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故郷編

5 リュージュ

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 約束をしているわけではなかったが、外で読書をしていると、リュージュはまめにヴィクトリアの所にやって来るようになった。
 年は十一歳だというので、ヴィクトリアの一つ下だ。

「リュージュはどこに住んでいたの?」

「狩り」で里から出る機会はあったけど、それほど多くのことがわかるわけではなかったので、外の世界を知るリュージュの話は貴重な情報源だ。

「山の中とか森の中とか、人間に見つからないように隠れて暮らしてた。危なくなったら移動してたから、どこか一ヶ所にずっといたわけじゃない」

「一人で?」

「いや、兄貴と二人で。兄貴が俺の親代わりみたいなもんだったな」

 産まれた時には既に両親はいなかったらしい。

「お兄さんは?」

「それが兄貴が番を持つことになってさ。いつまでもくっついてるわけにいかないし、一人立ちしようと思って兄貴と別れたんだ。やることなかったし、悪名高いシドの顔でも拝んでやるかと思った」

「それでこの里まで来たのね」

 リュージュは遠くを見るような眼をして、どこか寂しそうに呟く。

「シドのことは知ってたし、どんな奴か一目見ておきたかったんだ。できれば一泡吹かせてやりたい、なんて思ってたけど、俺とあいつじゃ天と地ほどに違う。あいつは、化け物すぎる」

 悔しそうにそう言ってから、ヴィクトリアを見た。

「シドにはなんか…… 会わなきゃよかったって後悔したんだ。でも、」

 にこりと笑う。

「お前に会えてよかったよ」

 眩しいくらいの笑顔を見せてくるので、気恥ずかしくなる。

 リュージュは身体が丈夫なのか回復が早く、しばらくすると腕の包帯も取れた。シドに負わされた怪我は完全に治ったようだ。

 リュージュはこの里で暮らすことに決めたらしい。既にシドの館からは出ていて、シドの臣下であるウォグバードが教育係となって、彼の家に身を寄せていた。
 ウォグバードは隻眼でいかつい顔をした壮年の獣人で、かなり前に番を亡くしている。戦闘力が落ちるという理由で鼻を焼かずに長い間一人きりだ。ずいぶんと厳格な男で、シドに爪の垢でも飲ませてやりたいと思う。
 子供がいなかったので、リュージュと暮らすのはちょうどいいのかもしれない。

 ヴィクトリアとしては、自由の身であるのになぜわざわざこんな所で暮らそうと思うのか不思議でならない。その疑問をぶつけると、リュージュはこう返してきた。

「他に行く当てもないし、お前がここにいるから」
 
 リュージュはちょくちょくおかしなことを言う。

 リュージュに下心みたいなものは全くない。一度触るなと言ったことを覚えているようで、ヴィクトリアに触れてくることはなかった。
 ただ一緒の空間にいてたわいもない話をしたり、文字が読めないらしいリュージュに教えたりしていた。
 リュージュが、剣術使いでもあるウォグバードに鍛えられた後などは、彼はくたくたになってあまり話もせずぼーっとしていて、気付くと隣で寝ている。ヴィクトリアは可愛らしい寝顔を眺めては癒やされていた。

 ヴィクトリアには一つ気掛かりがあった。リュージュとわりと親しく交流を持つようになったのに、シドが介入してこないことだ。

 以前、母が死んだばかりの頃は、少しでも同年代の少年たちと過ごそうものなら、すぐにシドがやってきて子供たちを蹴散らしていた。

 シド自体がもはやそんなことは気にしなくなったのならそれでいいのだが、リュージュとのことは放置されているようで、少し不気味だった。
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