小江戸の春

四色美美

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エイプリルフールの真相

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 私は又川越市の駅にいた。先輩との約束の日だったからだ。
本当は来たくなかった。それでも礼儀だと思ったのだ。
明け方まで雨が降っていたらしい。庭にある置き石が濡れていた。そして天気予報では明日まで雨は降り続くそうだ。まだ降ってはいないけど、そんな日に先輩は何をしようとしているのだろう?


『大正浪漫夢通りの泳げ鯉のぼり君だけど、もう少し大きければ良いですね。ホラ、確か川に渡して優雅に泳がせているサイズのとか……ね』
あの日の会話を思い出す。


『そんなのだったら通行の邪魔になるだけだ。誰も下を通れなくなる』
流石に先輩の考えることは違うと思った。



『先輩、私もこんな衣装を着てみたいです』


『だったら明日着てみるか?』


『えっ!? 本当ですか?』


『前も聞いたかも知れないけど、お前さん俺のことが好きか?』


『えっ!?』


『いや、聞いてなければ良いんだけど』


『いえ、確かに聞いた覚えはあります。確かに私は先輩に憧れていました』


『憧れか? 俺はてっきり好きなのかと思ってな。俺も最初会った時から気になっていたんだ』


『それって……』


『いや、違う違う。明日イベントがあるんだ。その時にレンタル衣装を試そうかと思って……』


『へぇー、どんな衣装ですか?』


『白無垢を予約をしておいた』


『白無垢ですか? えっ!? 白無垢!!』


『うん、物は試しに……』


『何が『物は試しに』ですか? 白無垢って意味知ってますか?』


『あぁ、結婚式の衣装だろ?』


『それを知ってて、あっ!?』
私はその時、脳裏にエイプリルフールの文字が浮かんだのだ。だから馬鹿にされたと思ったのだ。そして頭の中で先輩に対する不信感が溢れた。だから昨日むしゃくしゃして川越の中を歩き廻ったのだ。


(エイプリルフールだからって、人の心を弄ばないで)
先輩の到着を予約しておいたというレンタル衣装屋さんで待ちながら、店の奥を覗いてみたら誰かが手招きしていた。


入って見ると、先輩を着付けている人だった。
先輩は紋付き袴だった。
その人はすぐに、私の衣装を着付出した。


「ごめん。何も知らせないで……」


「ううん、確かに白無垢だって言っていたよ」


「違うんだ。俺は、お前さんと結婚したいんだ。だから川越の企画を立ち上げたんだ。事前にお前さんが川越に興味があるって知ったからな」


「えっ!?」


「素敵なイベントがあるって言ったろ?」


「あぁ、確かに」


「それがこれだよ。これから披露宴だ」


「披露宴!?」


「披露するんだよ、俺達のことをな」


「でもどうやって?」


「人力車を外に待たせてある。それでその会場まで行くんだ」


「や、止めてください。恥ずかしい」


「あれっ、菓子屋横丁で見た時、乗りたがっていたぞ」


「あっ、あれはあの時初めて見たから興味を持っただけです」


「本当かな?」


「本当です!!」
私は強く主張した。
でも……
私の着付けは、結局白無垢のままだった。


(先輩の馬鹿、意地悪)
白無垢のせいではないと思うけど、頭は真っ白になっていた。




 降ったり止んだりの雨の中、私達は予定通りにレンタル衣装屋さんを出発した。
余裕を咬ましたのか、先輩は人力車にふんぞり反る。
でも額にはうっすら汗が滲んでいた。


私達は大勢の観光客の中をひた走っていた。
その人力車が何処へ行くのかも知らされないままで……
本当は氷川神社かも知れないと思っていた。
でも完全に疑っていたのだった。




 こんなことするために来た訳ではない。
確かにレンタル衣装は着てみたかった。
本当はそれで歩いて見たかったのだ。
もしかしたら、楽しみながら健康になれるかも知れないからだ。
私が立てた計画は一万歩ウォーキングだったのだ。




 川越駅と川越市駅、本川越駅の何処からでも始められるからだ。
この機会に私の力もアピールしたかったのだ。


まず中院へと向かう。
もうすでに枝垂れ桜は散ってしまったかと思うけど、彩りの花を満喫してほしかった。
次は仙波東照宮。
徳川家所縁の墓所なんて日光まで行かないと見られない。
本当は騒いで眠りを覚まさしてはいけないから、そっとしておいてあげるのがいいけどね。
あの時のように、三葉葵門を閉ざしておけば良いだけだから……


次は仙波東照宮と小道で繋がっている喜多院。小さな池に架かる赤い橋。
反対側にも赤い、どろぼう橋。
その中を歩けば喜多院だ。


私達が七福神詣りをしていた時、大黒天の前で御払いをしていた。
私は頭を下げて、ちゃっかりそのご利益を貰ったのだ。




 3代将軍家光の命により、江戸城別殿が移築された。
だから此処には家光誕生の間や春日局化粧の間などがあるのだ。
それもアピールしたかった。
次は川越高校横を抜けて、川越氷川神社。
確か新河岸川の傍にあるはずだから、川越舟運を知ってもらえるチャンスかも知れない。


川越の歴史上欠かせない、通りゃんせの発祥の地の三芳神社は改修工事も終わっている。
だから近くにある本丸にも行けるはずだ。


郭町交差点を真っ直ぐに進むと川越氷川神社の大鳥居が見えてくるはずなのだ。


裁判所前の信号を真っ直ぐ行った突き当たりを左に折れれば、蔵造りの町並みの道に出る。
その道を真っ直ぐに行けば本川越の駅だ。
これで本当に一万歩になるかどうかは解らない。
だから試してみたかったのだ。


きっと、七福神詣りだってその位は行くはずだ。
それなのに、それなのに先輩ときたら……




 エイプリルフールって、何で出来たのだろうか?
以前調べたことがある。


フランスでは3月25日が新年で4月1日まで祭りだった。
でも1564年の1月1日から新年にするとシヤルル9世が勝手に決めた。
でもそれに反発した人がばか騒ぎを始めた。
それがエイプリルフールの初めて、嘘の新年のようだ。


それを祝っていた人達をシヤルル9世は憤慨し、次々と逮捕しては処刑してしまったのだ。
その中にはまだ13歳の少女もいた。


それを哀れんだ人達は1564年より13年毎に全く嘘をついてはいけない日も作ったそうだ。
そして嘘の新年は、ヨーロッパの国々へ急速に広まっていったようだ。


その訳を知った時、何故かバレンタインディーの始まりに似ていると思った。


ローマ時代。
若者は兵士になりたがらなかった。
家族や恋人と離れたくなかったからだ。
其処で王は若者に結婚禁止令を出した。


バレンタイン神父はそんな若者を挙式させた。
それを知った王が怒りバレンタイン神父を処刑してしまったのだ。
それが2月14日だったから、愛の日としてバレンタインディーが受け継がれたのだ。


エイプリルフールもバレンタインディーも決して楽しい話ではなかったのだ。




 そんな日に先輩は何故私をからかうことを言ったのだろう。
でもそんなことしている内に、川越氷川神社はどんどん近付いてたのだった。


「どうした?」
白無垢の綿帽子で顔を隠して俯いていたら先輩が覗き込んできた。


「エイプリルフールの冗談じゃないから……」


「えっ!?」


「だから俺、本気だからな」


「嘘」


「嘘じゃない。本気でお前さんに惚れたんだ。それに……エイプリルフールってのは午前中だけだぞ。あれは午後だったろ?」


「えっ!?」
私は慌てて時間を確認するために記憶を辿ってみた。確かにあれは午後だった。


「今日も、もうお昼は過ぎている。ごめん、きっとお腹が空いているだろうけど、もう少し付き合ってくれないか?」


「そう言えば緊張して……って言うか、先輩に馬鹿にされていると思って何も食べてない。だって昨日、先輩が私を弄んだだと思って、川越の街を彷徨っていたから……」
そう言った途端にお腹が鳴った。
私は慌ててお腹に手を置いた。
でも私の腹の虫は収まってくれなかった。


「あははは、何つうかお前さんらしい」


「お前さんらしいって何!? 私の何を知ってるの?」
恥ずかしいやら、何やらで先輩にあたるしかない私。
そんな私を先輩は抱き締めた。




 川越氷川神社の前では双方の家族が集合していた。
そして裏の新河岸川ではあの日枝神社のポスターで見たような舟で川遊びが行われていた。
今年は小規模だったけどね。


新河岸川の脇にある桜の花が散りながら川を埋め尽くしている。


「年に一度だけの花筏イベントだよ。素敵だろ?」


「あっ、これが……」


「いや違う。日枝神社のポスターの横にあったんだ。あの日このイベントを知って、此処で結婚するって決めたんだ」


「何で、何にも言ってくれなかったの?」


「いや、お前さんの両親には結婚の許しはもらっておいた」


「えっ!?」


「お前さんを驚かすために、何にも言わないでくれたって頼んだんだ」


「いつ頃の話ですか?」


「この仕事が始まる前のことだ。電話したら、お前さんが俺のことを好きだって聞かされた」


「嘘。確かに先輩のことが好きだったけど、両親には言ってない」


「態度で解ったそうだ。その時、何故か結婚の話になった」


「わっ、聞いてない」


「だからお前さんの両親に内緒にしておいて、と頼まれたんだ」


「いや、絶対に作り話しだ」


「違うよ。その時、俺達の祖父さんが知り合いだったと判明したんだ。お前さんの亡くなったお祖父さんは、川越舟運の仕事をしていたんだ。だから急に調べてみたくなったんだ」


「嘘……、それも聞いてない」


「本当の話だ。それと、その時に俺達が許嫁だと言われた」


「許嫁!?」


「お前さんが産まれた時、俺んとこの祖父さんが頼んだんそうだ。だからお前さんが俺の名前を口にした時、喜んだんだそうだ」


「何だか、これも嘘っぽい」


「エイプリルフールに言ったからか? 実は俺も面食らった。でも祖父さんから、結婚相手がいるってことは聞かされてはいたんだ」


「それが私!?」
先輩は頷き、綿帽子を少し上げキスをした。


「でも嘘であってほしいと思っていた。俺はお前さんに惚れていたから、その話を断ろうとした矢先だった」


「嘘よ。先輩が私のこと、好きだなんて。こんな私を……」



「お前さんは、これからも俺のバディだ。だけどダディにもならせてくれ」
先輩がそっとお腹を擦る。
それは私との間に子供が欲しいとの暗黙の合図。


「嬉しい、本当に嬉しい。俺達は今日から夫婦だ。祖父さんとの約束もあったけど、俺はお前さんと出逢った時点で惚れていた。だから本当に嬉しい……」
先輩がもう一度お腹を擦る。
その時、私の腹の虫が勢い良く鳴った。
慌てて先輩を見ると大笑いしていた。


「もしかしたらだけど『だから明日、よろしくお願い致します』って電話で言わなかった?」


「うん、昨日電話した」
その返事で疑問が解けた。あの声は先輩だったのだ。だから聞き覚えがあると思ったのだ。
その電話で先輩は母に此処に集まってくれるように頼んだのかも知れない。
それにしても先輩は意地悪だ。

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