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20 めおと宣言 ⬆
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――――芳一がいない。
朝になり、芳一の部屋がもぬけの殻になっていて、寺の中のどこにもいないことに気付いた留守役の僧侶たちは慌てた。
芳一は近頃部屋に籠もり塞ぎ込んでばかりだった。思い詰めすぎて夜中にどこかへふらふらと出かけたのだろうかと、僧侶たちは寺の周囲を探したが、芳一の姿はどこにも見当たらなかった。盲目である芳一は一人でそこまで遠くへは行けない。
もしかすると、あの見目麗しく儚げでどこか人の劣情を誘う部分を持っている美青年は、昨夜のうちに不逞の輩に拐かされてしまったのではないか―――― 僧侶たちがそう言って朝からずっと騒いでいた所に、そのお方はやって来た。
和尚の一番弟子である僧侶珍高は、そのお方の気配を誰よりも早く感じ取り、かつてない感動でぶるぶると身体を震わせた。
珍高に霊力はない。しかし、その気配はわかった。
他にも気配に気付いた何名かが、驚きや畏怖の表情などを浮かべて寺の内門へと視線をやった。
ギギギ…… と門が開き、そのお方が姿を現す。
「お、和尚さま……っ」
珍高は感情の赴くままに涙を流しながら彼の人を呼んだ。愛馬に跨がる師の全身が白い光に包まれている。目の前の奇跡が信じられない。
「和尚さまがっ……! 遂に、遂に現人神におなりに……!」
和尚が生きながら神に近い存在になったことを珍高は悟った。
他の僧侶たちも和尚を見てひれ伏したり滂沱の涙を流したりしている。和尚の乗る馬の後ろには、神がかり的な光を放つ彼の後をついてきたらしい人々が、ぞろぞろと続いている。
ふと、光輝く和尚の姿ばかり見ていた珍高は、馬の首にしがみつくようにして、和尚の前に誰かが乗っていることに気付いた。
「芳一!」
珍高は慌てて駆け寄った。
芳一は縄で馬に括り付けられていて、そしてなぜかぐったりとして意識がない。
「珍高、申し訳ありませんが、湯を沸かしていただけないでしょうか」
「お、和尚さま…… これは……」
珍高は和尚が湯を欲する理由を悟った。芳一の下腹部あたりの馬の背や着物には白いものが付着しているし、馬が動くたびにぐちゅぐちゅとした水音まで聞こえてくる。
(たぶん、繋がっている)
「芳一は悪霊に憑かれていたのです。身を清めるために、私の神棒で浄化しました」
和尚は芳一と合体しているあたりの着物をペラリとめくってみせたが、ソコからは目が潰れそうなほどに強く輝く強烈な光が溢れていて、珍高には詳細が全く見えなかった。
「か、かしこまりました。誰かすぐに湯を!」
珍高は呆然としている僧たちを叱咤してすぐに準備に向かわせた。
和尚が、彼がずっと大切にしてきた芳一とそんな関係になってしまったことは驚きだが、きっとそうしなければならない切羽詰まった事情があったのだろう。
「珍高、私は住職を引退します。後はあなたに任せます」
「えっ!」
和尚の突然の引退宣言と後継指名に、珍高はとてつもなく驚いて声を上げた。
「し、しかし和尚さま、あなた様は今や現人神となられたのです。私ではなくて徳も高く神秘の力を持ったあなた様こそがこの寺の住職には相応しく……」
珍高の断りの言葉を、和尚は手を上げて制止させた。
「いいえ、私は戒律を破ってしまいました。
隠れて衆道を成している者たちがいることは知っていますが、だからといって愛し合う者同士を咎めるつもりもありませんが、寺の長たる者がそれでは困ります。
今現在この寺の住職に相応しいのは、私ではなくてあなたなのです」
「しかし……」
尚も反論しようとする珍高に、和尚は少し頬を赤らめながら微笑みかけた。
「それに、私は愛する芳一と夫夫になりたいのです………… 僧侶の身の上では伴侶は持てませんので」
「ああ、最近流行りの『夫夫』でございますね」
ここ数代続けてお上が男を側室に迎えたり、男を正室にするために世継ぎを諦めて位を譲るといったことが起こっていて、同性婚が正式に認められたこともあり、男同士で所帯を持つことも珍しくなくなってきた。
「そうですか…… わかりました。和尚さまの幸せを、私は全力で応援させていただきます」
「ありがとうございます、珍高」
和尚は一際美しく優しい笑みを見せてから、ズルリと芳一の中から神棒を抜いた。結合を解くと、次第に和尚の身体から放たれていた光が和らぎ消えていく。
神気は芳一と合体しているとより強くなるようだった。
和尚は括り付けていた縄を解くと、芳一を愛おしそうに抱え上げ、浴室へと向かった。
朝になり、芳一の部屋がもぬけの殻になっていて、寺の中のどこにもいないことに気付いた留守役の僧侶たちは慌てた。
芳一は近頃部屋に籠もり塞ぎ込んでばかりだった。思い詰めすぎて夜中にどこかへふらふらと出かけたのだろうかと、僧侶たちは寺の周囲を探したが、芳一の姿はどこにも見当たらなかった。盲目である芳一は一人でそこまで遠くへは行けない。
もしかすると、あの見目麗しく儚げでどこか人の劣情を誘う部分を持っている美青年は、昨夜のうちに不逞の輩に拐かされてしまったのではないか―――― 僧侶たちがそう言って朝からずっと騒いでいた所に、そのお方はやって来た。
和尚の一番弟子である僧侶珍高は、そのお方の気配を誰よりも早く感じ取り、かつてない感動でぶるぶると身体を震わせた。
珍高に霊力はない。しかし、その気配はわかった。
他にも気配に気付いた何名かが、驚きや畏怖の表情などを浮かべて寺の内門へと視線をやった。
ギギギ…… と門が開き、そのお方が姿を現す。
「お、和尚さま……っ」
珍高は感情の赴くままに涙を流しながら彼の人を呼んだ。愛馬に跨がる師の全身が白い光に包まれている。目の前の奇跡が信じられない。
「和尚さまがっ……! 遂に、遂に現人神におなりに……!」
和尚が生きながら神に近い存在になったことを珍高は悟った。
他の僧侶たちも和尚を見てひれ伏したり滂沱の涙を流したりしている。和尚の乗る馬の後ろには、神がかり的な光を放つ彼の後をついてきたらしい人々が、ぞろぞろと続いている。
ふと、光輝く和尚の姿ばかり見ていた珍高は、馬の首にしがみつくようにして、和尚の前に誰かが乗っていることに気付いた。
「芳一!」
珍高は慌てて駆け寄った。
芳一は縄で馬に括り付けられていて、そしてなぜかぐったりとして意識がない。
「珍高、申し訳ありませんが、湯を沸かしていただけないでしょうか」
「お、和尚さま…… これは……」
珍高は和尚が湯を欲する理由を悟った。芳一の下腹部あたりの馬の背や着物には白いものが付着しているし、馬が動くたびにぐちゅぐちゅとした水音まで聞こえてくる。
(たぶん、繋がっている)
「芳一は悪霊に憑かれていたのです。身を清めるために、私の神棒で浄化しました」
和尚は芳一と合体しているあたりの着物をペラリとめくってみせたが、ソコからは目が潰れそうなほどに強く輝く強烈な光が溢れていて、珍高には詳細が全く見えなかった。
「か、かしこまりました。誰かすぐに湯を!」
珍高は呆然としている僧たちを叱咤してすぐに準備に向かわせた。
和尚が、彼がずっと大切にしてきた芳一とそんな関係になってしまったことは驚きだが、きっとそうしなければならない切羽詰まった事情があったのだろう。
「珍高、私は住職を引退します。後はあなたに任せます」
「えっ!」
和尚の突然の引退宣言と後継指名に、珍高はとてつもなく驚いて声を上げた。
「し、しかし和尚さま、あなた様は今や現人神となられたのです。私ではなくて徳も高く神秘の力を持ったあなた様こそがこの寺の住職には相応しく……」
珍高の断りの言葉を、和尚は手を上げて制止させた。
「いいえ、私は戒律を破ってしまいました。
隠れて衆道を成している者たちがいることは知っていますが、だからといって愛し合う者同士を咎めるつもりもありませんが、寺の長たる者がそれでは困ります。
今現在この寺の住職に相応しいのは、私ではなくてあなたなのです」
「しかし……」
尚も反論しようとする珍高に、和尚は少し頬を赤らめながら微笑みかけた。
「それに、私は愛する芳一と夫夫になりたいのです………… 僧侶の身の上では伴侶は持てませんので」
「ああ、最近流行りの『夫夫』でございますね」
ここ数代続けてお上が男を側室に迎えたり、男を正室にするために世継ぎを諦めて位を譲るといったことが起こっていて、同性婚が正式に認められたこともあり、男同士で所帯を持つことも珍しくなくなってきた。
「そうですか…… わかりました。和尚さまの幸せを、私は全力で応援させていただきます」
「ありがとうございます、珍高」
和尚は一際美しく優しい笑みを見せてから、ズルリと芳一の中から神棒を抜いた。結合を解くと、次第に和尚の身体から放たれていた光が和らぎ消えていく。
神気は芳一と合体しているとより強くなるようだった。
和尚は括り付けていた縄を解くと、芳一を愛おしそうに抱え上げ、浴室へと向かった。
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