事もヴィクトリアと同じ肉料理だけだった。
昨日は鉄格子の外で食べていたのに、なぜだかジュリアスは椅子を柵の中に持ち込んで、ヴィクトリアと同じテーブルに着いていた。
ヴィクトリアが笑っている。
「本当に変な人ね。看守が囚人と同じ檻に入って食べるなんて普通ないわよ」
「いいじゃないか。夕方まではもう誰も来ないだろうし、一緒に食べた方が美味しい」
そう言ってふわりと笑うジュリアスの周囲の空気が、この世の神聖なもの全てを掻き集めて圧縮させたかのようで、彼が清らかに澄み切った世界でただ一人超然と光り輝いているように見えた。
ジュリアスに親愛の情のような気持ちが湧き始めているのは自覚している。
昨日レインに忠告されたことは充分理解しているつもりだ。ジュリアスが冷酷だというのはにわかには信じ難いが、実際問題として置かれている立場が違う。ジュリアスはヴィクトリアを拘束して自由を奪っている側の者だ。ジュリアス自身は素晴らしい人物ではあるが、自分たちは敵同士なのだから心まで持っていかれては駄目だ。ジュリアスに尊敬の念は抱いているが、彼の魅力に傾倒して全面的に信頼を寄せすぎるのもよくない。線引きはちゃんとしておかないと。
ジュリアスはヴィクトリアの肉料理を切り分けてくれたり、口の汚れを拭ったりして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
普通人間は獣人を蛇蝎の如く嫌うものだが、ジュリアスはヴィクトリアを蔑む様子は全くない。そういう所は好ましく思う。
「シドは、これからどうなるの?」
食事ももう終わりかける頃、意を決して昨日から思っていた疑問をぶつけてみた。
「近日中に処刑される」
処刑。そうか――――――シドは処刑されるのか。
シドの所業を思えばわかりきった答えではあったが、自分の父親が死ぬのだと思えば心境は複雑だった。
程なくして昼食を食べ終えたが、その間ジュリアスに話しかけられてもヴィクトリアはほとんど上の空だった。
ふと、ジュリアスが扉に視線をやった。ヴィクトリアもその人物の匂いに気付いて視線を向ける。
扉を叩く音がして、レインが現れた。昼食を終えたばかりでまだ交代の時間ではない。いつもより早いがどうしたのだろう。
「……何してる」
ジュリアスが檻の中でヴィクトリアと一緒に食事を摂ったらしきことを認めると、レインは随分と冷え切った声を出した。
気持ちはわかる。看守が檻の中に入って囚人と食事を共にしているのだ、普通に考えたら異常である。
しまったな、とジュリアスが小さく呟く声が聞こえた。
「レイン、ただ一緒に食事をしただけだ。変な誤解するなよ」
ジュリアスがそう言ってもレインは二人を睨んでいた。レインは人間と獣人が馴れ馴れしくすることをあまり好ましく思っていないようだ。
黙ったままのレインにジュリアスが声をかける。
「それで、何か用事ではなかったのか?」
「隊長が呼んでる。見張りを俺と代わるようにと」
「わかった。ヴィクトリアすまないな、しばらく離れる」
ジュリアスは立ち上がると、食器を片付け始めた。
「俺が勝手にやったことだから、彼女に辛く当たるんじゃないぞ」
レインはジュリアスの去り際に鍵束を渡されながらも、まだ不機嫌そうな顔をしていた。
ジュリアスが行ってしまった。レインと二人きりで、何だか気まずい。
(早くジュリアスに帰ってきてほしい)
夕食後にシャワーを浴びようと計画していたのもあるし、そのくらいまでには流石に戻って来ていると思うが。
「ヴィクトリア」
ジュリアスが出て行った扉をずっと眺めていたヴィクトリアにレインが声をかけた。
「ジュリアスに近づいたり一緒に食事をしたりするのはやめてくれないか。適度な距離を保ってほしい」
「あなたが言いたいことはわかるわ。人間と獣人が仲良くするのはおかしいと言いたいのでしょう?」
「そうじゃない」
否定されてヴィクトリアの頭に疑問符が浮かんだ。
「ではどういうことなの?」
レインは答えない。ヴィクトリアはむくれそうになる。
「あなたはいつも黙ってばかりね。それじゃ何もわからないわ。言いたいことがあるのならはっきり言って頂戴」
ヴィクトリアは待った。立ったまま柵の向こうでこちらを見ているだけのレインが話し出すのを待った。
ヴィクトリアはしばらくの間レインと向かい合って立ち尽くしていたが、そのうちにレインが何も説明するつもりがないのだと悟ると、彼からふいっと背を向けた。
ヴィクトリアは読みかけの本を手に取り椅子に腰掛けた。レインがいる方向は一切見ない。
「俺が嫌だからだ」
ヴィクトリアの姿を眺めながらレインが小さな声で呟いたその言葉は、彼女には届かなかった。
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