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四日目

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 小鳥のさえずりが聞こえる。
私はその声で目を覚ました。
眠気眼で確認すると其処はまだ直樹君の部屋のようだった。


(良かった。此処はまだ大阪だ)

私は毎回毎回目覚める時に震えていたのだ。
あの時のように知らない場所に飛ばされていたら……
私はそんなことばかり考えていたのだった。


大好きな直樹君と再会したあの日。私は此処に辿り着くまでの行程を未だに把握していない。
だから、怖くて仕方ないのだ。


(又一日が始まるのか。何事もなく過ぎてくれたら嬉しいのだけど……)

大阪に着いて以来、常に緊張しているような気がする。
私は直樹君から嫌われまいとして、神経質になっているのかも知れない。




 私はボーッとベッドの中で隣で寝ている直樹君を見ていた。


昨日までの金髪とは違い、何だか寂しい。


黒い髪を見た途端、何だか急に虚しくなった。
もう高校生に戻れないから、あの凛々しい丸坊主姿は見られない。


もう流行らないとは思うけど、未だに高校球児には定番のようだ。




 又、何時ものように朝が来る。
でも違うのは、午後から直樹君と秀樹君が出掛けること。


企業の社会人野球の選手達は午前中は仕事なのだそうだ。


一応、キャンプには参加したのだが……でもまだ二人は正式には入社してはいない。
だから午後から本拠地のグランドに行ってみることにしたのだ。




 殆どの企業型社会人野球の場合、プロ野球同様にキャンプはあるようだ。
沖縄にあるチームの一月参戦から始まり、大概三月で終了となる。

二人は所属するチームのキャンプに卒業後から、春分の日近くまで行っていたようだ。




 でも其処は大阪ではなかったので、引っ越しはそれ以降になったのだ。

二人は春の彼岸のお墓参りを済ませてからこの街へとやって来たのだった。

それは私が陽菜ちゃんとフラワーフェスティバルに行く約束した一日前だった。


私はその日、母に向かっていた。

友達とルームシェアする家を見に行くことを打ち明けたのだ。

母は私が東京で一人暮らしをすることを心配していたのだ。


母には陽菜ちゃんのことは話ていた。

『逢わなくても、アナタの顔を見ていればどんな子が解る』

母はそう言ってくれた。

だから私は翌日、陽菜ちゃんとの待ち合わせの場所へ向かったのだった。


でもまさかの大阪到着。
だけど嬉しいんだ。
直樹君の隣に居られることが……




 (私は何故大阪まで来てしまったのだろうか?)

それでもまだ考える。
幾ら思いを巡らせても答えなど出るはずないのに、私は苦しんでいた。


自分に何が起こったのかも知らないから、真実に辿り着くことなんか出来ない。


だから、本当に物凄く怖い。
でもそんなことを言い出したら、きっと皆が心配すと思っていた。


それ故に私は本当のことが言えなかったのだ。


(まるでタイムスリップか、瞬間移動でもしたみたいだったな?)
ふとそんなことを思った。
勿論、経験などある訳がない。
だけど、それが一番合っていると感じていた。




 庭が急に賑やかになった。
どうやら三人が朝練を始めたようだ。


昨日は渋々だった大君が何故か率先して指導していた。


捕球ネットは昨日のままだ。
だからなのか、篭にボールが入っていた。


(これからバッティングの練習か? 大変だと思うけど大君頑張ってね)
私はそっとエールを送った。




 一通り準備体操を終えた後で、軽いジョギングに出発するみたいだ。門扉を開け放つ音が聞こえてきた。


(よし、私も腕を奮おうとするか)

そう思いつつ冷蔵庫を開ける。
その時、大量の玉子が目に飛び込んできた。


それはあの日。
スーパーで買ったものだった。


私が今まで住んでいた埼玉のスーパーでは、玉子は超目玉商品だった。
だから、安売りする代わりに税抜きで千円以上買い物をしないとその値段では売ってくれないのだ。
しかも一家族で一点だけなのだ。


一昨年の暮れのから始まったんだ。
クリスマスと御節料理で玉子が不足するからだ。
その時期だけは恒例だった。
だけどそれ以来それが定番になってしまったのだ。


でも流石に大阪だ。
そんな制限は何処にも書いてなかった。


だからお一人様一点限りだけで、他の条件の付かないから大量に購入してしまったのだった。
勿論スーパーのレジに並ばなくてはいけない。
私は恐々三人を見てみたら、平然としていた。


彼等は去年の甲子園を湧かせたヒーローだった。
幾ら髪を染めていたとしても気付かれるかも知れないのだ。


私はそんな三人を自分の都合だけで使ってしまったのだ。
だから心の中で謝っていたのだ。




 ボールに玉子を割り入れる。


(私又、オムレツを作るつもりなんだな)

心と体がバラバラで、自分が何をしたいのか判らない。
それでも勝手に手だけが動く。


(私一体どうなっちゃったの?)

体が縮こまる。
それでも自分自信で鞭を打つ。


(皆が帰って来るまでに朝食を完成させなければいけない)

私はもう一度立ち上がった。




 「これから朝は何時に起きれば良いの?  入社式が終われば正式に社員になれるんでしょ」
朝食の時に質問した。


「きっと朝は早いと思うよ。会社が始まるのは八時だけど、仕度や朝練などもあると思うからね」
直樹君はそう答えてくれた。


「俺は何時に起きれば良いのかな」

大君が聞く。


「大は寝ていてもいいんじゃないかな?」


「それじゃ俺は何のための此処にいるんだ?」


「勉強して先生になるためだろう?」



「でも、それは美紀ちゃんが居たからで……実は俺、勉強が得意じゃないんだ」


「だったら何で……」


「大阪に来たかって? 良く聞けるな、そんなことを……」

大君は辛そうに俯いた。


大君のその態度で大体納得した。
三人は美紀ちゃんと此処で暮らしたかっんだ。
きっと美紀ちゃんのお祖父様もそのつもりだったのだろう。
だけど……
美紀ちゃんは育ての親である平成の小影虎を結婚相手に選んだんだ。


「あちゃー。大君、貴方はお邪魔よ」
私はとんでもないことを言っていた。


「えっ!?」
三人が顔を見合わせた。


(えっ!? 今の何? 私……何か悪いこと言ったかな?)

私はさっきの自分の発言さえも記憶していなかったのだ。


「美紀ちゃんのことがそんなに好きだったんだ」
私は、必死に誤魔化そうとしていた。
でも何をどのように否定したら良いのか解らずにいた。




 「さっきの話に戻そうか?」

私を気遣って直樹君が言ってくれた。


「そうだな大は寝ていてくれ。あのマシーンを購入すれば良いだけの話だ」


「でも又、ボールが少ないなんて言われそうだ」
皮肉を込めて大君が言う。


「まだ根に持っているんか?」


「ん!?  根って何?」


「大も本当は打ちたかったんだ。でもボール拾いばかりだったからね」


「打ちたいに決まってるだろ。俺だって野球部員だったんだから」

大君が悔しそうに呟いた。




 午後からは社会人野球の練習場に出掛ける。
そのために二人は早めに支度をしていた。
散髪と、お昼をその近所で済ますためだった。


「この前、練習場に案内されたんだ。その時、カット何とかって言う安い床屋を会社の近くで見つけたんだ。時間がどのくらいかかるか判らないのから早目に行ってみるよ」


「じゃお昼は要らないのね?」
念のために聞いてみた。
さっき大君に向かって何かを言った私。
その内容が把握出来ないから、二人だけの昼食が怖かったのだ。


「お昼は二人だけか?」

大君の発言には恐怖感があった。


「二人っきりってのも良いもんだよ」

秀樹君が冷やかした。


「やだよ。考えただけでも恐ろしい」


「失礼ね。私との食事の何が恐ろしいの?」

私は大君の前に体を乗り出していた。


「うぇー、だからイヤなんだよー」
大君はそう言いながら逃げ出した。




 「大、ゆっくり練習出来るな。でも勢い余ってネットを壊すなよ」

秀樹君は出掛ける前に一言掛けた。
まるで大君が怒ること期待しているかのように。


「そりゃどう言う意味だ?」

大君が詰め寄った。


「いや、別に」

大君の迫力に負けたのか、秀樹君はタジタジになった。


(大君をからかうためなのかな?)

そう思い秀樹君に目をやった。
でも其処に居たのは直樹君だった。


「……」

自然に目が合い、二人ともそままで見つめ合った。


「何だ何だ。この二人出来ちゃったんか?」
大君がちゃちゃを入れる。


「ちげーよ」
直樹君は慌てて私から視線を外し、そのまま走って行ってしまった。

私は何故か大君を睨んでいた。


「うぇー、やっぱり怖いよ」

大君は肩を竦めて、苦笑いを浮かべていた。




 「あっそうだ」
飛び石の先で、思い付いたように言った後で直樹君は私を手招きをした。


(私?)

そう聞くつもりで人差し指を鼻の頭に置いたら、直樹君君は頷いた。


「大には内緒にしておいてね。あのね、帰りに美味しい物買って来るからね」

急いで直樹君の傍まで駆けて行ったらそう言われた。


「いいか、絶対に言うなよ」

秀樹君も直樹君とひそひそ話をした後で言った。
何故だか二人共に嬉しそうで、何かを企んでいるみたいだった。




 (私だけ呼びつけて、一体何を企んでいるの?)
私は、自分だけ呼ばれたことでの大君の反応が怖かったのだ。


(お昼に二人っきりになる私の立場も考えて)
二人に言そういたかった。


(まったく、大君に何か言われないか気が気ではないに……)

でも本当は……
私は直樹君に手招きされたことが嬉しくて、大君の気持ちまで考えてもいなかったのだ。
だから駆け付けてしまったことを反省していたのだった。


(内緒話はやはり気分を害する行為だからな)
私は少し悄気ていた。




 (えっ、美味しい物?  わぁ何だろう?)

それでも私は、直樹君が買って来てくれるお土産に気持ちが傾いていた。


(美味しい物って何だろう? わあ、一体何を買ってきてくれるのだろう? 大阪名物って言えば粉物だよね? お好み焼き、それともたこ焼きかな?)

私の心は既に其処へ飛んでいた。




 二人を見送って家に戻った時、私があまりにも嬉しそうだったからか?
大君がニヤニヤしながら近付いて来た。


「さっきといい、今といい、お前等熱々だなー」
何を勘違いしたのか、大君は私の顔を覗き込んだ。


「もうキスは済ませたのか?」
そのあまりに大胆な発見に私は心臓が止まりそうだった。


「するわけがないでしょう」
私はキッパリと言い切った。


「だってあんなに密着して……」


「あっ、あれは……」

その時秀樹君が言った『いいか、絶対に言うなよ』が脳裏に浮かんだ。


「言ったら秀樹君に叱られる」
私は踞った。


「えっ、あれは秀だったんか?」

大君の言葉に頷いた。


(良かった。大君には悪いけど、そう言うことしておこう)
私は開き直った。




 二人で何もしないでいても仕方ないので、大量買いした袋で野菜作りを始めることにした。


(でも私、何故こんなに沢山用意したのだろう?)
私はその時はまだ、何のための土なのかさえ把握していなかったのだ。


(一体、これを何に使うつもりなんだろう?)

そう思いつつ戸惑った。
オムレツの玉子同様、手が勝手に動くんだ。
私は青ざめていた。


鏡なんか見なくても顔から血の気がひいていくのが解るんだ。


背筋がゾクッとした。
それでも私はそんなのはあり得ないと思っていたのだった。




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