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金曜日

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 あれから何もなく、とうとう次の金曜日になってしまった。
桜井は俺を気遣い、あれこれと言ってくれるようになっていた。
あの自転車はやはり第二の現場で襲われた高校生の物だったそうだ。その自転車を何故東京の第四の被害者が乗っていたのかは謎だった。


 「埼玉の事件は自転車に乗っていた人が女子高生を蹴った後でナイフで刺したそうだな」
俺は知り得た情報を携帯電話で桜井に報告した。


『ああ、そうだな。その点が東京の事件とは違うみたいだな』
そう桜井は言った。


「でも、もしかしたら東京の事件で奪われた自転車かも知れないだろ?」
俺はすかさず言い返した。


『あぁ、あの自転車はそう言うことか? 流石元警視庁の凄腕刑事』
桜井は石井と同じ反応した。そのことに俺は気を良くしていた。凄腕刑事だ何て言われると照れるけどな。其処で殺された東京の被害者のことも話そうと思った。


「あの自転車に乗っていたと思われる東京での被害者のことだけど……。俺に話し掛けてきたその人は事件の一部始終を知っているかのようだった」
俺は石井に話したことを桜井にも言っていた。


『何だ、その一部始終って?』


「何だか判らないけど、今回の事件に無関係だとは言い難い情報を沢山持っている人だと思ったんだ。すると石井が言ったんだ『それが元刑事の勘なのかもな』と」
俺は何故か石井の名を頻繁に出していた。桜井が石井のことを知っているはずもないのに……。


「俺はその人に名刺を渡した。その人は石井が警視庁の刑事だと知ってたよ。だから近くに居た俺を現役の刑事だと思い込み話し掛けてきたからだ」


『その名刺のせいで磐城が容疑者扱いか? 何かその石井って刑事可笑しくないか?』
桜井は俺を気遣ってくれた。


『東京では自転車用のヘルメットが蹴られた高校生を守ってくれたそうだ。だから軽い怪我で済んだみたいだな。でもまさか、その高校生と埼玉県の女子高生が知り合いだったとは?』


「それを聞いた時驚いたよ。だからもしかしたら連続通り魔事件かと思った訳だ」
俺はラジオの気付いたことだと言いそびれていた。情報はラジオが無線飲食だと通報した食堂の店主だったのに……。


「ちょっと聞いてくれないか、連続事件だとみて整理したんだ。最初は埼玉でナイフが使われた。第二の東京の事件現場では自転車が奪われた。三度目の埼玉の事件現場ではその自転車が使われた可能性があると思った。次の東京の事件は殺人。事件が起きたのは四回だけど連続通り魔事件と言い切れなくなった」


『確かに殺人事件に発展したけどな』
桜井の言葉を聞いて、連続した可能性もあるかと再び思った。


「殺人事件の被害者は容疑者だと思われた男なんだ。何故犯人だと疑ったのか? いの一番に事件のことを良く知っていた。それと石井を警視庁の刑事だと言い当てたんだ。だからかな? それと俺を現役の刑事だと思い込み近付いてきたからだ」


『その男性が殺されたんだな? 確かに俺も怪しいと思ったけど、亡くなっているからな』


「死人に口無しだな」


『磐城もそう思ったか? では何故殺されたのか? 結局、その人は犯人ではなかったのか』


「そうなんだ。そのことで俺の勘も大したことがないと知らされた。ま、犯人呼ばわりしなくて良かったと思ったよ」


『でももしかしたらそのことを、石井って言う警視庁の刑事には言ったのか?』
桜井の言葉を聞いてハッとした。確かに石井には話した記憶があった。


『今日は金曜日だよね? もしかしたら又事件が起きるかも知れないな』
桜井の言葉にドキンとした。もしかしたらもう手遅れになっているかも知れないからだ。
五度目の事件はふせげない可能性も出てきていた。




 俺は桜井と示し合わせて自転車が放置してあったとされる橋の上にいた。

「何故此処なんだろう?」
桜井は自転車の部品らしい物が落ちている箇所を指差した。それは縁石の隙間から生えた雑草の中にあった。


「あの自転車に合わせてみようか?」
桜井は白い手袋を填めてそれを手に取った。良く見ると、自転車の後部に付いている赤く光る部品の欠片だった。


「後ろからぶつけられたみたいだな?」
その部品一つで事件を垣間見た気がした。


「四度目の被害者は交通事故だったのか?」
俺は桜井に質問していた。事件の関係者でもない俺に、そんなことは話してくれないことは解りきっていた。


「多分違うと思う」
それでも桜井は言ってくれた。


「俺の記憶に間違いがなければ殺人事件だったよな?」
頷きながら話す桜井を見て、自転車が倒れてから殺されたのだと確信した。


(それでは此処が殺人現場?)
桜井もそう思ったのか、頻りに縁石の周りを探し続けている。


 「ところで石井って刑事のことだけど、何処まで事件と関わっているんだ?」


「その犠牲者から聞いた一部始終は伝えてあるよ。さっき話したことと大差は無い」
俺はそう応えながら思考を巡らせた。実のところ、石井が何者なのかさえ解らないのだ。
警視庁時代の同僚だったとしか言えないからだ。
それでも一つだけは言える。無罪のラジオを共犯者として逮捕して、ホンボシに仕立てた張本人だと言う真実があることだ。

(何故石井は其処までラジオが憎かったのだろうか?)
幾ら考えても答えなど出てくる筈もない。気が付けば俺も血眼になって桜井の真似をしていた。


「そろそろ事件現場ばに移動しようか?」
そのタイミングで桜井が言ってくれた。
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