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両親の秘密

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 高校生の薫は、テニス部の先輩が好きになり、熱い視線を送っていた。

先輩もまた可愛らしい薫が大好きになった。

その半年前、満員電車の中で二人は出会っていた。

孝が持っていたラケットが薫のお尻に当たり、痴漢だと間違われて睨まれたのがきっかけだった。

勘違いだと知った薫は孝にひたすら誤って、自分の名前・住所を告げた。

孝は笑って許していた。
この時、孝は高校二年生。
薫は中学三年生だった。

そう……
先輩とは日高孝のことだったのだ。


二人が再会したのは、薫がクラブ活動に初参加した日だった。

実は、薫は孝が気になって仕方なくなっていた。

あの日孝がテニスラケットを持っていたので、ここを選択したのだった。

孝が薫に気付き、交際がスタートした。

淡い初恋。
薫は優しい孝の虜になっていた。




 それから三年。
香は高校を卒業して、電車通勤をしていた。

孝は香を薫と勘違いをして、熱い視線を香に投げかけた。
一週間に一度出会う二人。

週末父親の看病のために家で過ごした孝は、大学へ通うために始発駅から少し早い電車を利用していた。

香は次の駅から乗り合わせて会社に通っていた。

薫だと思い込み、恋心を燃やす孝。


香も、毎回熱い視線を送ってくれる孝が物凄く気になっていた。




 父親が亡くなり、四十九日が過ぎると、孝は居ても立っても居られなくなった。


大学を卒業すると、電車通学も終わる。

薫に逢えなくなる。


そして、孝は薫に電話をした。

勿論プロポーズだった。




 突然の孝のプロポーズを薫は受け入れた。


薫は孝のことがずっと忘れられなかったのだ。


爽やかなスポーツ刈りに瞬きする度に揺れる長い睫毛。
汚れを知らないような深い色をした瞳が未だに薫を虜にしていたからだった。




 そして悲劇が起こった。

孝と薫の結婚の日取りをきめる口固めの日。
孝と香は出会った。


電車の中で熱い視線を送ってくれる孝を、香は激しく愛していた。
孝も香の薫とは違う魅力に堕ちていた。




 孝も香を愛していることに気付き運命を恨んだ。


孝は自分の胸に手を置いて、本当はどちらが好きなのか考えた。


答えなど出るはずがない。


孝は双子それぞれを本気で愛してしまっていた。


どうしても香と結婚式を挙げたい!
でも薫も愛してる。

落ち込んだ孝は不眠症になった。




 友人の医師に相談した孝は、人生で初めての睡眠薬を手にしていた。


それは勿論自分で服用するためだった。

初めは睡眠導入剤と言う弱い薬だった。
だけど興奮している孝には効かなかった。


次は強め。
その次はもっと強め。
孝の体は、それでやっと眠れるようになった。

孝の手元に残った大量の睡眠薬。
それらを枕元の置きながら眠る日々を重ねる。
でも結婚式が近付くにつれ又もや興奮状態になる。

そして遂に、医師に止められていたお酒の力を借りることとなった。



 結婚式の日。

孝は披露宴会場のあるホテルのスナックを二次会場として借り切っていた。




 みんなが帰った後、香だけが残されたスナック。
ソファーの上では香が眠らされていた。

香を愛してしまった孝が出した答がこれだった。

他の男と関係を持つ前に奪いたかった。

まず、誰にも邪魔されないように鍵を掛ける。
そして香に触れる。

睡眠薬を飲まされて横たわる香。
抵抗など出来るはずがなかった。




 それはちょっとしたきっかけだった。
不眠症の薬を飲んだ後で、お酒の力を借りてしまった孝。
その結果、意識が飛んでしまったのだった。
一歩間違えたら死ぬかもしれない状況だった。


その時悪用することを思いついたのだった。


香にお酒と一緒に睡眠薬を飲ませてヴァージンを奪いたい。


でも睡眠薬を砕いてお酒に入れると澱粉が浮く。
これをカモフラージュするために生搾りのカクテルを飲ませることにしたのだった。


睡眠薬の効き目を確かめるかのように、無抵抗な香を愛撫する。

妻となった薫には、友人と飲むと嘘をついて……




 横瀬駅から乗り合わせる香を待ちながら、孝は恋に狂っていた。


(もし乗っていなかったら? もし自分を軽蔑して車両を替えていたら?)

そんな自虐的なことばかり考えていた。

そして再び逢えた幸せに胸をときめかす。


言葉を交わすことが出来ない分体が燃える。

心が燃える!


(あぁ、今すぐ抱き締めたい!!)


孝は欲望に駆られていた。

心も体も煮えたぎる。


近付けないもどかしさがより一層深い愛に変わる。
苦しみに変わる。

孝一はもう……
香なしでは生きていけなくなっていた。




 父親の看病のために帰る日を待ちわびる。

又逢いたいがために……


目の前に、あんなに恋い焦がれた香が眠っている。


何時も自分が飲む量より多めに入れた睡眠薬。


効き方を診ながら次第に大胆になる孝。


自分のモノにしたかった。


本当に結婚したかったのは香だったのだから。




 香は何も知らず、翌日家で目を覚ます。

スナックのソファーで寝ているところを、酔い潰れと思い込んだ勝が家まで運んで来てくれたのだった。


下腹部の鈍い痛み。
これが何の痛みなのか香には知る由もなかった。


妊娠に気付いた時はもう堕胎出来る状態ではなく、産まざるを得なくなった。


「お父さん信じて、私本当にヴァージンなのよ」
香は泣きながら訴えた。
でも幾ら言っても聞く耳を持たない勝。

妊娠している娘がヴァージンであるはずがない。
勝もそう思っていた。




 そんな時。
勝の脳裏に薫の結婚式の日に酔いつぶれた香の姿が蘇ってきた。

二次会に出席した誰かが意識のない娘をレイプした。

勝はそれしかないと思うようになった。


勝がスナックに行ったのには訳があった。
匿名の電話がかかってきたからだった。


『お嬢様の香さんが二次会のあったスナックで酔いつぶれています』
と言って切れた電話が。




 それは香も感じていた。

そして、その男性が孝であってほしいと思った。
子供の父親は自分が愛した男性であってほしかった。

堕胎出来ない以上……。

産むしかない以上……。

たとえそれがレイプであったとしても……。

初めて受け入れたのは、孝以外であってほしくなかったのだ。


電車の中で熱い視線を送っていた孝。

自分を本当は愛しているはずの孝。

孝以外考えられなかった。
考えたくもなかった。




 薫もハネムーンベイビーを宿していた。

何も知らない薫は香の妊娠を嘆いていた。

ヴァージンだった香が気付かない内に出来ていた子供。

きっと自分達の結婚式で泥酔させられ、複数の男性の餌食になったのだと思った。

香の出産時期から計算するとそれ以外考えられなかったのだ。

でもそれでは孝の友人を疑うことになる。
そう思い悩んでいた。


そんな時孝は、結婚式に招待した友人達の仕業ではないかと薫に打ち明けたのだった。

嘘も方便。
でも孝にはこれ以外逃れる方法はなかったのだ。


薫は孝の言葉を受けて、悲劇の子供を自分の子供として育てたいと願った。

そして孝と香のそれぞれに自分の決意を語った。


「さすが俺が惚れ込んだ女房だ」

孝は大賛成して、薫を誉めちぎった。

その上で香には、一人では大変だから薫に任せた方がいいと言い含めた。

勿論香に、胎児の父親が自分であることは打ち明けることはせずに。




 香の出産を隠すためお産婆さんが呼ばれた。

自宅で出産するは人目につくと、孝の親から貰ったアパートでの出産となった。




 双子の姉妹が同じ部屋で、同じ日に男児を一人ずつ出産した。

薫の子供は翼と、香の子供は翔と名付けられた。

そして二人の子供は、薫が産んだ双子として届けられた。


それで全てが終わるはずだった。

孝を本気で愛してしまった香は、翔を取り戻したくなった。

香は孝の態度で、翔の父親だと確信したのだった。




 アパートを改造した上町の家に戻った薫の寝ている部屋に行く。
そして翔を抱き締める。
香には一目で翔が解った。

香は半狂乱になり翔を奪って逃げようとした。

事情を知らない薫は、香の未来のためだと思い必死に止めた。

もみ合いになり、薫が倒れる。

勢い余って薫お腹を踏みつける香。

気付いた時、薫は亡くなっていた。


香は途方に暮れながらも泣き叫ぶ翔に乳房を与えていた。

全ては自分の蒔いた種。

薫の遺体を埋めながら、香を薫として暮らして行くしかないと孝は思っていた。




 香と孝の愛の生活が始まった。

恋人を奪い、子供を奪う。

香は薫が憎くて仕方なかった。

母のお腹の中で同時に血を分けあって育った双子だったから、余計に憎んだのかも知れない。

今日まで荒んだ毎日を送らなければいけなかったのは全て薫のせいだと香は思った。

翼を目の敵にしたのは、薫として生きて行かなければならない自分の運命を呪ったからだった。

孝は薫と香を同時に愛していた。

同じ顔をした双子。
薫は真面目でしっかり者だった。

一方香はどことなく間の抜けた顔をしていた。
香はただ………
呆然と孝を見つめていたのだ。
その表情が孝には堪らなかったのだ。


そんなこんなで、薫にこんな一面もあったのかと益々惚れ込んだのだった。

だから尚更、香に殺された薫が哀れでならなかった。

香を薫と呼ばなくてはいけない残酷な運命を恨んだ。


そして又眠れなくなった。

睡眠薬を手にした時、無抵抗な香が脳裏に浮かぶ。

その快感が孝を虜にしていた。

孝は庭の片隅に立ち、そこに埋めた薫を思いながら睡眠薬強姦を遂げようとしていた。




 完成したばかりのテニス練習場は、ハネムーンベイビーを宿した薫とは楽しめなかった。

つわりのひどかった薫は、激しい運動が出来なかったのだ。


せっかくのコートを遊ばせどおくのは勿体無いと知人に勧められ、仕方なく孝は一般向けのテニススクールとして営業を開始する。
幸いインストラクターの資格は学生時代に取得していた。

本当の目的は、薫との愛の生活のため。
でも薫が死亡した時点で、次の目的に替わる。
それはテニスを知らない香に教えることだった。


香が薫として生きるためには、必要不可欠だったのだ。

でも香はそれを拒んだ。

自分を主張出来る、唯一の方法として。


薫として生きなければならない香。


解ってはいても……


そのことで傷付いた孝が人妻に目を付けようとは。


自分にしたのと同じように睡眠薬で眠らせて犯行に及ぼうとは……


香はこの時全く気付いていなかった。




 別にテニススクールで儲けなくても、孝は生活に困る訳ではない。
それならばと隣に本格的な珈琲カフェをオープンすることにした。


メインは一流パティシエのケーキと、混じりっけなしのブルーマウンテン。


ジャマイカで取れるブルーマウンテンよりも、日本の輸入量の方が多いと言う現実は知っていた。

だから信用の置ける業者に依頼した孝だった。


正真正銘、本場物の一級品。
これが一番の売りだった。


それと銀ブラの代名詞となったブラジルコーヒー。


その上で好みの味にブレンドした孝のオリジナルコーヒー。

この三品がカフェの人気に火をつけたのだった。


コーヒー豆は冷暗所で保存し店の中で焙煎する。
ドリップ式、サイフォン式など客の好みに合わせる工夫などした。


そうすることが店をコーヒーの香で包み、満足できる空間を作り上げていったのだった。


でも孝はそれだけで満足しなかった。
自分をもっと向上させたいと考えたのだ。


そのために真っ先にしたのは他店の研究だった。

その時に訪れたカフェで孝は興味深い話を耳にする。
テニスウエアに身を包んだ主婦達が、インストラクターの品定めをしていた。


主婦から誘い、若いインストラクターを堕とす。
それはまるでゲーム感覚プレイ。
逆レイプの話題だった。




 その時、彼女達の一人と目が合った。
彼女は他の女性に目配せをして、孝を堕とそうと相談を始めたようだ。


自宅にお持ち帰りにするのは流石に気が引けるのか、手頃なラブホにでも誘惑する作戦に出たようだった。


テニスで鍛えた筋肉と体力に自信はあっも、一人で大人数の相手は出来ない。
そう判断して、孝はそそくさに退散した。

それでも未練は残る。
孝はトイレの個室の中で彼女達とのプレイを想像しながら、もて余した身体の処理に没頭していた。




 その日以来、主婦達のことが頭から離れない。
スクールに来る女性の視線が気になり、彼女達と重ね合わせるほどになっていたのだった。


確かにあの主婦達は孝に興味を抱いたようで、熱い視線を送っていたのだ。


もしあの時誘いに乗っていたなら……
そんなことばかり考えるようになっていたのだった。


孝は確かにあの時主婦達に興味を覚えていた。
香を抱きたくても抱けない現実があったからだ。
香は妊娠した第二子を流産させていたのだ。


そんな状態の妻を放っておいて其処に居ることが、後ろめたかったのかも知れない。


香の流産の原因は翼だった。
翼は翔のように抱いてもらいたくて香にしがみ付いたのだ。
その時香はバランスを崩しお腹をテーブルの角で強打してしまったのだった。


抱いていた翔を庇うことで精一杯だった香。
だから尚更翼を疎ましく思ったのかも知れない。




 その日から……
好奇心の目で生徒を見るようになった孝。

止められない感情が噴き出す。
そしてカフェ奥の個室で、短期型睡眠薬を使った実験が執り行われる。


コーヒーの中に入れられた睡眠薬とアルコール。
それが熟睡を誘う。

そしてカフェインがスッキリした目覚めを誘導する。


主婦達は何事も無かったの如く……
却って気分爽快の状態だったのだ。


勿論、完全犯罪だ。
孝は何一つ証拠が残らない工夫をしてこの卑怯極まりない実験を繰り返していたのだった。


孝はあの日果たせなかった欲望をこのようにして叶えて行ったのだった。


だから誰も気付かず……

孝は益々調子に乗っていったのだった。




 そしてターゲットは陽子に向かう。
翼のモノになる前に奪いたかった。
孝にとっては陽子も、欲求を満たす道具に過ぎなかったのだ。


でもそれに失敗したから、却って燃えたのだ。
翼の居ない時を選んで本懐を遂げようと企んでいたのだった。




 愛する薫を奪った香への腹癒せだった。
それが睡眠薬強姦事件の真相だったのだ。


薫が殺されてから、どんなに愛していたかに気付く。
愚かな自分に気付く。
もがき苦しめば苦しむ程、香の存在が嫉ましくなる。

孝は又眠れない日々の中にいた。
ノイローゼになりながら、克服方法を必死に探す。


そして、あの主婦達の戯言と出会ったのだった。




 陽子を初めて見た時、孝に衝撃が走った。

電車の中で遭った純情な薫そのものだった。


自分を痴漢だと間違えた薫と再会した時の喜び。
受験勉強中、何度も愛に狂った。
それに耐えたからこそ、電車で再会した香を薫だと思い込み凝視したのだった。


そして香に堕ちた。
薫だと信じたままで。




 その時又、無抵抗な香が脳裏をかすめる。
気付かれなければ良い。

悪魔が孝に囁く。


香同様。
誰かのモノになる前に奪いたかったのだ。
それが敵わない今……
それでも孝は陽子をモノにしたかったのだ。



だからコーヒーに睡眠薬を入れたのだった。
コーヒーリキュールも一緒に。

コーヒーの味を変えずに、アルコールを足す。
それが孝が編み出した爆睡させるコツだったのだ。




 だから孝は、カフェのパティシエの目を盗んで土台に大量の睡眠薬を加えたのだった。

生クリームに入れたら、仕上がり具合いをみる為の味見があるからだった。


其処まで用意周到孝。
息子の嫁となった陽子を常に狙って考えた末の行動だったのだ。


でも、ハプニングが起こった。

睡眠薬入り洋酒ケーキで無抵抗の陽子を寝室に運んでベッドの上に寝かせた時、玄関のチャイムが鳴った。
孝はその人物を確認する事が出来なかった。
映像の出るタイプだと思い出したからだった。


(もし翼だったら?)

そんな思いに苛まれ、陽子を眺めていることしか出来なかったのだ。

結局孝は何も出来ずに堀内家を後にしていた。

ただ、下着一枚外して……

それを身に付けさせることさえ忘れて……

それほど慌てていたのだった。


まさか自分の行動を翔が見ぬいたことなど知る由もなかったのだ。


でも翔は果たしてその現場を目撃したのだろうか?

本当は違っていた。

翼は自らその場をインプットしてしまったのだった。


実は翔は、翼の本体だったのだ。
その時にはもう翼は、カフェ奥にある冷凍庫の中に遺棄されていたのだった。




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