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2章 冒険者ギルド
ステラ①
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「へえ、軽やかな身のこなしだね。魔力制御が上手いのかな?それともそれが素の身体能力だったり?」
木から木へと飛び移って移動する俺に、ステラは感心したように言った。
移動している最中、ステラは俺をじっくりと観察するかのように俺の後ろにぴったりとくっついてきている。
「……………………」
……どうしてこうなった。
俺はステラに誘われるがままにCランクの依頼に来ていた。
依頼内容は、ユスティニアの森にて《黒狂狼》の討伐。
断るべきだったかな。
いや、この数日で無駄に目立ってしまったせいで酒場では他の冒険者たちに嫌われている。
他のパーティに当たってみたところで組んではくれないだろう。
今回は大鎌を使う予定はない。【特能】の能力やアーティファクトをむやみに使うことはエリシアがトラブルの元になると言っていたし。
何より――
ステラが《宵月の烏》の構成員の可能性がある。
もしステラが宵月の烏なら、絶対に特能の能力を見せるわけにはいかない。
今回はその代わりに、渡されていたエリシアの組織の支給品の剣を持ってきている。
これがどれくらいの価値があるのかは分からないが、売ったら殺すとエリシアからは釘を刺されていたので取っておいた。まさかこんな形で出番があるとは思わなかった。
「……普通、こういうのってランクが高い方が先導するものじゃないのか?」
俺の後ろに張り付いてついて来ているステラに聞くと、ステラは涼しい声で答えた。
「なに、大丈夫さ。方向はこのまま真っすぐでいいよ。なにせ"あいつ"が見えたら一目で分かるからね」
……そう言うことじゃないんだが。
仕方が無いのでステラに言われるがままにユスティニアの森を進み続ける。
今回はCランクの討伐依頼だからか、いつもよりも深い所まで進んでいる気がする。
「アマヤ、そこでストップだ」
そのまま更に一時間ほど進んだあたりで、ステラが俺を静止した。
そして俺の隣に来ると、前方の開けた辺りを指さした。
「見えるかい?あの黒いのだ」
ステラが指さした先には、"黒い塊"がいた。
いや、違う。
こちらに背を向けているからそう見えただけで、黒い塊に見えたのはそれの全身が黒い毛皮に覆われていたからだ。
「ウウウウウウウウウウ……………」
よく見れば"それ"の姿形こそ黒狼に似ているように見えるが、その大きさは3メートルを優に超えており黒狼の倍は大きい。
そして――黒狼よりも遥かに禍々しい。
全身を覆う黒い体毛はトゲのように逆立っており、その眼は溶けたルビーのように赤く煌いていた。
「なんだあれ……」
思わず呟くと、ステラは前方の魔物から目を離さずに答えた。
「アレ、君も知っている筈の魔物だよ」
「……もしかして、黒狼か?」
「正解。黒狼が進化……というより"変質"した魔物がアレだ。なんとも奇妙な外見だろう?」
「……ああ」
ステラに答えながら、再び《黒狂狼》を眺める。
まるで涙を流しているかのように溶けだした眼。苦しそうなその呻き声。
その姿に、本能的な異物感のようなものを感じた。
「ああいう"異形の魔物"を見るのは初めてかい?」
「ああ」
ステラにそう答えつつ、俺には実は見覚えがあった。
"鹿頭の巨人"。
この森の最深部で出会った、鹿の頭部に首から下は巨人の躰を持つ魔物も、このような異形の見た目をしていた。
「まるで、生物の理から外れたかのような……」
小さく呟くと、隣で聞いていたステラが眉を顰めた。
「……アマヤ。"魔物"と、"普通の動物"の違いは分かるかい?」
「……分からない」
少し考えたあとに素直に答えると、ステラは驚いたような顔をした。
「……驚いた。君、本当に何も知らなかったんだね」
適当にでも答えておくべきだったか?
いや、隠そうとする方が怪しいか。
「いや、俺の故郷は魔物はそんなに多くなかったから……」
「へえ」
これまた適当に言い繕うと、返事をしつつステラが訝しむような視線を向けた。
「まあいいさ。いいかい?彼らが普通の動物と違うのは体内に"魔力"を蓄えていることだ。進化の過程で魔力を体内に取り込んで、より大きく、より狂暴に進化して行ったのが今の魔物だ」
「じゃあその辺の動物も、この森にいたらいつかは魔物になるのか?」
「いいや。成長の過程であれほどに姿を変えるのは魔物だけだよ。ユスティニアの森の魔物は魔力を取り込んでいくほどに、段々とその辺の動物からはかけ離れた、いくつかの魔物や動物が混ざりあったような見た目になっていくのさ」
「魔物は強くなるたびに異形の姿になっていく……」
「ああ、おそらく体内の魔力濃度に応じて肉体が変性しているんじゃないかな」
「……………………」
「……思うに、魔物はきっと成長の過程で"進化の楔"を外したんじゃないかな」
「進化の枷……」
「それを祝福と呼ぶか、呪いと呼ぶかは人によると思うけどね。私はアレを見る限り、そんなに幸せそうには見えないな」
ステラはそう言うと、憐れむような目で黒狂狼を見つめていた。
「……さて。先輩冒険者による講義は終わりだ。あの魔物を救ってあげようじゃないか」
ステラはそう言って立ち上がると、剣を抜いて詠唱を始めた。
「氷結するは我の剣。凍てついた剣が光に煌めく時、その身は氷となりて我が刃剣に力を貸せ――」
ステラが詠唱を続けるにつれ、ステラがかざした剣先に氷の槍が形成されていった。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
黒狂狼もまた俺たちの存在に気がつくと、張り裂けんばかりの咆哮を上げた。
(こいつも黒狼と同じように仲間を呼ぶのか……厄介だな)
「――【氷槍】」
そして、ステラが詠唱を終えると同時に黒狂狼に向けて氷の槍を撃ち出した。
撃ち出された氷の槍は黒狂狼の右脇腹に深々と突き刺さり、黒狂狼がよろめいた。
「グォォォォォォ…………」
「よし、効いているな」
ステラは氷槍が黒狂狼に突き刺さったのを確認すると、俺に振り向いてった。
「さあ、ここからは君の仕事だぞ」
「は?」
「さっき黒狂狼が仲間を呼んだね。この場には今にもボスに呼ばれた黒狼が集まって来るぞ。周りの雑魚は私は私が相手をするから、君が黒狂狼を倒すんだ」
「おい、俺はEランクの冒険者で……」
ステラに反論しようすると、ステラは射抜くような視線を俺に向けた。
「それとも――何か、実力を見せちゃ困ることでもあるのかな?」
「…………」
「なに、有効打は与えた。あとは君が本物の冒険者なら何も問題はないさ」
ステラはそれだけ言うと、集まり始めて来た黒狼の群れに向かってさっさと駆けだして行った。
「グルルルルルルルルルルル…………」
「はぁ……やるしかないか……」
黒狂狼の唸り声が聞こえる中、剣を抜くと黒狂狼と向き合う。
鹿頭の巨人との戦いで、硬い毛皮を持つ魔物との戦い方は知っている。
魔法などの攻撃によってダメージを与えた部位を狙えばいいのだ。
最初にステラが放った魔法の一撃――それを食らった右脇腹を狙えばいい。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
飛びかかってきた黒狂狼を避けると、側面から傷ついた右脇腹を狙う。
しかし――
「くっ――」
斬りかかった長剣は僅かに狙いを外れ、黒狂狼の毛皮によって弾かれた。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
黒狂狼はそのまま、その大きな前足で俺を薙ぎ払った。
咄嗟に長剣でガードするが、大きく後ろに吹き飛ばされる。
(……なんだ、この力?ただの黒狼とはまるで比べ物にならない……!)
下がりつつ体制を立て直すと、黒狂狼は獰猛な目で俺を睨んでいた。
速さ、力ともに通常の黒狼とは比べ物にならない。
しかも、使い慣れた大鎌と長剣じゃリーチから何か何まで違う。
これでは狙いを定めて特定の部位を攻撃するなんて不可能だ。
「…………」
影槍を使えば、動きを止めて確実に仕留めることができる。
しかしそれだとステラに特能の力を見せることになる。
「まだかアマヤ!こっちだっていつまでも持たないぞ!」
振り向けば、ステラの元には魔力欠乏症にかかった夜に黒狼の群れに襲われたときの倍近い数の黒狼が集まっていた。
下を見れば何匹もの黒狼が倒れている。
囲まれつつも何匹もの黒狼を倒している辺り、流石はCランクの冒険者だ。
――だが、そうは言っても数が多すぎる。いくらCランク冒険者とは言え、この数の黒狼を相手にいつまでも足止めをすることはできないだろう。
「くっ……」
しかし、かといってここで【特能】を使うわけには――
逡巡している俺に、ステラが叫んだ。
「ここまで変質した魔物は殺さない限り、暴れ狂って周囲に被害を与え続ける!ここで私たちが止めを刺さなければ、そのうち浅層にまで出て来て駆け出しの冒険者を殺すぞ!」
「そうは言ったって――」
「いいか、アマヤ!私たち上級冒険者の使命はたった一つ!それは標的の魔物を絶対に取り逃がさないことだ!」
「それは俺には関係ないだろ!?」
そう、一般的に見れば俺はせいぜい一介のEランク冒険者に過ぎない。
どう考えてもEランク冒険者にCランク相当の魔物の討伐を任せたステラがおかしいのだ。
吼えるほうにステラに答えると、ステラは答えた。
「――Cランク以上の依頼は、失敗したら成功時に得られた筈のギルドポイントがそのまま減ると言ってもか!?」
「は――――」
失敗したら、Cランク相当のギルドポイントが減らされる?
Dランクの依頼でコツコツギルドポイントを貯めている最中だというのに、そんなことになったらDランクに上がるのなんて遥かに先のことになる。
俺が狼狽えたのを見て、ステラがニッと笑った。
「そんなものかユーリ=アマヤ!?私に君の本当の実力を見せてくれ!」
この女……
俺が急いでランクを上げているのを知っていて、わざと失敗時にペナルティのあるCランクの依頼に連れて来たな。
「――ああ、クソっ!」
苛立ちながら長剣を放り捨てると、巻き付けられた拘束を外して真紅の大鎌を構える。
そして見据えるのはステラの氷槍によって傷ついた黒狂狼の右脇腹。
あんなに小さい的を狙うのならば、使い慣れた武器じゃないと駄目だ。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「ふう――――」
深呼吸一つ。
そして、飛びかかって来た黒狂狼を見据える。
俺目掛けて噛みつかんとする初撃をギリギリでかわすと同時に、身体を回転させそのまま黒狂狼の胴体目掛けて大鎌を振るうと――
――右脇腹を真紅の大鎌で切り裂いた。
「ヴォオオオオオ…………」
呻き声と共に、脇腹から鮮血が飛び散って黒狂狼は倒れた。
黒狂狼が倒れると、黒狼たちは一斉に逃げ去って行った。
「――――これだ」
その様子を見て、ステラは嬉しそうに――笑った。
「……やられた」
ハメられた――
ギルドポイントを盾に、実力を出すように仕向けられた。
ステラは、最初からこれが目的だったのだ。
(いや、だけど……)
確かに、大鎌を使っているのは見られた。エリシアに言われたように隠すべきだったのかもしれない。
だけど、まだ【特能】の能力を使用したのを見られたわけじゃない。俺が《来訪者》だという確証は無い筈だ。
「ふふ、思った通りだ……」
だけど、あの顔……もう俺が《来訪者》だと確信を持たれている。
笑みを浮かべているステラを他所に、心の中で覚悟を決める。
(駄目だ。今ここで――始末するしかない)
「……………………」
大鎌を構えると地面を蹴り上げ、高速でステラに迫る。
そしてステラを大鎌のリーチの中に捉え、そのまま振りかぶろうとすると――
「――――凄い!」
「は……?」
思いがけないステラの言葉に、思わず動きが固まった。
――"凄い"?この状況で何言ってるんだ?
「凄い!凄いよ!思った通り、只者じゃなかった!」
状況が掴めずにフリーズしていると、ステラは俺の手を握ってぴょんぴょんと跳ね始めた。
「は――――え……何?」
どういうことだ?
どうしてこの光景を見て子供のようにはしゃいでいる?
俺が困惑していると、ステラは目を輝かせて俺の手を両手で握ったまま口を開いた。
「アマヤ、私と――パーティを組もう」
ステラは、満面の笑みを浮かべてそう言った。
木から木へと飛び移って移動する俺に、ステラは感心したように言った。
移動している最中、ステラは俺をじっくりと観察するかのように俺の後ろにぴったりとくっついてきている。
「……………………」
……どうしてこうなった。
俺はステラに誘われるがままにCランクの依頼に来ていた。
依頼内容は、ユスティニアの森にて《黒狂狼》の討伐。
断るべきだったかな。
いや、この数日で無駄に目立ってしまったせいで酒場では他の冒険者たちに嫌われている。
他のパーティに当たってみたところで組んではくれないだろう。
今回は大鎌を使う予定はない。【特能】の能力やアーティファクトをむやみに使うことはエリシアがトラブルの元になると言っていたし。
何より――
ステラが《宵月の烏》の構成員の可能性がある。
もしステラが宵月の烏なら、絶対に特能の能力を見せるわけにはいかない。
今回はその代わりに、渡されていたエリシアの組織の支給品の剣を持ってきている。
これがどれくらいの価値があるのかは分からないが、売ったら殺すとエリシアからは釘を刺されていたので取っておいた。まさかこんな形で出番があるとは思わなかった。
「……普通、こういうのってランクが高い方が先導するものじゃないのか?」
俺の後ろに張り付いてついて来ているステラに聞くと、ステラは涼しい声で答えた。
「なに、大丈夫さ。方向はこのまま真っすぐでいいよ。なにせ"あいつ"が見えたら一目で分かるからね」
……そう言うことじゃないんだが。
仕方が無いのでステラに言われるがままにユスティニアの森を進み続ける。
今回はCランクの討伐依頼だからか、いつもよりも深い所まで進んでいる気がする。
「アマヤ、そこでストップだ」
そのまま更に一時間ほど進んだあたりで、ステラが俺を静止した。
そして俺の隣に来ると、前方の開けた辺りを指さした。
「見えるかい?あの黒いのだ」
ステラが指さした先には、"黒い塊"がいた。
いや、違う。
こちらに背を向けているからそう見えただけで、黒い塊に見えたのはそれの全身が黒い毛皮に覆われていたからだ。
「ウウウウウウウウウウ……………」
よく見れば"それ"の姿形こそ黒狼に似ているように見えるが、その大きさは3メートルを優に超えており黒狼の倍は大きい。
そして――黒狼よりも遥かに禍々しい。
全身を覆う黒い体毛はトゲのように逆立っており、その眼は溶けたルビーのように赤く煌いていた。
「なんだあれ……」
思わず呟くと、ステラは前方の魔物から目を離さずに答えた。
「アレ、君も知っている筈の魔物だよ」
「……もしかして、黒狼か?」
「正解。黒狼が進化……というより"変質"した魔物がアレだ。なんとも奇妙な外見だろう?」
「……ああ」
ステラに答えながら、再び《黒狂狼》を眺める。
まるで涙を流しているかのように溶けだした眼。苦しそうなその呻き声。
その姿に、本能的な異物感のようなものを感じた。
「ああいう"異形の魔物"を見るのは初めてかい?」
「ああ」
ステラにそう答えつつ、俺には実は見覚えがあった。
"鹿頭の巨人"。
この森の最深部で出会った、鹿の頭部に首から下は巨人の躰を持つ魔物も、このような異形の見た目をしていた。
「まるで、生物の理から外れたかのような……」
小さく呟くと、隣で聞いていたステラが眉を顰めた。
「……アマヤ。"魔物"と、"普通の動物"の違いは分かるかい?」
「……分からない」
少し考えたあとに素直に答えると、ステラは驚いたような顔をした。
「……驚いた。君、本当に何も知らなかったんだね」
適当にでも答えておくべきだったか?
いや、隠そうとする方が怪しいか。
「いや、俺の故郷は魔物はそんなに多くなかったから……」
「へえ」
これまた適当に言い繕うと、返事をしつつステラが訝しむような視線を向けた。
「まあいいさ。いいかい?彼らが普通の動物と違うのは体内に"魔力"を蓄えていることだ。進化の過程で魔力を体内に取り込んで、より大きく、より狂暴に進化して行ったのが今の魔物だ」
「じゃあその辺の動物も、この森にいたらいつかは魔物になるのか?」
「いいや。成長の過程であれほどに姿を変えるのは魔物だけだよ。ユスティニアの森の魔物は魔力を取り込んでいくほどに、段々とその辺の動物からはかけ離れた、いくつかの魔物や動物が混ざりあったような見た目になっていくのさ」
「魔物は強くなるたびに異形の姿になっていく……」
「ああ、おそらく体内の魔力濃度に応じて肉体が変性しているんじゃないかな」
「……………………」
「……思うに、魔物はきっと成長の過程で"進化の楔"を外したんじゃないかな」
「進化の枷……」
「それを祝福と呼ぶか、呪いと呼ぶかは人によると思うけどね。私はアレを見る限り、そんなに幸せそうには見えないな」
ステラはそう言うと、憐れむような目で黒狂狼を見つめていた。
「……さて。先輩冒険者による講義は終わりだ。あの魔物を救ってあげようじゃないか」
ステラはそう言って立ち上がると、剣を抜いて詠唱を始めた。
「氷結するは我の剣。凍てついた剣が光に煌めく時、その身は氷となりて我が刃剣に力を貸せ――」
ステラが詠唱を続けるにつれ、ステラがかざした剣先に氷の槍が形成されていった。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
黒狂狼もまた俺たちの存在に気がつくと、張り裂けんばかりの咆哮を上げた。
(こいつも黒狼と同じように仲間を呼ぶのか……厄介だな)
「――【氷槍】」
そして、ステラが詠唱を終えると同時に黒狂狼に向けて氷の槍を撃ち出した。
撃ち出された氷の槍は黒狂狼の右脇腹に深々と突き刺さり、黒狂狼がよろめいた。
「グォォォォォォ…………」
「よし、効いているな」
ステラは氷槍が黒狂狼に突き刺さったのを確認すると、俺に振り向いてった。
「さあ、ここからは君の仕事だぞ」
「は?」
「さっき黒狂狼が仲間を呼んだね。この場には今にもボスに呼ばれた黒狼が集まって来るぞ。周りの雑魚は私は私が相手をするから、君が黒狂狼を倒すんだ」
「おい、俺はEランクの冒険者で……」
ステラに反論しようすると、ステラは射抜くような視線を俺に向けた。
「それとも――何か、実力を見せちゃ困ることでもあるのかな?」
「…………」
「なに、有効打は与えた。あとは君が本物の冒険者なら何も問題はないさ」
ステラはそれだけ言うと、集まり始めて来た黒狼の群れに向かってさっさと駆けだして行った。
「グルルルルルルルルルルル…………」
「はぁ……やるしかないか……」
黒狂狼の唸り声が聞こえる中、剣を抜くと黒狂狼と向き合う。
鹿頭の巨人との戦いで、硬い毛皮を持つ魔物との戦い方は知っている。
魔法などの攻撃によってダメージを与えた部位を狙えばいいのだ。
最初にステラが放った魔法の一撃――それを食らった右脇腹を狙えばいい。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
飛びかかってきた黒狂狼を避けると、側面から傷ついた右脇腹を狙う。
しかし――
「くっ――」
斬りかかった長剣は僅かに狙いを外れ、黒狂狼の毛皮によって弾かれた。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
黒狂狼はそのまま、その大きな前足で俺を薙ぎ払った。
咄嗟に長剣でガードするが、大きく後ろに吹き飛ばされる。
(……なんだ、この力?ただの黒狼とはまるで比べ物にならない……!)
下がりつつ体制を立て直すと、黒狂狼は獰猛な目で俺を睨んでいた。
速さ、力ともに通常の黒狼とは比べ物にならない。
しかも、使い慣れた大鎌と長剣じゃリーチから何か何まで違う。
これでは狙いを定めて特定の部位を攻撃するなんて不可能だ。
「…………」
影槍を使えば、動きを止めて確実に仕留めることができる。
しかしそれだとステラに特能の力を見せることになる。
「まだかアマヤ!こっちだっていつまでも持たないぞ!」
振り向けば、ステラの元には魔力欠乏症にかかった夜に黒狼の群れに襲われたときの倍近い数の黒狼が集まっていた。
下を見れば何匹もの黒狼が倒れている。
囲まれつつも何匹もの黒狼を倒している辺り、流石はCランクの冒険者だ。
――だが、そうは言っても数が多すぎる。いくらCランク冒険者とは言え、この数の黒狼を相手にいつまでも足止めをすることはできないだろう。
「くっ……」
しかし、かといってここで【特能】を使うわけには――
逡巡している俺に、ステラが叫んだ。
「ここまで変質した魔物は殺さない限り、暴れ狂って周囲に被害を与え続ける!ここで私たちが止めを刺さなければ、そのうち浅層にまで出て来て駆け出しの冒険者を殺すぞ!」
「そうは言ったって――」
「いいか、アマヤ!私たち上級冒険者の使命はたった一つ!それは標的の魔物を絶対に取り逃がさないことだ!」
「それは俺には関係ないだろ!?」
そう、一般的に見れば俺はせいぜい一介のEランク冒険者に過ぎない。
どう考えてもEランク冒険者にCランク相当の魔物の討伐を任せたステラがおかしいのだ。
吼えるほうにステラに答えると、ステラは答えた。
「――Cランク以上の依頼は、失敗したら成功時に得られた筈のギルドポイントがそのまま減ると言ってもか!?」
「は――――」
失敗したら、Cランク相当のギルドポイントが減らされる?
Dランクの依頼でコツコツギルドポイントを貯めている最中だというのに、そんなことになったらDランクに上がるのなんて遥かに先のことになる。
俺が狼狽えたのを見て、ステラがニッと笑った。
「そんなものかユーリ=アマヤ!?私に君の本当の実力を見せてくれ!」
この女……
俺が急いでランクを上げているのを知っていて、わざと失敗時にペナルティのあるCランクの依頼に連れて来たな。
「――ああ、クソっ!」
苛立ちながら長剣を放り捨てると、巻き付けられた拘束を外して真紅の大鎌を構える。
そして見据えるのはステラの氷槍によって傷ついた黒狂狼の右脇腹。
あんなに小さい的を狙うのならば、使い慣れた武器じゃないと駄目だ。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「ふう――――」
深呼吸一つ。
そして、飛びかかって来た黒狂狼を見据える。
俺目掛けて噛みつかんとする初撃をギリギリでかわすと同時に、身体を回転させそのまま黒狂狼の胴体目掛けて大鎌を振るうと――
――右脇腹を真紅の大鎌で切り裂いた。
「ヴォオオオオオ…………」
呻き声と共に、脇腹から鮮血が飛び散って黒狂狼は倒れた。
黒狂狼が倒れると、黒狼たちは一斉に逃げ去って行った。
「――――これだ」
その様子を見て、ステラは嬉しそうに――笑った。
「……やられた」
ハメられた――
ギルドポイントを盾に、実力を出すように仕向けられた。
ステラは、最初からこれが目的だったのだ。
(いや、だけど……)
確かに、大鎌を使っているのは見られた。エリシアに言われたように隠すべきだったのかもしれない。
だけど、まだ【特能】の能力を使用したのを見られたわけじゃない。俺が《来訪者》だという確証は無い筈だ。
「ふふ、思った通りだ……」
だけど、あの顔……もう俺が《来訪者》だと確信を持たれている。
笑みを浮かべているステラを他所に、心の中で覚悟を決める。
(駄目だ。今ここで――始末するしかない)
「……………………」
大鎌を構えると地面を蹴り上げ、高速でステラに迫る。
そしてステラを大鎌のリーチの中に捉え、そのまま振りかぶろうとすると――
「――――凄い!」
「は……?」
思いがけないステラの言葉に、思わず動きが固まった。
――"凄い"?この状況で何言ってるんだ?
「凄い!凄いよ!思った通り、只者じゃなかった!」
状況が掴めずにフリーズしていると、ステラは俺の手を握ってぴょんぴょんと跳ね始めた。
「は――――え……何?」
どういうことだ?
どうしてこの光景を見て子供のようにはしゃいでいる?
俺が困惑していると、ステラは目を輝かせて俺の手を両手で握ったまま口を開いた。
「アマヤ、私と――パーティを組もう」
ステラは、満面の笑みを浮かべてそう言った。
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毎話これでいいのかと頭を抱えながら描いていたのでそう言って頂けてとても嬉しいです。
ご感想ありがとうございます。
『要はロザリアが手に負えない、手が出せないから殺せる来訪者を殺しているだけで元凶を野放しにしている』
→その通りです。組織が行っているのは所謂対処療法ですね。実際主人公もそこに不信感を抱くことになってしまいました。
そういう意味でフラメアやその組織が信頼できないと判断されるのは自業自得ですね