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ペットレスキュー完了

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 「何が釣れるのですか?」
俺の言葉に反応したかのように釣り人は振り向いた。


「あー、シーバスですよ」


「シーバス?」


「スズキかな?」
ラジオが聞くと釣り人は頷いた。


「えっ、スズキって確か海の魚じゃない?」
俺は驚いて魚籠を覗きこんだ。其処には鯉がいた。


「鯉か?」
俺の発言に気まずそうに釣り人は肩を落とした。


「今日はな……」
そんな気弱な発言を聞いてラジオは慰めるように肩に手を置いた。


「あれっ、もしかしたらあの猫?」
ラジオの発言でトラップの傍に猫の気配を感じた俺は思わず手を合わせた。


「ああ、あの猫だったら良く此処に来ますよ。ここ数日だけど」


(間違いない)
俺は確信した。


「実はペットレスキューしてまして、あの猫を探していました」


「まだそうと決まって訳じゃないだろ?」
ラジオは浮かれている俺を見て笑っている。
その時、網状の捕獲器に猫が入った。それには飼い主より預かったペットフードとオモチャがあり、早速それで遊び始めた。



「臆病な猫は生活音や騒音の少ない深夜か早朝に活動するのがメインなのですが、あの猫はだいぶ弱られていて……。でも本当に良かった」
俺は泣いていた。半分諦めていた。だから余計嬉しい。
俺はその猫を大切に移動させてから歩いて飼い主に届けに行った。
それで今回のペットレスキューは終了した。




 俺達は又あの現場に戻った。いつまでも車を止めておくことは出来ないからだ。


「先ほどありがとうございました」
まずお礼を言うと、釣り人は頭を掻いた。


「何時もは違う所で釣っているのですが……」
言葉に詰まりながらも釣り人は話し始めた。


「最初にナイフで刺された高校生の知り合いでして、事件現場に手を合わせてたくて此処に訪れたのです。その内此処で釣ることになりました」



「えっ!?」


「あっ、そう言うことですか?」
ラジオの発言に俺は戸惑った。


「俺は以前、第二の事件現場の傍に住んでいました」


「あっ、自分もそうです」
釣り人話しを聞きながら、納得したようにラジオは話し出した。


「その時何か気になって一週間前に起きた事件を調べてみたのです。その現場に貴方を見た記憶がありました。『今日はな……
』はそう言うことだったのですね」
釣り人の言った『今日はな……』が何を指しているのか解らないけど気になった。


「無料の釣り堀が近くにあるんだ。へら鮒とかブルーギル何かが釣れる」


「ブルーギルは特定外来生物で、回収する篭がある。ブルーギル撲滅プロジェクトなんだ。つまり、その池に貢献しているって訳で堂々と釣らせてもらっている。でも此処は家族には内緒なんだ」
頼んでもいないに良くしゃべってくれる人だった。


「さっきの猫は釣った魚を食べにきた。追いやっても追いやっても」


「だからシーバス以外を釣ったって訳ですか?」
俺の質問にオジさんは頷いた。どうやらオジさんはあの猫のエサになる魚を釣ったようだ。


「ありがとうございました。お陰で元気になったみたいです」


「あの猫は少し弱っていましたが……」


「でもさっきペットフードも食べていなかった?」
釣り人が魚を食べさせたら元気になった発言をする前にラジオが言った。


「違うよ。あれはオモチャが一緒に入っていたからだよ」
俺は釣り人のフォローしていた。
遣る気を無くしていたペットレスキューの仕事を完結させてくれたから、釣り人は俺にとっても大恩人なのだ。


「飼い主さんは本当は諦めていたようです。それでも死ぬ時くらい傍で見守ってやりないと俺に依頼したんだ」


「猫は死に場所を求めて家を出るそうだからな。やはりあの猫は……」
釣り人はそう言いながら泣いていた。


「あの猫は病み上がりだそうです。でも元々猫は鳥や魚などを捕まえて食べ物を確保すから身を隠して観察するのが得意なんです」


「あっ、だから俺の隙を狙ったのか?」


「はい。その通りです。貴方が居なければ今頃……、本当にありがとうございました」
俺は頭を下げた。
もしかしたら遺体探しになるかも知れなかったからだ。いくらペットレスキューって言っも、それだけはイヤだった。
警視庁の刑事だった頃、遺体の腐敗臭で犯人を逮捕したことはある。
あの臭いだけは、何度経験しても慣れない。
だから解剖したりする医者を尊敬していた。


「それであの猫は……」


「穏やなか顔をしていました。きっと飼い主さんの姿を見てホッとしたのでしょうか?」


「だとしたら嬉しいです」
そう言った後で魚籠に入っていた魚を川に戻した。


「キャッチ&リリースです。と言いたいのですが、本来のシーバスを狙ってみます」
その言葉に吊られて手元を見ると、緑色のルアーがあった。


「シーバスって大型なのですか?」


「スズキ食べたことないんな?」
ラジオが笑った。


「さっきの『今日はな……』は猫のエサを捕まえるためだったのですね」


「今頃解ったんか?」
又ラジオが笑った。


「警視庁の元凄腕刑事だったんだろ?」
ラジオは俺の個人情報を釣り人に漏らしていた。


 「えっ!?」
俺が元刑事だったことはラジオがばらしたからだろう。釣り人は驚きの声を上げていた。


「元刑事さんがペット探偵ですか?」
釣り人は痛い処を突いてきた。


「まぁ、色々ありまして……」


「聞くも涙、語るも涙ってとこですが、先ほどのこと聞かせてください」
言って良いものだか解らずに俺は戸惑っていたら、ラジオが上手くかわしてくれた。


「先ほどのこと?」


「ホラ、一番目の事件のことです。知り合いなんでしょ?」
俺も同じことを聞きたかったので幾度か頷いでみせた。


「そうですね。元刑事さんてことでしたら、良いでしょう」
釣り人は道具を仕舞い歩き始めた。どうやら事件現場まで行くらしい。


「これは東京の事件ですが、金曜日の黄昏時橋に隣接する交差点付近で自転車に乗っていた高校生がハンドルをキックされ倒された。一瞬の出来事に何が何だか判らず、ボーッとしていると今度は頭を蹴られたそうだ。犯人は犠牲者が乗っていた自転車で逃げ、近くにいた人が救急車を呼んでくれたそうだ」
俺は石井と向かった現場で感じたことをありのままに話した。


「通り魔だっていうから、何かで刺されたのかもと思ったけど違うのか? そう思った俺は首を傾げた。『これを埼玉の事件と結び付けるには無理がある。アッチではナイフ刺されているんだ』と石井は言った」


「石井って?」
釣り人が聞く。その質問にしまったと思った。


(又やっちまった)
俺は縮こまった。そんな俺を見てラジオが口を開いた。


「警視庁の刑事です。磐城に事件の真相を探るようにと依頼したのです。だから磐城は事件現場近くのペットレスキューをかって出たのです」
又ラジオに助けられた。俺は頭を下げた。


「だから、俺の話しを聞きたいって訳ですか?」
釣り人の質問に頷いた。


「やはりそうか? 俺は報道された内容からでは二つの事件に繋がりがないと判断した。
ラジオが見誤ったのではないかと疑った」
言ってからしまったと思った。石井だけじゃなく、ラジオの名前も口走ってしまったからだ。


「『ごめん。手間を掛けたな。今回のことは忘れてくれないか』俺は謝りながら橋の向こうに目をやった。『繋がりは橋のコッチとアッチで起きた事件だと言うことだけか?』
石井はそう言った後で考え込んでいた」
ラジオと言っしまったことで俺は自暴自棄になっていた。それでも続けることにした。


「『何かあるのかも知れない。少し調べてみてくれないか』それは石井からの本格的な捜査依頼だった。『勿論個人的な依頼だ。だから代金は……』石井はそう言った」


「現役の刑事が探偵に事件の依頼をしたとは。その代金は……の続きが気になる」
釣り人は笑っていた。


「『何言ってる。話したのは俺からだ。タダでいいに決まってる』俺は石井の声を遮って発言した。口をついて出た時しまったと思った。でも俺はそれで納得した。『そう言うことでよろしく。現役の刑事が探偵に仕事依頼したらやはりマズイだろう』と言った石井の言葉に頷いた」


「そりゃ、そうなりますね。でもお気の毒に……」
釣り人は俺を哀れんでいるみたいだ。


「だから暫くはペット探しでもして食い繋ぐしかないか? と思った。したらさっきのペットレスキューの仕事が舞い込んだ。俺は覚悟を決めた。ラジオの勘を信じてみようと思ったからだった」


「そのラジオって?」


「あっ、俺のことです」
ラジオは俺に目配せしながら俺との出逢いを語り出した。俺のせいで又ラジオに悲しい思いをさせてしまう。


「ラジオっていうのは無銭飲食の隠語です。磐城は俺が食い逃げの犯人じゃないって知ってて、いつまでもラジオって呼んでる」
ラジオの発言に肩を落とした俺にラジオはハグしてくれた。


「でも、めちゃくちゃ良い奴なんです」
ラジオは泣いていた。


「もしかしたらだけと、橋の向こう側の食堂に行ったことがあるか?」


「はい其処で食い逃げしたとしてオヤジさんに捕まりました」


「俺も其処には良く行ったから聞いている。スリに財布を取られて……」


「あっ、それ俺です」
どうやら釣り人はあの食堂のオヤジとは知り合いだったようだ。

 
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