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故郷編

13 正体(ナディア視点)

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「リュージュ! しっかりして!」

 駆け寄ったナディアは、リュージュの身体に手を置き声をかけるが、反応がない。顔が真っ青だ。これはまずいかもしれない。

 ヴィクトリアは父に連れられて窓から消えてしまった。
 直前の父の様子からして、おそらくまた外から来訪者が来たのだろう。妙なことにならなければいいが。
 
 とにかくリュージュを何とかしないと。こうなってしまったのは自分のせいでもある。

「誰か、医師を呼んできて!」

 騒ぎを聞きつけて廊下に何人か集まっていた。ナディアは彼らに向かって叫んだ。

 ナディアがリュージュの名を呼び続ける中、急な音がして部屋の扉が閉まり、ナディアは背後を振り返った。

 ナディアは内側の鍵が独りでに閉まるのを、見てしまった。

(誰も触っていないのに、なぜ?)

 部屋の中は、ナディアとリュージュと、それからミランダの三人だけになった。

 向かい側でリュージュを見下ろしていたミランダは、突如しゃがみ込んだ。

 ミランダがリュージュの腹部に両手をかざすと、淡い光が現れて、リュージュの身体に降り注ぐ。

(手から光が出るなんて、そんなことあるはずがない)

 自分の目がおかしくなってしまったんだろうかと、ナディアは目をこすったり瞬いたりしてみたが、眼前の状況は変わらない。

 ミランダはひどく真面目な顔で、リュージュに対している。

「ねえ…… 何してるの?」

「治療だよ。治癒魔法」

(魔法?)

 戸惑いながら問かければ、さらりとそんな答えが返ってくる。

 リュージュの青白かった顔に、僅かに生気が戻りつつある。

(ミランダが魔法でリュージュを治しているってこと? でも魔法なんて、お伽話でしか聞いたことが……………………

 いや、違う。

 いる。魔法使いは存在する)

 確か里に連れて来られた人間から聞いたことがあった。
 場所はどこだか忘れてしまったけど、どこかの貴族の娘が生まれつき不思議な力を持っていて、神秘的な光の力で怪我を治したり、透視の力で真実を見極めたりしたそうだ。
 少女は聖女と呼ばれ、最終的にはハンターになったという。

 少女が魔法で人々を救う。荒唐無稽な話だと思い、軽く相槌をしただけで聞き流してしまったけど、今なら信じられる。

 聖女はある日突然いなくなった。

 姿を消して、行き先は誰も知らない。

 彼女は失われた聖女と呼ばれている。

(もしかして、ミランダがそうなの?)

「あなたは、失われた聖女なの?」

「聖女……?」

 ミランダは首を捻った。

「違うね、そんなものじゃない。俺はただの『影』だ」

(俺?)

「影」という発言内容もよくわからないが、何より、自分のことを「俺」と言ったことに引っかかりを覚えた。

(もしかして、男?)

 ナディアは先程からのミランダの様子に違和感を感じていた。声は少女のものなのに、喋り方は明らかにいつもと違う。まるで少年のようだ。

「あなた…… 一体、何者なの?」

 顔に緊張を走らせながら問いかけるナディアを見て、ミランダはふっと笑った。その笑い方も、いつもと違う。

 ミランダはいつも優しく柔らかい笑みを向けてくるのに、目の前で笑みを浮かべてナディアを見る少女の表情は、捕らえた獲物をこれからどう調理しようかと考えて、楽しんでいるように見えた。

「完全に治すと怪しまれるから、命に別状がない程度でやめとくよ。あとはしばらく寝てれば治るだろ」

 光が消え、手をかざすのをやめたミランダが立ち上がった。ずいっと距離を詰められて、思わず後退る。

「助けに来てくれたナディアちゃん、とっても格好良かった。ありがとう。大好きだよ」

 この状況で大好きと言われて喜べるはずもなく、到底受け入れられない。

 ミランダは自分の指を口元へ持ってくると、咥えて、舐めた。

「大好きだよ、ナディアちゃん」

 ミランダはナディアを見つめ、うっとりと笑いかけた。

 ぞわっと、身体中を悪寒が走り抜ける。

 警告、警告、警告。この人物は危険だと、第六感のようなものが告げていた。

「秘密を知られたからには、このままってわけにはいかない」

 逃さない、とでも言うように、ミランダがナディアの腕を強く掴んだ。

 誰かが、扉を叩く音が響く。

「開かないぞ、どうなってるんだ?」

 ナディアは扉に向かって何かを言おうとした。しかし異変に気付き、ナディアは困惑した様子で喉元を抑える。

(声が出ない――――――)

「心配しないで。二人っきりになったら戻してあげるよ」

 恐怖にも似た表情を貼りつかせるナディアを、ミランダは熱っぽい視線で見つめていた。
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