ゴールドスカル(不完全な完全犯罪・瑞穂と叔父の事件簿)

四色美美

文字の大きさ
上 下
5 / 23

激安スタジオ・原田学

しおりを挟む
 『あっ、学(まなぶ)。今、隙? すぐに何時ものスタジオに来てほしいのだけど』
マネージャーから電話があった。


「あ、大丈夫です。一時間後でよろしいですか?」


『ありがとう。じゃ待っているね』
そう言って電話は切れた。
別に隙をもて余してしる訳でもないけど、俺は忙しくデニムの上下に着替えた。マネージャーを待たせる訳にはいかないからだ。


「いくら何でもこれじゃあ寒いだろう」
アパートを出た時季節の変わり目を感じて俺は又部屋に入った。


(確か薄手のダウンがあったな)
デニムのジャケットに重ね着は似合わないくらい承知している。でもマネージャーを待たせる訳にはいかないんだ。

俺はクローゼットを開け奥に手を突っ込にそれを引っ張り出し、支度を整えるとそそくさと最寄りの駅に向かった。

木枯し一号はまだ吹いていないそうだけど風は冷たかった。
木枯し一号っていうのは、立冬から11月末までに風速8メートル以上の北風で、春一番同様季節限定だから吹かない年もあるそうだ。

今年は暖冬だと聞いた。それでも寒くて、ふと田舎にいる皸だらけのお袋を思い出した。
お袋は調理中に臭いが移ることをキラいハンドクリームも殆ど付けない。ゴム手袋も洗いづらいらしくて着けているところを見たことがない。

無頓着じゃなく、家族のために自分を犠牲にしても構わない人なんだ。


『もう慣れっこだし、直ぐに治るから心配しないで』
お袋はそう言っていた。
親指の爪の先に近い部分から出血していたので大丈夫って聞いた時のことだ。

可哀想だと思ったけど、そのままにしてしまった俺だった。
本当に俺は親不孝者だと思っている。


(そう言えば会ってないな。こんど近くに行ったら寄ってみるか?)
車窓の景色に目をやりながら何気にそんなことを思っていた。




 そのスタジオは激安をうたっている。格安スタジオでさえも平日5万円弱なのに、其処は9千円台なのだ。
しかもリハーサルルームは1時間千円以下。

だからマネージャーとは良く其処で打ち合わせしていた。
俺達のような中途半端なロックミュージシャンにはお似合いなのだ。
とは言っても今はパフォーマンス軍団に成り下がっているけどね。
コントロールルームにブース、オペレーター込みでこの値段だ。しかもブースは12畳ときている。本当に最高の環境なのだ。

普通だったら考えられないけど、マネージャーの力量でもっと割安にしてもらっているようだ。
だから俺達はマネージャーに頭が上がらないのだ。




 これでもプロのミュージシャンだ。だったって言うのが正解かな?
メジャーデビューもしていたんだ。今もそれはそうなんだけど、少し不甲斐なさを感じている。
だって社長が、爆裂お遊戯団なんてふざけた名前を押し付けたからだ。

俺はギタリストだ。なのに今はエアバントで箒を抱えて暴れ捲っている。そんな姿をお袋には見せたくない。
それでもお袋はテレビにたまに出ると喜んでくれる。
そんな恥ずかしい格好、本当は曝したくないのだけれど。


(母ちゃんごめんな)
俺は何時になく弱気になっていた。



 俺はマネージャーが好きだ。愛していると言った方が正解かもな。だってマネージャーは俺達の恩人だからだ。
俺は幼なじみの木暮と福祉施設に介護ヘルパーとして勤めていた。
ホームヘルパーの資格を取った時、お袋は自分のことのように喜んでくれた。
その系列の施設で働くことになった時、真面目な俺を誉めてくれた。だから其処で頑張ろうと思っていたんだ。




 その施設でのクリスマス会で歌を唄った。それはゲストの前座という格好だった。
木暮は昔から歌が上手くて俺と組んでデュエットしていたんだ。と、言っても俺はギターを弾くだけだ。

歌唱力は木暮に勝てないことが解っていたからだ。だから猛練習をして、何とか木暮の歌に合わせられるようになったのだ。


マネージャーはゲストの歌手に付いて施設にやって来た。その時木暮の歌声を聴いてプロダクションに紹介してくれると言い出したのだ。
木暮だけかと思っていたら、何と俺も一緒にとのことだったのでぶったまげた。
その場で、ロックバンドのボーカルとギタリストとして雇うつもりだと言ってくれたのだ。




 早速ライブハウスでのイベントが決まり、インディズとして販売するためのデモテープも作り上げた。
それでも鳴かず飛ばずだったので、社長と相談してヘルパーと掛け持ちをすることにした。
だから、生真面目なヘアスタイルはロックに似合わないと思ってウィッグを着けることにした。
今は取れない鬘が当たり前のようにある。
だからヘッドバンキングもやってのけられたのだ。


そんな売れない時代にもファンは付いてきてくれた。そして共に作り上げた楽曲でメジャーデビュー早々ヒットしたのだ。
勿論俺達だけの力ではない。

それを知ってか知らずか、気を良くした社長が第二弾の発売を決めてくれたのだ。


俺達は少し有頂天になっていた。
そんな時に悲しい事故があり、一時期活動を制限していたのだ。
それは木暮というメインボーカルの突然死だ。
デパートのイベントで会場入りしていた木暮が従業員専用エレベーターの前で死亡してしまったのだ。
木暮の死に様を見た時、あまりの残忍な姿にショックを受けた。
でも俺以上に震えている人がいた。俺達を此処まで導いてくれたマネージャーだ。
マネージャーの落ち込み方が尋常ではなかった。
体を縮まませ、床に突っ伏したままで喚いていたのだ。

(そりゃそうだ)
と思った。
俺だって哀しくて胸が張り裂けそうなのだ。木暮を一生懸命に育て上げたマネージャーの苦しみが更に俺を切なくさせていた。
前々から行為は寄せていたが、その出来事が更に俺達を近付けさせていた。
俺はマネージャーの力になるように励まし続けた。そんな俺にマネージャーは心を開いてくれるようになったのだ。
だから俺はマネージャーのことがもっと知りたくなったのだ。
俺のような者にマネージャーを支える力なんてあるわけない。それでもお袋に恋人として紹介したかったのだ。


(何時か二人で会いにいくよ。俺が力を付けてマネージャーを支えらるようになったら……。だから母ちゃん、寂しい思いをさせるけど我慢してくれな)
今日の俺はホームシックにでも掛かったようにナーバスになっていた。



 スタジオには社長もいた。
爆裂お遊戯団の次回作の出来上がりをチェックするためだったのだ。俺はデニムの上下になって暴れ捲っだ。


「もっと弾けろ!」
でも社長は叱咤激励した。
それを聞いて俺は遣る気が失せてしまった。精一杯頑張ったつもりだったからだ。


「いいか学。貴様の代わりなんて五万といるんだ。それを忘れるな」
社長はそう言ってスタジオから出て行った。だから後には俺とマネージャーだけが残されてしまった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

先生、それ、事件じゃありません

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

VIVACE

鞍馬 榊音(くらま しおん)
ミステリー
金髪碧眼そしてミニ薔薇のように色付いた唇、その姿を見たものは誰もが心を奪われるという。そんな御伽噺話の王子様が迎えに来るのは、宝石、絵画、美術品……!?

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

処理中です...