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事件は闇の中

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 俺達は車で橋を越えることになった。


「何時もの釣り堀に行くのに車は使えなくて、でも事件現場もあの猫も気になって仕方なかったんだ」
どうやら釣り人は歩いて橋を渡ったようだ。だからなのか盛んにペコペコしていた。
そんなこんなで、俺達は懐かしい食堂に行くことになった。
その食堂は相変わらず夫婦で営んでいた。
俺達の顔を見ると目頭を押さえた。


「あの時はすまなかった」
まず、ラジオに謝った。


「あの一つ質問があるのですが、あの時こいつは暴走族だって言ってましたが、誰に聞いたのですか?」


「ああ、警視庁の刑事さんですよ」
店主は言った。


「警視庁の刑事って言っとも大勢いるからな」


「まさか、石井だったりして……」
冗談混じりに言う。



「良く解りましたね。確かそのような名前でした」
オヤジさんは平然と言った。
実は車の中で何故俺がラジオと呼んでしまうのか、の説明をしながら『無銭飲食だと疑われた時、あの食堂は何回目だった?』って聞いたのだ。するとラジオは『二回目』だったと言った。だとしたらオヤジさんは何時ラジオが暴走族だと知ったのだろう? って思ったのだ。


「石井は何て言った?」


「お客さんが初めて来た後だ。『アイツは暴走族で、とんでもない悪党だ。だから捕まえるために今度来たら知らせてくれ』って言ったんだよ。そのつもりだったけど、食い逃げされたからな」
俺の質問に答えたオヤジさんはハッとしたようだ。


「違った。スリにあって財布がなかったんだったな」
オヤジさんはラジオの手を取り盛んに頭を下げた。



(俺達が出逢うきっかけを作ったのは石井だったのかも知れない)
俺はこの三人の関係を改めて思い出していた。


「よし、今日はカツ丼にしよう。どんな運命にも打ち勝って、どんどん……」


「どんどん仲良くなろう」
ラジオがフォローしてくれた。それを見ていた釣り人は泣いていた。


「そうだ、事件だ。よし俺が引き受ける。勿論料金は要らない」
言ってしまってからしまったと思った。でも後戻りは出来なかった。




 食堂のテーブルにスマホなどを置き写真を確かめる。石井のガラケーに移したSDカードの映像も一緒に見せることにした。


「あっ、この人はあの刑事さんと一緒にいた人だ」
オヤジさんは声を張り上げた。


「えっ!?」
今度は俺が突拍子のない声を出していた。


「つまり石井と、ってことですか?」
俺の質問にオヤジさんは頷いた。


「つまり二人は知り合いだった?」


「いいえ、違います。橋の近くで二人で居るのを目撃したのです」


「それは金曜日?」
俺の質問にオヤジさんは首を振った。


「金曜日っていうのは事件があった日ですね。それより前です」
その言葉に想いあたる節があった。それは俺が石井のガラケーにSDカードの映像をコピーした後だってことだった。


「その時、何か持ってました?」


「そう言えば白い紙……、漠然とですが名刺かなって思いました」


「もしかしたら、これですか?」
俺は自分の名刺をテーブルに出した。


「はい、こんな感じの紙でした」


(石井のヤツめ)
俺はその時点で悟った。石井が俺を犯人に仕立て上げようとしていると。


 「汚いな石井は……」
車の中でラジオが言う。どうやら俺を陥れようとしていると気付いたようだ。


「『ちょっと待ってくれ。この男なら見覚えがある』石井はメモを取り出しながら言った。『間違いない。捜査現場を見ていたヤツだ』俺は石井が確信を得たのではないかと思った」


「それで会いに行ったのかな?」


「きっとその時あの名刺を見たのだろう。だから俺を疑った」


「疑うと言うより、俺みたいに陥れようとしたのではないのかな?」
ラジオが核心を突く。実は俺もそう確信してはいた。


「でも、何のために?」


「さあ」
実のところ俺達はまだ何も掴めてはいなかったのだ。
事件は闇の中だった。




 俺はラジオを家まで送り届けた。玄関から懐かしい顔が現れた時、思わず涙が溢れた。
秩父の札所巡りで妻が殺された経緯を知った。石井がラジオを陥れるために仕組んだ事件。そのホンボシが犯人だった。ラジオを罠に掛けなければ防げた事件だと知りながら、石井は平然といたのだ。それが悔しい、腹立たしい。俺達の友情をいとも容易く崩したのだから……。


「妻を殺した犯人だと疑った。でも何故アリバイが立証されたんだ。石井が又悪巧みをしていたら……」


「そうだよな。実は俺はあの時留置場にいたんだ。せっかくの仮出所が取り消しになりかけた。それも石井の悪巧みだった。でもそのお陰で磐城の奥さんを殺せないと判断された」
ラジオは又辛い過去を語り始めた。


「すまん。俺は何かトリックでも使った のだろうと思っていた。だから俺は逮捕したんだ。あれは一体?」


「2、3日泊められたけど釈放された。その後でお前さんに捕まったってことだ」


「イヤ、本当にすまないことをした。ラジオが……、お前が妻を殺すはずがないと知っていたのに……」


「ラジオか……。あれは無銭飲食の無銭を無線に喩えたんだよな? それを救ってくれた奥さんを俺が殺すはずないだろう?」


「それは解っていた。でも身体が反応していた」


「俺も同じだった。『俺の女房を何処に隠した!?』そう言って、仕事に出掛けようとする場所へいきなり飛び込んだ」


「『ラジオ!?』俺は思わず叫んだら『まだそんな名前で呼んでいるのか!! やっぱりアンタは警視庁の人間だ』
俺の言葉に反応していた」
傍には奥さんがいる。それなのに俺はあの日の一部始終を語っていた。


「俺はあの時怒りに身を任せて、ラジオを必要以上に追い回した。本当はラジオが犯人ではないと思っていた。だけど妻を守れなかった後悔が俺に襲い掛かった」


「それも皆石井の悪巧みが原因だったなんて……」
ラジオは泣いてくれていた。傍にいた奥さんも同じだった。
俺は思わず二人の肩を抱いた。




 俺は全てが石井による、ラジオを逮捕を目的とした犯行だと位置付けた。
ヤンチャだったラジオを奥さんが変えた。それを知らない石井が暴走族の頭を狩るために付け回し、あの食堂に電話を頼んだのではないのだろうか? でも店主は何も知らずにラジオの携帯で110番に掛けてしまったのだ。
それは県境だった故に埼玉県警に繋がり、警視庁管轄の刑事だった俺が出向くことになった。
もしかしたらスリ事件を仕組んだのも石井だったのではないだろうか?
自分に電話をするように頼んだ後に……。
其処まで腐っているとは信じ難いけどそれも一理あると思っていた。


(店主はあの時店に来たのが二度目とか言ってた。誰かに暴走族だと聞かされなければ知らなかったのではないのだろうか?)
俺は石井を疑っている自分に気付き頭を振った。


(幾ら何でもそれはないだろう)
それでもそう思った。





 俺が幾らアリバイを立証しても石井は平気で否定した。何が何でも共犯に仕立て上げ、ホンボシとする計画だったに違いない。
そして今、俺をターゲットにしようとしているのだ。もしかしたら石井は連続通り魔の情報源がラジオだと知っていたのだろうか? 知っていて俺に仕事を依頼をしたのだろうか?
探偵を雇った時の料金なんて知らなくても、俺が請求しないと踏んだのだ。俺も、自分から連続通り魔事件ではないかと知らせるために警視庁を訪ねたから料金なんてはなっから戴く訳にはいかなかったのだ。仕事依頼であっても、俺が勝手に調査したと言える状態にしたのだ。
ラジオによると、石井は罠に掛けても平気でいられるヤツだった。
俺はそんなヤツのトラップに自から掛かったのかも知れない。あの猫のように……。
だったら遣られれ前に行動を起こさなければいけない。俺は石井を追ってみようと思った。




 警察署の近くで張っていると、石井が現れた。歩いて何処かに行くらしい。
俺は変装用の帽子にマスクとサングラスを身に付けた。
この恰好を石井には見せたことはない。だから気付かないと思った。何としても次の金曜日までには解決しなければいけないと思った。もしかしたら更なる通り魔事件が発生するかも知れないからだ。
その時こそ、俺の無実が証明出来ると思っていた。そして石井の化けの皮を剥がせると確信した。
俺は、ラジオとの友情を踏み躙った石井を許せなくなっていた。




 そんな気持ちのまま付け回すと、抑えが効かなくなってくる。そんな感情を必死に堪え、石井を見失わないように着かず離れずで乗り切った。
着いた場所はあの食堂だった。
俺が石井が店を出た後で中に入ると、其処には店主夫妻がテーブルに座っていた。
俺の姿を見ると慌てて何かを隠した。俺はそれを見せでもらおうと近付いた。
それは俺の顔写真だった。


「石井はこれを何って言って渡したのですか?」


「『今回の事件の鍵を握る重要人物だ』って言ってました」
俺の質問に店主は答えた。


「この前、此処に来たって話しましたか?」


「いいえ、もう知ってましたから」


「えっ!?」
俺は思わず叫んでいた。
まさか、石井がラジオとこの店に来たことを知っていたとは……。


「さっき刑事さんが帰った後で思い出した。あの事件の犠牲者は知り合いだったと……」


「えっ!?」
その発言にも驚いた。
何も共通点がないと思われた事件が繋がる可能性があったからだ。

 


 「確か最初は埼玉でしたね。ナイフが使われたと記憶しています。次に起きた東京の事件では自転車が奪われた。推測では三度目の埼玉の事件現場ではその自転車が使われた可能性がある。と判断しました」


「二度目の事件はこの近くで起きました。その犠牲者が、埼玉県での被害者の知人だったのです」


「それは誰も知らないことですが……」


「そうですね。私もさっきまで気付きませんでした。あの刑事さんが見せてくれた写真の中に、常連客がいました。それが二番目の犠牲者です」


「常連客? 確か女子高校生だったとか?」


「はい。部活の帰りに良く寄ってくれました」


「そのことを石井には?」


「いいえ、話していません。探偵さんの顔を見て急に思い出しました」


「最初の犠牲者は?」


「確か付き合っていたはずです。その娘はスマホで写真を見て嬉しそうにしていました」


「それが一番目の犠牲者だったて気付いたのですか?」
店主は頷いた。


「東京の事件は殺人でした。事件は四回、だけど連続通り魔事件と言い切れない」
そう言いながらハッとした。
被害者を容疑者だと思った。何故犯人ではないかと疑ったのか? 事件のことを良く知っていて、石井を警視庁の刑事だと言い当てた。俺を現役の刑事だと思い込み近付いてきた。だから石井もそう思ったのだ。では何故殺された? 結局、その人は犯人ではなかったのか?
そのことで俺の勘も大したことがないと知らされた。


(とりあえず犯人呼ばわりしなくて良かった)
そう結論した。




 俺はあの日の事件を思い出していた。
俺は後に妻となる女子警察官と通報のあった店へ行った。でも其処に店主は居なかった。


『主人なら食い逃げの犯人を追い掛けて行きましたが』
俺達は奥さんの指し示した方角に足を向けた。


『彼は無銭飲食じゃないと言っていますが、財布を持っていないのですよ』
店主はそう言いながら、容疑者を引き渡した。


『だから財布を忘れただけだって、家まで行けば解るんだ』


『その家は……』


『あの橋の傍にあるアパートです』
其処は東京。まさに県境だったのだ。
彼の話によると、実はそのアパートに財布を取りに行こうとしたのだ。それを逃げたと勘違いした店主に捕まり、彼の携帯電話から110番通報をしたとのことだった。


(店主は慌ててラジオを追い掛けた。だから携帯を持っていなかったのか?)
その頃はまだ中継基地はそんなに多くなく、電波の通りの良い箇所から掛けたのだ。
だから埼玉県警に繋がってしまったのだった。


『現金が抜かれている!?』
店の傍で見つかった財布に小銭しか入ってないと解った時、ラジオは膝を着いた。
それが何を現すのか、店主も理解したようだ。


『コイツは暴走族で、だから俺は捕まえて欲しかったんだ』
店主は自分の行為を正当化する発言をしていた。
店主は石井に聞くまでは、ラジオが暴走族だと知らなかったはずだ。俺は益々石井が許せなくなっていた。

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