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対銃騎士隊編
31 拒絶(ヴィクトリア視点→三人称)
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小屋の周りには変わらず二十人くらいの銃騎士が警備を続けている。彼らとレインはこの場に残るようだ。
ヴィクトリアは震えながら泣いていた。震えが止まらない。
(丸一日すら経っていないのに、まさか昨日の今日で見つかるなんて…… きっと港へ行った所で見つかっていた。無駄なんだ。シドからは逃げられない。どこにも逃げ場なんかない)
レインは青褪めて怯えるヴィクトリアをただ眺めていた。
そのうちにシドの気配が濃くなった。シドは――――――怒っている。
『どこにも行かない』
それがヴィクトリアがシドと交わした約束だった。裏切って逃げたヴィクトリアをシドは許さないだろう。
(駄目だ)
シドが来たら問答無用で間違いなく犯される。
(嫌だ。自分の父親と交わるなんて絶対に嫌だ)
ヴィクトリアは立ち上がると枷でまとめるように拘束された両腕を持ち上げて鉄格子を掴み、レインと向き合った。
「レイン、お願いがあるの…… 私を殺して」
レインの眉がぴくりと動いた。
「なぜ君がそれを言う?」
「シドは私を捕まえて自分の女にするつもりなのよ。父親に犯されるくらいなら死ぬわ」
「それはできない。君にそんなことを言う資格はない。もし俺たちが敗れて君が汚されることになったとしても、それでも生きていろ」
残酷だ。残酷な正論を吐く。
「あなたはこれまで獣人をたくさん殺してきたんでしょう? 今更私一人増えても――――」
「嫌だ」
ヴィクトリアの言葉に被せるように、レインはきっぱりと、はっきりと断った。
「たとえどんなに辛くても、生きろ」
ヴィクトリアの目から大粒の涙がボロボロと頬を伝う。大切なものを失っても生きろとは、過酷だ。
「なら、なら……」
ヴィクトリアは縋るように懇願する。
「ならお願いよ、今すぐここで、私を抱いて」
レインは目を大きく見開き、とても驚いた顔をしていた。
「一度だけでいいのよ。その後は捨ててくれて構わないから。獣人は最初に番った相手に一生囚われて生きることになる。私はずっとあなたを思い続けるでしょう。でもあなたに迷惑はかけないから。そうすればシドに抱かれても、心は自由でいられる」
「断る」
ヴィクトリアは打ちひしがれたように瞼を強く閉じた。逃げ道すら渡してくれないのか。
「俺の家族はシドのせいで惨たらしく死んだ。何百万回殺しても殺し足らないくらい憎んでいる相手の娘を、なんで抱かなきゃいけないんだ」
ヴィクトリアは理解した。
(救いの手を差し伸べたくないほどに、彼は私を憎んでいる)
レインはヴィクトリアに背を向けて外へ出て行こうとする。
「待ってお願い! 行かないで! レイン!」
叫んだが、レインは外に出てしまった。
「レイン!」
ヴィクトリアはずるずると床に膝を突き、慟哭しながらレインが出て行った扉を見つめた。嗅覚で探る限り、レインは扉の向こうで立ったまま動かない。去っていく様子はなく、彼は見張りの職務は全うするつもりなのだろう。
シドの匂いが強くなっていく。ヴィクトリアの脳裏に昨夜の光景が蘇った。シドがすぐそばにいて射殺すような視線を向けてくる。幻聴がする。シドの声が聞こえる。呼吸が上手くできない。涙が止まらない。自分の心臓の音が早すぎて身体が思うように動かない。
ヴィクトリアは身体を激しく震わせながら悶えるように泣き続けた。
******
ふいにヴィクトリアの泣き声が止んだ。ヴィクトリアは目を閉じている。蹲っていた身体が弛緩し、傾いで床に倒れそうになるが、床に横たわる寸前に身体がピタリと止まる。ヴィクトリアの身体が空中にふわりと浮かび上がった。
激しい音を立てて小屋の出入り口が開いた。ヴィクトリアの泣き声が急に止んだことに異変を感じて入ってきたのはレインだ。レインは空中を移動するヴィクトリアを見て足を止めたが、摩訶不思議な光景を見てもさほど驚いた様子はない。
ヴィクトリアは音もなく寝台まで運ばれて、その上にゆっくりと降ろされた。ヴィクトリアは苦しげな表情のままだったが、瞼を閉じて眠っていた。
ヴィクトリア以外誰もいなかったはずの檻の中に、突如人影が現れた。
茶色い長めの髪を一つに結わえ、上下共に黒の動きやすい服装をした若い女だった。女は眠るヴィクトリアを見た後、小屋の戸口を締めて内鍵まで締めてしまったレインに向き直る。
「姫さん、なんか壊れかけ寸前みたくなってたぞ。自傷でもされたら堪らないから眠らせといたけど。気になって様子を見に来てよかったよ」
女はだいぶ砕けた物言いをする。レインは女をじっと見つめた。
「シリウス…… だよな?」
レインが声をかけた直後、二十代中頃くらいだった女の姿が一瞬にして十代後半ほどの少年の姿に変わった。丸みを帯びた女性的な柔らかな顔付きから、どこかきりっとした面差しを持つ少年のものに変わる。髪の色はそのままだが長さは短くなり、女性にしては長身だった背もやや低いものに変わる。
「違いますよ。秘密潜入捜査官のオリオン君ですよ。俺の本名をむやみに口にしないでくれ」
『オリオン』と名を訂正したその人物の声は、先程のアルト域の女性の声質ではなく、低めの少年の声に変わっていた。
「そうだったな。すまない」
「誰も聞いてないっぽかったからいいけどさ」
悄然として項垂れるレインに『オリオン』は軽い調子で返したが、レインの表情は冴えない。レインの顔はヴィクトリアに対した時のように感情を全て欠落させたようなものではなく、落ち込み暗い表情をしていた。
「彼女が、死にたいと言ったんだ」
「まあ、あんなのにずっと支配され続けたら死にたくもなるわな」
ヴィクトリアの閉じられた瞼の縁にはまだ涙が滲んでいる。
レインは、ヴィクトリアを眺めるだけだ。
『オリオン』が檻の中からすっと姿を消す。次の瞬間には檻の外、レインのすぐ側にいた。ぽんぽん、と励ますようにレインの肩を叩く。
「そう気を落とすな。もうすぐ全部終わる。あの子も苦しみから解放される。全てがいきなり上手く回り出すことはないと思うけど、色んなことがちょっとずつ良くなっていくさ。姫さんのこと頼むな」
そう言ってから、『オリオン』は屈伸運動を始めた。
「呼ばれてるからもう戻らないと。よし、いっちょ魔王を捕獲してきますか」
「死ぬなよ」
レインに声をかけられた『オリオン』は、にっと口角を上げる。
彼は現れた時と同様、一瞬にしてその場から姿を消した。
ヴィクトリアは震えながら泣いていた。震えが止まらない。
(丸一日すら経っていないのに、まさか昨日の今日で見つかるなんて…… きっと港へ行った所で見つかっていた。無駄なんだ。シドからは逃げられない。どこにも逃げ場なんかない)
レインは青褪めて怯えるヴィクトリアをただ眺めていた。
そのうちにシドの気配が濃くなった。シドは――――――怒っている。
『どこにも行かない』
それがヴィクトリアがシドと交わした約束だった。裏切って逃げたヴィクトリアをシドは許さないだろう。
(駄目だ)
シドが来たら問答無用で間違いなく犯される。
(嫌だ。自分の父親と交わるなんて絶対に嫌だ)
ヴィクトリアは立ち上がると枷でまとめるように拘束された両腕を持ち上げて鉄格子を掴み、レインと向き合った。
「レイン、お願いがあるの…… 私を殺して」
レインの眉がぴくりと動いた。
「なぜ君がそれを言う?」
「シドは私を捕まえて自分の女にするつもりなのよ。父親に犯されるくらいなら死ぬわ」
「それはできない。君にそんなことを言う資格はない。もし俺たちが敗れて君が汚されることになったとしても、それでも生きていろ」
残酷だ。残酷な正論を吐く。
「あなたはこれまで獣人をたくさん殺してきたんでしょう? 今更私一人増えても――――」
「嫌だ」
ヴィクトリアの言葉に被せるように、レインはきっぱりと、はっきりと断った。
「たとえどんなに辛くても、生きろ」
ヴィクトリアの目から大粒の涙がボロボロと頬を伝う。大切なものを失っても生きろとは、過酷だ。
「なら、なら……」
ヴィクトリアは縋るように懇願する。
「ならお願いよ、今すぐここで、私を抱いて」
レインは目を大きく見開き、とても驚いた顔をしていた。
「一度だけでいいのよ。その後は捨ててくれて構わないから。獣人は最初に番った相手に一生囚われて生きることになる。私はずっとあなたを思い続けるでしょう。でもあなたに迷惑はかけないから。そうすればシドに抱かれても、心は自由でいられる」
「断る」
ヴィクトリアは打ちひしがれたように瞼を強く閉じた。逃げ道すら渡してくれないのか。
「俺の家族はシドのせいで惨たらしく死んだ。何百万回殺しても殺し足らないくらい憎んでいる相手の娘を、なんで抱かなきゃいけないんだ」
ヴィクトリアは理解した。
(救いの手を差し伸べたくないほどに、彼は私を憎んでいる)
レインはヴィクトリアに背を向けて外へ出て行こうとする。
「待ってお願い! 行かないで! レイン!」
叫んだが、レインは外に出てしまった。
「レイン!」
ヴィクトリアはずるずると床に膝を突き、慟哭しながらレインが出て行った扉を見つめた。嗅覚で探る限り、レインは扉の向こうで立ったまま動かない。去っていく様子はなく、彼は見張りの職務は全うするつもりなのだろう。
シドの匂いが強くなっていく。ヴィクトリアの脳裏に昨夜の光景が蘇った。シドがすぐそばにいて射殺すような視線を向けてくる。幻聴がする。シドの声が聞こえる。呼吸が上手くできない。涙が止まらない。自分の心臓の音が早すぎて身体が思うように動かない。
ヴィクトリアは身体を激しく震わせながら悶えるように泣き続けた。
******
ふいにヴィクトリアの泣き声が止んだ。ヴィクトリアは目を閉じている。蹲っていた身体が弛緩し、傾いで床に倒れそうになるが、床に横たわる寸前に身体がピタリと止まる。ヴィクトリアの身体が空中にふわりと浮かび上がった。
激しい音を立てて小屋の出入り口が開いた。ヴィクトリアの泣き声が急に止んだことに異変を感じて入ってきたのはレインだ。レインは空中を移動するヴィクトリアを見て足を止めたが、摩訶不思議な光景を見てもさほど驚いた様子はない。
ヴィクトリアは音もなく寝台まで運ばれて、その上にゆっくりと降ろされた。ヴィクトリアは苦しげな表情のままだったが、瞼を閉じて眠っていた。
ヴィクトリア以外誰もいなかったはずの檻の中に、突如人影が現れた。
茶色い長めの髪を一つに結わえ、上下共に黒の動きやすい服装をした若い女だった。女は眠るヴィクトリアを見た後、小屋の戸口を締めて内鍵まで締めてしまったレインに向き直る。
「姫さん、なんか壊れかけ寸前みたくなってたぞ。自傷でもされたら堪らないから眠らせといたけど。気になって様子を見に来てよかったよ」
女はだいぶ砕けた物言いをする。レインは女をじっと見つめた。
「シリウス…… だよな?」
レインが声をかけた直後、二十代中頃くらいだった女の姿が一瞬にして十代後半ほどの少年の姿に変わった。丸みを帯びた女性的な柔らかな顔付きから、どこかきりっとした面差しを持つ少年のものに変わる。髪の色はそのままだが長さは短くなり、女性にしては長身だった背もやや低いものに変わる。
「違いますよ。秘密潜入捜査官のオリオン君ですよ。俺の本名をむやみに口にしないでくれ」
『オリオン』と名を訂正したその人物の声は、先程のアルト域の女性の声質ではなく、低めの少年の声に変わっていた。
「そうだったな。すまない」
「誰も聞いてないっぽかったからいいけどさ」
悄然として項垂れるレインに『オリオン』は軽い調子で返したが、レインの表情は冴えない。レインの顔はヴィクトリアに対した時のように感情を全て欠落させたようなものではなく、落ち込み暗い表情をしていた。
「彼女が、死にたいと言ったんだ」
「まあ、あんなのにずっと支配され続けたら死にたくもなるわな」
ヴィクトリアの閉じられた瞼の縁にはまだ涙が滲んでいる。
レインは、ヴィクトリアを眺めるだけだ。
『オリオン』が檻の中からすっと姿を消す。次の瞬間には檻の外、レインのすぐ側にいた。ぽんぽん、と励ますようにレインの肩を叩く。
「そう気を落とすな。もうすぐ全部終わる。あの子も苦しみから解放される。全てがいきなり上手く回り出すことはないと思うけど、色んなことがちょっとずつ良くなっていくさ。姫さんのこと頼むな」
そう言ってから、『オリオン』は屈伸運動を始めた。
「呼ばれてるからもう戻らないと。よし、いっちょ魔王を捕獲してきますか」
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