7 / 220
故郷編
5 リュージュ
しおりを挟む
約束をしているわけではなかったが、外で読書をしていると、リュージュはまめにヴィクトリアの所にやって来るようになった。
年は十一歳だというので、ヴィクトリアの一つ下だ。
「リュージュはどこに住んでいたの?」
「狩り」で里から出る機会はあったけど、それほど多くのことがわかるわけではなかったので、外の世界を知るリュージュの話は貴重な情報源だ。
「山の中とか森の中とか、人間に見つからないように隠れて暮らしてた。危なくなったら移動してたから、どこか一ヶ所にずっといたわけじゃない」
「一人で?」
「いや、兄貴と二人で。兄貴が俺の親代わりみたいなもんだったな」
産まれた時には既に両親はいなかったらしい。
「お兄さんは?」
「それが兄貴が番を持つことになってさ。いつまでもくっついてるわけにいかないし、一人立ちしようと思って兄貴と別れたんだ。やることなかったし、悪名高いシドの顔でも拝んでやるかと思った」
「それでこの里まで来たのね」
リュージュは遠くを見るような眼をして、どこか寂しそうに呟く。
「シドのことは知ってたし、どんな奴か一目見ておきたかったんだ。できれば一泡吹かせてやりたい、なんて思ってたけど、俺とあいつじゃ天と地ほどに違う。あいつは、化け物すぎる」
悔しそうにそう言ってから、ヴィクトリアを見た。
「シドにはなんか…… 会わなきゃよかったって後悔したんだ。でも、」
にこりと笑う。
「お前に会えてよかったよ」
眩しいくらいの笑顔を見せてくるので、気恥ずかしくなる。
リュージュは身体が丈夫なのか回復が早く、しばらくすると腕の包帯も取れた。シドに負わされた怪我は完全に治ったようだ。
リュージュはこの里で暮らすことに決めたらしい。既にシドの館からは出ていて、シドの臣下であるウォグバードが教育係となって、彼の家に身を寄せていた。
ウォグバードは隻眼でいかつい顔をした壮年の獣人で、かなり前に番を亡くしている。戦闘力が落ちるという理由で鼻を焼かずに長い間一人きりだ。ずいぶんと厳格な男で、シドに爪の垢でも飲ませてやりたいと思う。
子供がいなかったので、リュージュと暮らすのはちょうどいいのかもしれない。
ヴィクトリアとしては、自由の身であるのになぜわざわざこんな所で暮らそうと思うのか不思議でならない。その疑問をぶつけると、リュージュはこう返してきた。
「他に行く当てもないし、お前がここにいるから」
リュージュはちょくちょくおかしなことを言う。
リュージュに下心みたいなものは全くない。一度触るなと言ったことを覚えているようで、ヴィクトリアに触れてくることはなかった。
ただ一緒の空間にいてたわいもない話をしたり、文字が読めないらしいリュージュに教えたりしていた。
リュージュが、剣術使いでもあるウォグバードに鍛えられた後などは、彼はくたくたになってあまり話もせずぼーっとしていて、気付くと隣で寝ている。ヴィクトリアは可愛らしい寝顔を眺めては癒やされていた。
ヴィクトリアには一つ気掛かりがあった。リュージュとわりと親しく交流を持つようになったのに、シドが介入してこないことだ。
以前、母が死んだばかりの頃は、少しでも同年代の少年たちと過ごそうものなら、すぐにシドがやってきて子供たちを蹴散らしていた。
シド自体がもはやそんなことは気にしなくなったのならそれでいいのだが、リュージュとのことは放置されているようで、少し不気味だった。
年は十一歳だというので、ヴィクトリアの一つ下だ。
「リュージュはどこに住んでいたの?」
「狩り」で里から出る機会はあったけど、それほど多くのことがわかるわけではなかったので、外の世界を知るリュージュの話は貴重な情報源だ。
「山の中とか森の中とか、人間に見つからないように隠れて暮らしてた。危なくなったら移動してたから、どこか一ヶ所にずっといたわけじゃない」
「一人で?」
「いや、兄貴と二人で。兄貴が俺の親代わりみたいなもんだったな」
産まれた時には既に両親はいなかったらしい。
「お兄さんは?」
「それが兄貴が番を持つことになってさ。いつまでもくっついてるわけにいかないし、一人立ちしようと思って兄貴と別れたんだ。やることなかったし、悪名高いシドの顔でも拝んでやるかと思った」
「それでこの里まで来たのね」
リュージュは遠くを見るような眼をして、どこか寂しそうに呟く。
「シドのことは知ってたし、どんな奴か一目見ておきたかったんだ。できれば一泡吹かせてやりたい、なんて思ってたけど、俺とあいつじゃ天と地ほどに違う。あいつは、化け物すぎる」
悔しそうにそう言ってから、ヴィクトリアを見た。
「シドにはなんか…… 会わなきゃよかったって後悔したんだ。でも、」
にこりと笑う。
「お前に会えてよかったよ」
眩しいくらいの笑顔を見せてくるので、気恥ずかしくなる。
リュージュは身体が丈夫なのか回復が早く、しばらくすると腕の包帯も取れた。シドに負わされた怪我は完全に治ったようだ。
リュージュはこの里で暮らすことに決めたらしい。既にシドの館からは出ていて、シドの臣下であるウォグバードが教育係となって、彼の家に身を寄せていた。
ウォグバードは隻眼でいかつい顔をした壮年の獣人で、かなり前に番を亡くしている。戦闘力が落ちるという理由で鼻を焼かずに長い間一人きりだ。ずいぶんと厳格な男で、シドに爪の垢でも飲ませてやりたいと思う。
子供がいなかったので、リュージュと暮らすのはちょうどいいのかもしれない。
ヴィクトリアとしては、自由の身であるのになぜわざわざこんな所で暮らそうと思うのか不思議でならない。その疑問をぶつけると、リュージュはこう返してきた。
「他に行く当てもないし、お前がここにいるから」
リュージュはちょくちょくおかしなことを言う。
リュージュに下心みたいなものは全くない。一度触るなと言ったことを覚えているようで、ヴィクトリアに触れてくることはなかった。
ただ一緒の空間にいてたわいもない話をしたり、文字が読めないらしいリュージュに教えたりしていた。
リュージュが、剣術使いでもあるウォグバードに鍛えられた後などは、彼はくたくたになってあまり話もせずぼーっとしていて、気付くと隣で寝ている。ヴィクトリアは可愛らしい寝顔を眺めては癒やされていた。
ヴィクトリアには一つ気掛かりがあった。リュージュとわりと親しく交流を持つようになったのに、シドが介入してこないことだ。
以前、母が死んだばかりの頃は、少しでも同年代の少年たちと過ごそうものなら、すぐにシドがやってきて子供たちを蹴散らしていた。
シド自体がもはやそんなことは気にしなくなったのならそれでいいのだが、リュージュとのことは放置されているようで、少し不気味だった。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
執着系狼獣人が子犬のような伴侶をみつけると
真木
恋愛
獣人の里で他の男の狼獣人に怯えていた、子犬のような狼獣人、ロシェ。彼女は海の向こうの狼獣人、ジェイドに奪われるように伴侶にされるが、彼は穏やかそうに見えて殊更執着の強い獣人で……。
オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!
まるい丸
恋愛
獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで……
「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」
「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」
「照れてないで素直になりなさい♡」
果たして彼女の婚活は成功するのか
※全5話完結
※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる