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二つの現場

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 埼玉県警の桜井が東京の事件現場で調べる訳にはいかないのは百も承知だ。まして石井が捜査の許可なんて出す筈もない。それでも俺達は桜井の非番の日を選んで其処へ足を踏み入れていた。
俺は元々連続した事件の調査を石井から依頼されている。
今もそうだとは言い切れないが、まだ生きていると思っている。勿論県警にも警視庁にも無断だけど、やり遂げなければいけないのだ。


 「此処が埼玉の事件の被害者が通っていた場所だ」
俺は桜井をラジオと遭遇した県境に近い食堂に案内した。勿論其処は石井も知っているから慎重にことを運ばなければならない。


「本当にこの男性が女子高生の彼氏なのですか?」
俺は桜井から預かった写真を店主に見せた。


「はい、間違いありません」
店主はそう言い切った。


「ところであちらの方は?」
店主が桜井のことを聞く。


「あっ、昔の知り合いです」
俺は適当に答えていた。


「あぁ、探偵さんですね」
ちょっと頭を傾げたけど、本当のことは言えないので頷くしかなかった。


「ホラ、此処で食い逃げ扱いされたヤツが今度の事件が気になるようで依頼されたのです」
俺は桜井に聞こえないような小声で店主に耳打ちした。食い逃げと言ったことで店主は連れの男性に聞かれたくないのだと思ったようで頻りに頷いていた。その経緯は店主にとっても恥の部分なのだと思った。


「あの娘は金曜日になると此処に来て饂飩を食べてました。きっと親御さんを待っていたのだと思います」


「彼氏ではなく親御さんですか?」


「あの写真の人は此処には来ていません。ただ携帯の待ち受けになっていたので見ただけです」


「その人が事件に巻き込まれたんじゃ驚いたでしょ? 確かこの辺りが現場でしたね?」


「はい。捜査のために刑事さんが見えて、あの顔を見せられた時には度胆を抜かれました。でも何処の誰かも知らなかったので何も答えられませんでした。その一週間前にあの娘が刺されていたなんて聞かされていなかったものですから」
店主はその娘と同じメニューを俺達に提供しながら言った。それは具の殆んどない素饂飩的な物だった。


「此処でこれを食べた後で事件に巻き込まれたのかな?」



「そう言えばあの日はお見えになりませんでした」


「ところで金曜日に何処に来ていたのですか?」


「さあ、其処までは……。スケートボートの競技場なんかもありますから」
店主は店に貼ってあったポスターを指差した。其処には先の五輪で活躍したスケートボートの選手が仲間と一緒にピースサインをしていた。


「週一で練習に来ていたのか?」
桜井は小さく呟いた。


「あれっ」
俺はふと、ポスターの中に写る別の人物に目を奪われていた。その人はさっきの女子高生の彼氏だと言われた男性と極似していた。
俺は桜井が持参した写と見比べてみることにした。


「やはり、この男性だ」
俺は確信を得た。その男性は女子高生の彼氏ではなく、憧れの選手だった可能性もあると思ったのだ。




 店を出た頃には殺人事件が起きた時刻になっていた。


「橋の上に自転車があったってことは、其処から此処に移動させらたのかな?」


「殺人事件の被害者が男性の自転車を奪ったのかも知れないな」
桜井はそう推理した。


「あれっ、この前の」
そう声を掛けてきたのは自転車を埼玉県警に渡してくれた男性だった。


「そう言えば金曜日に橋を通るって言ったましたね」
俺はあの日の会話を思い出しながら言った。


「はい。そうです。此処には色々な施設がありますから」


「スケートボートとか?」


「スポーツクラブもあるんです。その体力作りであの橋を歩いています。電車代がかからないし、一石二鳥なんです」


「その途中であの自転車を見つけた?」
俺の質問に男性は頷いた。


「二週間前の金曜日に見つけて、次の金曜日に埼玉方面に持っていったのです。彼処に置きっぱなしにされたら迷惑ですから」
男性は歩きだったからそれが出来たのだろう。自転車で通っていたのなら片付けるのは無理だと思った。


「あの自転車はこの男性の持ち物でした。見覚えありますか?」
桜井はさっき食堂の店主に見せた写真を渡した。


「はい、確かスケボーで良い成績を出した人です。もしかしたら自転車を奪われて怪我をしたのはこの人ですか?」
男性の質問に桜井は頷いた。


「それではこの女性は?」
今度は第一の事件の被害者である女子高生の写真だ。


「確か、男性と同じジムに通っている高校生じゃありませんか? もしかしたらこの娘も事件に巻き込まているとか?」
男性は事件そのものは把握していないようだ。
そのまま黙っておいたほうがいいかと迷った。でも桜井は又頷いていた。
これで自転車を届けてくれた男性も事件の一部始終を知ることとなった。
その上、今居る場所が事件現場だと言うことも……。


「此処で殺された!?」
男性は思わず声を裏返した。


「いや、きっとあの橋の上だと思います」


「俺が届けた自転車があった場所か!?」
男性は頭を抱えた。




 男性は震えながらスポーツクラブに入っていった。俺はそれを見送りながら次の犠牲者のことを考えていた。


(もし犯人が石井だとしたら、狙われるのは俺かも知れない)
俺は殺人と連続して起こった事件は別なのではないのかと考えていた。でもまさかそれはないと思った。現役の刑事である石井が犯人なんてどう考えてもおかしいだろう?
一瞬でもそんなことを考えた俺は物凄くイヤな男に思えてきた。少なくても石井はかっての同僚だ。それに現役のの刑事なのだ。そんな男が犯人の訳がない。
俺は一体何を考えていたのだろう? 




 男性を見送った後、俺達は又事件現場に立ち寄った。


「何故此処だったのだろう?」
俺は独り事を言った。何の変哲もないただの土手だ。でもこの場に遺体が運ばれたのなら、荷らかの意味があるはずなのだ。


『だから、この前の金曜日に殺された男性が、確かこの自転車に乗っていた記憶があります』
自転車を届けてくれた男性はあのそう言った。


(あの男性は事件後に現場を通った? それではこの場所も?)
でもそれはありえない。
もし、この場所を通ったのなら自転車を届けた時に言っただろう。
刑事と探偵に長年携わった人間としてそれは言えると思った。


「此処にあった遺体にはブルーシートが掛けられていた」
桜井はそう言った。


(ブルーシートで見えなかっただけなのか?)
それは確かに言えると思った。事件の直後ブルーシートで覆われた男性の遺体を運んだのはきっと車だ。もしかしたら男性は交通事故だったのかも知れない。




 「ところで今日は金曜日だろ? 次の事件が起きるかもな」
俺の一言に桜井はハッとしたようだった。


「そう言えばそうだな」
そんな言葉を呟いて、桜井は押し黙った。


「非番の日が偶々金曜日とは、ついているのか、いないのか?」
俺は冗談混じりに言った。


「いや、ついている」
桜井は持ち前の勘で事件を解決させようとしている。それは俺には解っていた。


「此処はこのへんにしておこうか?」
俺の言葉に桜井は首を振った。


「俺は暫く此処にいる」
桜井はそう言って事件現場の検証に入っていた。
俺はそれを見守るしか手がなかった。
でもそんな二人を見ている人がいた。
それはラジオだった。桜井にラジオを紹介することは出来ない。そう思った俺は桜井から距離を置くことにした。




 俺はラジオの元に歩み寄った。ラジオが巻き込まれた事件の真相を伝えようと思ったからだった。


「『あの事件だったら、コイツにはアリバイがあるはずです』と俺は言い張った。すると石井は『電話があったようだな。でもそれは事件現場のすぐ近くだそうだ。お前はコイツに騙されたんだよ。暴走族の頭だから、顔を知らない奴はいないんだ』と言った。その一言で俺は黙ってしまった」
ラジオは黙って聞いていた。


「『もしかしたらアイツは其処で掛けてきたのか?』俺のその一言が仇になったんだ。事件の真相は闇に包まれていた。ホンボシが共犯者として名前を上げたので逮捕しただけだそうだ。勿論俺は意義を申し立てた。ラジオが……、奥さん思いのお前がこんなことをするはずがなかったからだ」


「俺は、どうやら騙されていたようだな。自白に追い込むための汚ない手を使われて……」


「解ってる。ホンボシとは暴走族からの仲間だったから、頭が抜けたことがショックだったから自暴自棄になっていた。だから遊ぶ金欲しさに犯罪を重ねてしまっていたのだ。それを石井が利用したんだ」


「利用って?」


「きっと石井が弁護士に持ち掛けたんだとおもうよ」


「自白しても裁判でひっくり返せるか?」


「ホンボシにもな。罪を軽くする目的もあって、共犯として名前を挙げさせたんだな」


「犯行現場近くに俺がいたのを利用したのか?」


「偶然か必然か解らないが、ホンボシにとっては罪を背負って貰う格好の人物だったのには違いからな」


「許せない」
ラジオは唇を噛んだ。


「勿論俺は意義を唱えた。でも俺が幾ら無実を訴えても信じてもらえなかった。そして俺がアリバイを覆したと教えた。勿論嘘っぱちだ。『もしかしたらアイツは其処で掛けてきたのか?』俺のその一言をぶつけて、味方は誰も居ないことを悟らせたのじゃないか?」
俺の言葉にラジオは頷いた。


「でも何故其処まで目の敵にされたんだ?」
ラジオは何も知らない様だった。


「石井は暴走族を取り締まるために白バイに乗っていたようだ。でも何時も逃げられて相当頭に来ていたようだ。そんな時、抜けたからかな?」


「そんなことで俺を嵌めたのか?」
ラジオの言葉に頷くしかない。


「石井は執念深いからな」
俺は解ったような口をきいた。でも本当は何も解ってはいなかった。
石井がどんな人物かなんて、何も知らなかったのだ。
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