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序章・松尾有美

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 ――ドキッ――
親友の岩城(いわき)みずほさんとサッカー部の練習試合を観戦中、突然息が詰まり胸騒ぎを覚えた。

目の前には広いサッカーコートを縦横無尽に駆けまくる人がいる。
私は彼に一目惚れをしてしまったのだ。いや違う。きっと瞬惚れだ。そう思えるほど、私の胸は激しく締め付けられていた。

彼は人気者で、学校全員の生徒の憧れの存在だ。つまりサッカー部のエースだった。
当然周りはライバルだらけ……
彼は皆の熱視線の的。
私は大変な人を好きになってしまったのだ。

その事実に気付き、青くなった。でも気持ちは押さえられそうにない。
私の恋を誰かに聞いてもらいたい。
でも止めることにした。
きっと敵対心を抱かれると思ったからだった。


ただみずほにだけは打ち明けようと思った。他に好きな人がいるからだ。みずほより背は高いけど、平均身長以下だったのでチビだと悩んでいる磐城瑞穂(いわきみずほ)君だ。
でもみずほは『格好いい』ってきかない。
それが事実だと確認させるためにみずほに現場? に誘い出された訳だ。

何故みずほが磐城君のことを好きになったのか?
それは学校の七不思議に数えられていた。
だってみずほは成績優秀で、この前のテストでベストスリーに入っていたんだ。私を含めて、皆授業中遭難してる。勉強に付いていけない人も大勢いる。だから当然二人の恋は注目の的だったのだ。


 私はその場で、みずほに彼を好きになったことを告白した。
みずほは最初驚いたようだった。でも直ぐに私の手を取った。

『もしかしたら、いちキュン?』

『うん、秒殺』

『有美(ゆみ)もキュンバクか? 解った。貴女の恋を応援するね』
そう言ってくれた。も、って言ったのは気になるけどね。

(そうか。みずほは磐城君に……)
私は急にみずほが可愛くなって抱き付いた。


 みずほは私の力になるべく磐城君に話してくれたのだ。その結果私は彼を手に入れることが出来たのだ。彼をメロメロにするために本当は少し汚い手も使った。厭きれられるかと思ったけど、それが彼のハートを射抜いたようだ。
作戦は見事に成功したのだ。
そして、誰もが認めるエースの彼女となれたのだった。
彼は私だけのエースになってくれたのだ。

きっと他の女生徒には嫌われているに決まっている。でも、彼じゃなきゃ駄目なの。私はそれだけ一途だったの。
本当は自分がこんなになるなんて信じられない。それだけぞっこんだったの。
そんな私の気持ちをみずほは解ってくれた。その結果、磐城君も私の恋を応援してくれたのだ。


 私はみずほの言葉が気になり、どうして磐城君を好きになったのか聞いた。

『あれはそう、確か入園式の翌日だったかな? その日から昼寝があったから布団など待って来なくてはいけなかったの。でも彼は覚えていなかった』
みずほは磐城君との保育園の頃の思い出を語り始めた。
磐城君は全て忘れていて、みずほの記憶を話したらしい。それ程みずほにとっては忘れられない出来事だったのだ。


 磐城君のお祖母ちゃんは昔使っていた乳母車に昼寝用の布団を積んで保育園にやって来て、保育士にある荷物を頼んで帰ったようだ。
それがみずほにとって最大の汚点になったとのことだったのだ。


 『いわきみずほちゃん居ますか?』
そう言ったのはカッコいい男性の保育士だ。

『ハーイ!』
みずほは嬉しくなって大きな声を出した。

『はい。忘れ物だよ』
その言葉に何だろうと思いながら荷物を開けてみると、中から大量のオムツが出てきたそうだ。
みずほは真っ赤になり、泣き出した。

『オムツなんてもう卒業したもん』
小さな声でそう言いながら……


 カッコいい保育士に笑われた。そのことがみずほの心を傷付けた。
そして……
あまりにも泣き過ぎて……お漏らしをしてしまったのだった。
久しぶりの失敗にみずほは戸惑い、余計に泣き出してしまった。
でも磐城君にそんなこと解る訳がない。
その時磐城君は、近所の友達とおもちゃの取り合いをしていたのだった。
だからそれどころではなかったのだった。
カッコいい保育士はみずほのお漏らしに気付き、すぐにみずほにオムツをあてがえた。


 『良かったね。お祖母ちゃんにありがとうだね』
保育士はそう言いながら、みずほを抱きかかえだ。

『ミーちゃんのじゃないのにー!』
みずほは余計に泣きだしてしまったのだった。

『いわきみずほちゃん、居ますか?』
余りにみずほが泣くので保育士はもしやと思い部屋の中で遊んでいた園児に声を掛けてみたようだ。
その時。磐城君が手を挙げた。そう二人とも名前がいわきみずほだったのだ。

みずほは磐城君を睨んだ。
そのことで磐城君はみずほを恐い女の子だとインプットしてしまったようだ。
そんな二人が何故恋人同士に? やっぱりそれは私にも謎だった。
キュンバクのなり染めは良く解らないかったが、みずほと磐城君は近距離恋愛の真っ最中だったのだ。近距離恋愛なんて古いかな? そう二人は幼なじみに恋をしているのだ。


 エースと私の交際は順調だった。
そんなある日、みずほが瑞穂君から貰ったと言って、コンパクトを見せてくれた。どうやら瑞穂君は学校には内緒でアルバイトをしているようだ。
それが何なのか判らないが、きっとヤバい仕事かも知れないと思っていた。でも喜んでいるみずほに対してそんなこと言える訳がなかった。
みずほはコンパクトで化粧する訳でもなく、鏡越にラブコンタクトをしているらしい。
つまりウインクだ。
私はみずほの行為が羨ましくなって、彼に手鏡をねだってみた。でも彼は合わせ鏡を贈ってくれた。
そして私もみずほを真似てみた。すると彼が顔を赤くしながら喜んでくれた。
私達もみずほと磐城君のようにラブラブになれたのだ。


 そんなある日。
学校で集まりがあったようで継母が教室にいた。私は一緒に帰れると思って近付いた。でももう一人傍に寄って来た人がいた。


 「やっぱり……」
そう言ったのは担任だった。私は慌てて陰に隠れた。何かがあると直感し、見ないほうが良いと思ったからだった。
私の姿を見ると継母も担任も戸惑うと思ったのだ。

「入学式の時から気になっていた。あれからどうしてた?」

(ん? もしかしたら二人は知り合い?)
頭の中で思考が駆けまくる。やはりそうだったのかと思いつつ、好奇心で二人を見ている私がいた。

(きっと恋人同士だったんだ。そんな二人の仲を父が裂いた?)
私は父が急におぞましく感じていた。
だって父は私の世話をさせる目的で継母に近付いたのだ。まるで家政婦のような扱いだったから常日頃から疑問に感じていたのだ。
父は継母に家のことを全部任せっぱなしだった。そのくせ質素な食事しか与えなかった。
だから継母は短期間でやせ衰えてしまったのだ。
だから担任も最初は判らなかったのではないだろか?
でも父は親戚の集まりでそのことを公表しなかった。
結婚したばかりの妻を濃き使っているなんて言えなかったのだ。
だから継母は陰で、財産目当て結婚したのだなどと言われていたのだ。
そんな人じゃないことは一緒にいる私が良く知っている。家事一切やってくれるし、私の勉強もみてくれる。継母は本当にいい人だったのだ。


 私は父が継母を連れて帰って来た日、市役所に提出する婚姻届けに記入する現場を目撃した。
だから継母は納得して結婚しているものだと思っていた。本当はよりによってこんな人と……なんて馬鹿にしていたのだ。
父はお世辞にも格好いいなんて言えない。だからちょっと同情していたのだ。

『お母さん』
だから私は歳の近い姉のような継母を親しみを込めてそう呼んだのだ。
継母も本当の娘にように私を可愛がってくれた。
だからみずほに継母を褒め称えた。私は継母が大好きな振りをしていたのだ。
そうしないと可哀想だったからだ。父のような傲慢な男性に嫁いでしまった継母に優しく接してあげたくなったからだった。


 私は去年。上熊谷駅近くにある星川の灯籠流しの時に道に迷って、一つ中に入った道をうろうろしたことがあった。その時、イワキ探偵事務所なる手書きの看板を見た。
初めてだったから興味が湧いた。
探偵事務所と言ったら、殺人事件をスマートに解決させたりするテレビドラマの中だけの職業だと思っていた。だから本当にあったんだと、感激したことを覚えいる。

だから調べてみたんだ。そしたら、浮気の現場などを押さえる仕事殆どだと書いてあった。
だからどのように継母を手入れれたのか、何時か調べてみたいと思っていたんだ。
勿論継母を貶めるためなんかじゃない。その反対に、庇ってやりたくなったのだ。


 入って良いのか解らず、私はイワキ探偵事務所の周りを彷徨いていた。
そんな時見覚えのある顔が近付いて来た。
それはみずほの彼である磐城君だった。私は慌ててアパートの陰に隠れた。

(何で磐城君が此処にいるの?)
その答は自ずとイワキ探偵事務所に行き着く。
磐城君はイワキ探偵事務所でアルバイトをしているのかも知れない。
そこで私は私なりの行動してみることにした。
つまり尾行だ。
素人が探偵の後を付けるなんて馬鹿野郎のやることだ。でも好奇心を押さえられなかったのだ。


 磐城君は女装もしていた。
私がその事実を知ったのは、イワキ探偵事務所に依頼した浮気現場押さえの当日だった。
探偵事務所って言う名で勘ぐってはいたけれど、まさか彼処で女装している磐城君を目撃するとは……

磐城君のオジサンは元警察官で、自分の探偵事務所を構えていた。
私はそのイワキ探偵事務所に、継母に成り済まして、恋人の素行調査を依頼したのだ。


 継母の保険証を無断で借りた。
何時も財布の中に入っていることは調査済みだったからだ。
そしてバッチリメイクを決めて、歳を誤魔化したのだ。


 『結婚を約束した恋人が最近冷たい。浮気をしているかどうか調査してほしい』
私は継母の保険証を提出しながらそう言った。
其処の探偵は本人の物だと思い込んだようだった。
その恋人こそが、継母と浮気させたい相手の担任だったのだ。
そう……
まだその時は二人共戸惑っているだけだったのだ。


 私はイワキ探偵事務所に担任の素行調査を依頼してから毎日継母の行動を監視した。
そして遂にあの日になったのだ。


その日父は泊まりがけの出張だった。
家に帰らないことを知っていたからこそ、この日を選んだ訳だ。


私は友達と映画を見に行くと嘘をついた。
その時わざとチケットを忘れたのだ。
継母がそのことに気付いて、届けてくれることを期待して……


担任には、チケットの片方が届く工夫をした。
そして映画館の前で二人の到着を待ったのだ。


 継母はグレーのスーツだった。
実はそれは私からのプレゼントだった。
目立たない服装を見て、それほどまでに担任を愛しているとだ探偵に感じさせるためた贈った物だった。
担任は紺の上下。
普段のジャージ姿より断然格好いい。
もうそれだけで作戦は成功したと言えた。


担任の甘い言葉に心が解放される。
私はそう願っていた。


次第に打ち解けて恋人のように振る舞ってくれたなら嬉しい。
私は本気でそう思い願っていた。


映画館のチケットは、時間指定はあっても指定席ではない。
それでもそれをあえて用意した。
担任に、母を誘ってもらいたかったからだ。案の定打ち解けたらしい二人はラブホに入って行った。
私はハラハラしながら、二人の行動を見守った。
その時、磐城君を見たのだ。でも最初は誰だか判らなかった。でも次に現れたのが学生服に着替えていたから解ったのだ。


 私はみずほに女装した磐城君を見たことを告白していた。
だって磐城君、物凄く可愛かったんだ。
そんな秘密を独り占めには出来なかったのだ。
そして二人で磐城君の後を付けたのだった。

「ねえ、言った通り磐城君可愛いでしょ?」

「うん。本当に……」

「ねえみずほ。後で強請ってやろうか」
私がそう言うとみずほと笑った。


 磐城君のオジサンは元警察官で、自分の探偵事務所を構えていることもみずほに喋っていた。
私達はそのイワキ探偵事務所を見張ったのだった。


 やはりみずほの彼はイワキ探偵事務所でアルバイトをしていた。
みずほはその事実を知らなかった。

「もしかしたらこれ」
そう言いながらみずほは磐城君から贈られたコンパクトを握りしめた。




 私は登校する前に二人の浮気現場の写真を父に見せた。
私の世話をしたくないから結婚間近の恋人がいる部下をレイプした父を許せなかったのだ。
しかもその相手がこともあろうに私の担任だったのだ。
私は父が許せなかったのだ。だから心臓麻痺を起こしてやろうとしたのだ。
朝、父は苦しいそうだった。それが本当に死に結び付くかは運次第だ。
私は授業中落ちつかなかった。
本当は父に死んでもらいたくはない。
継母を恋人である担任に返してくれたらいいのだ。
そんな時、教室のドアが開いた。


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