上 下
16 / 220
故郷編

14 交わらぬ思い 1(ヴィクトリア視点→サーシャ視点)

しおりを挟む
 ヴィクトリアは再びシドに抱かれて屋敷まで戻った。館の側まで来るとシドは地面を蹴って跳躍し、出て行った時と同様に窓から四階の自室へと戻った。シドにとってこのくらいの高さを飛び越えるのは朝飯前だ。この人の身体能力は底が見えない。

 部屋の中はシドが暴れたせいで壁が剥げ落ち、調度品なども壊れている。片付けをする者たちが何人か出入りしていた。

 リュージュの姿は既になかった。

 最後に見た時にナディアとミランダが駆け寄っていたから、きっと治療を受けていると信じたい。
 ヴィクトリアはリュージュが心配でたまらなかった。

 現状、移動の為の密着からは離れたが、ソファに降ろされた状態で、隣に座ったシドの腕が肩に回されている。

 シドは黒フードの男に相対してからずっと、何事かを考えている様だった。先程の続きを…… とはならなそうでほっとする。

 シドの私室に来ることはあまりないので、この先どうなるのだろうと思った。

(さっさと逃げたい)

「シド様」

 臣下の一人、すらりとした体躯で優男風の若い獣人が寄ってきた。ヴィクトリアより二つ年上のその金髪の青年とは幼い頃よく一緒に遊んだ覚えがある。遊んだというかいじめられたというか、あまりいい思い出がない。顔は優しそうだが中身は野蛮だ。彼は十代で臣下の待遇を受けるくらい、同年代の中ではずば抜けて強い。

「リュージュはどうします? 殺します?」

 穏やかな口調で生き死にの話を持ち出してくるので、寒気がした。

 ヴィクトリアはこの青年――アルベールが苦手だった。毎回「狩り」には必ず同行しているようだが、その際に微笑みながら嬉々として人間を殺し回っている。元来の殺し好き、異常者だ。
 大方、血の匂いで飛んで来たのだろう。

 ここでシドが殺すと言えば、本当に殺しに行ってしまう。

 ヴィクトリアは手に汗握りながらシドの言葉を待った。 

「ガキが一匹吠えただけだ。ほっとけ」
 
 よかった。ほっとして相好を崩しかけるが、シドの視線を感じ、表情筋を駆使して、ほんのわずかに安堵した程度の表情になるよう抑えた。自分を殺そうとした相手の生存を殊更喜ばれていい気はしないだろう。
 あまり過剰反応して刺激したくなかった。

 ヴィクトリアはここ数年で、本音を悟らせないように自在に表情を作り変えることが可能になっていた。
 どんなに嫌悪感を覚えたり泣きそうになっていても、顔には心から喜んでいるような朗らかな笑みを貼り付けることができる。シドに接しているうちに、そんな特技が身に付いてしまった。

「かしこまりました」

 アルベールは恭しく礼を取ると、失礼しましたと言って部屋から出て行こうとする。

 では私も、という感じで、アルベールに続いて流れで礼を取り下がろうとしたのに、腕が引っ張られてソファに座らされる。
 そう簡単には終わらないらしい。

「ヤり損った。代わりに癒せ」

 シドは横になると、太ももに頭を乗せてきた。

 膝枕くらいならいいかと思っていると、シドはスカートの上から太ももを撫で始めた。ヴィクトリアはその手をやんわりとどかそうとするが、逆に掴まれてしまい、手に口付けられた。

 次は何をされるのだろうと動悸がおかしくなったが、シドは目を閉じ、それ以上は何もしてこなかった。





******





 運び込まれたリュージュの身体を、医師が診察していく。
 目撃した者の話では吐血して、派手にやられていたそうなのだが、医師の見立てではそこまで悪くないという。

 開腹するまでもないとのことで、点滴に薬を流し込みそのまま様子を見ることになった。

「あとは私が付いています」

 医師や助手たちは病室から出ていった。

 サーシャは寝台の側の椅子に座り、リュージュを眺めていた。

 初めて会った時からは成長して凛々しくなってきたが、リュージュの寝顔にはまだあどけなさが残っている。

 リュージュの顔色は悪くないし、大丈夫だろうとサーシャは思った。族長にやられてこの程度で済むとは、身体が強いのか運が良いのか。

 三年前、リュージュが宴会場で族長に楯突いたあの日から、いつか、決定的な何かが起こるのではずっと冷や冷やしていた。

 もしもリュージュが命を落としたら、彼女の絶望は如何ばかりか。

 彼女は苦しんでいる。わかっているのに、手を差し伸べることができない。

 族長の報復が、怖い。

 里の他の面々も同じようなものだ。彼女に敵は多いが、皆が皆嫌っているわけではない。けれど族長の目を恐れて、遠巻きにしている。

 そんな中、たった一人、物怖じすることなく近づき信頼関係を築いているのは、尊敬に値する。

「うっ……」

 リュージュが軽く呻き、瞼がゆっくりと開いていく。

「リュージュ」

 呼びかけると、ぼんやりとしていた瞳が焦点を結んでいく。

「わかる? 大丈夫?」

「サー、シャ……?」

 サーシャは安堵し、満面の笑みを浮かべた。

「よかった。意識が戻って」

「俺、は……」

 そう言ってしばらく呆けたようにサーシャを見つめていたリュージュは、何かを思い出したようにはっと目を大きく見開くと、上体を起こそうとした。サーシャが慌ててそれを押し留める。

「ヴィクトリアは?」

 声を張り、焦ったように彼女の名を呼ぶ。

「落ち着いて。彼女は無事よ。まだ横になっていなければ駄目なんだから、寝ていなさい」

 リュージュの身体を寝台に横たえながら、優しく語りかける。

「ウォグバード様から伝言よ。ヴィクトリア様には自分が付いているから、よく休みなさいって」

「そう……か」

 先程様子を見に来たウォグバードがそんなことを言っていた。

 リュージュの身体から緊張が取れていく。と同時に、再び呻いて顔をしかめた。

「安静にしていれば治るそうよ。シド様と争うなんて無茶して…… でもよく頑張ったわね、偉いわ。大切なものを守ったのね」

 頭を撫でながらそう言うと、リュージュの顔が見る間に赤らんでいく。

「でも自分のことも大切にしなさい。しばらくは入院よ」

 また来るからよく寝ていなさい、と言って椅子から立ち上がろうとしたが、腕をリュージュに掴まれた。

 リュージュは赤らんだ顔をそのままに、恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、はっきりと告げた。

「もう少し…… 側にいてくれないか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

【本編完結/R18】獣騎士様!私を食べてくださいっ!

天羽
恋愛
閲覧ありがとうございます。 天羽(ソラハネ)です。宜しくお願い致します。 【本編20話完結】 獣騎士団団長(狼獣人)×赤い瞳を持つ娘(人間) 「おおかみさんはあたしをたべるの?」 赤い瞳は魔女の瞳。 その噂のせいで、物心つく前から孤児院で生活する少女……レイラはいつも1人ぼっちだった。 そんなレイラに手を差し伸べてくれたたった1人の存在は……狼獣人で王国獣騎士団のグラン・ジークスだった。 ーー年月が経ち成長したレイラはいつの間にかグランに特別な感情を抱いていた。 「いつになったら私を食べてくれるの?」 直球に思いを伝えてもはぐらかされる毎日……それなのに変わらずグランは優しくレイラを甘やかし、恋心は大きく募っていくばかりーーー。 そんなある日、グランに関する噂を耳にしてーーー。 レイラ(18歳) ・ルビー色の瞳、白い肌 ・胸まである長いブラウンの髪 ・身長は小さく華奢だが、大きめな胸 ・グランが大好きで(性的に)食べて欲しいと思っている グラン・ジークス(35歳) ・狼獣人(獣耳と尻尾が特徴) ・ダークグレーの髪と瞳、屈強な体躯 ・獣騎士団団長 剣術と体術で右に出る者はいない ・強面で冷たい口調だがレイラには優しい ・レイラを溺愛し、自覚は無いがかなりの過保護 ※R18作品です ※2月22日22:00 更新20話で完結致しました。 ※その後のお話を不定期で更新致します。是非お気に入り登録お願い致します! ▷▶▷誤字脱字ありましたら教えて頂けますと幸いです。 ▷▶▷話の流れや登場人物の行動に対しての批判的なコメントはお控え下さい。(かなり落ち込むので……)

オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!

まるい丸
恋愛
 獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで…… 「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」 「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」 「照れてないで素直になりなさい♡」  果たして彼女の婚活は成功するのか ※全5話完結 ※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。 安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

私の記憶では飲み会に参加していたハズだった(エロのみ)

恋愛
魔術協会所属の女性が飲み会に参加していたハズなのに気付けば知らない男に犯されていた、なエロシーンのみ。 ムーンライトより転載作品。

【R18】偽りの檻の中で

Nuit Blanche
恋愛
儀式のために聖女として異世界に召喚されて早数週間、役目を終えた宝田鞠花は肩身の狭い日々を送っていた。 ようやく帰り方を見付けた時、召喚主のレイが現れて……

処理中です...