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不穏に揺れる
不安な心には
しおりを挟む「奥様、どうか落ち込まないでくださいませ。旦那様は昔からずっとああなのです」
「……うん、ありがとう。エナ」
自分の雇い主であるグレイを「ああなのです」と言ってのけるエナに、シエラは心配になりながらも、その心遣いに感謝して頷く。
グレイとは幼い頃に出会った。けれど、それから何度も会えたわけではない。祖父が亡くなり、アマリアに引き取られてからだ。頻繁に会えるようになったのは。
だから、シエラは詳しく知らない。
彼が幼かった頃、どんな子供だったのか。出会ったあの一時で見た限りでは、少し我儘で、それでも優しく笑顔が愛らしい。人見知りのシエラが言葉選びに迷っていてもニコニコとしていてくれる。そんな子供であったことしか分からない。彼が当時何を考えていたのか。シエラとの婚約をどう思っていたのか、重要なことが分からない。
彼はあの通り、見目麗しく、物腰も弱らかいので、目に見えて令嬢達からモテる。その中には、きっと本気で彼を慕い、花嫁になりたいと願う乙女も多くいたことだろう。
もしシエラが引きこもりがちで人見知りとはいえ多大なる財産を持ち、発明家として名高かった祖父の孫ではなかったらグレイの婚約者などにはなれなかった。
なぜ、祖父が公爵家との繋がりを持っていたのか定かではないけれど、シエラがグレイと結婚できたのは、互いに想い合う仲であったからでは決してなく、ただ幼い頃に結ばれた婚約があったからだ。
(だから、こんな風に……不安になっちゃうのよ)
シエラは自らの胸に手を当てて、ふぅと小さく息を吐き、自らを奮い立たせる。
それでも、グレイは言葉にしてくれているではないか。
──……私が愛しているのは、あなただけだよ。
その言葉を信じよう。どれだけ、グレイが他の令嬢達と噂になろうとも。それは単なる噂であってシエラが信じるべき真実ではないはずだ。
「……奥様?顔色がお悪くていらっしゃいます。帰ったら温かいミルクティーをお淹れいたしますわ」
「ありがとう」
「ついでに、執事長特製のクッキーもご用意しましょう!」
「執事長に聞く前にそんなこと言っていいの?」
「ふっふっふっ……大丈夫なのですよ、奥様。わたくし、執事長には貸しが一つありますからねえ」
怪しげに笑うエナが可笑しくて、シエラは僅かに表情を緩める。
シエラは気づいていないが、その口元は上向きに若干の弧を描いていた。
「エナが、私専属のメイドになってくれて本当によかった」
「え……!あ……ありがとうございます!」
エナが目を見開いて嬉しそうに微笑むので、シエラは暗雲立ち込めていた心の内をほんと一時忘れることが出来た。
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