20 / 220
故郷編
18 扉越し
しおりを挟む
頭と身体にタオルを巻いただけの状態で、ヴィクトリアは鏡台の前に立った。身体に巻いたタオルを外し、先程シドに付けられた痕を眺めた。首と、胸に近い所と、お腹にも痕が付いていた。
付けられたばかりだから赤みが強い。湯で身体を温めたせいかよりくっきり浮かび上がっている。シドの匂いもしばらく取れないだろう。
(早くここから逃げなきゃ。いつか取り返しがつかなくなる)
しかし安全に逃げる方法がない。最近はシドに付きまとわれているし、リュージュに会いに行くのさえ四苦八苦している。
それに、里から出るということは、リュージュとさよならするということだ。
リュージュと離れたくなかった。いずれやってくるその時に、自分はその選択ができるのだろうか。全く自信がなかった。シドに襲われかけた衝撃が尾を引いていて、ヴィクトリアの精神は弱りきっていた。
とにかく服を着ようと、ヴィクトリアが頭のタオルを外した時だった。部屋の扉が叩かれる。
誰か来た。
扉は金属製であまり隙間がないように作られている為、廊下の匂いは扉に近づかないと察知できない。食事を運んだり洗濯物を回収しに訪問する者はいるが、今はその時間ではない。
ヴィクトリアは警戒した視線を扉に向けた。
「ヴィクトリア、いるか?」
(その声は……)
「リュージュ?」
思わず名前を呼んでしまってから失敗したと思った。居留守でも使えばよかった。
「最近会ってなかったから心配になってさ。大丈夫か? 身体の具合でも悪いのか?」
「えと……」
会いに行かなかったのは意図的なので返答に困る。
「それともあいつに何かされたのか?」
声を一段低くし、僅かに攻撃的になった声で聞いてくる。思い当たることがありすぎて、一瞬身体が動かなくなった。
シドが頻繁に会いにくることはリュージュに言っていない。何かあったら頼るという約束を破ってしまっている。でももし話したら、リュージュはヴィクトリアを守ろうとするだろう。またあの時のように、リュージュが死んでしまうような目に遭うのは嫌だった。
「そんなことない、大丈夫よ」
「じゃあ無事かどうか確認するからここ開けて」
その言葉に驚いて身体が強張った。
「今お風呂上がりで何も着てないの。恥ずかしいからまた今度にしてね」
「服を着終わるまでここで待ってるよ」
(待ってるですって?)
ヴィクトリアは鏡越しの自分の姿を見た。今回も首筋にシドに付けられた痕がある。服装や化粧で隠すこともできるが、シドに会ったばかりなので付けられた匂いは濃いままだ。こんな状態では会えない。
「髪の毛を乾かすのに時間がかかるの。夜になってしまうわ。また会いに行くから、今日はごめんなさい」
「そうか…… わかった」
どうしても会いたくない感じが伝わってしまったのだろう。返事をしたリュージュの声に元気がなかった。
足音が遠ざかって行く。
リュージュの足音が完全に聞こえなくなってから、ヴィクトリアは扉に駆け寄った。身を預けるようにして扉に寄り添う。
扉の隙間から、リュージュの匂いがする。深く呼吸して、その匂いを身の内に取り込んだ。
「リュージュ、リュージュ……」
(会いたい…… 会いたい…………)
本当は今すぐ会いたい。
できれば抱きしめてほしい。
リュージュに会っている時だけ、側にいて彼の匂いに触れ、言葉を交わし、彼の姿を見ている時だけ、ヴィクトリアは生きていて良かったと思えた。
ヴィクトリアは扉に寄りかかるように蹲って、次第に薄れていく彼の残り香を感じながら、泣いていた。
その後リュージュが二度ほど訪ねてきたが、居留守を使ってしまった。
シドの匂いが薄まった頃に幾度か会いに行こうと試みたが、悉く邪魔されて叶わず、半月ほどが経過した。
結局丸々一月ほど、まともにリュージュと会うことができなかった。これほど長く会えなかったのは初めてだった。
付けられたばかりだから赤みが強い。湯で身体を温めたせいかよりくっきり浮かび上がっている。シドの匂いもしばらく取れないだろう。
(早くここから逃げなきゃ。いつか取り返しがつかなくなる)
しかし安全に逃げる方法がない。最近はシドに付きまとわれているし、リュージュに会いに行くのさえ四苦八苦している。
それに、里から出るということは、リュージュとさよならするということだ。
リュージュと離れたくなかった。いずれやってくるその時に、自分はその選択ができるのだろうか。全く自信がなかった。シドに襲われかけた衝撃が尾を引いていて、ヴィクトリアの精神は弱りきっていた。
とにかく服を着ようと、ヴィクトリアが頭のタオルを外した時だった。部屋の扉が叩かれる。
誰か来た。
扉は金属製であまり隙間がないように作られている為、廊下の匂いは扉に近づかないと察知できない。食事を運んだり洗濯物を回収しに訪問する者はいるが、今はその時間ではない。
ヴィクトリアは警戒した視線を扉に向けた。
「ヴィクトリア、いるか?」
(その声は……)
「リュージュ?」
思わず名前を呼んでしまってから失敗したと思った。居留守でも使えばよかった。
「最近会ってなかったから心配になってさ。大丈夫か? 身体の具合でも悪いのか?」
「えと……」
会いに行かなかったのは意図的なので返答に困る。
「それともあいつに何かされたのか?」
声を一段低くし、僅かに攻撃的になった声で聞いてくる。思い当たることがありすぎて、一瞬身体が動かなくなった。
シドが頻繁に会いにくることはリュージュに言っていない。何かあったら頼るという約束を破ってしまっている。でももし話したら、リュージュはヴィクトリアを守ろうとするだろう。またあの時のように、リュージュが死んでしまうような目に遭うのは嫌だった。
「そんなことない、大丈夫よ」
「じゃあ無事かどうか確認するからここ開けて」
その言葉に驚いて身体が強張った。
「今お風呂上がりで何も着てないの。恥ずかしいからまた今度にしてね」
「服を着終わるまでここで待ってるよ」
(待ってるですって?)
ヴィクトリアは鏡越しの自分の姿を見た。今回も首筋にシドに付けられた痕がある。服装や化粧で隠すこともできるが、シドに会ったばかりなので付けられた匂いは濃いままだ。こんな状態では会えない。
「髪の毛を乾かすのに時間がかかるの。夜になってしまうわ。また会いに行くから、今日はごめんなさい」
「そうか…… わかった」
どうしても会いたくない感じが伝わってしまったのだろう。返事をしたリュージュの声に元気がなかった。
足音が遠ざかって行く。
リュージュの足音が完全に聞こえなくなってから、ヴィクトリアは扉に駆け寄った。身を預けるようにして扉に寄り添う。
扉の隙間から、リュージュの匂いがする。深く呼吸して、その匂いを身の内に取り込んだ。
「リュージュ、リュージュ……」
(会いたい…… 会いたい…………)
本当は今すぐ会いたい。
できれば抱きしめてほしい。
リュージュに会っている時だけ、側にいて彼の匂いに触れ、言葉を交わし、彼の姿を見ている時だけ、ヴィクトリアは生きていて良かったと思えた。
ヴィクトリアは扉に寄りかかるように蹲って、次第に薄れていく彼の残り香を感じながら、泣いていた。
その後リュージュが二度ほど訪ねてきたが、居留守を使ってしまった。
シドの匂いが薄まった頃に幾度か会いに行こうと試みたが、悉く邪魔されて叶わず、半月ほどが経過した。
結局丸々一月ほど、まともにリュージュと会うことができなかった。これほど長く会えなかったのは初めてだった。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!
まるい丸
恋愛
獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで……
「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」
「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」
「照れてないで素直になりなさい♡」
果たして彼女の婚活は成功するのか
※全5話完結
※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる