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序章
プロローグ 出会い
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炎が見える。
涙はもう出なかった。
目の前で繰り広げられた光景は、少年――レインを絶望させるのに充分なものだった。
声ももう枯れた。
誰か俺を殺してくれと、そう思った。
妹は自ら舌を噛み切って、死んだ。
「つまらんな」
悪魔のようなその男は、笑ってそのまま行ってしまった。
何の希望も見えなかった。
このまま炎にまかれ、死ぬだけだ。
死ねばこの苦しみから開放される。
やがで炎が、何もかも浄化してくれるだろう。
レインは意識を手放した。
ブチブチと何かが千切れるような音がして、レインは消えかけていた意識を取り戻した。
柄に金剛石がはめ込まれた短剣を手にした少女が傍らに立っていて、レインを拘束していた縄を解いていた。
銀色の髪を後ろで軽くまとめた少女は、これまでの人生で見たことがないくらい整った顔立ちをしていた。妹よりも少しだけ年下かもしれない。
美しいと心のどこかで思ったが、絶望に彩られたレインの心には響かない。
獣人族は容姿が優れた者が多いと聞いたことがあった。身体能力も高いらしい。
少女はこの村の住人ではないし、獣人族の一味に違いないと思った。
レインは力なく言った。
このまま死なせてくれ、もう心が死んだのだ、と。
「辛くても、生きて」
少女は無慈悲にもそんなことを言った。
なぜ?
レインは薄く笑って、生気のない瞳を少女へ向けた。
少女は動かないレインをしばし見つめたあと、何を思ったのか、妹の亡骸を抱き上げて家の外へ出て行ってしまった。
「待て……!」
レインは解放されてから初めて足を動かした。
妹をどこに連れて行くつもりだ
死んでしまっても尚奪うのか
お前たちは俺から何もかも奪って行くのか
許さない
あの女は獣人だ。敵だ。
殺してやる殺してやる殺してやる
レインは痛めつけられた身体を必死に動かして、うめきながら少女の後を追った。
外に出て振り返れば、父と妹と暮らした家が燃えていた。
父は獣人の襲来を知り、レインと妹に家から出るなと言い置いて、銃を持って行ってしまった。
それきり、帰ってこない。
周囲を見れば、他の家にも火の手が上がっていたり、滅茶苦茶に破壊されたりしていた。
誰の声も聞こえない。
村は壊滅状態だ。
妹は近くの木の幹に、背を持たれかけるように座っていた。
頸が落ちた妹の瞼が、開くことはない。
あの獣人の少女は、傍らで妹を見つめ、静かに涙をこぼしていた。
――――泣いていた。
少女は明らかに、妹の死を悼んでいた。
なぜ?
怒りが沸々と込み上げてくる。
レインは叫んだ。
「なぜだ、今更手を差し伸べるなら、なぜもっと早く来てくれなかったんだ! なぜあの悪魔を止めてくれなかったんだ!」
「……助けられなくて、ごめんなさい」
少女の身体は震えていた。
レインに怒鳴られたからではない。その前からずっと、少女の身体は小刻みに震えていた。
レインは悟った。
この少女もまた、あの悪魔を恐れているのだと。
少女は丁寧に丁寧に、妹の身体を清めて、整えてくれた。
レインはその様子を、ただ黙って見つめていた。
少女が横たわる妹の手を胸の前で組ませた時だった。
「ヴィクトリア! 来い! ヴィクトリア!」
遠くから、誰かの名前を叫ぶ声が聞こえた。
びくり、と、レインと少女の身体が同時に跳ねた。
レインはぐらぐらと身体が揺れるような感覚がして、吐きそうになった。
忘れるものか
妹をいたぶっていたあの声を
あの赤い悪魔の声を
怒りが、身の内から、湧き上がってくる。
少女が、レインを見つめたが、それは一瞬のこと。
少女は駆け出し、その場から風のようにいなくなった。
生き残った者たちもいた。
しかし、この村でレインに縁あるものは全て死に絶えた。
獣人討伐と救援のために、近くの街から銃騎士隊がやってきた。銃騎士隊は獣人族の脅威から人々を守るために作られた組織だ。獣人を狩るのが、彼らの仕事だ。
レインは銃騎士隊を取りまとめていた男に声をかけた。
「銃騎士ってどうやったらなれますか?」
「養成学校を卒業すればいい。男なら試験を通れば十二歳になる年から入校できる。二年間、銃騎士になるための訓練を受けるんだ。君は銃騎士になりたいのか?」
作業の手を止めて、レインに向き直って語りかけた銃騎士の男は、ただの戯言とは捉えずに話を聞いてくれた。
レインは男の質問に答えた。
「はい。復讐のために」
表情を無くしたレインの顔に、暗い影が落ちている。
父と妹と慎ましく暮らしながら、何よりも家族を大切にして、朗らかに笑っていた少年は、もうどこにもいなかった。
「ヴィクトリアという名の獣人を知っていますか? 銀髪で、子供で、すごい美人です」
それからもう一つ、どうしても知りたいことがあった。
敵のくせに人間を助けた、あの獣人の少女は一体何者なのか。
「ヴィクトリアならシドの娘だ」
シド――――
その名を聞いて、レインの全身が凍り付く。
『シド』
あの悪魔は仲間から確かにそう呼ばれていた。
獣人王とまで呼ばれているその男の悪評は、この村にも届いている。
あの子は、シドの娘なのか――――――
レインは妹を埋葬し、墓の前で必ず敵をとると誓った。
レインは決意する。
お前を辱めて殺したあの男を許しはしない
必ず復讐してやる
そして、脳裏に浮かぶのは銀色の獣人。
妹の亡骸を見つめながら、涙をこぼしていたあの少女を、
あの美しい獣を、
必ず俺が、狩ってやる。
涙はもう出なかった。
目の前で繰り広げられた光景は、少年――レインを絶望させるのに充分なものだった。
声ももう枯れた。
誰か俺を殺してくれと、そう思った。
妹は自ら舌を噛み切って、死んだ。
「つまらんな」
悪魔のようなその男は、笑ってそのまま行ってしまった。
何の希望も見えなかった。
このまま炎にまかれ、死ぬだけだ。
死ねばこの苦しみから開放される。
やがで炎が、何もかも浄化してくれるだろう。
レインは意識を手放した。
ブチブチと何かが千切れるような音がして、レインは消えかけていた意識を取り戻した。
柄に金剛石がはめ込まれた短剣を手にした少女が傍らに立っていて、レインを拘束していた縄を解いていた。
銀色の髪を後ろで軽くまとめた少女は、これまでの人生で見たことがないくらい整った顔立ちをしていた。妹よりも少しだけ年下かもしれない。
美しいと心のどこかで思ったが、絶望に彩られたレインの心には響かない。
獣人族は容姿が優れた者が多いと聞いたことがあった。身体能力も高いらしい。
少女はこの村の住人ではないし、獣人族の一味に違いないと思った。
レインは力なく言った。
このまま死なせてくれ、もう心が死んだのだ、と。
「辛くても、生きて」
少女は無慈悲にもそんなことを言った。
なぜ?
レインは薄く笑って、生気のない瞳を少女へ向けた。
少女は動かないレインをしばし見つめたあと、何を思ったのか、妹の亡骸を抱き上げて家の外へ出て行ってしまった。
「待て……!」
レインは解放されてから初めて足を動かした。
妹をどこに連れて行くつもりだ
死んでしまっても尚奪うのか
お前たちは俺から何もかも奪って行くのか
許さない
あの女は獣人だ。敵だ。
殺してやる殺してやる殺してやる
レインは痛めつけられた身体を必死に動かして、うめきながら少女の後を追った。
外に出て振り返れば、父と妹と暮らした家が燃えていた。
父は獣人の襲来を知り、レインと妹に家から出るなと言い置いて、銃を持って行ってしまった。
それきり、帰ってこない。
周囲を見れば、他の家にも火の手が上がっていたり、滅茶苦茶に破壊されたりしていた。
誰の声も聞こえない。
村は壊滅状態だ。
妹は近くの木の幹に、背を持たれかけるように座っていた。
頸が落ちた妹の瞼が、開くことはない。
あの獣人の少女は、傍らで妹を見つめ、静かに涙をこぼしていた。
――――泣いていた。
少女は明らかに、妹の死を悼んでいた。
なぜ?
怒りが沸々と込み上げてくる。
レインは叫んだ。
「なぜだ、今更手を差し伸べるなら、なぜもっと早く来てくれなかったんだ! なぜあの悪魔を止めてくれなかったんだ!」
「……助けられなくて、ごめんなさい」
少女の身体は震えていた。
レインに怒鳴られたからではない。その前からずっと、少女の身体は小刻みに震えていた。
レインは悟った。
この少女もまた、あの悪魔を恐れているのだと。
少女は丁寧に丁寧に、妹の身体を清めて、整えてくれた。
レインはその様子を、ただ黙って見つめていた。
少女が横たわる妹の手を胸の前で組ませた時だった。
「ヴィクトリア! 来い! ヴィクトリア!」
遠くから、誰かの名前を叫ぶ声が聞こえた。
びくり、と、レインと少女の身体が同時に跳ねた。
レインはぐらぐらと身体が揺れるような感覚がして、吐きそうになった。
忘れるものか
妹をいたぶっていたあの声を
あの赤い悪魔の声を
怒りが、身の内から、湧き上がってくる。
少女が、レインを見つめたが、それは一瞬のこと。
少女は駆け出し、その場から風のようにいなくなった。
生き残った者たちもいた。
しかし、この村でレインに縁あるものは全て死に絶えた。
獣人討伐と救援のために、近くの街から銃騎士隊がやってきた。銃騎士隊は獣人族の脅威から人々を守るために作られた組織だ。獣人を狩るのが、彼らの仕事だ。
レインは銃騎士隊を取りまとめていた男に声をかけた。
「銃騎士ってどうやったらなれますか?」
「養成学校を卒業すればいい。男なら試験を通れば十二歳になる年から入校できる。二年間、銃騎士になるための訓練を受けるんだ。君は銃騎士になりたいのか?」
作業の手を止めて、レインに向き直って語りかけた銃騎士の男は、ただの戯言とは捉えずに話を聞いてくれた。
レインは男の質問に答えた。
「はい。復讐のために」
表情を無くしたレインの顔に、暗い影が落ちている。
父と妹と慎ましく暮らしながら、何よりも家族を大切にして、朗らかに笑っていた少年は、もうどこにもいなかった。
「ヴィクトリアという名の獣人を知っていますか? 銀髪で、子供で、すごい美人です」
それからもう一つ、どうしても知りたいことがあった。
敵のくせに人間を助けた、あの獣人の少女は一体何者なのか。
「ヴィクトリアならシドの娘だ」
シド――――
その名を聞いて、レインの全身が凍り付く。
『シド』
あの悪魔は仲間から確かにそう呼ばれていた。
獣人王とまで呼ばれているその男の悪評は、この村にも届いている。
あの子は、シドの娘なのか――――――
レインは妹を埋葬し、墓の前で必ず敵をとると誓った。
レインは決意する。
お前を辱めて殺したあの男を許しはしない
必ず復讐してやる
そして、脳裏に浮かぶのは銀色の獣人。
妹の亡骸を見つめながら、涙をこぼしていたあの少女を、
あの美しい獣を、
必ず俺が、狩ってやる。
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