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いざ新天地へ

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 私は珠希(たまき)。
この家に住み着く幽霊。
それとも背後霊?
まあ、そんなトコかな?
だから誰の目にも見えないの。
それがちょっぴり不満。


だって本当はね、ダーリンに愛してもらいたくて此方の世界に居残ることにしたんだもの。
養女の美紀(みき)に憑依したと言う形をとってね。
だって血の繋がりのない二人なら、何も問題ないでしょう。
何て嘘。
私が死んだ時、生死の境をさ迷い続けていたダーリンを助けたくて……
本当にそれだけだったのよ最初のうちは。


私はソフトテニスの国体の選手だったの。
実力だけじゃないのよ。
努力と猛練習。
コンビを組んだパートナーの力量。
それとダーリンの愛。
全てが私に力を貸してくれたの。
だから私は第一線で活躍してこられたのよ。


自慢じゃないけど私は健康そのものだった……
でも、突然の事故が私の命を奪ったの。
中学で本格的にソフトテニスを始める美紀のために、ダーリンとラケットを探しに出た時のことよ。
美紀は練習用のラケットは持っていたけど、公式戦では使えないの。
試合で使うマークが無いからね。


公式戦ではプレイ前にラケットトスをする。
まず審判にそのマークを示してからヘッド部分を下に付け回して先行後行を決める訳よ。
そのためにマーク付きラケットが必要だったのよ。
だからそのラケットを購入するために、私とダーリンは出掛けた訳よ。
ダーリンが今でも悔やむこととなる私の運転でね。




 その時だった。
センターラインを大きくはみ出した大型トラックと衝突してしまったの。
運転手が、落とした携帯電話を拾おうとしたために起きた事故。
一瞬目を離した時の脇見運転が原因だったの。

正面衝突。
私は即死だった。
助手席にいたダーリンも、全身打撲で生死の堺をさまよったの。
幾度となく、死の淵に立つダーリンを必死に呼び戻そうとしていた美紀達兄弟。
だから私も目覚めたの。
でもその時気付いたの。
私の身体では無いことに……
私はこともあろうに、美紀に憑依していたの。


私はダーリンを死の淵から救い出すためなら何でもやる覚悟だったの。

だから美紀に憑いたのかも知れないわ。
私は美紀の体の中からダーリンを揺さぶった。
だからダーリンは意識を取り戻ししたの。
兄弟の懸命な看病と愛によって、一命を取り留めることが出来たのよ。




 でもね、既に美紀の体の中には先客が居たの。
ダーリンの初恋の人なんだけどね。
彼女はダーリンに対して『本当の出身地はコインロッカー』って言っていたらしいの。
きっと自分を好きにならないでと言うアピールだと思うけど、本音は愛してほしかったのよ。
だから自分の命が消える時に美紀に憑依したらしいの。
そして、美紀に言わせたの『大きくなったらパパのお嫁さんになる』ってね。




 私の陣痛が始まり、免許取り立てのダーリンの運転で病院へ向かっていた時よ。
病院へもう少しという時だった。
目の前をフラフラと歩く女性を発見して車を止めたの。
急いで二人が駆けつけると、女性は手を払ったの。
そして尚も進もうとして力尽きて、とうとうそのまま道路にうずくまってしまった。


女性は息も絶え絶えの中大きなお腹をさすっていたわ。
すぐに公衆電話を探して救急車を呼んだの。

そして到着を待つ間必死に呼びかけた。




 女性も妊婦だった。
何度か病院の待合室で一緒になったダーリンの初恋の人で、名前を結城智恵さんと言ったわ。


親に捨てられ、施設で育った。


『本当の出身地はコインロッカー』
ダーリンの前ではそう言って笑っていたそうよ。
強がりだと知っていた。
だから尚更守ってやりたかったって言っていたわ。


だからと言う分けではないけれど、再会した時は嬉しかったんだって。
ダーリンは自分のことのように喜んだの。
やっと智恵さんに出来た本物の家族だったから。


余りにダーリンが嬉しそうだったので、初対面ではなかったけど気になったの。


『ねえ。どなたなの?』
と尋ねた私。


『彼女は結城智恵さんって言って、俺の初恋の人だ』
ダーリンはそう答えた。


『正直者だね』
私は笑っていた。


『そう、馬鹿が付くほど』
そんな私の独り言はダーリンには聞こえなかったようよ。




 美紀を出産後智恵さんは息を引き取ったの。
ダーリンは私が入院中に智恵さんの育った施設を訪ね、パートナーが既に亡くなっていることを知ったの。
身よりのない智恵さんが産んだ女児を私は三つ子として育てる決意をしたの。


『双子も三つ子も大して変わらない』
って言ってダーリンを説得したの。
だって、ダーリンの初恋の人の一人娘でしょう?
ダーリンが喜ぶ顔が見たかったのよ。
そんな訳で、美紀と秀樹(ひでき)と直樹(なおき)は三つ子となったのよ。




 でも私達仲良くやっているの。
時々二人でボーッと旦那様を見つめている。
その時感じたの。
この人結城智恵(ゆうきちえ)さんて言うのだけど、本当にダーリンを愛しているのだなと。

この結城智恵さんが、美紀の本当のママなのよ。


でもだからって、美紀はダーリンの子供じゃないのよ。
ダーリンは私一筋だったから養女にするのを躊躇わなかったわ。
だから時々彼女にお任せして、私は美紀から離れてダーリンとイチャイチャ。
したいのに出来ないの。
本当にダーリンったら、真面目なんだから……




 そう……
ダーリンはとにかく真面目。
真面目過ぎて馬鹿が付くくらい。
だから、きっと美紀の中に私を感じていても手が出せないのよね。
解っているの……
全部解っているの。
お見通しなの。
だから尚更悲しいの。
ダーリンに愛されたくてウズウズしている私に気を遣う素振りも見せてはくれないから。


だから見ていて、今日こそバッチリ決めたげる。
ダーリンは私だけの物。
ううん……
三人のかな?
結城智恵さんと私と美紀……

だって美紀は……




 あの朝があったから、私は今此処に居られるの。
そう……
私の誕生日にサプライズを仕掛けたから、ダーリンの胸に美紀は抱かれているの。


美紀は何時ものツインテールをストレートにして、キッチンに居たの。
ダーリンはその姿を私と重ね合わせたの。


その時、ダーリンの恋心に火が着いた訳よ。
それを私はずっと待っていたの。
でもダーリンは決して美紀に手出しはしなかった。
私がいくら挑発しても無理だったの。


ダーリンは元プロレスラーの平成の小影虎(こかげとら)と呼ばれていた人気者だったの。
何故そんな風に呼ばれたかと言うと……
第一は長尾正樹(ながおまさき)と言う名前ね。
長尾影虎の子孫でもないけどね。
だって長尾影虎はその後の上杉謙信だもの。
子供は設けず養子を育てたから。


ダーリンは背はあまり高くはなかったけど、物凄く格好イイからファンが大勢いたの。
でも私にゾッコンだったから浮気の心配なんてなかったのよ。
だからかな……
私一筋だったから、傍にいる私に気付いてもくれないのかな?
だからこの結婚式は私にとって奇跡なのかも知れない……




 結婚式の後、ダーリンと美紀の邪魔をさせないために智恵さんのお父様が秀樹と直樹を連れ出した長尾家。
ダーリンはベッドの上に座り、美紀の肩に手を掛けたの。


でもその時、美紀の体は又私が乗っ取っていたの。
せっかくの初夜。
それなのに……
ううん、それだからこそダーリンとの一夜を期待したの。


美紀は美紀で、やっと愛するパパと一つになれる。
その幸せだけで胸が張り裂けそうだったの。


そんな美紀の思いを知ってか知らずか……
私には待ちに待った一時が訪れてようとしていたわ。
私はここぞとばかりにパパに甘える美紀の振りをしたの。
でもダーリンも本当は気付いていたみたい。
それでも、どうしょうもなく体は燃える。
ダーリンはもう我慢することは出来なかったの。


「美紀!!」
ダーリンはわざとそう言いながら、私を抱き締めたの。


(珠希……愛しているよ。でも俺は美紀に恋してる。だから今は邪魔しないでくれないか?)
そんなダーリンの声が聞こえて、私は仕方なく美紀から離れたの。
ダーリンは目の前にいる美紀から魂が抜けたように感じたのかな?
だから改めて美紀を抱き締めたの。


美紀の髪から私の香りがする。
美紀は私の愛用していたシャンプーとリンスで髪を洗っていたの。
本当は違うのよ。
私が美紀にそうさせていたの。
ダーリンに気付いてもらいたい一心で……


「お馬鹿さん」
ダーリンは拗ねたように、美紀から離れたの。


「俺のこん中にいるのはお前だけなんだ。だから珠希の真似なんかしなくても……」
ダーリンは胸を叩きながら辛そうに言った。
本当は抱きたくて仕方ないのに……




 美紀は恥ずかしそうに俯いて、バスルームを目指したわ。
でも其処には私用のシャンプーしか無く、思い余った美紀は秀樹のミントシャンプーを手にしたの。


――ガチャ!
ドアの閉まる音がする。
振り向くとダーリンが立っていたの。


ダーリンは美紀を背後から抱き締めてくれた。
男性用のミントシャンプーの香りに包まれながら美紀は女になっていく。
その日私は……ううん、美紀は初めてパパと結ばれたの。


私の夢が叶った瞬間だったわ。
だから私はすかさず美紀に憑依したの。
ダーリンは目を白黒させながら……
それでも愛してくれたのよ。




 本当はずっと此処で、美紀に憑依したままダーリンと暮らしたいの。
でも結局私はお邪魔虫。
だから、引っ越すことにしたの。
息子達に憑いて行くわ。
だって心配なんだもん。
解るでしょ、母心……
ま、口実には違いないけどね。


ダーリンに抱かれながら私は気付いたの。
ダーリンが美紀を深く愛していることに……


その時私は美紀に嫉妬した。
メラメラと燃え上がるジェラシーと言う炎。
私は消すすべもなく、ただ美紀にダーリンを取られまいとして必死だった。
だから……美紀のためにもこの家に居ては駄目だと思ったの。




 春分の日に、全員がこの家に集まったの。
あの結婚式の日以来、秀樹と直樹は結城智恵さんのお父さんと一緒に暮らしていたの。
大阪の家を借りるためには間取りとか知らなくちゃね。
その家までたどり着けるように地図も教えて貰ったりしてたのよ。




 でも私はどうしたらいいのかな?
だっていくら何でも、息子達に憑依は出来ないでしょう?
だから息子達は先に出発させたの。


そうしておいて……
さっきから人材探し。
美紀が私の七回忌の予約確認で外出したからチャンスなのよ。


あ、あの子がいい。
私も若返りたいからね。
きっと又美紀と同じ位な歳かな?


さあ引っ越しのコンテナが出発する前に乗り込むわよ。
この子の体に入り込んで出発。
ついでにコンテナ車も出発。
いざ新天地へGO!
大阪で一度暮らしてみたかったの。
いい機会だから思いっきり羽根伸ばしてくるかな?




 美紀に一番初めに憑依していた結城智恵さんは、夫である真吾さんとお姉さんの待つ天国に旅立って行ったわ。
でも私は誰も居ないの。
両親は健在だしね。
だから、まだ彼方には行けないのよ。


美紀はダーリンに任せておけば良いのだけど……
問題は二人の息子。
双子で野球のバッテリーなの。


結城智恵さんのお父さんが、偶々職場の近くに家があって貸してくれることになったの。
でも、どんな暮らしをするか心配で憑いて行くことにしたのよ。


大阪か?
きっと美味しい物が沢山あるんだろうな?
イヤだ私……
涎が出てる。
待っててね大阪。




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