無垢・Aeg17

四色美美

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クリスマスイヴ前日

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 今日は十二月二十三日。
誰かがクリスマスイヴイヴなんて言っていた。
天皇誕生日では無くなったから休日ではないけど、それを口実にクリスマスパーティーをやるのに好都合なのかもしれない。

イヴの意味を調べてみた。

それは前日ではなく、十二月二十四日そのものを現す言葉のようだ。

ユダヤ暦では日没をもって日付の変わり目としているためで、〔クリスマスイヴは既にクリスマス〕らしい。

それでも私はアイツとその日を迎えたかった。
本当は就活なんて二の次だったのだ。

昨日念入りに磨き上げた身体は、全てこのためだったのだ。


そのことを母は知らない。
私が大事な人と再会したことも知らないのだ。
まして……
その人が家族だったなんて言えるばすがなかったのだ。


やっと見つけ出した初恋の人が、生き別れになっていた兄貴だったなんて。

信じられるはずがない。

でも……、
それでも良かった。
私がアイツを愛した事実は変えられることなど出来ないのだから。


だから私は此処にいる。

アイツの姿を求めて東京にいる。




 美魔女社長は新宿駅地下の駐車場から出て来た所で私を見つけた。

宝石になりうる源石だと思ったとも言っていた。
だから声を掛けたのだ。

わざと自然に、私が警戒しないように気を配りながら。


今確かにぽっちゃり系のぷに子ブームのようだ。
自然体が魅力をアップさせているらしい。

少し絞れば私の体はスレンダーにもなれる。
だから、目を付けられたのだ。

名札を付けたままで新宿にいた私を天然系だと思ったようだ。
だから無垢そのままだと言われたのだ。


でも私は、橘遥さんのようなAV女優になる気はない。

でもモデルには憧れる。

私は美魔女社長に興味を持ち始めていた。


あの事務所はAVだけ斡旋している訳ではないらしい。

だから本物のモデルと言ったのだ。
でも橘遥さんはあの事務所のタレントなのだ。
社長にスカウトされたことを兄貴が知ったら、きっと反対するだろう。

私も怖い。
本当は怖くて仕方ない。

もしかしたら、あの男達と遭遇するかも知れない。
そんな時、私は何を仕出かすか解らない。

冷静でいられるはずがない。

でも……
それでもモデルやタレントには憧れる。
私も普通の女子高生だった。




 それでも怖い……
怖過ぎる。

橘遥さんが見せてくれたディスク。
もし満員電車の中であんな目にあわされたら、私はきっとパニック障害を起こすに決まっている。

知らなかった。
東京で普通に生活するにも勇気がいることを。
大都会ならではの恐怖。


満員電車内での痴漢やスリや通り魔的犯罪。

考えれば考えるほど恐ろしい。
それでも私は明日も会場に行って就活しなければならない。

持って帰ってしまった名札を返すためにも。

たったそれだけのために恐怖心と戦わなければならない。

過呼吸症候群と向かい合わなければならない。

橘遥さんの言ってた女性専用車両があればいいのだけど。

本当にあるかどうかは不馴れな私に判るはずはなかった。




 そんなことを考えながら歩いていると、何処か記憶に残る懐かしい場所に辿り着いた。
其処はアイツのマンションの近くだった。

あのハロウィンの日に、アイツのバイクに乗せてもらって見た景色だった。

私は知らないういにアイツの影を探していたのだ。




 私の手にある合鍵は、もう一人の兄貴が別れ際に渡してくれた物だった。


『此処で良かったら、何時でもおいで』
そう言ってくれた。

それでも躊躇していた。


(もしかしたら女の人が中にいたら?)

そんなことも考えていた。


――ガチャ!

その音にビクッとする。
慌ててドアノブに手をあてた。

相変わらず、整理された部屋。
モデルルームのようで生活感がまるでない。


それは女性っ気がまるでないと思えた。
それとも徹底的に掃除をさせているのだろうか?

私はその両極端な考えに戸惑っていた。




 ガラス張りのバスルームに入り、バスタブを磨いた後自動と書いたスイッチを押す。


『お湯張りをします』
機械的な音声。
それにも反応する。


気が付くと肩が上がっていた。
私は相当びくついていたようだ。
誰かに見られているような感覚は、あのガラス張りの入り口のせいなのかも知れない。


アイツが此処にいてくれたら、そんな思いが炸裂した時。

其処に幻影を見せたのだ。

アイツに惑わされていることに気付いているけど。

何故か嬉しい。
又このバスルームに入れたことが。
アイツのマンションに居られることが。




 徐々に湯がバスタブに貯まっていく。
その過程を楽しみながら、アイツの愛用していたシャンプーを手にした。

アイツの香りがする。
私は自分の行為に身悶えた。


愛してはいけない人を愛した私。
その重い十字架に押し潰されそうになる。
気が付くと私は泣いていた。

頬を伝わった涙が波紋のようにバスタブに広がった。


『お風呂が沸きました』
突然聞こえた音声に、私は思わずのけ反った。


「何やっているんだろ」
私は全身の写る鏡は向かって作り笑いをした。
でもその笑顔はひきつっていた。




 私の荷物は小さなボストンバック。
期間限定、冬休み就活。
そのつもりで送り出してくれた母親。
地元の港は冬のカニ漁が解禁になり賑わいを見せていた。
浜茹でしたカニが全国へ出荷される。

正月まで忙しくなる。
母は朝早くから働き詰めだった。

そんな中を私は出て来たのだ。


後ろめたさが、又涙になる。
親不孝を詫びながら、肩までお湯に浸った。


長湯したせいか、お湯が冷たくなっていた。


私は再び自動のボタンを押した。


『お湯はり致します』
モニターの声に私は慌てた。


「ヤバい! お湯が溢れる!!」
私は血相を変えて又そのボタンを押した。

モニターを良く見ると追い焚きの文字がある。
私は苦笑しながらそのボタンを押し、バスタブに体を沈めた。




 「ごめんなさい。連絡しないで突然来て」
私は其処に居ないアイツに誤った。


「相変わらず兄貴はきれい好きだね」
照れ隠しに言ってみる。
本当は認めたくなかったけど。

小さな鍵穴から中を覗いてみた。
アイツの部屋はベッド意外何もない。


「もしかしたら、引っ越しでもしたのかな?」

私は自分の言葉に愕然となる。

私はどうやら、アイツの二度と戻って来ないマンションへ来たのかもしれない。


「ねぇ、早く帰って来て。私を独りぼっちにしないでよ」

寂しさに耐えきれずくドアに向かって呟いた。


不安は大きな渦となり、あっという間私を飲み込んだ。

私は闇の中でアイツを求めてさ迷うしかないのかも知れない。




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