受胎告知・第二のマリア

四色美美

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覚醒の契り

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 「ママ~、どこ~? ママ~、ママ~」
それでも俺はまだ、又あの夢を繰り返していた。




 「ママー、どこー?  ねえー、ママー?  ママーどこー?」
白い、どこまでも果てしなく続く白い世界の中で俺はもがいていた。
母がいないんだ。
さっき帰ってきたはずの母がいないんだ。
どこにもいないんだ。
また、独りぼっちにされちゃった。
寂しい。
気が狂いそうなくらい寂しい。


「ママーー!!  ねぇ、ママーー!!  ママーーどこー!?」
がっくりと膝を付き、俺は崩れ落ちる。
寂しさに、苦しさに耐えきれなくなって、俺はとうとう爆発していた。
でもこには誰もいない誰も助けになんか来てもくれない。
俺の泣き声だけが渦巻いている。
この白い世界の中で。





 宇都宮まことが癒してくれたはずの孤独。
俺はまだそれを引き摺っていた。
目を覚ますと、心配そうな妻がベッドの横で覗き込んでいる。
俺はそんな妻の身体を引き寄せキスをする。
宇都宮まこと。
いや若林まこと。
この愛しい妻に俺の一生を捧げる。
この先何が俺達を待っているのか解らない。
でもどんなことがあっても、俺は必ず妻を守り抜く。
俺を信じて、俺に勇気をくれるしい妻を。
俺はたぶん一生、眞樹に付け狙われる。
妻も同様だ。
教団のことを知りすぎた二人を抹殺する位きっと容易いだろう。
でも俺は逃げない。
全力でオカルト教団と戦う 。
それがそれぞれの平和に繋ががると信じているから。
俺はまだ、オカルト教団は存続していると思っている。
だから、俺は今日も自分の全てをさらけ出して、愛する妻の絵を描き続ける。
でもその絵は母の絵になる。
妻はそれに気付きながら、二人の母よりも大きな愛で俺を包んでくれている。
そう、まるで、聖母マリアのように。




 俺はただ、平穏な日々が続くことだけを願っていた。
でも眞樹は俺を落とし入れようとして、有りとあらゆるトラップを用意していた。
それに俺は気付かなかった。
いや相手にしなかっただけだ。
俺は眞樹を心配していた。
何時もトップであることを要求される眞樹を哀れんでいた。
それが眞樹の患気に触れた。
眞樹は俺をこてんぱんにやっつけようと思ったようだ。
教団にいる幹部に問題集を制作してもらい、二人で対決しようと画策したのだ。
有事対策頭脳集団。
そう幹部の頭脳は、世界でもトップクラスだったのだ。
そのテストは無記名で、眞樹と松本君が受けるとされていた。
そう、松本君なら俺達の関係から事件の全容まで知っていたから頼みやすかったのだ。
松本君は二つ返事で引き受けてくれたようだ。
松本君も一馬同様、俺の本当の実力を知りたくなったのだ。
会場は俺の部屋の下。
アンビエンス・エフェクトを開発したケーゲーの本部だった。




 俺は堂々と正面から有事対策頭脳集団のアジトへ入って行こうと思った。
其処は何時か来た携帯ショップだった。
お店の前には幌付のトラックが停まっていた。
上部を見ると少し凹んでいた。


「あっこれか。俺とまことの命を救ってくれてありがとう」
時間を見ると、あの日俺達が落ちた時間らしかった。


(此処にもしこの幌付きトラックがかなったら? 俺とまことの運命は違っていたのかな?)
ふとそう思った。


「あら、坊っちゃま、お帰りなさい」
店員は、俺を眞樹だと勘違いしたようだ。


「そうだった。あの日は確か」
俺は又、初めて此処に訪れた日のことを思い出していた。
俺は眞樹の行為が嬉しくて、同じ携帯を選んでいたのだ。
でも、親父さんの店だと知って手続きは眞樹に頼んだのだった。
でも店には誰もいなかったんだ。


(きっと眞樹は俺を誰にも会わせたくはなかったのだ。でも俺を抹殺するために携帯が必要だったのだ)




 眞樹の家の傍に一度だけ行ったことがある。
眞樹の家は、俺の買った携帯ショップの上で三階建てだった。
だから安かったんだ。
父親が其処のオーナーで、眞樹のために上で塾も経営していると聞いた時は本当に驚いた。
不登校児のためのフリースクールって物も作ったと言っていた。
流石に眞樹の父親は違う!  と思った。
そうなんだ。
だから眞樹は一番になれたのか。
息子や地域学習のために頑張っている人だと、俺はその時思ったんだ。
俺は本当に知らなかったんだ。
その三階があの白い部屋だったなんて。
あの二階にある、二段ベッドを見ていながら気が付かなかったなんて。




 眞樹は今でも俺の命を狙っている。
だから、本当のことなど言えるはずがない。
まして、実験材料として生まれて来た本当の兄弟を抹殺したかったなどと言えなかったのだ。
だから日本一の頭脳を持つとされる自分に賭けたのだ。
二人は仕切られた席にいた。
お互いの答えが見えないようにするための配慮だった。
直ぐに答え合わせが出来るように、問題を製作した幹部達も近くで待機していた。
眞樹と松本君の解答だとされる用紙は直ぐに分析された。
自分の力を誇示したくて試験を企画した眞樹。




 でも結局眞樹は負けた。
それは俺の無意識に出た行動が原因だった。
俺は自分でも気付かないうちに問題を作成した人の意識の中に入り込んで、ベストアンサーを盗み出していたのだった。
小松成美が身に付けた意識飛ばし。
俺は更にその上を行く。
孤独故になった夢遊病。
瞬間移動。
開花した時、俺は生きる凶器になっていたのだった。
孤独の果てに俺が見つけ出したもの。
それは、怪物になった自分の本当の姿だった。
氷室博士教授の最終目的はこれだったのだ。




 あの白い部屋に俺はいた。


(俺は一体何者なんだ!? 小松成実二世を目指した訳ではなかったのか!?)
俺は眞樹の携帯で十八禁ゲームをやった時のことを思い出していた。
子供の頃から放ったらかしで、母は仕事優先。
母一人子一人だから仕方がないと諦めていた。
俺の遊び部屋は真っ白で、どんなに落書きしても怒られなかった。
俺には分かっていた。
母が天才画家として育てようとしていることが。
時々真っ白い部屋が映写室になった。
女性が、五感の全てを使って絵を描いていた。
それが誰なのか解らない。でも俺には解っていた。
母が俺の進むべき道を示しているのだと。
俺は今完全に幽体離脱している筈だ。


(幽体離脱!? そうか、それで飛ぶんだ。そうだよ。俺はエスパーか何かだ。だから宇都宮まことの裸体がこの手で描けるのだ。俺の本体はどっちなんだ? 携帯画面を食い入るように覗いている俺か? それとも?)
ドキドキが収まらない。
俺は頭を抱えた。




 (初めはそうだ、確かエスパーだと思っていた。そうだよ。アンビエンス・エフェクトで遊んでいた時そう感じてたはずだ。でも何かが違う! 俺はモンスターなのかも知れない。その中でも一番可能性があるのはそうだヴァンパイアだ。俺は実験でヴァンパイアにさせられたのだ。あっ、だからトマトジュースなのか?)
俺は自ら導き出した答えに鳥肌を立てた。


(えっ、えっー!? 嘘っ!?)
ヴァンパイアなんて、本当は考えてもいなかった。
ただ何となく脳裏に浮かんだだけだった。
でもそれは的を得た答えだったようだ。
真っ赤に熟れたトマトを潰し、その中に血を注ぐ。
俺はドラキュラになる運命だったのだ。
それこそ本当のfakeだ!!
俺をもてあそび、俺を壊す。俺は一体誰だー!! 何故此処に居る!?


(俺は何故この世に産まれて来なければならなかったのだ!! 俺をヴァンパイヤとして育てるためか? ヴァンパイヤとして覚醒させて、まことと契らせるためか? いやまことではないはずだ。きっとサタンだ!! 俺は悪魔になる運命だったのか?)




 俺は不意に、結婚する前に一緒に暮らした日々を思い出していた。
俺のために一生懸命に手料理を作ってくれた宇都宮まことを。
きっと初めてなのだろう。
包丁を持つ手がぎこちない。
朝の目玉焼きの玉子を割ることにも苦戦する。
そんな彼女が愛しい。
何気に振り向いた時の、エプロン姿に思わずドキッとする。
どうしようもなく、抱き締めたくなる。
でも、結婚するまでは守ろうと決めていた。
そう、有事対策頭脳集団の本当の姿を知る前のことだった。




 『痛っ』
その声に驚いて見ると、宇都宮まことの指先から血が出ていた。
俺は躊躇わずにその指先を口に運んだ。
赤い血を舐めると懐かしい味がした。
でも、それが何なのか思い出せない。
俺は何時ものように、冷蔵庫からトマトジュースを出して飲む。


『あれっ違う』
それは何時も母が準備してくれた物ではなかった。


(ああ、あの懐かしい味の正体は俺をヴァンパイアに育てるための血液入りトマトジュースだったのか? だから冷蔵庫から出して飲んだトマトジュースの味が違っていたのか? そうだ確かあのトマトジュースは俺がコンビニで買っておいた物だ。母が用意してくれた物ではなかったんだ)
若林結子と氷室博士教授は、俺をヴァンパイアに育てる実験をしていたのだろうか?


(何故だ!? 俺を愛しているって言ってくれたのに全てが大嘘だったのか?)




 まことを守りたい。
有事対策頭脳集団から守りたい。
望月眞樹から守りたい。
でも俺はヴァンパイアかも知れないのだ。
ヴァンパイアにさせられたのかも知れないのだ。
俺の傍に居ると何時襲うやも知れない。
まことにとって最大の危険人物なのかも知れないのだ。
恋に狂った俺を想像してみる。
でも本当の姿など自分自身で解るはずなない。




 俺は何時しか、あの白い部屋にいた。
二人で描いた初夜の絵の前にいた。
その絵の中に答えがあった。
俺はまことを襲っていた。
まことの血を啜っていた。


(やはり俺はヴァンパイアだったヴァンパイアにさせられていた)


『ママー、ママー!!』
あの悪夢の声が脳裏に響く。


(俺は一体何時からヴァンパイアになったんだ? 俺をヴァンパイアにした真の目的は? 解らない。解らない。誰か嘘だって言ってくれー!! 考え過ぎだって言ってくれー!!)




 三学期に入るとすぐに期末試験が待っている。
俺はそこそこの成績を残して、無事卒業が決まった。
満点を取る方法は解った。
でもそれを使ってはいけないと思ったんだ。
でも多少は問題製作者の脳にインしたらしいが。
眞樹は相変わらずトップだった。
でもその頃眞樹は有事対策頭脳集団からは浮いた存在になっているようだ。
俺の存在していることは、勿論まだ教団のシークレット事項だった。
眞樹と行動を共にしていた松本君以外には伏せられていたのだ。
でも俺を意識し過ぎた眞樹は、より上を目指すことを自分自身に科してしいた。
その結果、眞樹の脳はあまりにも沢山の知識を詰め込み過ぎて爆発寸前になってしまったのだった。
その原因を作ったのは一馬だった。
一馬が話す俺の存在その物が驚異で、がむしゃらに突き進んだ結果だった。
一馬は俺を産まれついての天才だと褒め称えていたようだった。
勿論俺から出向いたのは試験を受けたあの日だけで、自ら近付いた訳ではない。
そのことは眞樹も理解しているはずなのに。
ただ一馬は俺のことを知りたかっただけなのだ。
眞樹に双子の兄弟がいたことは明るみには出てはいない。
それでも眞樹は、俺に全てを盗られると思ったようだった。
一馬が松本君から俺のことを聞き出したと知ったから、俺を後継ぎにしたいのだと勘ぐったらしいのだ。
そして自ら居場所を無くしていったのだった。
何とかしなければいけないと焦ったのだ。
そして又俺封じの作戦を敢行することになったんだった。




 そして眞樹の頭脳は第二のアンビエンス・エフェクトを生み出す。
でも暴走する頭脳を止めることが出来なかったようだ。
赤坂奈津美は一計を案じた。
だから何時も傍にいて眞樹をサポートしてくれていた。
眞樹は本当に愛されていたんだ、恋愛シミュレーションゲームの相手の赤坂奈津美に。
有事対策頭脳集団のトップになるから愛されていた訳ではない。
ゲームの中ではプライドが高いとされた赤坂奈津美。
本当は優しくて気立ての良い、宇都宮まこと、いや若林まことと同じ位慈愛に溢れた娘だったのだ。
それ故に苦悩した。
元のように優しい眞樹に戻ってほしくて、赤坂奈津美は奔走したのだった。




 俺がケーゲーからのメールを受け取ったのは、卒業式が行われるはずの日の早朝だった。


(今度は何を仕掛けるつもりだ?)
正直言って怖い。
だけど、逃げてばかりいたのでは何も始まらないと思ってもいた。
俺はあの日以来、まことを抱けない。
抱いてはいけないと思っている。
あの絵の中に、俺は確かにヴァンパイアの血を感じた。
だから、又襲いそうで恐いんだ。
まことを殺してしまいそうで恐いんだ。
俺の唯一の理解者、慈愛に満ちた天使そのもののようなまことを。
メールを見ながら、上をみつめた。
二段ベッドの上部で寝ているまことを思いながら。




 ケーゲーからのメールはやはり眞樹の頭脳の象徴、第二のアンビエンス・エフェクトだった。
暴走する頭脳を押さえるだけで精一杯のはずなのに、どうしても俺を抹殺したいらしい。
俺は覚悟を決めて携帯と向き合った。
赤坂奈津美。
石川真由美。
懐かしい名前が其処には並んでいた。
その途端に、フラッシュバックのように凄まじく入れ替わる画像。
水着に制服、派手派手私服。
これでもかと言うように脳に直接インプットしてくる。
俺があの日と同じように瞬間移動してくるように眞樹が仕掛けたサブリミナル効果。
俺は目まぐるしい替わる画像の中に、学校の屋上があるのを見つけていた。


(ああだから屋上だったのか?)
俺はただ眞樹の謀略に引っ掛かっただけだったのだ。




 卒業式前。
俺は学校の屋上にいた。
今度は正々堂々と十八禁ゲームが出来ることを良いことに、アンビエンス・エフェクトによって呼び出されていたのだった。


「このヴァンパイアのなりそこないが」
眞樹は信じられないことを言った。


(ヴァンパイアのなりそこない。もしかしたらトマトジュースに血液を入れたのはコイツか? 母や父ではなかったのか? 眞樹お前は何処まで俺を愚弄する気だ)
俺はもう躊躇いはしなかった。
堂々と眞樹の頭脳の中に入り込んだ。




 『俺をヴァンパイアにさせるためにトマトジュースの中に血液を入れたのはお前か?』


『流石だ、良く解ったなその頭で』


『言ってる意味が違うだろ』


『合ってるよ。やっと解ったんだと思ってな』


『何処まで俺を馬鹿にする気だ』


『だって元々馬鹿だったろう?  お前のことだから、母親を疑ったはずだ。あの代理母をな』


『…………』
俺は言葉を失った。


『図星か?』


『何故だ!? お袋を取られなくするためか?』


『いやお袋は関係ない。親父だよ望月一馬』


『望月一馬!?』


『そうだ、俺はただ愛されたかっただけなんだ』
それは眞樹の本音だった。




 『望月一馬はお前を愛してくれなかったのか?』


『いや違う』


『図星か?』
今度は俺が言ってやった。


『愛してくれたよ!!』
遂に眞樹は応えてくれた。
俺は眞樹の心理が聞きたかったのだ。
俺は眞樹の叫びで、温かい親子関係を想像していた。


 望月一馬は、有事対策頭脳集団の主席であっても、眞樹を蔑ろにしたことはなかった。
でも眞樹も俺同様、もっと傍にいたいと願った。
そのためにがり勉したのだ。
父親に誉められたいから、傍にいて頭を撫でられたいからトップを目指したのだ。




 『望月一馬を独り占めしたいから、俺を貶めようとしたのか?』


『ああそうだよ。
お前を見たら、きっと親父は興味を持つ。だからその前に抹殺しようとしたんだよ』
それは眞樹の歪んだ愛だった。
でもどうして、どうやって血液入りジュースを作ったのか?
俺の存在を何時知ったのか?
解らないことばかりだった。
俺はもう一度眞樹の中に入ろうと思った。




 『あの血は誰の血だ?」


『あれは俺の血だ』


『えっ!? 嘘ー』
俺は眞樹の体を見た。
でも何処にも、切り傷が無い。
俺は首を傾げた。


『そんなに見たいか俺の傷口を』
俺は何も言えなかった。
首を縦にも横にも出来ずにいた。
すると眞樹は自分の皮膚を捲った。
その皮膚は人工で作られた物だったのだ。


(うっ!!)
俺は思わず息を詰まらせた。
その皮膚の下は、数限りないリストカットの後だったのだ。
眞樹はそれだけ苦しんでいたのだった。




 ことの始まりは、俺だった。
場所は若林結子の施錠された部屋。


『ママー、ママー』
俺が突然、その部屋に入って来た。
若林結子の慌てぶりから、眞樹は何かを感じた。
俺は母に抱かれた眞樹を見て自分が抱かれているものだと思って癒された時。
眞樹は俺に殺意を抱いたんだ。
眞樹は俺同様、若林結子を本当の母だと思っていたのだ。
だから苦しんだんだ。
俺に取られると思って苦しんだんだ。
父に甘えたくても、一馬は主席。
近寄れなかった。
だから、母だと思っていた結子を独占した。
それでも満たされない眞樹だった。
そんな時に現れた俺。
眞樹はただ震えることしか出来なかった。
結子を帰さなくすることしか出来なかったのだ。
だからその日から、俺はもっと孤独になったんだ。




 ある夏の日。
眞樹は若林結子を探してリビングに続くドアを開けてしまった。
其処で眞樹は見てしまったのだ、俺のために食事の支度をする若林結子を。
結子を手に入れるために眞樹は自傷した。
いや、偶然だったのかも知れない。
眞樹は結子が俺を起こしに行った隙に果物ナイフで遊んでいた。
きっとその時、眞樹の血がトマトジュースに入り込んだんだ。
戻って来た結子が見つけたのは、流れ血を呆然と見ていた眞樹の姿だった。
結子は、自分を離したくなくて傷を付けたと思ったようだった。
有事対策頭脳集団の主席・望月一馬の後継者としての眞樹の精神状態を正常に保つために、結子は邁進するしかなかったのだった。
眞樹は母を傍に居させるために自らを傷付ける。
そしてその血をトマトジュースへと注ぐ。
俺はそれと知らずに血液入りジュースを飲み続けていたのだ。




 俺は眞樹を哀れんだ。
でもそれが眞樹を苛立たせることを承知している。
だから、何も言わないことに決めた。
でも今度はそれが眞樹を立腹させた。
俺にはもう手がなかった。
まさにお手上げ状態だったのだ。
眞樹のイライラが俺に届いた。
眞樹は俺の何に怒っているんだ?
俺を孤独にさせておいて。
俺から母を奪っておいて。
俺を殺そうとしておいて。
その上何が望みなんだ。




 眞樹が不気味な顔をして迫って来る。
それはまるで死に神でも取り憑いたかのようだった。


(殺られる!!)
俺は思わず身を縮こめた。
何故そうしたのか?
答えは判っていた。
俺はその時、ヴァンパイアになっていたのだった。
本当は眞樹を傷付けたくはなかったのだ。
憎んでいた。
抹殺しようとしていると気付いた時から、親友だと思っていたから尚更に。
でも俺は本当は眞樹を信じていたんだ。
だから眞樹を傷付けたくなかったのだ。




 そう思いつつも、コントロール出来ない。
体の芯から、血が沸き立つ。
始めての経験だった。
いいや、違う。
その感覚は既にあった。
それはあの絵でまことをヴァンパイアとなって襲っていたあの初夜と名付けた作品の中で。
だから眞樹を傷付けたくなかったんだ。
欲情や感情に支配された時の俺はきっと歯止めの効かないほど激高していると気付いたからだ。
あの燃えたぎるエネルギーが今俺を奈落の底に向かわせしていた。
だから眞樹を受け入れることにしたのだった。
殺されても良いと思ってた。
眞樹だけじゃない。
又まことを襲うかも知れないからだ。




 でも気が付いたら俺は瞬間移動していた。
何か、強い力で俺は引き寄せられたようだった。
気が付いて辺りを見回す。
見覚えがあった。
それはあの白い部屋の、まことの元だった。
ヴァンパイアの血がまことを求めたのか?
それとも?
まことは其処で俺を待っていた。
それが答えだった。
俺はまことによって、此処へと飛ばされたのだ。
無意識に伸ばした手をまことが強く握った。




 俺は自分を知っている。
ヴァンパイアになっていると判っている。
だから眞樹を受け入れてようとしたのに。
逃げだしていた。
よりによって、まことの傍に瞬間移動した。
いやさせられたのかも知れないが。
俺はパニクった頭の中で、それでも冷静に判断した。


(ヤバい!! 俺の中のヴァンパイアの血が騒ぐ!! まこと逃げろー!! 俺から逃げろー!!)
でも、まことは其処にいた。
握った俺の手を離さずに其処にいた。
そしてその両手を精一杯に広げて俺の全てを受け入れようとしていた。




 俺は再びまことの用意した大カンバスの上で彼女を襲っていた。
まことは身動きもせずに、俺の全てを受け入れた。
苦しみ、のたうち回りながら。
それでも俺はまことの血を求める。
俺は身も心もヴァンパイアになっていた。
ヴァンパイアとしての運命を受け入れていた。
眞樹が用意した筋書き通りに。


「fake of fate。造られた俺の運命よ!!  願いわくば神の御前でこの身を葬りさりたい」
俺は必死に、神に救いを求めていた。




 その時、光が見えた。
青みがかった紫、それは目映いオーラだった。
大天使ミカエルのオーラだった。
俺はやっと解放されると思い、両手を広げた。
大天使ミカエルの持つ剣で、俺を突いてほしかった。
ヴァンパイアの血を絶やすには、心臓を目掛けて鉄の杭を刺す。
何かの文献でそう読んだ覚えがある。


「お願いだ、俺を突いてくれー!! ヴァンパイアの血から解放してくれー!!」
俺は両膝を付き、両手を高く掲げた。


「大天使ミカエルよ。そなたの左手にあるその剣で、この胸を刺したまえ。この血を、おぞましいヴァンパイアの血を全て放出させてくれ」




 気が付いた時俺は、まだまことと大カンバスの上でもがいていた。
でも其処は白い部屋ではなかった。
屋上だったのだ。
何故苦しいのか判らなかった。
だって俺はまことと愛しあっているんだ。
楽しいなら解る。
燃えるようにワクワクするなら解る。
でも俺は辛いんだ。
どうしょうもなく胸が苦しいんだ。


(大天使ミカエルの剣が貫いたのか?)
俺は慌てて心臓に手を持って行った。
何気に手を見ると、赤くなっていた。
俺は出血していたのだ。
でもそれは胸ではなかった。
脇腹だった。
何故其処なのか解らない。
俺は確かに胸を刺すように要求した。
そうそれはヴァンパイアの血を全て放出させるためだった。
もう一度脇腹に手を持っていく。
でも不思議に痛みはそれほど感じてはいなかった。
俺は我に返った。
そして周りを見回してみた。
驚いたことに其処には眞樹もいた。
彼は遠巻きに、俺のおぞましい姿を見て笑わっていた。
俺は、俺達は、屋上に用意されていた大カンバスの上で躍らされていただけだったのかも知れない。
俺がまことの元に飛んだのではなく、まことを引き寄せたのかも知れない。
俺は忘れていた。
アンビエンス・エフェクトの実力を。
まことに狂った俺が映像の中でまことを追い掛けていた事実を。




 赤坂奈津美はずっと眞樹と一緒に屋上にいた。
愛する眞樹が、俺のせいで変わって行くのをずっと見守ってきた。
でも眞樹の今の姿は、一生を捧げても良いと感じた人ではなかった。
赤坂奈津美は眞樹の中にサタンの血を感じた。
それは、眞樹を陥れるための実験だった。
眞樹はあの若い幹部候補生達の陰謀によって、その血を汚されていたのだった。
眞樹のいる有事対策頭脳集団本部に、全国から優秀な子供達が集合する。
これから日本を背負って立つ人材作り。
それが其処の課題だった。
実験施設も自由に使わせてもらえる。
彼等は其処で動物実験を繰り返していたのだった。
そんな時、目障りな眞樹が怪我をした。
それは、トマトジュースへの血液投入後だった。
彼等にとっては降って湧いたような幸運だった。
輸血に見せかけて、動物の血を眞樹の血管から投入しようと思っていたからだった。




 動物にも血液型はある。
彼等は眞樹の血液型を研究して、最も適合する動物の血を用意した。
それを遠心分離機にかけて血液製剤作り、予め用意していたのだった。
それは普通の輸血用血液と見た目を同じにしておいたのだ。




 眞樹が衝動的に手首を切った時、若林結子は自殺未遂を起こしたと思ったはずだ。
だから佐伯真実に極秘に連絡したのだと思う。
佐伯真実はすぐに処置したのではないのだろうか?
だから輸血用の血液製剤が動物の血から出来た物だと知らずに眞樹に投与してしまったのだ。
もがき苦しむ眞樹。
それを、怪我による出血のせいだと真実は思ったのだ。
眞樹は七転八倒しながら耐えた。
それが何かも知らずに自分の血液と融合させてしまったのだった。
サタンとの契約。
日本一の頭脳と、俺を抹殺するための知恵。


(きっと眞樹も覚醒の契りを結んだのだ)
俺はそう感じた。
手首を切り刻み、血を汚す。
その後遺症に悩まされながらも又手首を切る。
そして再度トマトジュースに血を注いだのだった。
眞樹は何時しか、輸血の苦しみが快感になっていたのだった。
麻薬にも似たエクスタシーに眞樹は虜になってしまっていたのだった。
俺との駆け引きも忘れ、その時だけ全てから解放されるからだった。
そんな眞樹へ彼等は贈り物をした。
それがあの人工皮膚だったのだ。
それは、自分達の悪事の発覚を恐れた悪知恵だった。
眞樹はそれでも、望月一馬に愛されたいがために猛勉強をする。
そして全国トップの栄冠を手に入れたのだった。
俺はその事実を赤坂奈津美の頭脳に入って知った。
その時、眞樹の体験した恐怖を知ったのだ。
眞樹は若い幹部候補生達の陰謀によって、その血を汚されていた。
眞樹はきっと苦しかったのだ。
だからリストカットをしてしまったのだろう。
その現場を彼等の見られてしまったのではないのだろうか?
だから彼等は動物の血から血液製剤を作り出す実験を始めたのではないのだろうか?




 母の部屋のドアを何くわん顔で開けた眞樹。
俺の朝食のトマトジュースに、リストカットをした血を注入する。
その度に震え上がる体。
恐怖と悦楽が心をシンクロする。
眞樹は興奮のるつぼにいた。
それはこの世の終わりかと思えるような妄想と現実の間だった。
それが得たいがために、何度もリストカットを繰り返す眞樹。
それこそが若い幹部候補生達のトリップだったのだ。
眞樹はもう知っていた。
あの輸血の正体を。
だけど耐えていた。
それが自分の生きる力となっていたから。
そしてどうせそのため死ぬのなら、俺を呪ってからにしよう。
そう思っていたのだった。
だからトマトジュースにその血を注いだ後にそしらぬ顔をして真ん中の鍵を押し掛ける。
そして狂喜乱舞の世界へと入って行ったのだった。




 子供の頃犬を飼いたくなった俺は本を読んだ。
その中にあった新生児容血に興味を持ち調べてみたことがあった。
そしてそれは、今一つの答えに繋がった。
動物にも血液型はあることを知り、彼等は眞樹の血液型を研究して最も適合する動物の血を探し当てた。
それを秘かに用意していたのだった。
輸血に見せかけて、動物の血を眞樹の血管から投入しようと思っていたからだった。
動物の血液を輸血すると勿論死ぬことになる。
動物同士の輸血の場合でも、両親の血液型の違いで様々な弊害が起こる場合もあるようだ。
特にB型猫の持っている抗A抗体は非常に協力で、産まれてすぐ死ぬ新生児容血を起こすことが知られている。
母猫がB型で新生児がA型の場合、その初乳を飲むことによって容血を起こし数日で死亡してしまう恐ろしいケースもある位なのだ。
でも日本猫の場合殆どがA型でAB型も僅かなようだ。
だから眞樹の場合にはあてはまらないと彼等は考えていたのではないのだろうか?
B型血液を保有している猫。
スコティッシュ・フォールド。
スフィンクス。
ソマリ。
バーマンなどが知られている。
又、犬は父親がDEA1.1(+)。
母親がDEA1.1(-)の場合にも起こるとされている。
対処法は、事前に血液型が解っていたら、そのペアは避ける。
産まれたらすぐに母親から離し人口乳を与えたることだそうだ。


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