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私の役割
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食事が済んだらみんなで後片付け。
私をサポートするために直樹君が言い出し、全員でそう決めてくれた。
「一緒にやれば早く終わるからね」
直樹君の言葉に泣き出しそうになる。
「二人だけの夜を楽しむためか?」
でも大君のおちょくる言葉がムードをぶち壊した。
そっと直樹君を見ると真っ赤になっていた。
「私達は別にそんな関係じゃ……」
「否定されると益々疑いたくなるな」
大君は調子付いていた。
「大、考えただけでも怖いから止めてくれ」
今度は秀樹君が言った。
「それも、そうだな」
大君が意味深に言う。
「さあ、そうと決まったらさっさと片付けような」
「でも、そうなると今頃美紀ちゃんは……」
「フリーってことか?」
「そうだよ。だから今からでも遅くない。ママ……じゃない、中村さんは二人に預けて俺だけでも帰ろうかな?」
「うぇー、それだけは辞めろ」
行動に移すためなのか? 席を立った大君を秀樹君が羽交い締めにした。
「流石、平成の小影虎の息子」
私は思わず直樹君のお父様のニックネームを口にしていた。
「えっ!?」
「そんなに驚くことか? 知ってて当たり前だろう?」
秀樹君が見透かしたように言った。
「そうだよね、当たり前だったね」
直樹君が寂しそうに呟いた。
私は自分ではないように感じていた。
何だか解らないけど、別の誰かに操られているみたいな錯覚も覚えていた。
だって可笑しいでしょ? 引越し業者でのコンテナ移動だって、料理だって……
だって私は殆ど母に任せっきりだったんだもの。
あんな美味しい物が私に出来るはずがないんだよ。
でもそれは、大好きな直樹君に喜んでもらうためだと勝手に判断した。
(さあ、頑張ろう)
小さくガッツポーズで決めてみた。
鉄製のフライパンをアルミホイルで磨いた後でIHコンロに掛ける。
充分乾いたら、油をひいた。
(そう言えばお母さんもやっていたな。あっ、そうか? 全部お母さんのやっていたことなんだ。そうかだから、出来るんだ!!)
私は自分が天才ではないかと思っていた。
でもそれは、母から受け継いだ経験なんだと考えていた。
見よう見真似って素晴らしい。
私は何故か物の考え方まで変わったようだ。
でもやはり、何だかみんなの態度がおかしい。
何処か私に遠慮しているようだった。
(女性だからかな? 良しそれなら頑張っちゃうぞ! 直樹君……じゃない皆に美味しい物をご馳走しなくちゃね)
一人心の中で呟いた。
「ねえ、何か食べたい物ある? 特に直樹君、同室になったよしみで何でも好きな物作るから言ってね」
私は早速行動を開始した。
そう言った後で、皆の顔を見るのが怖くなった。
特に大君に又おちょくられるかも知れないからだ。
(確かに私は直樹君が大好きだよ。でもだからルームシェアの相手として選んだ訳じゃない)
私は又自分に都合のいいように解釈していた。
何が何だか解らない内にこの家の前にいた。
(何故引越し業者のコンテナで移動したのか解らない。でも、だから大好き直樹君と一緒に居られるんだ)
私は神様が私に与えてくれたチャンスかも知れないと思った。
そっと直樹君を見ると、何故か遠い目をしていた。
直樹君の目は気になるけど……
(これは事実なんだ。きっと私がこうなることを望んでいたからこうなったんだ)
私はそう思うことにした。
「これからみんなで買い物に行こうよ。此処で暮らすためにはまず食材用意しなくちゃね」
私は三人にウィンクを送った。
その時みんなの顔が曇ったように見えたが、すぐに笑顔になった。
(何よみんな。せっかく……ま、いいっか)
私は性格まで変わってしまったようだった。
「これ着る?」
部屋に戻ると直樹君は自分のバッグからティシャツを出した。
「そう言えば着たきりだったね」
でも私はそう言ったままで固まった。
涙が頬を落ちるのが解ったからだ。
「中村さんどうして泣いているの?」
「だって直樹君が優しいから……」
本当に直樹君は気配り上手で私泣かせの人だった。
私は早速ティシャツに着替えた。
「男物だからやっぱり大きいね」
「胸も大きい……」
直樹君が恥ずかしそうに呟いた。
「もう直樹君の意地悪」
私は慌てて胸を手で隠した。
「確かに大きいね」
「うん。美紀より」
「へぇー」
「ちゃんと見た訳じゃないよ」
直樹君は慌てて否定した。
「怪しい?」
私は直樹君の前で、堂々と顔を覗き込んでいた。
買い物に出ようと玄関を開ける。
鍵を掛けるのは直樹君の仕事。
(やはり信頼されているんだな)
素直に思った。
私は楽しくなった。
思わずスキップしたくなる。
私がその勢いで置き石の上を門まで飛んだ。
玄関から門まで一直線に跳び石が配置されていた。
気が付くと三人は笑いながら私の真似をして追い掛けてようとしてくれていた。
私はそれだけで嬉しくなった。
振り返ると太陽が三人に当たり、シルエットを作り上げていた。
「キレイ……」
思わず呟いた私に、そよ風が笑いかける。
私はこれから此処で始まる生活が楽しくあることを太陽に願っていた。
飛び石のある庭を隔てて二つある棟。
コの字形の造りは、家族を大切にする想いが込められていると思った。
「きっと、家庭と仕事を分けさせたのね」
「えっ、何のこと?」
「美紀ちゃんのお祖父様の奥様よ。直樹君の部屋はゲストルームだって聞いたけど?」
「そうだけど……」
「きっとビジネスかなって? 思ったの。靴を履いたままで寝ても良いなんて、日本人には考えられないからね」
「そう言えば、こっち側は確かに家族的だな。でも、爺さん夫婦の知人に外国人が居たとしても不思議じゃないと思うよ」
直樹君が言った。
「それもそうだね」
「其処の二人、イチャイチャしていたらおいて行くぞ」
秀樹君の突っ込みが入った。
「イチャイチャしていた訳じゃないよ」
直樹君はバツの悪そうな顔をしながら、門まで走った。
家の前の道路をジョギングしていた人がいた。
これ幸いとばかりに、スーパーの場所を聞いた。
「大体の物はこの近くにあるドラッグストアで間に合うけど、スーパーは此処から歩くと三十分位かな?」
そう言いながら屋上に大きな看板のある建物を指差した。
「あれがスーパーだよ」
「ありがとうございます。あれを目指してみます」
私達は会釈して、その方向を目指して歩き出した。
その途中にある近所のドラッグストアにもよってみた。
勿論、魚や肉などの生鮮食料品の類いはない。
それでも牛乳やパン玉子などはある。
その他、日常生活に困らない程度の物は大概揃っていた。
でも目的はそれではない。
髪を黒く染めるための製品選びだった。
「いずれ必要になるからね」
私はそう言いながらヘアカラーをカゴに入れた。
皆は金髪やら茶髪だから、染めたのだとそれなりに判断出来る。
でも私の赤っぽい髪は生まれつきだ。
それを知りながら、小さな頃から虐められたりしていた。
私は結構辛い人生を送ってきたのだった。
ふと、学芸会で演じる作品を決めた折りに先生に言われたことを思い出した。
『アナタのその髪だったらアンを地で出来るね』
その途端に皆一斉に笑い出した。
『今年の学芸会はそれにしない?』
更に先生は言った。
私は学校から帰って、学芸会の主役に抜擢されたことを告げた。
でも何故そうなったのかは言えなかった。
でも何れはバレることだったのだ。
『アナタのその髪は貴族の証しなのよ』
公園で遊んでいた時、お友達のお母さんが帰った後で母はそう言った。
『地で出来る』との担任の発言が母の耳まで届いたからだ。
皆陰で言っていたから、母には聞こえていなかったのだ。
母に言わせると、どうやら私はヨーロッパ系の外交官の子孫らしいのだ。
勿論嘘に決まってる。
と思った。
私が、正々堂々と生きられるようにと言ってくれたのだ。
果たして今の私は……
やはりそうにはなっていないと思った。
第一、私は嘘つきだ。
直樹君と離れたくなくてアレコレ悪知恵を働かせている。
秀樹君と直樹君のお母様が亡くなっているのい、その人から頼まれたなんて見え透いたもついた。
母に顔向け出来ない。
出来る訳がない。
私は又もや落ち込んでいた。
(そう言えばアンは、その赤い髪にコンプレックスを持っていて髪を染めたんっただな)
ヘアカラーの箱を見ながら思った。
(母は今ごろ何をしているのだろうか?)
ふと母の存在が脳裏を掠めた。
あれ以来電話もしていない。
親不孝だと感じた。
(そうだ。母は私が大阪にいることさえも知らないのだ)
頬を涙が伝わる。
でも私はそのことを隠すことにした。
皆に心配をかけてはいけないと思ったからだ。
此処に置いてもらう以上、それが私の役割だと感じた。
(お母さんには悪いけど、私はまだ帰れない。帰れるはずがない)
そう……
私は殆どお金を持っていなかったのだ。
(新幹線で埼玉まで幾らかかるのかな?)
在来線を使えば安く済むかも知れないけど、青春十八切符でさえ私には買えないのだ。
青春十八切符と言っても十八歳だけが対象ではない。
大人から子供まで使えるのだ。
春と夏と冬の休みに合わせて発売される格安チケットだ。
今はまだ春休み中なので発売はされてはいるみたいだけど……
五箇所印を押すマスがあり、一人から五人まで利用出来る。
一日限り乗り降り自由だから、普通列車や快速などで遠乗り出来るのだ。
一度それを使って、熊谷から新潟まで行った経験がある。
母の友達に有田沙耶(ありたさや)さんって人がいて、鯨波海水浴場へ出掛けたのだ。
彼方は家族三人なので余った分で私達を招待してくれたのだ。
母は有田沙耶さんと同じ保育園で知り合ったそうだ。
私の父が亡くなり、母が勤めに出た時に再会して意気投合したのだ。
だから私は有田沙耶に可愛がられていたのだった。
平成十六年十月二十三日に起きた新潟県中越地震の後、鯨波号は廃止になったようだ。
又ボールに玉子を割り入れる。
その中にスーパーで買ってきた材料を入れた。
キャベツとイカ揚げ玉に玉子ネギ。
それに小麦粉と豆腐。
豆腐は長芋の代わりになるんだって。
それを入れてぐちゃぐちゃにかき混ぜるだけでフワフワのお好み焼きになるそうだ。
長芋をするより楽チンだからズボラの私には好都合だったのだ。
それらをホットプレートの上に並べた。
暫くすると、大阪名物。
イカ入りお好み焼きの出来上がり。
スーパーで言われたんだ。
大阪のお好み焼きはイカが入るって、ソースも独特なんだって。
そのソースの上にたっぷりマヨネーズを掛けるらしい。
ウチの田舎じゃ絶対にやらないけどね。
でもみんなで試してみようってことになった。
そしてお好み焼きパーティーが始まったのだ。
夕飯はそのホットプレートのもう一枚で焼き肉。
お好み焼き用は平らで、此方は波板だった。
「さっきのでホットケーキもフレンチトーストも出来そうですね」
「プレート二枚を活用したらみんなでワイワイ出来るね」
大君が言ったら、全員が頷いた。
「良し、とりあえず一週間頑張ってみよう」
(一週間? 直樹君と秀樹君のお母さんの七回忌までか)
その日が来るのが本当は怖い。
嘘がバレるから……
きっと直樹君に呆れられると解っているから。
私は悔いのない毎日を過ごそうと思いながら、三人の横顔を見つめていた。
私をサポートするために直樹君が言い出し、全員でそう決めてくれた。
「一緒にやれば早く終わるからね」
直樹君の言葉に泣き出しそうになる。
「二人だけの夜を楽しむためか?」
でも大君のおちょくる言葉がムードをぶち壊した。
そっと直樹君を見ると真っ赤になっていた。
「私達は別にそんな関係じゃ……」
「否定されると益々疑いたくなるな」
大君は調子付いていた。
「大、考えただけでも怖いから止めてくれ」
今度は秀樹君が言った。
「それも、そうだな」
大君が意味深に言う。
「さあ、そうと決まったらさっさと片付けような」
「でも、そうなると今頃美紀ちゃんは……」
「フリーってことか?」
「そうだよ。だから今からでも遅くない。ママ……じゃない、中村さんは二人に預けて俺だけでも帰ろうかな?」
「うぇー、それだけは辞めろ」
行動に移すためなのか? 席を立った大君を秀樹君が羽交い締めにした。
「流石、平成の小影虎の息子」
私は思わず直樹君のお父様のニックネームを口にしていた。
「えっ!?」
「そんなに驚くことか? 知ってて当たり前だろう?」
秀樹君が見透かしたように言った。
「そうだよね、当たり前だったね」
直樹君が寂しそうに呟いた。
私は自分ではないように感じていた。
何だか解らないけど、別の誰かに操られているみたいな錯覚も覚えていた。
だって可笑しいでしょ? 引越し業者でのコンテナ移動だって、料理だって……
だって私は殆ど母に任せっきりだったんだもの。
あんな美味しい物が私に出来るはずがないんだよ。
でもそれは、大好きな直樹君に喜んでもらうためだと勝手に判断した。
(さあ、頑張ろう)
小さくガッツポーズで決めてみた。
鉄製のフライパンをアルミホイルで磨いた後でIHコンロに掛ける。
充分乾いたら、油をひいた。
(そう言えばお母さんもやっていたな。あっ、そうか? 全部お母さんのやっていたことなんだ。そうかだから、出来るんだ!!)
私は自分が天才ではないかと思っていた。
でもそれは、母から受け継いだ経験なんだと考えていた。
見よう見真似って素晴らしい。
私は何故か物の考え方まで変わったようだ。
でもやはり、何だかみんなの態度がおかしい。
何処か私に遠慮しているようだった。
(女性だからかな? 良しそれなら頑張っちゃうぞ! 直樹君……じゃない皆に美味しい物をご馳走しなくちゃね)
一人心の中で呟いた。
「ねえ、何か食べたい物ある? 特に直樹君、同室になったよしみで何でも好きな物作るから言ってね」
私は早速行動を開始した。
そう言った後で、皆の顔を見るのが怖くなった。
特に大君に又おちょくられるかも知れないからだ。
(確かに私は直樹君が大好きだよ。でもだからルームシェアの相手として選んだ訳じゃない)
私は又自分に都合のいいように解釈していた。
何が何だか解らない内にこの家の前にいた。
(何故引越し業者のコンテナで移動したのか解らない。でも、だから大好き直樹君と一緒に居られるんだ)
私は神様が私に与えてくれたチャンスかも知れないと思った。
そっと直樹君を見ると、何故か遠い目をしていた。
直樹君の目は気になるけど……
(これは事実なんだ。きっと私がこうなることを望んでいたからこうなったんだ)
私はそう思うことにした。
「これからみんなで買い物に行こうよ。此処で暮らすためにはまず食材用意しなくちゃね」
私は三人にウィンクを送った。
その時みんなの顔が曇ったように見えたが、すぐに笑顔になった。
(何よみんな。せっかく……ま、いいっか)
私は性格まで変わってしまったようだった。
「これ着る?」
部屋に戻ると直樹君は自分のバッグからティシャツを出した。
「そう言えば着たきりだったね」
でも私はそう言ったままで固まった。
涙が頬を落ちるのが解ったからだ。
「中村さんどうして泣いているの?」
「だって直樹君が優しいから……」
本当に直樹君は気配り上手で私泣かせの人だった。
私は早速ティシャツに着替えた。
「男物だからやっぱり大きいね」
「胸も大きい……」
直樹君が恥ずかしそうに呟いた。
「もう直樹君の意地悪」
私は慌てて胸を手で隠した。
「確かに大きいね」
「うん。美紀より」
「へぇー」
「ちゃんと見た訳じゃないよ」
直樹君は慌てて否定した。
「怪しい?」
私は直樹君の前で、堂々と顔を覗き込んでいた。
買い物に出ようと玄関を開ける。
鍵を掛けるのは直樹君の仕事。
(やはり信頼されているんだな)
素直に思った。
私は楽しくなった。
思わずスキップしたくなる。
私がその勢いで置き石の上を門まで飛んだ。
玄関から門まで一直線に跳び石が配置されていた。
気が付くと三人は笑いながら私の真似をして追い掛けてようとしてくれていた。
私はそれだけで嬉しくなった。
振り返ると太陽が三人に当たり、シルエットを作り上げていた。
「キレイ……」
思わず呟いた私に、そよ風が笑いかける。
私はこれから此処で始まる生活が楽しくあることを太陽に願っていた。
飛び石のある庭を隔てて二つある棟。
コの字形の造りは、家族を大切にする想いが込められていると思った。
「きっと、家庭と仕事を分けさせたのね」
「えっ、何のこと?」
「美紀ちゃんのお祖父様の奥様よ。直樹君の部屋はゲストルームだって聞いたけど?」
「そうだけど……」
「きっとビジネスかなって? 思ったの。靴を履いたままで寝ても良いなんて、日本人には考えられないからね」
「そう言えば、こっち側は確かに家族的だな。でも、爺さん夫婦の知人に外国人が居たとしても不思議じゃないと思うよ」
直樹君が言った。
「それもそうだね」
「其処の二人、イチャイチャしていたらおいて行くぞ」
秀樹君の突っ込みが入った。
「イチャイチャしていた訳じゃないよ」
直樹君はバツの悪そうな顔をしながら、門まで走った。
家の前の道路をジョギングしていた人がいた。
これ幸いとばかりに、スーパーの場所を聞いた。
「大体の物はこの近くにあるドラッグストアで間に合うけど、スーパーは此処から歩くと三十分位かな?」
そう言いながら屋上に大きな看板のある建物を指差した。
「あれがスーパーだよ」
「ありがとうございます。あれを目指してみます」
私達は会釈して、その方向を目指して歩き出した。
その途中にある近所のドラッグストアにもよってみた。
勿論、魚や肉などの生鮮食料品の類いはない。
それでも牛乳やパン玉子などはある。
その他、日常生活に困らない程度の物は大概揃っていた。
でも目的はそれではない。
髪を黒く染めるための製品選びだった。
「いずれ必要になるからね」
私はそう言いながらヘアカラーをカゴに入れた。
皆は金髪やら茶髪だから、染めたのだとそれなりに判断出来る。
でも私の赤っぽい髪は生まれつきだ。
それを知りながら、小さな頃から虐められたりしていた。
私は結構辛い人生を送ってきたのだった。
ふと、学芸会で演じる作品を決めた折りに先生に言われたことを思い出した。
『アナタのその髪だったらアンを地で出来るね』
その途端に皆一斉に笑い出した。
『今年の学芸会はそれにしない?』
更に先生は言った。
私は学校から帰って、学芸会の主役に抜擢されたことを告げた。
でも何故そうなったのかは言えなかった。
でも何れはバレることだったのだ。
『アナタのその髪は貴族の証しなのよ』
公園で遊んでいた時、お友達のお母さんが帰った後で母はそう言った。
『地で出来る』との担任の発言が母の耳まで届いたからだ。
皆陰で言っていたから、母には聞こえていなかったのだ。
母に言わせると、どうやら私はヨーロッパ系の外交官の子孫らしいのだ。
勿論嘘に決まってる。
と思った。
私が、正々堂々と生きられるようにと言ってくれたのだ。
果たして今の私は……
やはりそうにはなっていないと思った。
第一、私は嘘つきだ。
直樹君と離れたくなくてアレコレ悪知恵を働かせている。
秀樹君と直樹君のお母様が亡くなっているのい、その人から頼まれたなんて見え透いたもついた。
母に顔向け出来ない。
出来る訳がない。
私は又もや落ち込んでいた。
(そう言えばアンは、その赤い髪にコンプレックスを持っていて髪を染めたんっただな)
ヘアカラーの箱を見ながら思った。
(母は今ごろ何をしているのだろうか?)
ふと母の存在が脳裏を掠めた。
あれ以来電話もしていない。
親不孝だと感じた。
(そうだ。母は私が大阪にいることさえも知らないのだ)
頬を涙が伝わる。
でも私はそのことを隠すことにした。
皆に心配をかけてはいけないと思ったからだ。
此処に置いてもらう以上、それが私の役割だと感じた。
(お母さんには悪いけど、私はまだ帰れない。帰れるはずがない)
そう……
私は殆どお金を持っていなかったのだ。
(新幹線で埼玉まで幾らかかるのかな?)
在来線を使えば安く済むかも知れないけど、青春十八切符でさえ私には買えないのだ。
青春十八切符と言っても十八歳だけが対象ではない。
大人から子供まで使えるのだ。
春と夏と冬の休みに合わせて発売される格安チケットだ。
今はまだ春休み中なので発売はされてはいるみたいだけど……
五箇所印を押すマスがあり、一人から五人まで利用出来る。
一日限り乗り降り自由だから、普通列車や快速などで遠乗り出来るのだ。
一度それを使って、熊谷から新潟まで行った経験がある。
母の友達に有田沙耶(ありたさや)さんって人がいて、鯨波海水浴場へ出掛けたのだ。
彼方は家族三人なので余った分で私達を招待してくれたのだ。
母は有田沙耶さんと同じ保育園で知り合ったそうだ。
私の父が亡くなり、母が勤めに出た時に再会して意気投合したのだ。
だから私は有田沙耶に可愛がられていたのだった。
平成十六年十月二十三日に起きた新潟県中越地震の後、鯨波号は廃止になったようだ。
又ボールに玉子を割り入れる。
その中にスーパーで買ってきた材料を入れた。
キャベツとイカ揚げ玉に玉子ネギ。
それに小麦粉と豆腐。
豆腐は長芋の代わりになるんだって。
それを入れてぐちゃぐちゃにかき混ぜるだけでフワフワのお好み焼きになるそうだ。
長芋をするより楽チンだからズボラの私には好都合だったのだ。
それらをホットプレートの上に並べた。
暫くすると、大阪名物。
イカ入りお好み焼きの出来上がり。
スーパーで言われたんだ。
大阪のお好み焼きはイカが入るって、ソースも独特なんだって。
そのソースの上にたっぷりマヨネーズを掛けるらしい。
ウチの田舎じゃ絶対にやらないけどね。
でもみんなで試してみようってことになった。
そしてお好み焼きパーティーが始まったのだ。
夕飯はそのホットプレートのもう一枚で焼き肉。
お好み焼き用は平らで、此方は波板だった。
「さっきのでホットケーキもフレンチトーストも出来そうですね」
「プレート二枚を活用したらみんなでワイワイ出来るね」
大君が言ったら、全員が頷いた。
「良し、とりあえず一週間頑張ってみよう」
(一週間? 直樹君と秀樹君のお母さんの七回忌までか)
その日が来るのが本当は怖い。
嘘がバレるから……
きっと直樹君に呆れられると解っているから。
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