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対銃騎士隊編
33 敵の敵は味方?(ヴィクトリア視点→三人称→ヴィクトリア視点)
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ヴィクトリアは寝台の上で薄掛けの布団に包まり足を抱えて座り込んでいた。ヴィクトリアの手枷は取り払われたままだ。
『姫さんに枷付けるとか信じられないよな。俺が猛烈に抗議してやったよ。手枷は外してもらったけど、足枷はどうしてもだめだって。まったく、しょうがない連中だよね』
外してもらえたのはあのオリオンという少年のおかげだ。前に会ったことがあるような口振りだったが、ヴィクトリアに覚えはない。彼は最初からヴィクトリアに打ち解けた様子で気さくに話しかけてきた。不思議な少年だ。そして奇妙な能力を持っている。
ヴィクトリアに親しげなオリオンとは逆に、レインは早朝のやりとりにおいて一言も言葉を発しなかった。
後処理があるといってジュリアスがオリオンと共に小屋から出て行った後しばらく二人きりだったが、レインはやはり何も話さなかった。きっと昨日のヴィクトリアの発言を呆れているに違いない。
ヴィクトリアは正直そんなことはどうでもいいような心境に陥っていて、自分からレインに話しかけることもしなかった。
小屋の中を太陽の明るい光が入り込み始める。朝食が運ばれてきて、付随するようにジュリアスがやってきた。レインは鍵束をジュリアスに渡すと小屋から出て行った。
鉄格子の小窓が空いて平台の上に食事が載ったトレイが置かれたが、ヴィクトリアは寝台の上で膝を抱えたまま動こうとしない。
「どうしたんだ? ヴィクトリア」
「いらないわ」
距離が測れるほどの場所にシドがいる。胃が押し潰されそうだ。食事をする気になんて到底なれない。
シドは怒り狂っている。
(シドを拘束しているあの鎖が外れたらどうなってしまうのだろう。怖ろしい)
「ごめんなさい。食欲がないの。悪いけれど下げてもらえる?」
「ヴィクトリア……」
心配そうに名を呼ばれたが応えず、ヴィクトリアは頭からすっぽりと薄掛けを被り、寝台に横になってジュリアスから背を向けた。
昼食も同様に拒否してヴィクトリアは寝転んでいた。朝から何も口に入れていない。胃の中は空っぽで、喉の奥も乾いて身体が食物を欲しているのは理解していたが、それを思考の脇に追いやる。もう何もしたくなかった。
鉄格子の内側まで入ってきたジュリアスに、何度か水分くらいは摂るようにと促されたが全て無視し、ヴィクトリアは寝台の上に身体を投げ出していた。
目を閉じて眠る。身体は疲れていないのだが動かすのがひどく億劫だった。眠りに誘われながら、このままもう二度と目覚めなければよいのにと願った。
人の気配と、カラリと氷が揺れる音で目を覚ます。爽やかな香りがした。見ればレモンの輪切りを縁に飾ったグラスを乗せたトレイを、ジュリアスが持っている。
「これなら飲めるんじゃないか? 好きなんだろう? レモネード」
(この人はなぜ私の好物を知っているのだろう)
ヴィクトリアはジュリアスに投げやりな視線を向けたあと、ぷいっと背を向けてまたふて寝する。
カタリとテーブルの上にトレイを置く音がした。ジュリアスが近付いてくる。少しひんやりとしたジュリアスの指先がヴィクトリアの前髪を上げて、額に触れてくる。
「熱はないよな」
ジュリアスの手が動いた。頭を撫でられる。
「ヴィクトリア、一人で抱え込むな。辛いことがあるなら話してみたらいい」
ヴィクトリアは黙ったままだった。
夕方になり西側の窓から橙色の光が差すが、それも段々と消え始める。早めの夕食が届けられたが、やはり口にする気にはなれない。
ヴィクトリアはテーブル前の椅子に座らされていた。ジュリアスがフォークに肉片を刺してヴィクトリアの口元に持っていくが、彼女は頭を振った。ジュリアスがため息を吐く。
ジュリアスはフォークを皿に置いて水の入ったグラスを持つと、ストローをヴィクトリアの口元へ差し出した。暗い顔をしたままのヴィクトリアは硬く口を引き結んでいる。
「朝から何も食べていないじゃないか。せめて水くらい飲みなさい」
ジュリアスにそう言われるのは何度目だろう。
「何もいらない。私のことは放っておいて」
ジュリアスは眉根を寄せているが、心配そうな顔をしていた。
いきなりノックも無しに小屋の扉が開いた。現れたのはレインだ。
ジュリアスが鉄格子の鍵を開けてレインを招き入れる。もう交代の時間だ。
すっかり冷めてしまった料理を見たレインは、つかつかとヴィクトリアに歩み寄った。
「なぜ食事を拒否する」
強い口調で咎められたが、ヴィクトリアは返事をしない。
レインがフォークを口元へ持っていくがヴィクトリアは食べないし、水を飲ませようとしても無駄だった。
「飲め」
全く口を付けようとしないヴィクトリアを見て、だん、とレインがテーブルに手を叩き付けた。レインは苛立っているようだ。
「口移しで無理矢理にでも飲ませてやろうか」
ヴィクトリアの身体が強張った。
「やめないか」
ジュリアスが止めに入る。
「レイン、外に出ていろ」
「だが――」
「出ていろ」
有無を言わせない響きがあった。レインは不服そうな様子だったが、鍵束を受け取ると外へ出て行った。
「レインはあれで君を心配しているんだ。悪く思わないでくれ」
俯いて身体を硬くしているヴィクトリアに、ジュリアスが優しく語りかけた。
「可哀想に、ずっと怖かったんだね」
ジュリアスが近くに寄り、跪いてヴィクトリアと目線を合わせてくる。
「本来なら全幅の信頼を寄せて守ってくれるはずの相手からずっと狙われていたんだ。辛かったな」
ジュリアスの手が伸びてきて、ヴィクトリアの手を強く握った。
「過去の出来事は、消せないし覆せない。起こった事を無かった事にはできない。過去の悲劇を見なかったことにするんじゃなくて、理解して飲み込んだ上で押し潰されないように強くなれ。少しずつでいいんだ。大丈夫、君なら乗り越えていけるよ。君は諦めずに抗い続けた。だからここまで来られた。君は偉いよ。自分をしっかり認めてやることだ。生きなさい、ヴィクトリア。君は幸せにならないといけないよ」
「……幸せになんて、なれるのかしら」
「幸せになろうとし続ける限り道は閉ざされない。放り投げたらそこでお終いだ」
ジュリアスがヴィクトリアの目の前に水の入ったグラスを差し出す。
「飲める?」
ヴィクトリアはグラスを眺めた。次いでジュリアスの顔を見て、頷く。
グラスを手に取ってストローを口に咥える。氷は溶けてしまったが、まだ冷たさが残る水が身体の中に染み渡った。
「食べられそうか?」
ジュリアスに促され、ヴィクトリアは料理に手を伸ばした。切り分けられた肉片を摘んで口に入れる。
美味しかったけど、涙の味も混ざっていた。
ジュリアスが布ナプキンで涙を拭ってくれたが、拭いたそばから涙が溢れて頬が濡れていく。布ナプキンを受け取ったヴィクトリアは自分で瞼を抑えた。
「もう何も我慢するな」
ひとしきり泣いたあと顔を上げれば、ジュリアスが安心させるように笑んでくれる。
とても頼りになる、優しい人。
リュージュ以外で、初めて信頼するに足る人物に出会えた気がした。
ヴィクトリアはジュリアスに心からの笑顔を返した。
******
レインは薄く開けた扉の隙間から、中の様子を窺っていた。
「……」
レインは二人の様子を、ただ眺めるだけだ。
******
夕食が終わるとジュリアスは見張りをレインと交代し、皿の乗ったトレイを持って去って行った。
昼間もそうだったが、シドへの警戒でそちらにかなりの人員が割かれることになったらしく、物々しかったヴィクトリアへの監視は薄くなった。建物の周囲に配置されていた者たちは全員いなくなり、今日からヴィクトリアへの見張りは一人だけになった。昼はジュリアス、夜はレインだけになる。
「ヴィクトリア」
名前を呼ばれてヴィクトリアは、はっと顔を上げた。小屋の中には自分とレインしかいないのだから、呼んだのは彼以外ありえない。
ヴィクトリアはレインに話しかけられたこと、何より初めて名前を呼ばれたことにかなり驚いた。
「ジュリアスにあまり心酔するなよ」
「……どうしてそんなことを言うの?」
ヴィクトリアはレインを見つめた。レインの表情も、意図も読めない。
「あいつはああ見えて、冷酷な男だ」
『姫さんに枷付けるとか信じられないよな。俺が猛烈に抗議してやったよ。手枷は外してもらったけど、足枷はどうしてもだめだって。まったく、しょうがない連中だよね』
外してもらえたのはあのオリオンという少年のおかげだ。前に会ったことがあるような口振りだったが、ヴィクトリアに覚えはない。彼は最初からヴィクトリアに打ち解けた様子で気さくに話しかけてきた。不思議な少年だ。そして奇妙な能力を持っている。
ヴィクトリアに親しげなオリオンとは逆に、レインは早朝のやりとりにおいて一言も言葉を発しなかった。
後処理があるといってジュリアスがオリオンと共に小屋から出て行った後しばらく二人きりだったが、レインはやはり何も話さなかった。きっと昨日のヴィクトリアの発言を呆れているに違いない。
ヴィクトリアは正直そんなことはどうでもいいような心境に陥っていて、自分からレインに話しかけることもしなかった。
小屋の中を太陽の明るい光が入り込み始める。朝食が運ばれてきて、付随するようにジュリアスがやってきた。レインは鍵束をジュリアスに渡すと小屋から出て行った。
鉄格子の小窓が空いて平台の上に食事が載ったトレイが置かれたが、ヴィクトリアは寝台の上で膝を抱えたまま動こうとしない。
「どうしたんだ? ヴィクトリア」
「いらないわ」
距離が測れるほどの場所にシドがいる。胃が押し潰されそうだ。食事をする気になんて到底なれない。
シドは怒り狂っている。
(シドを拘束しているあの鎖が外れたらどうなってしまうのだろう。怖ろしい)
「ごめんなさい。食欲がないの。悪いけれど下げてもらえる?」
「ヴィクトリア……」
心配そうに名を呼ばれたが応えず、ヴィクトリアは頭からすっぽりと薄掛けを被り、寝台に横になってジュリアスから背を向けた。
昼食も同様に拒否してヴィクトリアは寝転んでいた。朝から何も口に入れていない。胃の中は空っぽで、喉の奥も乾いて身体が食物を欲しているのは理解していたが、それを思考の脇に追いやる。もう何もしたくなかった。
鉄格子の内側まで入ってきたジュリアスに、何度か水分くらいは摂るようにと促されたが全て無視し、ヴィクトリアは寝台の上に身体を投げ出していた。
目を閉じて眠る。身体は疲れていないのだが動かすのがひどく億劫だった。眠りに誘われながら、このままもう二度と目覚めなければよいのにと願った。
人の気配と、カラリと氷が揺れる音で目を覚ます。爽やかな香りがした。見ればレモンの輪切りを縁に飾ったグラスを乗せたトレイを、ジュリアスが持っている。
「これなら飲めるんじゃないか? 好きなんだろう? レモネード」
(この人はなぜ私の好物を知っているのだろう)
ヴィクトリアはジュリアスに投げやりな視線を向けたあと、ぷいっと背を向けてまたふて寝する。
カタリとテーブルの上にトレイを置く音がした。ジュリアスが近付いてくる。少しひんやりとしたジュリアスの指先がヴィクトリアの前髪を上げて、額に触れてくる。
「熱はないよな」
ジュリアスの手が動いた。頭を撫でられる。
「ヴィクトリア、一人で抱え込むな。辛いことがあるなら話してみたらいい」
ヴィクトリアは黙ったままだった。
夕方になり西側の窓から橙色の光が差すが、それも段々と消え始める。早めの夕食が届けられたが、やはり口にする気にはなれない。
ヴィクトリアはテーブル前の椅子に座らされていた。ジュリアスがフォークに肉片を刺してヴィクトリアの口元に持っていくが、彼女は頭を振った。ジュリアスがため息を吐く。
ジュリアスはフォークを皿に置いて水の入ったグラスを持つと、ストローをヴィクトリアの口元へ差し出した。暗い顔をしたままのヴィクトリアは硬く口を引き結んでいる。
「朝から何も食べていないじゃないか。せめて水くらい飲みなさい」
ジュリアスにそう言われるのは何度目だろう。
「何もいらない。私のことは放っておいて」
ジュリアスは眉根を寄せているが、心配そうな顔をしていた。
いきなりノックも無しに小屋の扉が開いた。現れたのはレインだ。
ジュリアスが鉄格子の鍵を開けてレインを招き入れる。もう交代の時間だ。
すっかり冷めてしまった料理を見たレインは、つかつかとヴィクトリアに歩み寄った。
「なぜ食事を拒否する」
強い口調で咎められたが、ヴィクトリアは返事をしない。
レインがフォークを口元へ持っていくがヴィクトリアは食べないし、水を飲ませようとしても無駄だった。
「飲め」
全く口を付けようとしないヴィクトリアを見て、だん、とレインがテーブルに手を叩き付けた。レインは苛立っているようだ。
「口移しで無理矢理にでも飲ませてやろうか」
ヴィクトリアの身体が強張った。
「やめないか」
ジュリアスが止めに入る。
「レイン、外に出ていろ」
「だが――」
「出ていろ」
有無を言わせない響きがあった。レインは不服そうな様子だったが、鍵束を受け取ると外へ出て行った。
「レインはあれで君を心配しているんだ。悪く思わないでくれ」
俯いて身体を硬くしているヴィクトリアに、ジュリアスが優しく語りかけた。
「可哀想に、ずっと怖かったんだね」
ジュリアスが近くに寄り、跪いてヴィクトリアと目線を合わせてくる。
「本来なら全幅の信頼を寄せて守ってくれるはずの相手からずっと狙われていたんだ。辛かったな」
ジュリアスの手が伸びてきて、ヴィクトリアの手を強く握った。
「過去の出来事は、消せないし覆せない。起こった事を無かった事にはできない。過去の悲劇を見なかったことにするんじゃなくて、理解して飲み込んだ上で押し潰されないように強くなれ。少しずつでいいんだ。大丈夫、君なら乗り越えていけるよ。君は諦めずに抗い続けた。だからここまで来られた。君は偉いよ。自分をしっかり認めてやることだ。生きなさい、ヴィクトリア。君は幸せにならないといけないよ」
「……幸せになんて、なれるのかしら」
「幸せになろうとし続ける限り道は閉ざされない。放り投げたらそこでお終いだ」
ジュリアスがヴィクトリアの目の前に水の入ったグラスを差し出す。
「飲める?」
ヴィクトリアはグラスを眺めた。次いでジュリアスの顔を見て、頷く。
グラスを手に取ってストローを口に咥える。氷は溶けてしまったが、まだ冷たさが残る水が身体の中に染み渡った。
「食べられそうか?」
ジュリアスに促され、ヴィクトリアは料理に手を伸ばした。切り分けられた肉片を摘んで口に入れる。
美味しかったけど、涙の味も混ざっていた。
ジュリアスが布ナプキンで涙を拭ってくれたが、拭いたそばから涙が溢れて頬が濡れていく。布ナプキンを受け取ったヴィクトリアは自分で瞼を抑えた。
「もう何も我慢するな」
ひとしきり泣いたあと顔を上げれば、ジュリアスが安心させるように笑んでくれる。
とても頼りになる、優しい人。
リュージュ以外で、初めて信頼するに足る人物に出会えた気がした。
ヴィクトリアはジュリアスに心からの笑顔を返した。
******
レインは薄く開けた扉の隙間から、中の様子を窺っていた。
「……」
レインは二人の様子を、ただ眺めるだけだ。
******
夕食が終わるとジュリアスは見張りをレインと交代し、皿の乗ったトレイを持って去って行った。
昼間もそうだったが、シドへの警戒でそちらにかなりの人員が割かれることになったらしく、物々しかったヴィクトリアへの監視は薄くなった。建物の周囲に配置されていた者たちは全員いなくなり、今日からヴィクトリアへの見張りは一人だけになった。昼はジュリアス、夜はレインだけになる。
「ヴィクトリア」
名前を呼ばれてヴィクトリアは、はっと顔を上げた。小屋の中には自分とレインしかいないのだから、呼んだのは彼以外ありえない。
ヴィクトリアはレインに話しかけられたこと、何より初めて名前を呼ばれたことにかなり驚いた。
「ジュリアスにあまり心酔するなよ」
「……どうしてそんなことを言うの?」
ヴィクトリアはレインを見つめた。レインの表情も、意図も読めない。
「あいつはああ見えて、冷酷な男だ」
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