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相棒誕生・磐城瑞穂
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俺はまず、原田学の着けていたゴールドスカルのペンダントヘッドを見つけたことを話した。
それを聞いただけで叔父の態度が変わった。
叔父は、原田学の霊を慰めるには犯人を見つけてやることだと思ったようだ。
其処で女子会潜入って話になった。
でも叔父さんの女装なんて見られたもんじゃない。
結局俺だけ……
でもなかった。
若くてチビの、女装にうってつけなのがもう一人目の前にいた。
それは木暮悠哉だった。
木暮はスポーツマンには似合わない草食系で、良く女性と間違えられていたのだった。
木暮は快諾した。
そこで、叔母さんの三面境の前で、二人は女装してみることになった。
実はそれは木暮が言い出したことだった。
『女子会って確か、大分前になるけどの流行語だったよね。俺、一度行ってみたいと思っていたんだ』
木暮はあっけらかんと言ったんだ。
俺はあの時の、木暮がチラシをポケットに入れたことが気になっていたのだ。
その理由はこれだったのかも知れない。
俺一人でもやるつもりだった。
だけど二人なら心強い。
「本当は、俺も一度女装してみたいなと思っていたんだ」
「もしかして、そのまま女子会……ううん、その辺を歩こうって言うんじゃないよね」
「当り。良く解ったね」
「えっー!?」
叔父と同時に言った。
それほど驚いたのだ。
俺より少しだけ背の高い木暮の唇が俺の耳元に迫ってくる。
俺はその途端にフリーズした。
「よろしく相棒」
木暮はそう言った。
俺達はその時から相棒になってしまったのだった。
勿論、この事件が解決するまでの話だ。
「高校生の女装探偵か? あぁー校則が……」
俺は頭を抱えて事務所の椅子に凭れ込んだ。
「よっしゃー、瑞穂。その骨は俺が拾ってやる。思いっきりやってこい」
叔父までもが発破をかける。
『瑞穂、サッカーなんか辞めて此処を手伝ってくれ』
何時か叔父の言ったことを思い出して俺は震えた。
俺からみずほとサッカーを取ったら何も残らない。
みずほが亡くなった今、俺にはサッカーしかない。
それを知りながら……
俺には目の前にいる二人が悪魔のように映っていた。
俺は彼女の身辺を捜査することにした。
勿論叔父さんから許可をもらってからだ。
スキンヘッド男性の依頼がまだ生きていたせいもあったからだ。
『なぁ瑞穂どうする? 手打ち金貰っちゃったよ。返さなくちゃダメかな?』
あの時叔父さんは言ってた。
『そのお金で事件の真相を掴もうよ』
俺はそう言って、叔父さんを説得したんだ。
とりあえず、女子会潜入するまでには何らかの結論を出したいと思ったのだ。
それには今動かないといけないと考えたのだ。
サッカー部の練習を無難にこなして、俺はMAIさんが住んでいたという美容師へ足を運んだ。
でも其処にはいるはずもなかったのだ。
MAIさんはヘアーメイクアーチストだったから大変だった。
仕事場が東京なのだ。
まさか高校を休んでまでやれる訳がない。
それこそ、校則違反だと追求されることだろう。
女子会までには何と結果を出したい。
そんな思いが空回りしていた。本当は何が起こるかも知れないから女子会だけはスルーしたかったのだ。
そんな時、原田学の葬儀に出席していた彼を見つけた。
首にはまだあのゴールドスカルのペンダントヘッドをしていた。
(まだMAIさんの物だと知らないのかな?)
俺はそれが気掛かりだった。
俺はMAIさんの代わりに彼の後を着けることにした。
着いた場所は音楽スタジオだった。
俺は叔父に見習って、茂みに隠れることにした。
(やっぱりロックのミュージシャンだな)
普通にそう思っていた。
(こんな場で練習しているんだ。一度中に入ってみたいな)
俺は何故かミーハーな気分になっていた。
その時メールがきた。
――今何処?――
それは木暮だった。
――良く解らないけど、駅の近くの音楽スタジオ――
――其処で何をしているの?――
――ゴールドスカルの――
其処で終わった。
「其処で何をしているんだ」
突然背後から声を掛けられた。
(ヤバい。きっと変質者に間違えられたんだ)
俺は恐る恐る声のする方を振り向いた。
「あれっ、磐城君か?」
「なあんだ、刑事さんだったのですか?」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
でもことはそれでは済みそうもない雰囲気だった。
「説明してもらうよ」
今回だけはヤバいと思った。
叔父にはあんなに慎重に行動しろと言われていたのに。
「瑞穂お待たせ」
その声に驚いて振り向いた。
「駅の近くの音楽スタジオで待っていてくれと言っただろう? 何でこんな所にいるんだ?」
それは木暮だった。
木暮が助け船を出してくれたのた。
(助かった!!)
本気でそう思っていた。
「だからあれほど行動は慎重にと言ったんだ」
叔父は一応警察の取調室に運ばれた俺の身元を引き取ってから言った。
「アイツは俺の同僚だったから今回は大目に見てくれたけど……」
「俺、口惜しいです。幾ら彼処で待ち合わせたって言ったって全然聞いてくれなかった。警察って、そう言う所なんですか?」
木暮は今にも泣きそうだった。
無理はない。
俺を警察に連行したのがボンドー原っぱの葬儀会場にいた刑事だったからだ。
俺だってショックだ。
本当に信頼していたからだ。
俺は木暮に救われたと思っていた。
でも現実は厳しかった。
「ああ、そうだよ。被害者がいるんだよ。まずその人を守らなければいけないんだよ」
「被害者って?」
「詳しいことは解らないけど、どうやらストーカーのようだ」
「ストーカー!?」
俺の霊感が何かを察知した。
俺は慌ててみずほのコンパクトを握り絞めた。
「みずほが泣いてる」
「あのコンパクトか?」
俺は頷きながら、それを開けた。
「確かに熱いな。これって?」
「木暮の兄貴の意識を感じた時もそうだった。木暮はみずほの幼馴染みだろ? だからきっと……」
俺は皆の見ている前で泣き出した。
「ストーカーって? あの男性にかな?」
やっと泣き止んで、聞いた。
「そりゃ、どう言う意味だ?」
「いや、実はコイツの兄貴の奥さんもストーカー被害に会っていたらしいんだ」
「そんなことがあったんか?」
叔父は木暮のことを見て聞いた。
「いや、そんな話聞いたこともない」
木暮は頭を振りながら答えた。
「ごめん。それもこの、みずほのコンパクトが見せてくれたんだ。木暮の兄貴の意識の中では、確かに存在していた。帽子を目深に被った鋭い目をした男性が……」
「男性だったのか?」
「そうだよ。ソイツは木暮の奥さんのストーカーだった。だからソイツから奥さんを守ろうとして、木暮の兄貴はあのゴールドスカルのペンダントヘッドに憑依したんだよ」
俺はまだ言ってなかった木暮の兄貴の愛を語っていた。
「兄貴……」
木暮はコンパクトの《死ね》の文字を見つめながら呟いた。
「みずほだって、瑞穂にこんなに愛されている。だから信頼して、真実を伝えてくれたんだな」
木暮の言葉がやけにこそばゆい。
俺は照れ隠しに、台所に行った。
「叔父さん。俺、あのラーメンが食いたい」
「そう言えばお腹が空いたな? よっしゃー腕を振るうか?」
「腕って? インスタントラーメンでしょ?」
「それを言われたら、元も子もない」
「木暮、叔父さんの作るラーメンは奥さん直伝の絶品なんだよ」
「何だ瑞穂。さっきコケにしたかと思ったら今度は持ち上げか?」
叔父は笑いながら台所に向かった。
「奥さんはこの人に殺された可能性が高いんだ」
叔父が台所に立っている間に携帯に保存した画像を見せることにした。
何処で、この人に出会すかも知れないからだ。
「あのワンピースの持ち主だった人でしょう? 随分若い時に殺されたんだね」
「そうだね。このアパートがまだ新しかった頃だった。叔父さんの結婚式に出席して驚いたんだ。警察には結婚式に正装の式服をレンタルしてくれる仕組みがあるんだって」
「えっ、正装の式服? そりゃ格好いいね」
「でも暫くして奥さんは殺された。その時、近所の人が目撃したのがこの人なんだ。だから叔父さんはこの人を追っているんだ。本当は犯人ではないことを信じながら……」
「瑞穂と同じように叔父さんも辛い人生を送ってきたんだな」
木暮の言葉に頷いた。
「はい、出来たよ」
叔父は新聞紙の上に鍋を乗せた。
「磐城家特製、ごちゃ混ぜラーメン」
「何だそりゃ?」
「奥さんが間違えて二種類のラーメンを買って来たんだって。叔父さんはそんな奥さんが大好きなんだよ」
俺の説明に木暮は吹き出した。
「別々に茹でれば良いだけだな」
「それを言っちゃ叔父さんが可哀想だ。大切な想い出なんだから……」
俺の言葉を聞いて木暮は俯いた。
俺達は鍋のラーメンを分け合って食べた。
「何だか同じ釜の飯って感じだね」
「そうだな。これで絆が深まれば嬉しいなー」
「こら、それは俺の玉子だ」
叔父のしんみりとした言葉を聞きながら、容赦ない具の奪い合いが勃発しようとしていた。
「お前ら、相棒なんだろう!?」
呆れたように叔父が言った。
俺は木暮の兄貴の奥さんが一週間後にカフェ主催の女子会に現れると予想した。
勿論ゴールドスカルのペンダントヘッドを着けていた男性はあの店に入れないこと確かだった。
俺達のように女装すれば別だけど……
きっとMAIさん達は原田学のことも話題にすることだろう。
あの男性の噂話が事実なら、MAIさんは原田学の恋人だと言われているのだ。
俺はそれを知りたい。
そして原田学を殺した犯人も確かめたかったのだ。
だから女装して二人分予約しておいたのだ。
今回限りの相棒となった木暮は、女装に馴れるために部活終了後にイワキ探偵事務所に寄るようになった。
元々女性と間違われていた木暮はどんどん可愛くなっていく。
『うん。何処から見ても完璧だ』
叔父も太鼓判を押していた。
でも木暮は面白がって俺にちょっかいを出す。
みずほのことを良く知っている木暮だからこそ出来る様々な誘惑方法を使って……
恋と言う名の海に沈んでいる俺を浮き上がらせようとしている。
本当は有り難迷惑なんだけど、木暮の優しさに救われているんだ。
MAIさんの身辺を捜査は叔父からの情報だ。
売れっ子のヘアーメイクアップアーチストだからネットですぐ解るらしい。
だから俺は、あのペンダントヘッドをしていた男性に密着出来るのだ。
それでも遠巻きに見張るくらいしか打つ手はなかった。
警察に又連行されでもしたら、諦めるよりないからだ。
そしてとうとうカフェ主催の女子会の当日になっていた。
何故このようにしてまで女子会に潜入するのか?
答えはきっと其処に集まる女性達が証してくれるはずだ。
俺は男性抜きになった時の本音を聞きたくて危険を承知で挑むことにしたのだ。
何時ものように叔母さんの三面境の前で、二人は女装した。
実はそれは木暮が言い出したことだった。
『叔母さんの力も借りよう』
って――。
『今でも叔父さんは奥さんを愛しているんだろう? 今は叔父さんの危機でもあるんだから、きっと助けてもらえるはずだ』
木暮は強気だった。
『この前も言ったけど、女子会って、一度行ってみたいと思っていたんだ』
結びにそう言った。
俺はあの日、原田学から許可をもらって携帯に入れた画像をチェックした。
この前、カフェで会ったのが本当に彼女だったか確かめるためだった。
念には念を入れる。それが叔父のポリシーだ。
だから俺も見習いたかったのだ。
一応仕事だと言うことで、叔父の車で送ってもらえることになった。
叔父も駐車違反にならない程度に移動しながら見守ってくれてる。
俺にはそれだけでも心強かった。
事務所から近いからあの日有美と此処に来た。
その時百合子と千穂を目撃して、女装探偵になった思い出のカフェだった。
「此処かい、千穂ちゃんの会話を録音したカフェって?」
叔父が聞く。
俺は黙って頷いた。
叔父からあれこれ注意をうける。
傍にいて録音するだけ、深入りは絶対に禁物。
そんなとこだった。
解りきっていた。だから適当に頷いた。
もし何かしらの録音出来たとしても、証拠能力はなかった。
それでも俺は原田学と木暮の兄貴のために遣りたかったのだ。
「よし、行くか」
俺達は女子会の始まる五分前に車から降りた。
勢い良く出掛けたままなら良かった。
カフェに入った途端、急に木暮が色気付いた。
初めての女装での外出、しかもあちこち可愛い娘だらけ……
日頃女っ気の全くない木暮は舞い上がってしまったのだった。
そうだった。
俺は肝心なことを忘れていた。
木暮の高校は男子校だったのだ。
俺はそんな木暮を精一杯フォローしながら、何とか彼女達の隣の席に着いた。
聞き耳を立てながらレコーダーのスイッチを入れる。
これでひとまず終了。
後は真っ赤になっている木暮をなだめなくてはいけない。
俺は小さくため息をついた。
「ところでさー。原っぱって此処出身だったっけ?」
誰かが言った。
(始まったー!)
って思った。
葬儀は約一週間前だ。
当然と言える発言だったのだ。
(あれっ!? 皆知らないのかな?)
そう言えば不思議だ。
斎場は此処だった。
だから此処の出身のはずなのだ。
それなのに何故あんなことを言ったこだろうか?
ふとそんな疑問が浮かんだ。
「違うと思うよ」
もう一人が言った。
その言葉に興味を持った俺は更に聞き耳を立てた。
「確か此方に母親が住んで居るとか居ないとか?」
「どっちなのよ」
「うーん、解らない」
(違う、母親だけじゃない。金魚の糞状態だった木暮を原っぱは知っていたのに……)
俺は影の薄い原田学が急に哀れになっていた。
「でも情けない無いね、あんなチョンボで死ぬなんて」
「チョンボ?」
「そうだよ、大チョンボ。電車降りる時に何かが挟まって引き摺られたってことらしいよ」
(えっ!?)
俺は愕然とした。
原田守は上りの電車からゴールドスカルのペンダントヘッドを掴まれた状態で下ろされたのだ。
何故そのことを知らないのか不思議だった。
ま、それは警察でも情報が得られなかった事実だからしかたないことだった。
「へー、知らなかった。私全く興味なかったからね。でも一体誰から聞いたの?」
「確か麻衣(まい)だった。そうよね麻衣?」
「えっ、何の話?」
やっと登場した麻衣と名乗る女性。
彼女だった。
MAIさんの名前は麻衣と言うのだそうだ。
叔父が見ていたネットに書いてあった。
「さっきから何の話してるの?」
「だからさー、原っぱがどんな死に様かってことよ」
「止めようよ、そんな話。お酒が不味くなる」
あっけらかんと彼女が言う。
「あら、いいの? 確か麻衣って原っぱの彼女じゃなかったっけ?」
「変なこと言わないで、彼が気を悪くするわ。もしかしたらあんた達ね。デタラメな噂流したのは?」
「デタラメねぇ」
そう言った女性は笑っているようにも思えた。
『実は俺の彼女、原田の恋人だったらしいんだ。何だか気になってさ。だから君達が何か知っているのかなと思ってさ』
一週間前此処でそう言ってた麻衣の彼氏。
噂の出所はやはり彼女達の誰かなんだろうか?
でも俺は知っている。
ボンドー原っぱの彼女が誰なのかと言うことを。
それは此処にいる麻衣と名乗る女性だった。
(あれっ、本当にそうなのか? 証拠はあの写真だけだ。そうだ、ボンドー原っぱの言葉を鵜呑みにしただけかも知れない?)
それに気付いて俺は急に意気消沈した。
「そう言えば麻衣? 仕事は大丈夫なの?」
(仕事!? そう言えば、売れない時期を支えてくれたとか、だったな。彼女の仕事は確か、スキンヘッドもお得意なヘアーメイクアーチストだなったな?)
「あっ、大丈夫よ。母が行ってくれてるから」
彼女はそう言った。
(へえー、親子でできる仕事か? そう言うのいいな)
俺は単純にそう思っていた。
次の言葉を聞くまでは……
「やっぱり美容師は良いわよね。麻衣のとこ親子二代だから、試験も簡単だったんじゃないの」
「まあね、だって小さい時から叩き込まれていたからね。私の夢も知っていたから応援したくなったんだって」
さも当たり前のようにMAIさんが言った。
「だから彼に尽くせる訳か? 東京の美容院も盛況らしいし……」
「うん。でも元彼の方が本当は良かったみたい」
「元彼って原っぱ?」
「違うよ。全くもうー」
MAIさんはウンザリって感じで言った。
(そう言えば叔父さんが、ヒモのことを髪結い屋の女房とか言っていたな。昔っからの言い伝えらしいけど、今でもそうなんだ)
俺はMAIさんを彼氏思いの良い奴だと思った。
でも……
次の瞬間、あのボンドー原っぱの言葉が脳裏をかすめた。
『気が付いたらこんな頭になっていた』
と言ったことを――。
(嘘だろ? 嘘に決まっている)
俺はあの時そう思っていた。
第一、知らない間にそんな頭になっていたとしたら怖すぎる!?
(でも、もしかしたら本当かもな?)
そう……
ボンドー原っぱの怖がり方が尋常ではなかったからだ。
(そうだよ。ヘアーメイクアーチストならスキンヘッドは出来る。だから木暮の兄貴も……)
その途端に俺の頭の中で何かが弾けた。
(えっ、嘘ー!? ヘアーメイクアーチストって美容師のことだったのか!?)
次の瞬間俺は震え上がった。
「あっ、あっー!?」
俺は大きな声を張り上げて、男に戻っていた。
「えっ何? 何!?」
「今の何!?」
店内が急に騒がしくなった。
(あ、ヤバい!?)
そう思っても後の祭りだった。
木暮も俺の態度に目をひん剥き、声も出ないほど驚いていた。
俺は我に返り、慌てて木暮の手を引いて席を立とうとした。
「ちょっと待って」
MAIさんが俺達を阻んでいた。
俺はそれを払い除けようとして、あろうことかMAIさんのお腹を触っていた。
「あっ!?」
それは凄まじいほどの衝撃だった。
俺は木暮を連れて外へと飛び出した。
店内中に、男子禁制の女子会に潜入したことがバレバレになる。
それでも俺はそうさずにはいられなかったのだ。
あの衝撃が何なのか……
俺はまだMAIさんの哀しみを知るよしもなかった。
店の前で叔父の車を探した。
急いで其処から離れたかったのだ。
でもこんな時に限って見つからない。
俺は途方に暮れて地べたに座り込んだ。
其処へやっと叔父の車がやって来た。
俺はガタガタ震えながら車に乗り込んだ。
「叔父さん悪い。警察に行って!!」
俺は声を張り上げた。
「そんな格好で行ける訳ないだろう!! それとも退学になりたいんか!?」
珍しく叔父が怒鳴っていた。
「彼処には同僚もいるんだ。少しは冷静になれ。瑞穂、今は駄目だ。一旦家に帰ろう」
その後で叔父は俺は諭すように言った。
でも、聞く耳を持っていなかった俺は暴れた。
「木暮君、何をしてる。瑞穂を押さえろ!」
仕方なく木暮は俺の体を抱き締めた。
木暮の鬘が鼻を擽る。
その瞬間みずほを思い出して、俺は木暮に抱き付いていた。
「気持ちワルー」
木暮が頭を振っている。
それでも、しっかり抱いていてくれた。
ふと我に返る。
アパートの小さな風呂の中で、木暮が心配そうに覗き込んでいた。
背中合わせに入ったバスタブから湯が溢れ、少しずつ気持ちが解れていく。
小窓から外を見ると、あの日と同じように月が照らしていた。
涙と寒気と恐怖。
それでも、それらが交互に俺に襲いかかってくる。
風呂から上がって事務所に行くと、原田守の告別式であった刑事が俺を待っていてくれた。
「コイツは俺の元同僚の桜井だ」
そう叔父から紹介された。
「あっ、どうも」
俺はそう言うのがやっとだった。
俺はまず、録音したテープをその桜井刑事に聴かせた。
「これは?」
桜井刑事が言った。
「彼女達の会話を無断で録音しました。証拠にはなりませんが、参考になるかと思いまして」
この手の類いは裁判での証拠採用には程遠い。
それ位判っていた。
それでも聴いてもらいたかったのだ。
「思い出したのです。ボンドー原っぱが、あの日言った言葉を。彼は『気が付いたらこんな頭になっていた』と言っていました。その瞬間、美容師だったらスキンヘッドに出来ると思ったのです」
俺はやっと言いたいことを言った。
「名前は麻衣。美容師で、多分この地域で母親が開業していたはずです」
「容疑者はこの人だと言いたいのかな?」
刑事の言葉に俺は頷いた。
それを聞いただけで叔父の態度が変わった。
叔父は、原田学の霊を慰めるには犯人を見つけてやることだと思ったようだ。
其処で女子会潜入って話になった。
でも叔父さんの女装なんて見られたもんじゃない。
結局俺だけ……
でもなかった。
若くてチビの、女装にうってつけなのがもう一人目の前にいた。
それは木暮悠哉だった。
木暮はスポーツマンには似合わない草食系で、良く女性と間違えられていたのだった。
木暮は快諾した。
そこで、叔母さんの三面境の前で、二人は女装してみることになった。
実はそれは木暮が言い出したことだった。
『女子会って確か、大分前になるけどの流行語だったよね。俺、一度行ってみたいと思っていたんだ』
木暮はあっけらかんと言ったんだ。
俺はあの時の、木暮がチラシをポケットに入れたことが気になっていたのだ。
その理由はこれだったのかも知れない。
俺一人でもやるつもりだった。
だけど二人なら心強い。
「本当は、俺も一度女装してみたいなと思っていたんだ」
「もしかして、そのまま女子会……ううん、その辺を歩こうって言うんじゃないよね」
「当り。良く解ったね」
「えっー!?」
叔父と同時に言った。
それほど驚いたのだ。
俺より少しだけ背の高い木暮の唇が俺の耳元に迫ってくる。
俺はその途端にフリーズした。
「よろしく相棒」
木暮はそう言った。
俺達はその時から相棒になってしまったのだった。
勿論、この事件が解決するまでの話だ。
「高校生の女装探偵か? あぁー校則が……」
俺は頭を抱えて事務所の椅子に凭れ込んだ。
「よっしゃー、瑞穂。その骨は俺が拾ってやる。思いっきりやってこい」
叔父までもが発破をかける。
『瑞穂、サッカーなんか辞めて此処を手伝ってくれ』
何時か叔父の言ったことを思い出して俺は震えた。
俺からみずほとサッカーを取ったら何も残らない。
みずほが亡くなった今、俺にはサッカーしかない。
それを知りながら……
俺には目の前にいる二人が悪魔のように映っていた。
俺は彼女の身辺を捜査することにした。
勿論叔父さんから許可をもらってからだ。
スキンヘッド男性の依頼がまだ生きていたせいもあったからだ。
『なぁ瑞穂どうする? 手打ち金貰っちゃったよ。返さなくちゃダメかな?』
あの時叔父さんは言ってた。
『そのお金で事件の真相を掴もうよ』
俺はそう言って、叔父さんを説得したんだ。
とりあえず、女子会潜入するまでには何らかの結論を出したいと思ったのだ。
それには今動かないといけないと考えたのだ。
サッカー部の練習を無難にこなして、俺はMAIさんが住んでいたという美容師へ足を運んだ。
でも其処にはいるはずもなかったのだ。
MAIさんはヘアーメイクアーチストだったから大変だった。
仕事場が東京なのだ。
まさか高校を休んでまでやれる訳がない。
それこそ、校則違反だと追求されることだろう。
女子会までには何と結果を出したい。
そんな思いが空回りしていた。本当は何が起こるかも知れないから女子会だけはスルーしたかったのだ。
そんな時、原田学の葬儀に出席していた彼を見つけた。
首にはまだあのゴールドスカルのペンダントヘッドをしていた。
(まだMAIさんの物だと知らないのかな?)
俺はそれが気掛かりだった。
俺はMAIさんの代わりに彼の後を着けることにした。
着いた場所は音楽スタジオだった。
俺は叔父に見習って、茂みに隠れることにした。
(やっぱりロックのミュージシャンだな)
普通にそう思っていた。
(こんな場で練習しているんだ。一度中に入ってみたいな)
俺は何故かミーハーな気分になっていた。
その時メールがきた。
――今何処?――
それは木暮だった。
――良く解らないけど、駅の近くの音楽スタジオ――
――其処で何をしているの?――
――ゴールドスカルの――
其処で終わった。
「其処で何をしているんだ」
突然背後から声を掛けられた。
(ヤバい。きっと変質者に間違えられたんだ)
俺は恐る恐る声のする方を振り向いた。
「あれっ、磐城君か?」
「なあんだ、刑事さんだったのですか?」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
でもことはそれでは済みそうもない雰囲気だった。
「説明してもらうよ」
今回だけはヤバいと思った。
叔父にはあんなに慎重に行動しろと言われていたのに。
「瑞穂お待たせ」
その声に驚いて振り向いた。
「駅の近くの音楽スタジオで待っていてくれと言っただろう? 何でこんな所にいるんだ?」
それは木暮だった。
木暮が助け船を出してくれたのた。
(助かった!!)
本気でそう思っていた。
「だからあれほど行動は慎重にと言ったんだ」
叔父は一応警察の取調室に運ばれた俺の身元を引き取ってから言った。
「アイツは俺の同僚だったから今回は大目に見てくれたけど……」
「俺、口惜しいです。幾ら彼処で待ち合わせたって言ったって全然聞いてくれなかった。警察って、そう言う所なんですか?」
木暮は今にも泣きそうだった。
無理はない。
俺を警察に連行したのがボンドー原っぱの葬儀会場にいた刑事だったからだ。
俺だってショックだ。
本当に信頼していたからだ。
俺は木暮に救われたと思っていた。
でも現実は厳しかった。
「ああ、そうだよ。被害者がいるんだよ。まずその人を守らなければいけないんだよ」
「被害者って?」
「詳しいことは解らないけど、どうやらストーカーのようだ」
「ストーカー!?」
俺の霊感が何かを察知した。
俺は慌ててみずほのコンパクトを握り絞めた。
「みずほが泣いてる」
「あのコンパクトか?」
俺は頷きながら、それを開けた。
「確かに熱いな。これって?」
「木暮の兄貴の意識を感じた時もそうだった。木暮はみずほの幼馴染みだろ? だからきっと……」
俺は皆の見ている前で泣き出した。
「ストーカーって? あの男性にかな?」
やっと泣き止んで、聞いた。
「そりゃ、どう言う意味だ?」
「いや、実はコイツの兄貴の奥さんもストーカー被害に会っていたらしいんだ」
「そんなことがあったんか?」
叔父は木暮のことを見て聞いた。
「いや、そんな話聞いたこともない」
木暮は頭を振りながら答えた。
「ごめん。それもこの、みずほのコンパクトが見せてくれたんだ。木暮の兄貴の意識の中では、確かに存在していた。帽子を目深に被った鋭い目をした男性が……」
「男性だったのか?」
「そうだよ。ソイツは木暮の奥さんのストーカーだった。だからソイツから奥さんを守ろうとして、木暮の兄貴はあのゴールドスカルのペンダントヘッドに憑依したんだよ」
俺はまだ言ってなかった木暮の兄貴の愛を語っていた。
「兄貴……」
木暮はコンパクトの《死ね》の文字を見つめながら呟いた。
「みずほだって、瑞穂にこんなに愛されている。だから信頼して、真実を伝えてくれたんだな」
木暮の言葉がやけにこそばゆい。
俺は照れ隠しに、台所に行った。
「叔父さん。俺、あのラーメンが食いたい」
「そう言えばお腹が空いたな? よっしゃー腕を振るうか?」
「腕って? インスタントラーメンでしょ?」
「それを言われたら、元も子もない」
「木暮、叔父さんの作るラーメンは奥さん直伝の絶品なんだよ」
「何だ瑞穂。さっきコケにしたかと思ったら今度は持ち上げか?」
叔父は笑いながら台所に向かった。
「奥さんはこの人に殺された可能性が高いんだ」
叔父が台所に立っている間に携帯に保存した画像を見せることにした。
何処で、この人に出会すかも知れないからだ。
「あのワンピースの持ち主だった人でしょう? 随分若い時に殺されたんだね」
「そうだね。このアパートがまだ新しかった頃だった。叔父さんの結婚式に出席して驚いたんだ。警察には結婚式に正装の式服をレンタルしてくれる仕組みがあるんだって」
「えっ、正装の式服? そりゃ格好いいね」
「でも暫くして奥さんは殺された。その時、近所の人が目撃したのがこの人なんだ。だから叔父さんはこの人を追っているんだ。本当は犯人ではないことを信じながら……」
「瑞穂と同じように叔父さんも辛い人生を送ってきたんだな」
木暮の言葉に頷いた。
「はい、出来たよ」
叔父は新聞紙の上に鍋を乗せた。
「磐城家特製、ごちゃ混ぜラーメン」
「何だそりゃ?」
「奥さんが間違えて二種類のラーメンを買って来たんだって。叔父さんはそんな奥さんが大好きなんだよ」
俺の説明に木暮は吹き出した。
「別々に茹でれば良いだけだな」
「それを言っちゃ叔父さんが可哀想だ。大切な想い出なんだから……」
俺の言葉を聞いて木暮は俯いた。
俺達は鍋のラーメンを分け合って食べた。
「何だか同じ釜の飯って感じだね」
「そうだな。これで絆が深まれば嬉しいなー」
「こら、それは俺の玉子だ」
叔父のしんみりとした言葉を聞きながら、容赦ない具の奪い合いが勃発しようとしていた。
「お前ら、相棒なんだろう!?」
呆れたように叔父が言った。
俺は木暮の兄貴の奥さんが一週間後にカフェ主催の女子会に現れると予想した。
勿論ゴールドスカルのペンダントヘッドを着けていた男性はあの店に入れないこと確かだった。
俺達のように女装すれば別だけど……
きっとMAIさん達は原田学のことも話題にすることだろう。
あの男性の噂話が事実なら、MAIさんは原田学の恋人だと言われているのだ。
俺はそれを知りたい。
そして原田学を殺した犯人も確かめたかったのだ。
だから女装して二人分予約しておいたのだ。
今回限りの相棒となった木暮は、女装に馴れるために部活終了後にイワキ探偵事務所に寄るようになった。
元々女性と間違われていた木暮はどんどん可愛くなっていく。
『うん。何処から見ても完璧だ』
叔父も太鼓判を押していた。
でも木暮は面白がって俺にちょっかいを出す。
みずほのことを良く知っている木暮だからこそ出来る様々な誘惑方法を使って……
恋と言う名の海に沈んでいる俺を浮き上がらせようとしている。
本当は有り難迷惑なんだけど、木暮の優しさに救われているんだ。
MAIさんの身辺を捜査は叔父からの情報だ。
売れっ子のヘアーメイクアップアーチストだからネットですぐ解るらしい。
だから俺は、あのペンダントヘッドをしていた男性に密着出来るのだ。
それでも遠巻きに見張るくらいしか打つ手はなかった。
警察に又連行されでもしたら、諦めるよりないからだ。
そしてとうとうカフェ主催の女子会の当日になっていた。
何故このようにしてまで女子会に潜入するのか?
答えはきっと其処に集まる女性達が証してくれるはずだ。
俺は男性抜きになった時の本音を聞きたくて危険を承知で挑むことにしたのだ。
何時ものように叔母さんの三面境の前で、二人は女装した。
実はそれは木暮が言い出したことだった。
『叔母さんの力も借りよう』
って――。
『今でも叔父さんは奥さんを愛しているんだろう? 今は叔父さんの危機でもあるんだから、きっと助けてもらえるはずだ』
木暮は強気だった。
『この前も言ったけど、女子会って、一度行ってみたいと思っていたんだ』
結びにそう言った。
俺はあの日、原田学から許可をもらって携帯に入れた画像をチェックした。
この前、カフェで会ったのが本当に彼女だったか確かめるためだった。
念には念を入れる。それが叔父のポリシーだ。
だから俺も見習いたかったのだ。
一応仕事だと言うことで、叔父の車で送ってもらえることになった。
叔父も駐車違反にならない程度に移動しながら見守ってくれてる。
俺にはそれだけでも心強かった。
事務所から近いからあの日有美と此処に来た。
その時百合子と千穂を目撃して、女装探偵になった思い出のカフェだった。
「此処かい、千穂ちゃんの会話を録音したカフェって?」
叔父が聞く。
俺は黙って頷いた。
叔父からあれこれ注意をうける。
傍にいて録音するだけ、深入りは絶対に禁物。
そんなとこだった。
解りきっていた。だから適当に頷いた。
もし何かしらの録音出来たとしても、証拠能力はなかった。
それでも俺は原田学と木暮の兄貴のために遣りたかったのだ。
「よし、行くか」
俺達は女子会の始まる五分前に車から降りた。
勢い良く出掛けたままなら良かった。
カフェに入った途端、急に木暮が色気付いた。
初めての女装での外出、しかもあちこち可愛い娘だらけ……
日頃女っ気の全くない木暮は舞い上がってしまったのだった。
そうだった。
俺は肝心なことを忘れていた。
木暮の高校は男子校だったのだ。
俺はそんな木暮を精一杯フォローしながら、何とか彼女達の隣の席に着いた。
聞き耳を立てながらレコーダーのスイッチを入れる。
これでひとまず終了。
後は真っ赤になっている木暮をなだめなくてはいけない。
俺は小さくため息をついた。
「ところでさー。原っぱって此処出身だったっけ?」
誰かが言った。
(始まったー!)
って思った。
葬儀は約一週間前だ。
当然と言える発言だったのだ。
(あれっ!? 皆知らないのかな?)
そう言えば不思議だ。
斎場は此処だった。
だから此処の出身のはずなのだ。
それなのに何故あんなことを言ったこだろうか?
ふとそんな疑問が浮かんだ。
「違うと思うよ」
もう一人が言った。
その言葉に興味を持った俺は更に聞き耳を立てた。
「確か此方に母親が住んで居るとか居ないとか?」
「どっちなのよ」
「うーん、解らない」
(違う、母親だけじゃない。金魚の糞状態だった木暮を原っぱは知っていたのに……)
俺は影の薄い原田学が急に哀れになっていた。
「でも情けない無いね、あんなチョンボで死ぬなんて」
「チョンボ?」
「そうだよ、大チョンボ。電車降りる時に何かが挟まって引き摺られたってことらしいよ」
(えっ!?)
俺は愕然とした。
原田守は上りの電車からゴールドスカルのペンダントヘッドを掴まれた状態で下ろされたのだ。
何故そのことを知らないのか不思議だった。
ま、それは警察でも情報が得られなかった事実だからしかたないことだった。
「へー、知らなかった。私全く興味なかったからね。でも一体誰から聞いたの?」
「確か麻衣(まい)だった。そうよね麻衣?」
「えっ、何の話?」
やっと登場した麻衣と名乗る女性。
彼女だった。
MAIさんの名前は麻衣と言うのだそうだ。
叔父が見ていたネットに書いてあった。
「さっきから何の話してるの?」
「だからさー、原っぱがどんな死に様かってことよ」
「止めようよ、そんな話。お酒が不味くなる」
あっけらかんと彼女が言う。
「あら、いいの? 確か麻衣って原っぱの彼女じゃなかったっけ?」
「変なこと言わないで、彼が気を悪くするわ。もしかしたらあんた達ね。デタラメな噂流したのは?」
「デタラメねぇ」
そう言った女性は笑っているようにも思えた。
『実は俺の彼女、原田の恋人だったらしいんだ。何だか気になってさ。だから君達が何か知っているのかなと思ってさ』
一週間前此処でそう言ってた麻衣の彼氏。
噂の出所はやはり彼女達の誰かなんだろうか?
でも俺は知っている。
ボンドー原っぱの彼女が誰なのかと言うことを。
それは此処にいる麻衣と名乗る女性だった。
(あれっ、本当にそうなのか? 証拠はあの写真だけだ。そうだ、ボンドー原っぱの言葉を鵜呑みにしただけかも知れない?)
それに気付いて俺は急に意気消沈した。
「そう言えば麻衣? 仕事は大丈夫なの?」
(仕事!? そう言えば、売れない時期を支えてくれたとか、だったな。彼女の仕事は確か、スキンヘッドもお得意なヘアーメイクアーチストだなったな?)
「あっ、大丈夫よ。母が行ってくれてるから」
彼女はそう言った。
(へえー、親子でできる仕事か? そう言うのいいな)
俺は単純にそう思っていた。
次の言葉を聞くまでは……
「やっぱり美容師は良いわよね。麻衣のとこ親子二代だから、試験も簡単だったんじゃないの」
「まあね、だって小さい時から叩き込まれていたからね。私の夢も知っていたから応援したくなったんだって」
さも当たり前のようにMAIさんが言った。
「だから彼に尽くせる訳か? 東京の美容院も盛況らしいし……」
「うん。でも元彼の方が本当は良かったみたい」
「元彼って原っぱ?」
「違うよ。全くもうー」
MAIさんはウンザリって感じで言った。
(そう言えば叔父さんが、ヒモのことを髪結い屋の女房とか言っていたな。昔っからの言い伝えらしいけど、今でもそうなんだ)
俺はMAIさんを彼氏思いの良い奴だと思った。
でも……
次の瞬間、あのボンドー原っぱの言葉が脳裏をかすめた。
『気が付いたらこんな頭になっていた』
と言ったことを――。
(嘘だろ? 嘘に決まっている)
俺はあの時そう思っていた。
第一、知らない間にそんな頭になっていたとしたら怖すぎる!?
(でも、もしかしたら本当かもな?)
そう……
ボンドー原っぱの怖がり方が尋常ではなかったからだ。
(そうだよ。ヘアーメイクアーチストならスキンヘッドは出来る。だから木暮の兄貴も……)
その途端に俺の頭の中で何かが弾けた。
(えっ、嘘ー!? ヘアーメイクアーチストって美容師のことだったのか!?)
次の瞬間俺は震え上がった。
「あっ、あっー!?」
俺は大きな声を張り上げて、男に戻っていた。
「えっ何? 何!?」
「今の何!?」
店内が急に騒がしくなった。
(あ、ヤバい!?)
そう思っても後の祭りだった。
木暮も俺の態度に目をひん剥き、声も出ないほど驚いていた。
俺は我に返り、慌てて木暮の手を引いて席を立とうとした。
「ちょっと待って」
MAIさんが俺達を阻んでいた。
俺はそれを払い除けようとして、あろうことかMAIさんのお腹を触っていた。
「あっ!?」
それは凄まじいほどの衝撃だった。
俺は木暮を連れて外へと飛び出した。
店内中に、男子禁制の女子会に潜入したことがバレバレになる。
それでも俺はそうさずにはいられなかったのだ。
あの衝撃が何なのか……
俺はまだMAIさんの哀しみを知るよしもなかった。
店の前で叔父の車を探した。
急いで其処から離れたかったのだ。
でもこんな時に限って見つからない。
俺は途方に暮れて地べたに座り込んだ。
其処へやっと叔父の車がやって来た。
俺はガタガタ震えながら車に乗り込んだ。
「叔父さん悪い。警察に行って!!」
俺は声を張り上げた。
「そんな格好で行ける訳ないだろう!! それとも退学になりたいんか!?」
珍しく叔父が怒鳴っていた。
「彼処には同僚もいるんだ。少しは冷静になれ。瑞穂、今は駄目だ。一旦家に帰ろう」
その後で叔父は俺は諭すように言った。
でも、聞く耳を持っていなかった俺は暴れた。
「木暮君、何をしてる。瑞穂を押さえろ!」
仕方なく木暮は俺の体を抱き締めた。
木暮の鬘が鼻を擽る。
その瞬間みずほを思い出して、俺は木暮に抱き付いていた。
「気持ちワルー」
木暮が頭を振っている。
それでも、しっかり抱いていてくれた。
ふと我に返る。
アパートの小さな風呂の中で、木暮が心配そうに覗き込んでいた。
背中合わせに入ったバスタブから湯が溢れ、少しずつ気持ちが解れていく。
小窓から外を見ると、あの日と同じように月が照らしていた。
涙と寒気と恐怖。
それでも、それらが交互に俺に襲いかかってくる。
風呂から上がって事務所に行くと、原田守の告別式であった刑事が俺を待っていてくれた。
「コイツは俺の元同僚の桜井だ」
そう叔父から紹介された。
「あっ、どうも」
俺はそう言うのがやっとだった。
俺はまず、録音したテープをその桜井刑事に聴かせた。
「これは?」
桜井刑事が言った。
「彼女達の会話を無断で録音しました。証拠にはなりませんが、参考になるかと思いまして」
この手の類いは裁判での証拠採用には程遠い。
それ位判っていた。
それでも聴いてもらいたかったのだ。
「思い出したのです。ボンドー原っぱが、あの日言った言葉を。彼は『気が付いたらこんな頭になっていた』と言っていました。その瞬間、美容師だったらスキンヘッドに出来ると思ったのです」
俺はやっと言いたいことを言った。
「名前は麻衣。美容師で、多分この地域で母親が開業していたはずです」
「容疑者はこの人だと言いたいのかな?」
刑事の言葉に俺は頷いた。
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この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
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