受胎告知・第二のマリア

四色美美

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戸惑いの中で

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 (なんで眞樹が此処に居るんだ!? なんであんなに冷静なんだ!? それに何なんだこの痛みは!? バーチャルではなかったのか!? なんで此処に宇都宮まことが居るんだ!?)
俺はパニックっていた。
でも冷静になろうと思っていた。


(俺は、俺の体は何故こんなにがんじがらめなんだ!?)
でも結局、俺はそのままだった。




 「もしかしたら、飛び降りてくれるかと思っていたけど。まさかね」
眞樹は含み笑いをしているようだった。


「彼処から本当に堕ちて来るとは、俺の想定した通りお前は馬鹿だよ」
眞樹は不気味な笑い声を上げていた。
バーチャルな世界だと思ったから飛び降りたんだ。
第一高所恐怖症の俺が、そうでも思わない限りこんなことする訳がないだろう。
でもそんなこと言えるはずがない。
俺はただあの場所から逃げたかった。
そして、現実の世界へ向かって飛び込みたかった。
ただそれだけだった。
そう、宇都宮まことと共に。




 (ごめん、ごめんな)
俺はひたすら宇都宮まことに誤った。
俺と出逢わなければ、こんな目に遭わなくて済んだのに、俺がアンビエンス エフェクトさえ遣らなければ。


(本当にごめん)
今、俺の隣で寝息を立てている宇都宮まこと。


(目が覚めた時何て誤ったら?)
俺はそんなことばかり考えていた。
でも存在していた事実に喜びを隠しきれない自分も其処にはいた。
俺はその時、てっきり学校の屋上から飛び降りたのだと思っていたのだった。
そう、アンビエンス  エフェクトのゲームの中に入り込んだように、屋上に瞬間移動して。


(瞬間移動!? それが俺に出来ればの話だが)




 そんな中でも眞樹は冷静だった。
パニックってる俺の姿を悠々と眺めていた。


「でもまさかこんな結果になろうとはな。運がいいなお前は、死んでいてもおかしくはなかったのに」
眞樹が言う。


(そりゃそうだ。彼処から落ちたんだ。命がある方が珍しいのかも知れないな)


「お前は本当に解らない人間だ」
眞樹はそう言いながら、又宇都宮まことに頬摺りをしていた。
俺はその態度にカチンときた。




 宇都宮まことのこととなると冷静で居られなくなる。
俺はそれほどまでに宇都宮まことの魅力に堕ちていたのだ。


「さっきから言ってるだろ!! その手で触るな」
俺はいきり立った。


「彼女がニューハーフかも知れないと思っていた。でも気付いたんだ。あのリアルな男性の声はお前だと。それに、俺が童貞だと話したのはお前だけだ。違うか? 眞樹」
俺は屋上から堕ちる瞬間に、宇都宮まことが本当は女の子だと確信することが出来たのだった。
目を綴じると浮かび上がる宇都宮まことのボディ。
この掌にまだその感覚はのこっていた。




 その時、俺の母親が病室に入って来た。
誰かが連絡してくれたのだろうか?


(一体誰だろう? こんなカッコ悪いトコ見せたくないけど、でも嬉しい)
俺の脳裏に、今朝の出来事がよぎる。
施錠された母の部屋を羨ましく見ていた自分を思い出した。



「あらっ坊ちゃま。お見えになられていらしたんですか?」
でも母は思いがけないことを言う。


(えっ!? 何故だ!? 何故母は眞樹を知ってる?)


「驚いたか?  この人はお前の母親なんかじゃない。俺の崇拝者。そして俺達の代理母だ」
眞樹は俺に向かって、勝ち誇ったように言った。
でも母は困惑しているようだった。
思わず口から突いて出た、坊ちゃま。
これが何を意味しているのか。
出来の悪い俺の頭でも解った。
母の仕事先が望月眞樹の家だったってことだ。
でもそれだけの関係だけでもなさそうだった。


「俺達は親父の実験材料だった」
眞樹は一瞬声を詰まらせたが、次第に俺達の全ての関わりを包み隠さず話し出した。
相当の覚悟がいることなのだと思い、俺は自然に身構えた。




 父は天才科学者として有名な氷室博士(ひむろひろし)教授。
母は天才芸術家の小松成実(こまつなみ)。
名前位なら知っている。
でもそんな有名人が本当の両親だと聞かされても、俄かには信じられない。
俺はゆっくり眞樹に目をやった。
眞樹は真っ直ぐに俺だけを見ていた。
それだけで、眞樹の言っている事が真実なのだと悟った。




 (俺達、と言う事は俺と眞樹の事か?)
何故だか俺は上の空だった。
頭がボーっとしていた。朝ぶつけたお子ちゃま用のベッドの教科書置き場のせいだけではなさそうだ。
でも、眞樹の話しが判ると言うことは、どうやら俺は、頭からは落ちなかったらしい。
それだけでも救いだった。


(はっきりと覚えてはいない。思い出しもしない。俺は、俺達は何処からどうやって堕ちたのだろうか? 学校の屋上を目指して、解放されたくて、でも一体何から?)
俺は途方にくれていた。




 (俺達の父が氷室博士教授? 母が小松成美って言うことは。えっ!? 俺達は兄弟!? もしかしたらクラスメートが言っていた双子ってやつか!? いや違うそんなハズはない!!)
俺はまだ信じられずにいたんだ。
イヤ、俺は信じたくなかっただけかも知れない。


(俺の母はこの人だけだ。俺のベッドで俺を抱いてくれたこの人だけなんだ!!)
俺は困惑する頭の中で母を見ていた。
でも、俺達は兄弟だった。本当の双子だったのだ。
それを理解するまで、相当な時間を必要とするはずだけど。




 氷室博士教授。
名前からして科学者一家かと思われるが、実のところ違っていた。
父親は普通のサラリーマンだった。
でもその名前には、大いなる期待がかかっていた。
大学院で博士号を取る。それが父親の子供の頃からの夢だったのだ。
父親は昆虫などを観察しては、その実態などを調べていた。
それは趣味の範囲を大きく逸脱していた。
だから博士は、父親の影響をモロに受けて育っていったのだった。
その頃、天才を育てる幼稚園が注目を集めていた。
博士はそこへ送り込まれたのだった。
自然科学分野で、博士の才能が開花する。
俺達の母である小松成美との出逢いが大きく関わっていた。




 成美は生まれた時から天才だった。
でもその事実に両親は気付かなかった。
開花したのは博士と出逢ったからだった。
成美は昆虫好きな博士に興味を持った。
そのことで、自分も昆虫の観察を始めていたのだった。
それは淡い初恋だった。




 成美はその時から、落書き帳に良く虫の絵を書き写すようになっていったのだった。
見てるだけではつまらなくなったからだった。
それはまるでボタニカルアート。
成美は昆虫の触角の一つ一つまで忠実に再現したのだった。
でも本当の開花は別な次元にあった。
それは偶々、写生会に用事があって遅れた博士の洋服を描いて見せたからだった。
成美は博士のことが心配で気が気でなかった。
だから自然に出てしまったのだった。
別の自分が。
青いシャツに半ズボン。
博士の絵だと言いながら描いていた。後の自分の運命を決めるかも知れない一言を。
実際に現れた博士を見て、誰もが驚きの声を上げた。
何時もの園児服ではなく、成美が描いたスタイルだったからだっだ。




 《天才児現る》
それはそのように伝わっていった。
其処に居ながら、見えない物を描く。
それはまるでエスパーのようだと、当時の新聞は褒め称えた。
でも勿論、その写生会に行く前に二人の接点が有ったか無かったかを徹底的に調べて上げた結果だった。
そんなこともあり、二人は急接近する。
成美の豊かな感性に刺激され、博士も開花していく。
そして博士は成美を愛し始めだのだった。




 博士はオサムシの研究を始める。
蝶やカブトムシでは物足りなかった。
もう既に沢山の研究書物が発売されていたからだった。
人と違った研究。
それが、成美の心を掴む方法だと思い込んでいたからだった。
飛ぶ事を忘れた昆虫。
出会いはマイマイカブリだった。
カタツムリを捕まえようとしたら、食べていた。
思わず手が遠退いた。
やがてそれはオサムシの一種だと知る事になる。
日本中に数多く生息するオサムシ。
取り分け綺麗なルリ系に成美が惹かれると思ってした事だった。
それらの多くは北海道にいる。
博士は何時か、北海道に生息している歩く宝石と呼ばれるオサムシを捕獲する事を夢に描いていた。




 博士は昆虫の育つ環境にも注目した。
それは父親の影響だった。
蟻・ダンゴムシ・ハサミムシ。
石などをひっくり返すと必ずいるそれら、父親はそんな身近な昆虫を愛し研究をしていたのだった。




 でも、博士が興味を持ったのはオサムシだった。
そう、元々博士はオサムシに親しみを感じていたのだった。
首長族のオサムシ。
餌はミミズやカタツムリだった。
真っ黒い少し不気味なオサムシを、博士は追い掛け廻した。
思い込んだら一直線。
そして、やっとの思いで、一匹捕まえることが出来たのだった。
でも成美はそれをすぐに逃がしてしまったのだ。
でもそれはオサムシが嫌いと言う理由ではなかった。




 その時成美は言った。


『こんな小さな虫にだって、生きる権利はあるのよ。研究の為とか言って標本にするのだけは辞めてほしいの』
成美はただ昆虫採集の標本が怖かったのだ。
でも、何気なく言った一言が、博士の心に届く。
博士はこの後、昆虫を観察したり、写真撮影する事だけにしたのだ。
誰より念入りに調べ、ベストの状態での撮影。
その幼稚園児らしからぬ行為が、天才科学教授へと導いてくれたのだった。
そう、全て成美の一言から始まったことだったのだ。




 でも博士はそれだけで留まらなかった。
自然科学だけでなく、物理にも興味を持つようになったのだった。
天体部門にも目を向けた。
父親の望み通り、博士は知識をドンドン吸収していく。
そして国立大学へと進んで行ったのだった。
その時、後に眞樹の養父となる望月一馬(もちづきかずま)と出会ったのだった。




 望月一馬は日本の未来を考えていた。
有事対策の無い日本。
このままではいけない。
そう思い立ち、頭脳集団を作り上げようとしていた。
でもその有事を理解してくれる人は皆無だった。
一馬は北佐久郡望月町で拾われた捨て子だった。
後に佐久市となるこの地域は宇宙開発基地に力を入れていたのだ。
そんな影響を受けた友人達は、宇宙論を繰り返していたのだった。
だから自然と興味は宇宙に向かっていった。
そして、一馬はみんなから宇宙人と呼ばれるようになる。
人並み外れた頭脳の持ち主だったからだ。
有事対策頭脳集団を設立した当初は、異星人の襲来を想定した所謂オカルト教壇だと思われていた。
でも一馬の真意は違っていたようだ。




 それは子供の頃の体験だった。
一馬はUFOらしき物体を友人と見てしまったのだった。
学校帰りの田舎道。
何気に空を眺めていると、目の前に大きな星が瞬いていた。
それは師走に入ったばかりの夕方近く、一番星が出る頃だった。


『何だろうあれは?』
二人はその一点に釘付けとなった。
それを見透かしたのか、その後その物体は忽然と消え失せたのだった。


『空飛ぶ円盤!』
一馬は言った。


『時代遅れただよ一馬。今は未確認飛行物体、UFOだ!!』
そう言ったのは友人の佐伯真実(さえきまさみ)だった。
その友人こそ、後に医学博士となる一馬の作り上げた教団の幹部にになる人だったのだ。
望月一馬は、この佐伯真実の影響をモロに受け、天体部門に感心を抱くようになっていったのだった。




 これも又夕方、周りが薄暗くなる頃の事だった。
山の上に家があった。
一馬はこの風景を又佐伯真実と見ていた。


『随分高い所に家があるな』
真実は言った。


『本当だな。でも家と言うより要塞みたいだか』
一馬も言った。でも、
それは翌日には跡形もなく消えていた。


『何だったんだ!?』
一馬は真実に訪ねてみた。
でも解る訳がない。
そんな時、真実が突拍子もないことを言い出した。


『もしかしたら、あれはラピュータかも知れないな』


『そうだなきっとラピュータだ』
一馬はそう答えた。
ガリバー旅行記の天空編に登場するラピュータ。
二人はそれをイメージしていたのだった。


『でもそれを言うなら、ラップ・ウーテッドじゃないかな?』


『ラップとは確か、太陽の光が海の水でおどる事だったよな?』


『ウーテッドは翼!!』


『ラップは高い』


『ウントゥーはおさめる人』


『ラプントゥー』
二人は益々、その世界観に飲み込まれて行ったのだった。




 スイフトのガリバー旅行記の飛島を読み漁る。


『スゲーなー。二百五十年以上も前にこんなの書いたんだもんな』


『もしかして、ガリバーって宇宙人?』


『いや、それを言うならスイスト自身じゃないかな?』
二人は何時もそんなことばかり言っていた。


『そうだよきっと、既にこの地球上には様々な宇宙人が来て生きて居るんだよ』




 スイストだけではない。
古くは竹取り物語のかぐや姫まで。
二人は宇宙人の書き上げた書物だろうと思い立ったのだった。
そして、それらの目的は、いつか地球を攻撃して来る際のパンフレットにするためではないだろうか?
二人はそう結論付けた。




 そんな些細なことがきっかけだった。
一馬は、宇宙人が攻めて来ると思い込んだのだった。
日本の有事は、宇宙戦争のことだったのだ。
スペース・ウォーズ。
映画やテレビドラマの影響だと、みんな思っていた。
でも信者も沢山現れたのだ。
其処でこの教団を設立したのだった。




 その対策として、優秀な人材作りに精力を傾けたのだった。
表向きは養護施設だった。
かつての自分がそうであったように、一馬は身寄りの無い子供達を、日本の将来を背負って立つ人物へと育てようとしたのだった。
有事対策頭脳集団はオカルト教団でも、何でもなかった。
それは純粋に日本の、地球の未来を思って設立された非営利集団だったのだ。




 眞樹は俺に向かって、有事対策頭脳集団の実状を力説していた。
でも俺はボーッとしていた。
そんな状態で頭の中に入ってくるはずがない。
俺の頭はある一つの言葉に固執していた。


(違う、違う!!)
俺は泣いていた。


(母さんが本当の母さんじゃない? 嘘だ、嘘に決まってる。眞樹、お願いだ。俺を脅かしただけだと言ってくれ!!)
俺はまだ戸惑いの中にいた。
眞樹が何と言っても、聞く耳なんか持ち合わせていなかったのだ。




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