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故郷編

11 感情(ヴィクトリア視点→三人称)

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 シドの館の四階、最上階に彼の部屋はあった。

 三人は扉の前に立った。中からはミランダがすすり泣く声が聞こえる。
 ナディアは扉をコンコンと叩いた。

「父様、ええと、お話があります。ここを開けてはもらえないでしょうか?」

『失せろ』

 にべもないが、ナディアは諦めない。

「とても大事なお話なのです。実はそこのミランダには将来を誓い合った男がおりまして、父様には大変申し訳ないのですが、譲っていただけないでしょうか」

 ナディアは肘で隣のリュージュを突いた。

「えーと…… 俺とミランダは、あ、愛し合っていて、つ、番になる約束をしています…… カエシテクダサイオネガイデス」

 恥ずかしいのか最後に至っては棒読みが酷すぎる。これでは演技だとばればれではないか。

 ヴィクトリアは慌てて何とかしようと、できるだけ優しげな声音で呼びかけた。

「シド、他の女の子に現を抜かすなんて、とても悲しいわ。とにかく話がしたいの。ここを開けてもらえないかしら」

 返事が無い。やや間があって、ガチャリと扉が開いた。

 シドの着衣に乱れはなかったが、連れているミランダは服を辛うじて引っ掛けているような状態で、下着と柔肌が見えていた。

 シドは扉を開けるや否や、リュージュの身体めがけて膝蹴りを入れた。
 
 リュージュは咄嗟に防御の姿勢を取ったが、後方に吹っ飛んだ。背中から廊下の壁に叩き付けられて、上体がずり落ちる。

「リュージュ!」

 シドは駆け寄ろうとしたヴィクトリアの腕を掴んで止めると、反対の手で捕らえていたミランダを、荷物よろしくリュージュに向かって放り投げた。

「きゃあ!」

 悲鳴を上げたミランダがリュージュに衝突する直前、ナディアが滑り込んで彼女の身体を抱き止めた。ミランダは無事だ。

「そいつはくれてやる。交換だ」

 ヴィクトリアはシドが扉を開けて現れた時から、ぞわりと全身が粟立っていた。

 シドがヴィクトリアを見る目つきは、じっとりと絡み付くような欲にまみれている。

 この目をした時のシドには近づいてはいけないと、本能に近い部分で知っていた。

 逃げようとしたが腰に腕を回され、抱き込まれる。

「は、離してっ!」

 密室で二人きりになんて絶対になってはいけないのに、無情にも扉は閉じられ、鍵を掛けられた。

 ヴィクトリアはシドの怪力に抗うこともできず、寝台まで引っ張り込まれてしまった。

「ヴィクトリア!」

 リュージュの声がした。扉を壊さんほどの勢いで激しく叩いている。
 
 シドは組敷いたヴィクトリアを瞳孔の開いた瞳で見下ろし、舌舐めずりをした。

 ヴィクトリアは赤い舌が蠢くのを見て悲鳴を上げた。

 シドの手がスカートをたくし上げて、太ももを撫で廻す。ガーターホルダーに収めた短剣が揺れた。

「お前、肉付きが良くなったな」

 太ももを舐められながら吐息混じりの低い声で囁かれた。逃げようとして全身をよじるが、抑え込まれて動けない。シドに顎を掴まれて上を向かせられる。息が掛かるほどの距離にシドの顔があって、さらに近づいてくる。

 ヴィクトリアの全身を覆ったのは虚無感だった。これまでなのか。自分はもう、この男のものになるしかないのか。

 ヴィクトリアは気付かなかった。

 誰も内側の鍵には触れていないのに、その鍵が、勝手に動き――――開いたことを。

 そこからは一瞬だった。一瞬よりも短い時間だったかもしれない。

 開け放たれた扉からリュージュが飛び出し、ヴィクトリアの元まで駆け抜ける。

 リュージュの姿を認めた途端、ヴィクトリアは身の内に抑え込んでいたはずの何かが溢れるを感じた。溢れて零れてどうにもならない。その感情の名前を、ヴィクトリアは知っていた。










******





 リュージュはシドを殺すつもりで、抜身の剣を振り下ろした。
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