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対銃騎士隊編
27 囚われの身の上
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誰かの手の温もりを感じた。誰かがヴィクトリアの手を握っている。
ヴィクトリアはゆっくりと覚醒していく。目の中に明るい光が入り込んだ。
(もう朝なのかしら)
周囲を見回して、いつもの見慣れた部屋の中ではないことに一瞬混乱する。ヴィクトリアの部屋よりも狭くて、家具はほとんど何も置かれていない。白い壁に囲まれていて、ヴィクトリアが横たわる寝台脇に小さなテーブルが一つあった。
それから、銃騎士の隊服を着た黒髪の男が椅子に座り、ヴィクトリアの手を取りながら今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを見ていた。
ヴィクトリアは昨日起こった出来事を思い出し、はっと目を見開いた。
身体を起こそうとして、けれど思うように手が動かない。見れば自分の両手に手枷が嵌められていた。金属製の手枷はがっしりとしてかなり厚みのあるもので、シドくらいならこんなもの一瞬で粉砕しそうだが、ヴィクトリアが力を入れてみても僅かに軋んだのみで壊せなかった。
黒髪の男はヴィクトリアの手を放して既に立ち上がっていた。目が僅かに充血していたが顔は無表情だったので、先程の泣きそうな顔は見間違いだったのかもしれないと思った。
男は背を向け、この部屋に二つある扉の一つから外へ出て行こうとする。
「……待って」
声はちゃんと出す事ができた。痺れ薬の効果は消えているようだ。
男は一瞬立ち止まったが、振り返ることなく部屋を出て行った。
ヴィクトリアは上体を起こした。男の後を追おうとして床に足を付けたが、立ち上がった途端よろけて拘束されたままの両手を床に突いてしまう。
ガシャリ…… と金属が鳴る不快な音がして、見れば片方の足首に鎖の繋がった金属の輪が取り付けられていた。鎖は寝台の柵の部分に括り付けられていて、鎖の長さからして寝台を引きずりでもしない限りこの部屋からは出られないだろう。
手枷に足枷。それを見たからというわけでもないが、起きた時から軽く目眩がしている。
(痺れ薬の副反応かも……)
あんな少量でも威力を発揮するとは、我ながら強力な物を作ったらしい。
身体の気だるさを覚えつつ、ヴィクトリアは目覚めた時から感じる違和感の正体に気付く。
昨日と服が違う。
昨日は、白のブラウスと若葉色のロングスカートだったが、現在身に付けているのは水色の膝丈ワンピースだ。薄く柔らかい布地で出来ていて、腰の辺りは窄まり、スカート部分は布が二重になって上の布は薄く透き通っている。単調だが上品さを感じさせる一着だ。布地の質が良いのでわりと高級なものだろう。
太もものガーターホルダーは変わらずいつもの位置にあったが、短剣自体は無い。昨日あの黒髪の男に取り上げられてしまったので、おそらく彼が持っているのだろう。リュージュの外套も無くなっている。
着ている服から先程の黒髪の男の匂いが強く残っていて、自分の身体からもあの男の香りを僅かに感じた。残り香の状態から黒髪の男性が着替えさせたようだと気付いたヴィクトリアは青くなった。襟元から服の内部を覗いたが、下着は里から逃げた時のままのようでほっとする。
だが、下着姿は見られてしまったと思い今度は赤くなった。
ヴィクトリアの胸の辺りに、シドから付けられたはずの痕が無かった。消えている。それどころか昨日短剣で付けたはずの切り傷も見当たらない。
もしかすると自分は一週間くらい寝こけてしまったのだろうかと思ったが、ヴィクトリアに残るシドの匂いはかなり濃いままで、あの出来事は昨日起こったことだと彼女に告げていた。
痕が完全に消えるのにはそこそこ時間がかかる。昨日の今日でまっさらな状態になるなんて、そんなこと起こるはずがない。一体どうなっているのだろう。
ヴィクトリアはよろよろと立ち上がると、寝台に腰掛けた。
外からは剣戟の音と複数の男性の掛け声が聞こえてくる。ここはたぶん銃騎士隊の本部か何かなのだろう。
銃騎士隊に捕まった獣人は、ごく一部の例外を除き、ほとんどが死罪となる。
(やっと里から出られたのに、何ですぐ銃騎士に捕まるのかしら…… 死罪なんて御免だわ)
何とかここから逃げ出さないと。
そんな事を考えていると、部屋の外から人間の男性の匂いが複数近付いてきた。足音も大きくなり扉が叩かれる。
「失礼する」
涼やかで張りのある凛とした男性の声がしたかと思うと、扉が開かれた。
ヴィクトリアは現れたその人物に目を奪われ、釘付けとなった。光り輝くようなとんでもなく見目麗しい男がそこにいた。
男は色素が薄めの輝く白金髪に、宝石のような紺碧の瞳をしていて、彼が動くたびに周囲の空気が浄化されていくようだった。
ヴィクトリアは獣人の多い里の中で暮らしてきて、美形は見慣れているつもりだったが、これまでの人生で見た中で一番美しい男だった。こんな美形は見たことがない。まさか人間でここまで美しい者がいるとは。
「初めまして、ヴィクトリア」
その男の声はやはり美しく、心地よくてずっと聞き入っていたくなる。
「私を知っているの?」
「銃騎士隊員で君のことを知らない者はいないよ。ヴィクトリアと言えば獣人王シドの愛娘として有名だ。その姿を見せただけでどんな男も虜にする魔性の女」
(魔性? 何よそれは。実態とはかなりかけ離れているわね)
「私は銃騎士隊二番隊長代行のジュリアス・ブラッドレイだ」
ヴィクトリアが何も言えずにいると、白金髪の男が自己紹介をした。ジュリアスと名乗ったその男の左薬指に指輪があった。人間は伴侶と揃いの指輪を付ける習慣があるそうだから、既婚者か彼女持ちのようだ。彼の身体から一人の女性の匂いが漂う。人間の女だ。
ジュリアスの後ろには同じく隊服を着た男たちが何人か控えているので、ここにいる全員が銃騎士だろう。その中に先程の黒髪の男もいた。
「体調はどう?」
「少し目眩がするけど、問題ないわ」
「うちの隊員が君を見つけた時には意識を失いかけていたそうで、ここに運ばせてもらった」
「ここはどこなの?」
「銃騎士隊九番隊砦だ」
頭の中で地図を思い浮かべる。九番隊砦は四方を山に囲まれた場所にあり、わりと広い敷地を持っていて銃騎士隊員や学生たちの訓練や合宿などによく使われている場所だ。
里からは遠いが、港からも離れてしまった。
ジュリアスはまだ若い。たぶん二十代前半くらいだろうに隊長代行とは、優秀なのだろうか。部下を従えた彼はまるで王様のようだった。気品があり、すべての者の頂点に立っているような自信と生気に満ち溢れている。
九番隊ではなく、二番隊の偉い人が来たことに少しだけ引っかかりを覚えたが、それよりも聞きたいことがある。
「私はこれからどうなるの? 死罪になるの?」
「それを決めるのは我々ではない。もっと上の者が決める。これから数日間取り調べを行い、沙汰が決まるのはそれからだ。処遇が決まるまではできるだけ丁重に扱うことを約束しよう。何か要望があれば遠慮なく言ってもらって構わない。何かあるか?」
ヴィクトリアはジュリアスを眺め、真面目な顔で言った。
「お腹がすいたわ。それから、お風呂に入りたい」
ヴィクトリアはゆっくりと覚醒していく。目の中に明るい光が入り込んだ。
(もう朝なのかしら)
周囲を見回して、いつもの見慣れた部屋の中ではないことに一瞬混乱する。ヴィクトリアの部屋よりも狭くて、家具はほとんど何も置かれていない。白い壁に囲まれていて、ヴィクトリアが横たわる寝台脇に小さなテーブルが一つあった。
それから、銃騎士の隊服を着た黒髪の男が椅子に座り、ヴィクトリアの手を取りながら今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを見ていた。
ヴィクトリアは昨日起こった出来事を思い出し、はっと目を見開いた。
身体を起こそうとして、けれど思うように手が動かない。見れば自分の両手に手枷が嵌められていた。金属製の手枷はがっしりとしてかなり厚みのあるもので、シドくらいならこんなもの一瞬で粉砕しそうだが、ヴィクトリアが力を入れてみても僅かに軋んだのみで壊せなかった。
黒髪の男はヴィクトリアの手を放して既に立ち上がっていた。目が僅かに充血していたが顔は無表情だったので、先程の泣きそうな顔は見間違いだったのかもしれないと思った。
男は背を向け、この部屋に二つある扉の一つから外へ出て行こうとする。
「……待って」
声はちゃんと出す事ができた。痺れ薬の効果は消えているようだ。
男は一瞬立ち止まったが、振り返ることなく部屋を出て行った。
ヴィクトリアは上体を起こした。男の後を追おうとして床に足を付けたが、立ち上がった途端よろけて拘束されたままの両手を床に突いてしまう。
ガシャリ…… と金属が鳴る不快な音がして、見れば片方の足首に鎖の繋がった金属の輪が取り付けられていた。鎖は寝台の柵の部分に括り付けられていて、鎖の長さからして寝台を引きずりでもしない限りこの部屋からは出られないだろう。
手枷に足枷。それを見たからというわけでもないが、起きた時から軽く目眩がしている。
(痺れ薬の副反応かも……)
あんな少量でも威力を発揮するとは、我ながら強力な物を作ったらしい。
身体の気だるさを覚えつつ、ヴィクトリアは目覚めた時から感じる違和感の正体に気付く。
昨日と服が違う。
昨日は、白のブラウスと若葉色のロングスカートだったが、現在身に付けているのは水色の膝丈ワンピースだ。薄く柔らかい布地で出来ていて、腰の辺りは窄まり、スカート部分は布が二重になって上の布は薄く透き通っている。単調だが上品さを感じさせる一着だ。布地の質が良いのでわりと高級なものだろう。
太もものガーターホルダーは変わらずいつもの位置にあったが、短剣自体は無い。昨日あの黒髪の男に取り上げられてしまったので、おそらく彼が持っているのだろう。リュージュの外套も無くなっている。
着ている服から先程の黒髪の男の匂いが強く残っていて、自分の身体からもあの男の香りを僅かに感じた。残り香の状態から黒髪の男性が着替えさせたようだと気付いたヴィクトリアは青くなった。襟元から服の内部を覗いたが、下着は里から逃げた時のままのようでほっとする。
だが、下着姿は見られてしまったと思い今度は赤くなった。
ヴィクトリアの胸の辺りに、シドから付けられたはずの痕が無かった。消えている。それどころか昨日短剣で付けたはずの切り傷も見当たらない。
もしかすると自分は一週間くらい寝こけてしまったのだろうかと思ったが、ヴィクトリアに残るシドの匂いはかなり濃いままで、あの出来事は昨日起こったことだと彼女に告げていた。
痕が完全に消えるのにはそこそこ時間がかかる。昨日の今日でまっさらな状態になるなんて、そんなこと起こるはずがない。一体どうなっているのだろう。
ヴィクトリアはよろよろと立ち上がると、寝台に腰掛けた。
外からは剣戟の音と複数の男性の掛け声が聞こえてくる。ここはたぶん銃騎士隊の本部か何かなのだろう。
銃騎士隊に捕まった獣人は、ごく一部の例外を除き、ほとんどが死罪となる。
(やっと里から出られたのに、何ですぐ銃騎士に捕まるのかしら…… 死罪なんて御免だわ)
何とかここから逃げ出さないと。
そんな事を考えていると、部屋の外から人間の男性の匂いが複数近付いてきた。足音も大きくなり扉が叩かれる。
「失礼する」
涼やかで張りのある凛とした男性の声がしたかと思うと、扉が開かれた。
ヴィクトリアは現れたその人物に目を奪われ、釘付けとなった。光り輝くようなとんでもなく見目麗しい男がそこにいた。
男は色素が薄めの輝く白金髪に、宝石のような紺碧の瞳をしていて、彼が動くたびに周囲の空気が浄化されていくようだった。
ヴィクトリアは獣人の多い里の中で暮らしてきて、美形は見慣れているつもりだったが、これまでの人生で見た中で一番美しい男だった。こんな美形は見たことがない。まさか人間でここまで美しい者がいるとは。
「初めまして、ヴィクトリア」
その男の声はやはり美しく、心地よくてずっと聞き入っていたくなる。
「私を知っているの?」
「銃騎士隊員で君のことを知らない者はいないよ。ヴィクトリアと言えば獣人王シドの愛娘として有名だ。その姿を見せただけでどんな男も虜にする魔性の女」
(魔性? 何よそれは。実態とはかなりかけ離れているわね)
「私は銃騎士隊二番隊長代行のジュリアス・ブラッドレイだ」
ヴィクトリアが何も言えずにいると、白金髪の男が自己紹介をした。ジュリアスと名乗ったその男の左薬指に指輪があった。人間は伴侶と揃いの指輪を付ける習慣があるそうだから、既婚者か彼女持ちのようだ。彼の身体から一人の女性の匂いが漂う。人間の女だ。
ジュリアスの後ろには同じく隊服を着た男たちが何人か控えているので、ここにいる全員が銃騎士だろう。その中に先程の黒髪の男もいた。
「体調はどう?」
「少し目眩がするけど、問題ないわ」
「うちの隊員が君を見つけた時には意識を失いかけていたそうで、ここに運ばせてもらった」
「ここはどこなの?」
「銃騎士隊九番隊砦だ」
頭の中で地図を思い浮かべる。九番隊砦は四方を山に囲まれた場所にあり、わりと広い敷地を持っていて銃騎士隊員や学生たちの訓練や合宿などによく使われている場所だ。
里からは遠いが、港からも離れてしまった。
ジュリアスはまだ若い。たぶん二十代前半くらいだろうに隊長代行とは、優秀なのだろうか。部下を従えた彼はまるで王様のようだった。気品があり、すべての者の頂点に立っているような自信と生気に満ち溢れている。
九番隊ではなく、二番隊の偉い人が来たことに少しだけ引っかかりを覚えたが、それよりも聞きたいことがある。
「私はこれからどうなるの? 死罪になるの?」
「それを決めるのは我々ではない。もっと上の者が決める。これから数日間取り調べを行い、沙汰が決まるのはそれからだ。処遇が決まるまではできるだけ丁重に扱うことを約束しよう。何か要望があれば遠慮なく言ってもらって構わない。何かあるか?」
ヴィクトリアはジュリアスを眺め、真面目な顔で言った。
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