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四色美美

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五日目

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 実感すらないけど、私が大阪に来て五日が経とうとしていた。


何をやるにも適当なのに、家事全般が出来てしまうから不思議だったのだけど……




 朝散歩中、蟷螂(かまきり)の卵を見つけた。
実は私は蟷螂が大嫌い。
それは小学生の頃の出来事だった。


パタパタ音がして、私の頭に何かが止まった。
何だろうと思いながら、それを手で追い払った。
するとそれは又飛んで、今度は私の胸に止まった。
恐る恐る其処を見ると、三角顔がカマを振り上げ私を威嚇していた。


私は悲鳴を上げた。
その声を聞き付けて、すぐに駆け付けてきた人がいた。
その人によってそれは取り除かれたが、それ以来全くダメになってしまったのだった。
蝉やカブトムシなどは平気で触れるのに。


でもお父さんが亡くなる前に教えてくれたんだ。
特に蝉は人間の体温に弱いんだって。
触られるとすぐ死んでしまうらしいんだ。

だから私それ以来、触らなくなったんだ。


でもそれだけが理由ではない。
私はそれ以前から蟷螂が大っ嫌いだったのだ。




 でも、授業で知った蟷螂の実態。
理科ではない、国語の中の物語りだった。


本当に怖いのは蟷螂より蟻だったんだ。


五月の半ば頃、蟷螂は産まれる。

固まった泡のような卵から、小さな命が這い出して来る。
一斉に割れる訳ではなく、一つの場所から出て来るのだ。
彼等には最初から試練が待ち受けている。
地面にそれを待ち兼ねていた蟻がたむろしていたのだ。


それを知らない蟷螂達は次々と後を付いて降りて来るのだ。

蟻に襲われた蟷螂達に逃げ場はない。
彼等の中で生き残れるのは僅かに一、二匹だと言う。
私はその事実を知った時、初めて昆虫の世界の厳しさが解ったような気がしていた。


私は蟷螂の卵を育ててみたくなった。
大嫌いなはずの蟷螂を。


(違う、何時もの私じゃない!)
私は私の中に得体の知れない物を感じ始めていた。




 私は取ってきた蟷螂の卵を小さな箱に入れ、パティオに置いた。

今日から此処で観察だ。


(よし、これで蟻から守れる)

何故だか納得している自分がいる。
本当におかしい。
だって私は蟷螂が大嫌いなのだから。


(でも蟷螂は農作物を荒らす昆虫を食べてくれるんだよね……)
何故か、そんな考えが脳裏を過った。


「あっ、そう言うことか?」


(えっ、どういうこと?)
頭の中では密かにバトル。

でも私はこの状況を全く理解していなかった。




 「昨日は中村さんとパーマ何とかってヤツを見ていたんだ。何でも、レタスには最適な方法らしいんだ」

お昼ご飯を食べながら大君が重い口を開いた。
昨日のことをまだ引き摺っているようだ。


「パーマカルチャーって言うの。まず草を刈るの。鎌などで草の根を切った後に種を蒔き、その上から刈った草を掛けるの。何もしなくても野菜が育つ夢の農法なのよ」

私に気遣っているのは判る。でも本当は大君の方が辛いのだと思っていた。


「見よう見まねなんです。朝のテレビでやっていたんです」


「何か凄かった。ちゃちゃっと遣って終わっちゃったからびっくりしたよ。何でも、後はほったらかしでいいんだってさ。それを聞いて益々びっくりしたよ」


「へぇー、ママが聞いたら『そんな方法があったの』って言うだろな」


「えっ、おばさん知らなかったのか?」
その時、大君が一瞬私を見た気がした。




 そして話題はじゃがいもと土の袋になった。


「あれにも驚いたよ。そのまま置いておけば良いってことも」


「あっ、それは確かママも……」
直樹君はそう言いかけて止めた。


「そう言えば大。何時免許取ったんだ?」

直樹君が急に話題を変えた。


「大のように車の免許取っておけば良かったなって思ってさ。今更遅いけど」
今度は秀樹君が愚痴を溢した。


「俺はお前等みたいに考えなしじゃなかったからだよ」

大君が自慢気に言った。




 「なあ教えろや。何時取ったんだ」


「お前等がキャンプに行っている合間だよ。合宿免許ってのがあるだろう。あれだよ」


「合宿免許!?」


「何も遣ることがなくて暇だったからな」


「俺の自転車廻りと同じか?」
直樹君はそう言いかけて言葉を止めた。


「いけね。時間だ。続きは後で」

直樹君は慌てて、昼ご飯をかき込んだ。


「あ、駄目。もっとゆっくり食べて。後でお腹が痛くなっても知らないよ」

私の発言で直樹だけじゃなく、秀樹君までもが背筋を伸ばしていた。




 お昼を軽く済ませ、二人は自転車で練習場に行こおうとガレージに向かった。


「俺も大のように車の免許取っておけば良かったな」
秀樹君が自転車の後方に停めてあった外車を見ながら言った。


「やっぱりじいさん凄いな。俺もこんな何時か車に乗ってみたいよ」


「いや、美紀のじいさん気前良いから、乗っても良いって言うよ。なんなら、中村さんが乗ったら」

突然の秀樹君の言葉に首を振った。




 「あのー、実は私も免許が無いんです」
慌ててそう言った。


(そうなんだよ。私も免許がないだ。だって東京で働くから要らないと思っていたんだよ)

花を仕入れるにも車は要る。
競りもあるだろし、落とした花も運ばなければならない。


そんなのは解りきっていた。
だから母も心配してくれていたのだ。
でも私は全部上司がやってくれるから心配要らないと言っていたんだ。


だから母は私を東京へ送り出してくれたのだ。


だけど本当のことを言えば、はお金のことで迷惑掛けたくなかった。
とても免許が欲しいなんて言えなかったんだ。

私は母に、東京に行けば免許は要らないと言っていたのだ。




 大君が運転する軽トラの助手席で恨めしそうに見ていた私に気付いたのか?
それともお喋りは気が散るのか?
大君は家に着くまで話さなかった。


もっとも、一時間無料だったから急いで返しに行くことしか考えていなかったのかも知れないけど……




 「行ってらっしゃい」

玄関の前で手を振った。

私はその足で庭に行き、土の袋などを見て回った。
植えたばかりのじゃがいもから芽が出ているはずもなく、それでも辞めない私を不思議そうに大君が見ていた。


(何かしていないと間が持たないよ。大君と二人っきりだなんて、何となくイヤなんだな)

本当は昨日、農作業を始めたのもそんな理由からだったのだ。




 「あれっ、こんな物此処にあった?」
ピロティの箱を見て、大君が言った。


「あ、何でもないよ」

私は慌てて飛んで行き、それを隠した。


何故こんな物を此処に置いたのか、訳が判らないのだ。
気が付いたら、手に蟷螂の卵があった。
なんて言えるはずもなかった。

大君もきっと手持ちぶふさだったのだろう。

だからあちこちを歩き回っていて見つけたのだ。


(ごめんね大君、私自分が判らないの。許してね)




 「へえー、中村さんって蟷螂好きだったのか」

大君の言葉に慌てて頭を振った。


「じゃあ何で此処にあるの?」


「解らないの。気付いたらこうなっていたって言うのか? だって教科書のように蟻にやられたら可哀想でしょう?」


「中村さんも同じ教科書だったんだね。確か国語だったかな?」


(やっぱり国語だったんだ)
そう思いつつ頷いた。




 帰宅した直樹君は妙に明るかった。
でもそれが何処か無理をしているように見えた。


「大、さっきの合宿免許のことなんだけど……費用はどのくらいだった?」
直樹君が改まって大君に聞いていた。


(免許でも取る気なんだろうか?)
私は直樹君の本心を知りたくて黙って聞いていた。


「二十万位だったかな。シングルで食事付きならもう少し高いけど、相部屋の自炊だったから思ったより安かったよ」


「えっ、大君自炊出来るの?」


「当たり前だよ。野球部の合宿なんかでカレーとか普通に作ってたよな?」
大君は直樹君を見ながら言った。


「と言うことは全員?」
私は三人の顔をみていた。
その中で一人だけばつの悪そうなのがいた。
それは秀樹君だった。


「俺はエースなの。そんなことは部員に任せれば済むんだよ」


「えっー!?  ブー」


「兄貴にまさかの駄目だしブーイングかー」

直樹君が大笑いを始めた。




 「中村さん。流石に良い度胸してるね」
秀樹君がさりげなく怖いことを言う。

でも私は訳が解らずにきょとんとしていた。


「あっ、さっきのあれはオートマ限定じゃなくてマニュアル車だよ。それで二十万位だよ」

大君が慌てて念を押すように付け足した。


(えっー、松宮高校きってのエースに駄目だし!?)

私はその時やっと意味を理解して震え出した。


(ああーバカ。何で秀樹君を怒らせるようなことを言ったの?)

私は自分が解らず戸惑っていた。




 「へー、マニュアルで取ったんだ。何か凄いね」
直樹君も私を庇うように話し出した。


(直樹君、ごめんなさい。直樹にイヤな思いをさせて……)
私は自分のおバカな発言を引き摺っていた。


「だろ。だから軽トラが運転出来たんだよ」

大君も直樹君に調子を合わせている。


でもそんな二人の会話が何故だか遠くに聞こえる。
私は完全に落ち込んでいた。




 「中村さんどうしたの?」
急に黙った私を心配して直樹君が声を掛けてくれる。
でも私は心此処に在らずの心境だった。


「兄貴まずいよ。中村さん完全にビビってるよ」


解ってる。
私が悪いと解ってる。
でも、直樹君達に面倒なことを押し付けて……
いくらエースでも許されないと思ったのだ。
それがあのブーイングになったのだ。


(やっぱりおかしい。エースだからって何もしないのは)

でも実のところ、心臓が口から飛び出しそうだったのだ。




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