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白いチューリップ

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 「おじさん、久しぶり」

病室の扉が開き、女性が花束を抱えて入って来た。

翼が子供の頃。
何度か会ったことのある薫の親友、田中恵だった。


「薫から又入院してると聞いてびっくりしたわよ」
恵はそう言いながら、勝の寝ていたベッドに引き寄せられた。


「本当にもう……」
恵は泣いていた。

病院側の都合で入退院を繰り返される患者。

それは保険点数のせいだと薫も嘆いていたのだった。

薫のそんな優しさ面を知り、翼はホッとしていた。


「偶然ってあるのかな?」
恵は抱えていた花を勝に見せた。


「香の大好きだった白いチューリップがあったの。どんなに急いでいても、目に入るものね」

恵はそれを翼は渡した。

翼は花瓶を探すために病室から出た。


「ところで香のこと何か分かったの?」
恵の声が漏れている。

聞き耳を立てなくても自然に聞こえてくる。


「香の子供が産まれていたらきっとあの子ぐらいね」
恵は独り言のようにつぶやいていた。




 「お祖父ちゃん、香さんって誰?  そう言えば、母さんも白いチューリップ大好きなんだよね」

恵の帰った後で、何気なく翼が言う。

その時、勝の顔色が変わった。


「薫が白いチューリップをか?」
勝が確かめるように聞く。
翼は頷いた。


「そんな馬鹿な、あの子は確か……」


白いチューリップを見つめながら物思いに更ける勝。
その後勝が急変した。

急いで呼び鈴を鳴らす翼。




 主治医が慌てて駆け付けて来た。

その態度を見ていた翼は青ざめていた。


「今夜が峠ですね。家族の方に連絡出来ますか?」
廊下の隅で主治医は言う。

翼は慌てて公衆電話に走った。




 「陽子さんいるか?」
苦しい息の中、勝は陽子を呼び寄せる。


「翼を頼む!」

陽子が大きく頷いた。


「せめて、結婚式までは生きていたかった」
勝は泣いている。

陽子は翼の手を取り、一緒に勝の手に重ね合わせた。




 「お父さん!」
急を聞いて薫が駆けつけてくる。

何時もと違い薄化粧な薫。

自慢のヘアースタイル・前下がりボブが揺れる。


「香? か?」
勝は目を見開いた。

薫は慌てて髪をいじった。




「やあね。私は薫よ。そうでしょうみんな?」
薫は集まった親戚連中に向かって声を掛けた。

一同頷いた。




 「ほらね」
薫は勝に確かめるように言った。


「いいや、香だ。そうか、そう言うことだったのか。だから翼を……」
勝は悲しそうにその目を閉じた。

勝の頬に涙が流れる。


翼にはこの光景は辛く映った。
でもどうすることも出来ずに……

陽子にすがり付きたくなって、目で探したみた。



 「あれっ! 陽子は?」
翼が見回す。

気が付くと陽子が居なくなっていた。

病院の隅々まで見渡しても、陽子の姿はは何処にもなかったのだ。




 「あれっ、陽子!?」

何気に庭を見た純子が言った。


翼は慌てて、純子の視線の先を見た。


其処には確かに庭を走っている陽子がいた。


翼は純子に勝を頼んで、病室を後にした。




 急いでエレベーターに駆けつけ間違って上のボタンを押す。


その間違いに気付いて慌てて下のボタンを押す。


翼はイライラしながら暫く待っていたが、シビレを切らして階段を探しにその場を離れた。

その直後にエレベーターのドアが開く。


翼が慌てて戻った時に、ドアは閉まっていた。




 翼はもう迷わずに、階段を駆け降りた。


翼は陽子の後を必死に追った。

さっき陽子の走って行った方向に何があるのか翼知らない。

でも勝が一番喜ぶことだと解っていた。




 走っても走っても陽子に追いつけない。

翼は途方に暮れていた。

それでも翼に不安はなかった。


(陽子のことだ……)

翼は次の答えを探した。


でも出て来なかった。



 途中で大きな袋を抱えた女性に遭った。

荷物で顔が隠れていて、誰なのか解らない。


でも翼は陽子だと思った。


袋の中から少しだけ見えていた物があった。

それはきっと勝が大喜びするであろう品物だと思った。

本当は勝だけではない。

翼本人が一番嬉しかったのだ。




 翼は陽子を後ろから抱き締めた。


陽子は突然の翼の抱擁に驚いて、抱えていた荷物を落とした。


袋の中で、ウエディングドレスが揺れた。


「ありがとう陽子!」

翼は陽子に感謝の気持ちを捧げながら、陽子を抱き締め続けた。




 このままでいたかった。


ずっと抱き締めていたかった。


陽子も同じだった。

でも陽子は翼の手をそっと外し、ウエディングドレスの入った袋を抱えた。




 「何しているの翼。早く病院に行って着替える場所借りてきて」

陽子に言われてハッとした翼。

急いで病院へ向かった。




 二人は看護士の案内で、六人部屋に入った。

廊下では、看護助手がベッドを磨いていた。


「退院したらみたいね」


陽子が言った。


「だから此処が使えるのか」


部屋の隅のベッドの無い囲いの中で着替えをしながら翼が言った。




 翼には少し大き目なタキシード。


「少し翼のこと大きく見すぎたかな?」

陽子が悪戯っぽく笑う。

翼の全身が震えた。


翼は震える体を隠そうともしないで思いっきり陽子を抱き締める。


「ありがとう陽子! さあこれから病室へ戻って結婚式を挙げよう。お祖父ちゃん喜ぶなー」


翼は空いていたスペースに深々と頭を下げた。




 エレベーターを待ちながら、感情が高まる。


でも二人は手を握り締めたまま、ずっと待ち続けた。

その階でも止まることは止まるのだが、ベッド配送だったりして乗り込むことが出来なかったのだ。




 何機も見送った後、やっと乗り込む二人。

その途端にキスをする。

あまりに長い間空きエレベーターを待ち続けて誓いのキスまで待てなかったのだ。

だから止められない。


 途中の階でもエレベーターが止まる。

それでもキスを止めない二人。

外で待っていた人が呆気に取られ乗り込むことが出来ない。

二人だけの世界……
もう何も見えない。

気が付くと勝の入院している最上階になっていた。
二人は慌ててキスを止めた。

エレベーターの開のボタンを左手で押し、陽子の手を取りエスカレートする翼。
陽子が翼を見ると翼から笑顔が消えていた。


「翼。リラックス」
そう言いながら陽子は翼の唇にハンカチを押し付けた。


「さっきキスしたことがバレバレね。私の口紅が翼に移ったわ」


「えっ!?」

陽子の言葉に翼は慌ててエレベーターの近くにある鏡に自分の顔を近付けた。




 「わー!」
病室が開いた途端で歓声に包まれる二人。


「おお!」
勝は目を輝かせる。


「ありがとう陽子さん!」
か細い声で精一杯言う勝。

感動で病室内が包まれる。


「陽子アンタは偉い!!」
そう言ったのは陽子の母の節子だった。
節子は勝の危篤を知り、慌てて夫婦で駆けけたのだった。




 ずっと、ずーっと思っていた。
翼を婿にしたいと。
一緒に暮らしたいと。
実は、節子は勝から翼のことを密かに頼まれていたのだった。


自分はもう長く生きられないと勝は感じていた。
だから残していく孫が心配だった。
そんな時に、陽子が現れたのだ。
勝は陽子に翼を託そうと思った。
でもそれは自分の勝手な思い込み。
当の陽子と翼にその意志があるのかさえ知らない。

だからあの時、陽子と翼が付き合うことを決めた時、本当に嬉しかったのだ。ホッとしたのだ。
だから……


『これでやっと死ねる』
そう言ったのだった。




 節子は初めて翼を見た時衝撃が走った。


(まぁ……何て可愛い子なの。でも……何て可哀想な子なの)

純子と忍の縁談を纏めようと勝と親戚を回っていた時に翼のことはそれとなく耳にしていた。
勝は自分の恥の部分を同郷の節子には打ち明けていたのだった。


翼と翔。
双子の身に降りかかった真実を。
翔を溺愛し、翼を卑下する娘の薫の全てを。


それは、翼だけの哀しみだけではないと言うことを勝は気付いていた。

翔も……
翔こそが、一番被害者なのではないかと思っていたのだった。


翼に対して優しかった翔。

でも、とある事件がきっかけで豹変した。


その原因が薫であることを勝は見抜いていたのだ。


翼思いの翔。
それが、薫を愛するが故に崩れてゆく。


その事実を勝は承知していた。

だからこそ、翼を可愛がったのだ。
翔の気持ちを察して……


翼同様、翔も可愛い孫だったのだ。




 節子は翼が可愛くて仕方なくなった。
初めは同情だったのかも知れない。
でも節子は一途に翼を婿にしたいと思ったのだった。


だから目の前で幸せそうな二人の姿に拍手喝采を送ったのだった。

急を聞いて駆け付けてきた夫の貞夫と共に、二人の門出を見守っていた。


「良いのか?  今がチャンスだよ」
貞夫が節子に声を掛けた。


「婿にするなら今だよ」

貞夫は節子に慣れないウインクを送った。


「でも陽子にその気が無いからね」
節子はボソッと呟いた。




 勝が静かな寝息をたてている。

病室には翼と陽子。

勝を見守りながら付き添いベッドにいる。


でも勝は寝てなんていなかった。

クリスマスイブの夜に叶えられなかった夢が……
やっと見られる。

それも夫婦となった二人として……
それ以上何を望んではいない。

そう。
それだけが心残りだったのだ。


「ありがとう陽子」
翼が優しく陽子の耳元で囁く。

陽子の体が緊張して震えている。

翼も震えが止まらない。

それを見つめる勝。

涙が溢れる。

勝は寝たふりをしてその瞬間を待っていた。

翼にやっと訪れた幸せ。
ただそれだけを見守ってやりたく……


陽子はずっと考えていた。

成人式の日に勝に言われた一言を。


『どうだこのまま此処で式を挙げてくれないか?』

そのことだけを……

その言葉が耳から離れられなかったのだ。




「ねえ、翼。私の名前がどうして陽子になったのか知りたい?」

翼は頷いた。


「私の家、三峰土産を売る店だったの。あの頃忙しくて入院なんてしてられなくて、産婆さんが取り上げてくれたんだって。夜明けと共に産まれた私が眩しくて、『まるで太陽の子だ』って父が言って……。私、母によく言われたの。『お前は太陽の子だから、強く生きろ』って」


翼は陽子の言葉で、初めて言葉を交わした日のことを思い出していた。


堀内家の玄関で見た、後光に包まれた陽子を。


「太陽の子か。分かる。確かに陽子は太陽の子だ。僕の太陽だ。もう離さない」

勝が見ているとも知らず、翼は陽子を抱き締めた。


そっと触れる指先。
陽子は思わず緊張した。


陽子は硬直する体を赤く染めながら初めて翼を受け入れた。


翼が何時も逃げ込んでいた秘密基地。
陽子は翼の背中に手を回しながらあの場所を思った。
今度は自分が、翼を受け止める基地になろうと思いながら。


勝はそんな二人を見ながら泣いていた。
翼が羽ばたく姿。
翼が自分にだけに見せる屈託のない笑顔。
それらを思い浮かべながら勝は静かに目を閉じた。




 出来たばかりの勝の遺影を前に、翼と陽子。

通夜の準備は否応無しに進んで行く。


「早過ぎるよ」
翼は泣きながら、勝に誤っていた。

自分がすぐ側にいながら勝を死なせてしまった翼。

悔やんでも悔やみ切れなかった。


「でもおじ様、喜んでくれたじゃない」
陽子は翼の手を取りながら言った。


「うんそうだね、確かに嬉しそうだった。ありがとう陽子」
翼は改めて、遺影を見つめ心を込めて合掌した。


「陽子が思い付かなかったら、結婚はきっとずっと先だった。お祖父ちゃんを喜ばせることも出来て……僕はなんて幸せ者なんだろう」


翼の脳裏に初めて触れた陽子の肌の感触が蘇る。

翼は思わず赤面し一時席を外した。




 その時、今度は陽子が泣き出した。

陽子は病室での初夜の営みが、勝が亡くなった引き金になったのでらないかと思っていた。

だから身勝手な行動を悔いていたのだ。


病室で……
狭くてきしむ付き添いのベッドの中で……
勝の苦しみにも気付かず抱き合った二人。

そんな事実は誰にも言えるはずがなく。
二人だけの秘密とした。


だから余計に陽子を苦しめていたのだった。


陽子は初めて男性に抱かれた。

自分を性同一性症候群だと思っていた陽子が、突然恋に堕ちた。


自分でもどうすることも出来ない……
激しく燃え上がる恋と言う名の炎。


身を焦がしながら、その身を翼に捧げた。
あの病室で……

苦しむ勝の前で……

初夜と言う名目の元で……


それが陽子は許せなかったのだ。

それ故に自分を追い詰めていたのだった。




 勝の遺影を見ていると、田中恵の言った香のことを思い出した。


『薫から又入院してると聞いてびっくりしたわよ』
そう言いながら恵は抱えていた花を勝に見せていた。
その後で恵は確かに言っていた。


『香の大好きだった白いチューリップがあったから』
と。


でもその白いチューリップは薫が好きな花だった。


(そうだ! あの後お祖父ちゃんは急変したんだ! 何か意味があるのだろうか? 田中恵さんの言った、香さんと言う人に……)




 翼は陽子が傍にいることも忘れて溜め息を吐いた。


「どうしたの翼」

その言葉に驚いて、視線を遺影から外すと、陽子が翼を見つめていた。




 「ちょっと気になることがあって」
そう言いながらも躊躇った。

家族の……
勝の秘密を打ち明けても良いのだろうかと思いながら。


「実は……」

翼はやっと、病室で会った恵のことと、祖父が薫に言ったことを陽子に話した。


「つまり、おじ様が香さんを探していて、薫さんを香さんと呼んだってこと?」
翼はうなづいた。


「それじゃ、薫さんが香さんじゃないの」


「でも母さんの名前は間違いなく薫だよ」
翼はもう一度遺影を見つめた。


「お祖父ちゃんはあの時何かを見つけたんだ。その何かが何なのかを知りたい。僕の秘密につながるかも知れない」


「秘密って?」


「母は翔ばかり可愛いがってた。何故僕が愛されなかったのかが分かるかも知れない」

翼は目を閉じ、辛かった日々を思い描いていた。




 「僕の頭にハゲがあるの知ってる?」
突然翼が尋ねる。

陽子は首を振った。


「あれは確か八年前だったな」

翼は翔が母に溺愛されていると感じた日の出来事を話し始めた。


薫が翼と翔を連れてこの家に遊びに来たときのことだった。

いきなり近所のおじさんが現れ、翼のお尻を叩き始めた。


『孫が何かしましたか?』
勝が慌てて止めに入ってくれた。

でも叩くのをやめてくれなかった。


『家の柿を盗みよった。それだけじゃない。硬いのをもいで投げつけてきた』


『僕じゃない!お願い信じてよ!』
翼は必至に訴えた。

でもおじさんは聞いてくれなかった。


『年寄りだと言って馬鹿にするな!ワシは顔を見ているだ。こいつに違いねえ!』
翼の頭をポカリとやって、おじさんは帰って行った。




 翔が隠れて様子を伺っている。

勝はピンときた。


『翔!やったのはお前か!?』


『俺じゃあねえ。きっとこいつだよ。じっちゃんは知らないと思うけど、こいつは陰で悪さするんだよ』

翔は翼を指差しながら不適な笑みを浮かべた。


『お父さん何てこと言うの。翔がやるわけないじゃないの。翼よ。翼に決まってる!  翼、翔に謝りなさい!』
薫の手が翼の襟を掴む。

翼は抵抗する。


その瞬間、薫の手が外れ、バランスを崩した翼は後頭部を石にぶつけていた。




 「かさぶたが取れたらハゲになってた」
翼は頭に手をやった。


「ほらここ」
指で探し当てた隠していたハゲ。

陽子は確認するために翼の後ろに回った。


「あっ、本当にあった」
陽子は翼のハゲを指でなぞりながら泣いていた。


「あの後、初めてお祖父ちゃんが言ってくれたんだ。辛かったら何時でも来いって」
翼が涙混じりで言う。

陽子は翼を背中から思いっきり抱き締めた。


「でも僕が此処に来るのは、決して辛いからじゃないんだ。お祖父ちゃんが大好きだったからなんだ」


「おじ様きっと解っていたわよ。代わりになんてなれないけど、これからは私が守ってあげる!」

陽子はいつまでも翼の背中を抱いていた。




 翼は勝との思い出の品を探し出してきた。

それはキャンプなどで使う薄いアルミシートだった。


「暖かい」

二人はそのシートにくるまれながら、勝の愛の大きさを感じていた。


そのアルミシートは、浦山口のキャンプ場へ行った時使用した物だった。


薫に気を使って泊まらない翼に、勝は一人用のワンタッチテントを買った。

せめて一時でも、キャンプの雰囲気をあじ合わせたかったからだった。


翼はそれを秘密基地に持っていった。
そして其処から行き交う電車を眺める。

あの場所が、本物の秘密基地となった瞬間だった。


翼からその話を聞いた陽子は、以前感じた疑問が解けたように思えた。

純子・忍夫婦から恋愛の極意を学ぼうと足繁く通った陽子。

でも一度も翼とは逢えなかったのだ。
その原因は、陽子が短大の授業を終えて立ち寄る前に翼が帰っていたことにあるようだと。


翼が会いに来たのは町役場で仕事をしている忍ではなく、話好きな勝だったのだから。

そんな翼を暖かく見守った家族。

陽子はこの時、二人の出逢った日に純子の言った“家族”の意味を理解した。

優しい家族の、愛の溢れた思いやり。

寂しい翼が頼った安らぎ。

それらの全てが奇跡となって、自分に愛の火を灯してくれたこと。

陽子は勝の遺影を見ながら泣いていた。




 翼はワンタッチテントを庭に広げた。
それに気付いた忍が、アルバムからキャンプ場で撮影した写真を持って来た。


其処に写るとっびっきり弾けた翼の笑顔。


「お姉さんおじ様をよろしく」

陽子は居たたまれなくなって、純子に線香番を頼んでから翼の手を取りテントの中に消えていった。




 心配して追い掛けようとした純子を忍が止める。


「二人だけにしてやろう。きっと泣きたいんだ」


「そうね。あんな笑顔の写真を見せられたら……」

純子はそう言いながら、頬に流れる涙を拭った。


「親父……。翼は幸せ者だよ。だから心配するなよ」

忍は勝の遺影に言葉を掛けた。


「今度は私達がお義父様の傍にいましょうよ」

純子は繋ぎの線香をそっと供えた。


「今はそっとしておいてやるのが一番だ」

忍は純子にそっとアルミシートを掛けた。




 通夜は静かに過ぎて行く。

忍・純子夫婦はテントの中の二人を気にしながら、遺影の前で寄り添っていた。




 陽子は、翼に再び微笑みが戻る事を願いながら抱き締めていた。

勝だけに見せる屈託のない笑顔。
本当はそれがほしかった。

あの写真の、あの顔がほしかった。

でも勝の居ない事実が現実化する今、それは無理なことだった。


そんな中、陽子が重い口を開く。
でもそれは翼にとって余りにも意外な話だった。


あのクリスマスイブに勝が語り部となった夜。

陽子が感じた疑問。
それを翼に聞いてもらいたくて、自分も語り部のなっていたのだった。


陽子の住んでいた武州中川駅から程近い所に、赤穂浪士の伝説がある。

そして其処は、勝と節子の故郷でもあったのだ。

陽子は翼同様、子供の頃に母の節子に聞かされていたのだった。




 陽子のその話しは翼を気にかけながらも無念に亡くなった勝にも似ていた。

自分達が幸せに暮らすことが一番の供養になることだと知っていた。
だから二人は、線香番に戻る前にもう一度抱き締め合った。




 シルバーのスポーツタイプの自転車が明智寺方面からやって来る。

何処かで見たなと思い、翼は硝子ごしに目で追った。

乗っていたのは翔だった。


「よお、しばらく」

翼が庭に出ると、翔が声を掛けてんきた。


「珍しいな。そう言えば受験どうなった」


「受かるはずないよ。東大だよ。母さんがどうしても行っけってウルサくて」


「大変だなお前も」


「お前こそ、大学に行きたいんじゃないのか?」
翔が痛いとこを突く。


こんな風に話すのは久しぶりだった。

相変わらずブランド品で決めている翔。

でも羨ましいとは思わなかった。


確かに一時は憧れた。

母の愛を独り占めする翔を憎んだりもした。

だから余計に勉強した。

母に愛されたい一心で。




 実は翼は勉強は嫌いではなかったのだ。


「お前はいいよ。やらなくても出来るから」


「いや違うよ。お祖父ちゃんと叔父さんに教えてもらっていたんだ」


「えっーそうだったのか。そのお陰で俺は塾通い。お袋はお前の成績が上がる度キリキリして」


その時翼は、翔より成績が良かったことが薫に憎まれた原因だったことを知った。




 庭で花の手入れをしていた陽子が翼に気付き、一緒に一息つこうと家の中に入った。


翼は庭にあるテーブルセットに翔を案内して、陽子が用意してくれたたコーヒーを注いで翔に勧めた。

コーヒーカップが二つ置いてあったので、自分と翔のために用意してくれたのだと思っていかたらだった。


「あれっ翼、コーヒー飲めなかったんじゃ」


「陽子が入れると美味しいんだ」


「ぬけぬけと言うな」
翔は笑っていた。


「だって、父さんが入れるコーヒーって苦いだけじやない。みんな良く平気で飲めるよな。陽子のコーヒーはまろやかと言うか、優しさそのものなんだ」


陽子が再び家に入ったのを確認しながら翼が言う。




 「良く言うよ。親父のコーヒーはな、特別なんだよ。テニスコートに隣接してるカフェの最高級品なんだから」


「確かブルーマウンテンだとか?



「お。さては陽子さんにでも聞いたな。だけどブルーマウンテンだけじゃないんだ。特別ブレンドだからな。水にもこだわって、龍神水を夕方汲んで来るみたいだよ。其処までやるからあの濃厚でまろやかなコーヒーになるんだよ」




 「龍神水?  それに何で夕方なんだ?」
翼が首を傾げる。


「解ってないな。半日置けばもっと味にふくらみが増すんだってさ」

翔は勿体ぶったように話を止めて、翼を見た。


「龍神水と言うのは、今宮神社の中にある水だよ。じっちゃんが死んだから、今は従業員が汲んで来ているけどな。でも、タダで汲んで来る訳じゃないよ。チャンとペットボトルを買ってからだからな」

翔はまずいと思ったのか、そう付け加えた。

龍神水のペットボトルは、一つ三百円だった。
孝はそれを幾つもの購入して使用していたのだった。


「ところで、……そう言えば親父のコーヒー。陽子さんに効いたんだってな?」
翔はその事実を確認するがのように言った。


その途端翼は青ざめた。

それを見ながら翔は不敵な笑みを浮かべながら席を立った。




 「お袋が言っていたよ。『陽子さんのことをあんなに気に掛けていたのに』って。お前等は疫病神かも知れないな」
翔が捨て台詞を吐きながら自転車へと向かう。


庭の片隅には白いチューリップが咲いていた。
翔はそれを見て、せせら笑った。

それは、薫の大好きな花だったから……
翼がまだ薫が好きなことを翔は見抜いたからだった。


「待てよ」

翼は慌てて翔を追う。


「陽子は何も知らないんだよ。そっとしておいてくれないか?」


「あー解ったよ」
翔は少しふてくされながら国道の方へ自転車を走らせた。




 「あれっ?  今誰と話していたの?」


(えっ!?)

翼は不思議な感覚にみまわれた。


(もしかしたら陽子に見えていなかったのか!?  嘘だろ?)

翼は陽子の発言に疑問を持ちながらも、自分の陰で見えなかったのだと思って納得させることにした。


「翔だよ」

やっと翼は言った。

本当は次の陽子の反応が知りたかったのだ。


「えっー、翔さん!?」

案の定陽子は驚いたようだった。

二人の関係をどこまで把握しているのかは知らない。

でも、陽子にとっと翔が翼の負担になっていることは知っているはずなのだから。

そんな翔が会いに来た。
陽子と孝の関係をほろめかしながら……

それはまだ孝が陽子を狙っていると言う意思表示だと翼は考えていたのだ。

だから本当は、見えていなかったと言う事実にホッとしていたのかも知れない。




 陽子は籐籠に入っていた手作りクッキーをテーブルに置いた。


「わー、逢いたかったな。だって私一度も逢ったこと無いんだもの」


「そうだったっけ?」

翼の言葉に陽子は頷いた。




 「翔はさっき帰ったよ。陽子のコーヒー誉めていた。美味しいってね」

翼は手作りクッキーを口に運びながら優しい嘘をついた。
それが陽子に対する思いやりだと信じて……


「何これ?  このクッキー何入れたの?」

翼は一口だけで食べるのを止めていた。


「そんなに不味い?  肥満児のために雪花菜クッキー作ったの」


「雪花菜?  どうりでモゴモゴするはずだ」

翼は笑いながらクッキーを又口に運ぶ。


「うん、我慢すれば食べられる」


「こらっー!」
陽子は冗談に拳を握る真似をした。




 砂糖と玉子とスキムミルクと片栗粉で作る赤ちゃん用の玉子ボーロも用意していた。


「名付けてフィンガーボーロ。コッチも美味しいよりってゆうか、お口直し」

陽子はウインクをした。


「お口直し?  っていうことは不味いって認めたな」翼は笑いながら、まだクッキーの残っている口にそれを運んだ。


「うん、これは美味しい」

翼は素直に言った。


「優しい味だね。まるでお母さんのようだ」

陽子の手に自分の手を重ねた翼。
その温もりの中で、本当は恋しくて仕方ない薫を思い出していた。




 翼は翔の行動が気掛かりだった。

陽子に対して又何か言いそうで気が気でなかった。


悩みに悩んだ末、思いっ切って生家を訪ねてみることに決めた翼。

相変わらずの細い路地。

秘密基地へと上がる坂道。

全てを懐かしく感じる。

翼は実家へ行く前に自転車で走り回ってみた。

本当の目的は父母に遭わないようにするためだった。

翔と二人だけで話をしたいと思ったからだった。


先ず家の周りを見て翔の自転車があるのを確かめた。

自転車は玄関の脇の軒先にあった。

所謂犬走りと言われてる所で、其処に置けば濡れないで済んだからだ。

翼はその後ろに自分の自転車を置いて、恐る恐る家に入った。




 部屋に入った途端驚いた。

大型テレビ、ブルーレイレコーダー。

翔の部屋には最新家電が並んでいた。

それと全身が写る姿見。


(アイツ、これでチェックしているのか?)

翼はお洒落な翔を思い出していた。

でも翼はその姿見に違和感を感じた。

双子だからなのか解らないが、もう一人の自分が鏡の中に居いるように錯覚したのだった。

翼ら少し冷静になって、周りを見渡した。


此方来る前に覗いたかっての自分の部屋は物置になっていた。

あの勉強机と一体化したベッドの上にも荷物が積み上げられていた。
まるで、その存在を消すかのように……


(お母さんは僕が此処で暮らしていた事実を、封じ込めたいのだろうか?)


翼は現実を夢であってほしいと思いながら、窓際に寄っていった。


翔の机の上にオルゴールがあった。

派手好きな母が、翔のために企画したバースデーパーティー。

誕生日の一緒の翼も形だけ出席していた。

その時に、クラスメートが翼にくれた物だった。

みんなが帰った後、直ぐに母に取り上げられた物だった。




 懐かしくて蓋を開けた。
オルゴールがメロディーを奏でる。

その時翼は、オルゴールの底に何かが貼り付けられているのを見た。

そっと裏返してみる。


其処にあった物は折りたたみ式のサバイバルナイフだった。

翼は慌てて蓋を閉めた。

気付かれたのではないかと辺りを見回してドキッとした。

でもそれは翔の部屋に何時も置いてあった姿見だった。
翼はホッと安堵の胸を撫でおろした。




 でも、オルゴールの音を聞きつけ翔は既に部屋に入って来ていたのだった。


翼は翔の姿に驚き、フリーズした。

翔も又翼の前で立ち尽くしていた。




 「俺の部屋に勝手に入るな!」
翔はやっと言った。

その後、翼の手からオルゴールを奪い取った。


「お前が悪いんだ」
翔はそう言ったまま、沈黙した。


「解ってるよ。母さんが父さんに話しているのを聞いた。僕にオルゴールをプレゼントしてくれた子が初恋の相手なんだってな?」


「えっ!  知っていた!?」

翼は頷いた。




 二人の間に沈黙の時間だけが流れていく。


「お袋がお前からオルゴールを奪い取ったことが納得いかなくて……。絶対何かあると思った。そこで俺はある秘策を思い付いた。覚えているか?  柿の実のことだ」

翼は頷いた。


「お袋は何故か俺ばかり可愛がる。それに賭けてみた。案の定だった」


「僕が殴られているのを見て、お前は笑ったな。まさかあれがオルゴールのお返しだったとは。お陰でハゲたよ」
翼はそう言いながら頭に手を持っていった。


愛されなくても翼は母の愛を待っていた。

待ち続けていた。


でもあの柿の実事件で、翼は思い知らされた。


自分に対する愛情など、母は一欠片も持ち合わせていないことを。




 『翔!やったのはお前か!?』
翼が柿泥棒の汚名をきせられたことに納得出来ない勝は言った。


『俺じゃあねえ。きっとこいつだよ』
でも翔は……
翼を指差しながら不適な笑みを浮かべていた。


『お父さん何て言うの。翔がやるわけないじゃないの。翼よ。翼に決まってる!  翼、翔に謝りなさい!』

あの時……
ハッキリとキッパリと薫は言った。


(そうだった!? 母さんは僕のことを名指しで犯人だと言ったんだ!?)

翼が抵抗しているのに、薫の手が翼の襟を掴んだ。


(だから……このハゲは出来たんだ!!)


翼はもう一度頭に手を持っていった。




 翔か通販で買ったと言うサバイバルナイフ。

翼はそんな翔にそら恐ろしさを感じていた。

あの柿の実事件以来……

それは日毎に増大した。


優しかった翔の、翼に対する思いやりの減少に比例するかのように。




 「お願いします。翼に大学を受験させて下さい」
陽子は純子と義兄の忍に頭を下げた。


「俺は構わないよ。お祖父さんが良く言ってたんだ。家から大学に出せることなら出してやりたいって」


「実は私も」
純子は立ち上がって、勝が残した翼名義の貯金通帳を持って来た。


「何かあったらこれをって頼まれていたの」

純子は通帳と印鑑を陽子に手渡した。

陽子は勝の翼に対する愛情を強く感じ、通帳を胸に抱き締めた。




 「大学だって。そんな事出来ないよ」
翼は家族の決定を聞かされ戸惑っていた。

陽子は勝が残してくれた通帳を翼に手渡した。


「お祖父さんの後押しがあるのよ。翼が大学に行くことが一番の供養になると思うの」


「そうだよ翼。誰にも遠慮はいらない。翔と正々堂々戦ってみろ」
忍は翼の手を握り締めた。


「前のようにここで頑張ったらいい」
忍はいつの間にか泣いていた。




 四月から翼は家庭教師のアルバイトをしながら東大を目指すことになった。

どうせやるなら真っ正面から翔に望みたい。

翼にライバル意識が生まれた瞬間だった。


「実は、諦めていた事があるんだ。僕の夢は教師になることだった。でも大学に行きたいなんて言い出せなかった」

翼が本音を言う。
陽子は頷きながら、肩を抱いた。


「解ってたよ」

陽子のその一言は、翼により深いやる気を与えていた。




 翼が東大を目指す事を知った親戚から、中学と高校受験のサポートを頼まれた。

翼は快諾した。

受験生を教えることは、自分も基礎の勉強になるからだった。

こうして翼の壮絶な受験戦争が始まった。


家庭教師は午後七時から九時までの二時間。

その後家で猛勉強。

昼は図書館で調べ物。

一日中が受験のために費やされた。

翼は何故か生き生きしていた。

陽子に支えられて初めて得られた勉強が出来る喜び。

それがやがて生きがいになっていった。




 日曜昼、玄関のチャイムが鳴った気がした。
でもモニターななは誰も映っていなかった。
それでも翼は戸を開けてみた。


玄関の脇に人気がする。
良く見てみると、それは翔だった。


「話があるんだ、ちょっと出ないか?」
翔が言う。

翼はそれに応じようと靴を履いた。




 「親父とお袋の秘密を知ったんだ。お前も驚くぞ」
歩きながら翔が言う。


「何だよ?」
そうは言ったものの翼には思い当たることがあった。

田中恵が言った香のことだった。


「俺とお前、お袋が違うんだ。お前は親父が浮気して出来た子供だったんだ」

翼は翔のその一言にショックを受け立ち止まった。

でも……
解っていたことだった。
翼は、自分が薫の子供でないことを薄々感づいていたのだった。


「なあ。驚くだろう。でもな、その浮気相手が問題なんだ。よりによってお袋の妹だったんだ」

頭の中で翔の言葉が渦を巻いて翼の思考回路は停止した。


ただ……
やっぱりと言う思いはあった。




 「何が双子だ。母親が双子で父親が同じだったら、そっくりに生まれて来るさ、俺達のように。お袋が可哀想だよ。何故お前なんか育てなきゃならないんだ」
翔は言いたい放題言った。

そして更に付け加えた。


「この厄病神!  お前なんて産まれて来なければ良かったんだ。そうすりゃお袋は苦しまなくて済んだのに!!」

翔は捨て台詞を残して消えていった。




 何故翔が今日言いに来たのか?
答えは一つだった。

東大受験に向けて動き出した翼を潰すためだった。

翔も不思議だったはずだ。
自分には贅沢させるのに、翼は粗末な物ばかり。
どうしてなのか考えた。
そして、ある方法を思い付く。
母の愛を確かめる方法を。

それがあの柿の実事件の元だった。

あれは翔の仕掛けた、翼を軽蔑する存在だと確かめるための罠だったのだ。


翼が母親に愛してもらいたくて葛藤していること。

抱き締めてもらいたくて勉強を頑張っていること。

全部知った上で……。

初恋の相手が翼に贈ったオルゴールの敵を取ったのだ。




 祓いせ、何て単純な物では片付かない。


母親を取られなくするために……。


翔には翔の翼に対するプライドがあったようだ。


だから翔は調べたのだ。

そして知ったのだ。
母親の薫と同時期に、薫の妹の香も妊娠していた事実を。


翼が香の子供だったら……

全て辻褄が合う。

母の溺愛と卑下。
その全ての源が……

翼の母にあることを。




 『香の子供が産まれていたら』
田中恵の病室での一言がよみがえる。

子供は産まれていた。

それは自分だった。

それでは自分が香の子供なのか?
でも祖父は、薫のことを香と言った。

祖父の目には香だったはずだ。


自分の本当の母親は、薫なのか? 香なのか?

思考回路の停止したまま、翼は必至に答えを導き出そうとしていた。




 勉強が手に着かない。
そわそわと動き回る。

翼の異変に陽子が気付き、一息入れようとコーヒーを持ってきた。


陽子のコーヒーはアメリカンではなくなっていた。
だんだんと味に慣れて来た翼のために、濃くしてくれていた。
父親の経営しているカフェで、本物のブルーマウンテンを飲ませてやりたい。
孝を快く思っていない陽子だったが、仲違いしたままではいけないと心を痛めていたのだった。




 (でも何故あんな人があんなにも美味しいコーヒーを入れられるのだろう?)

陽子は初詣の日に出会った翼の父親に不快感を覚えた。

孝は息子の恋人にまで言い寄る人だったのだ。


自分の入れたコーヒーを口に運びながら、何時か行った孝の経営する珈琲専門店の味を思い浮かべていた。

混じりっ気なしのブルーマウンテンと、孝のオリジナルブレンド。
どちらをとっても右に出る物はいない。

苦味の中に甘味がある。
渋みは抑えられていて、口の中に広がるマイルドな味わい。

そんなアロマ引き立つコーヒーだったのだ。




 翼も、陽子の気持ちのこもったコーヒーを口に運ぶ。

少し苦い。
その苦さが、あの事件を思い出させる。


その時翼は薫の言葉を思い出した。


『これでやっと解ったわ。私の時も同じことをしたのね!』
あの時確かに薫はそう言った。


「そうだったのか。僕があの家の子供だったんだ」

翼は急に泣き出した。

何も知らない陽子はただオロオロするばかりだった。


何故翔が来たのか?

その答えは自分を追い込むためだと気付いた翼。


(まだ仕掛けられた罠に嵌まる訳にはいかない!)

再び翼は甦った。


子供の頃からずっと迫害を受けて来た翼。

もし自分の考えたことが真実だとしたら、翔が浮気相手の子供のはずだ。

香の子供のはずだ。


翼は翔に対する憎しみに心を奪われていた。


陽子は翼を案じていた。
心の奥底に得体の知れない魔物を住まわせたことを感じとっていたのだった。




 陽子は一計を案じ二人で翼の秘密基地に向かった。


誰もいない小さな通路で思いっきり翼を抱き締める。
陽子に出来ることはその位だった。

目の前を三峰口行きの電車が通る。


「翼。中川に行かない?  清雲寺の枝垂れ桜見に行こうよ。実家から意外と近いのよ」

遠くなる電車を眺めながら陽子が言った。




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