いともたやすく人が死ぬ異世界に転移させられて

kusunoki

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2章 冒険者ギルド

酒場

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「はい、これで貴方も冒険者。おめでとう」

 鑑定が終わった後、エリシアに案内されて冒険者ギルドの受付で登録手続きを済ませた。冒険者の等級ランクは7段階に分かれていて、駆け出しの冒険者は全員Fランクからのスタートだという。

 つまりは現在のFランクから目標のAランクまで、一か月の間に5ランク上げなければならないという訳だ。
 
「――で、これからどうすればいい?ひたすら魔物を狩ればいいのか?」

「そうね……これからの話もしたいし、座って話しましょ」

 エリシアに促されて、ギルド内の酒場のスペースへと移動する。
 酒場はかなり賑わっていて、冒険者と思しき人達が思い思いに食事を楽しんでいた。

「ところで……エリシアって、いわゆる闇のそ――じゃなかった、《来訪者》を保護する組織の人間なんだよな?俺が特能ギフトの力なんか使わなくたって、こうして一緒にいたらどのみち周りには俺が《来訪者》だって気づかれるんじゃないのか?」

「……なんか今、ひどいこと言いかけてなかった?」

「言ってない」

「あそ。……まあ、その辺は大丈夫。まず、私たちの組織は一般に知られていないし、それに――」

 エリシアが空いている席を探しながら言葉を続けた。

「……私は、この街では空気みたいなものだから」

 エリシアは振り返ることなく言った。
 その長い銀髪で顔が隠れていて、ここからではどんな表情をしているのかは分からなかった。

「……そうか…………」

 俺の監視役兼協力者になる前、エリシアがこの都市で何をしていたのか、どんな任務でこの都市にいたのか、俺は何一つ知らない。
 そもそも俺は、エリシアのことを何も知らないのだ。

 どんな言葉を返せばいいのか分からずに、結局無言のまま空いているテーブルを見つけるとエリシアが先に腰掛けた。

「おお!エリシア!戻ってきてたのか!」

 座るや否や、キンヘッドに口髭を生やした熊のような大男が嬉しそうに話しかけてきた。

「げっ」

 男の顔を見てエリシアがバツの悪そうな表情を浮かべた。

「おい」

 がっつり知られてるじゃねえか。
 ふざけんな。何なんださっきの会話は。

「はー……しんみりして損した」

 エリシアを無視してテーブルの対面に座る。
 真に受けて損した。

「アレは良いの!酒場の親父だから、大切な情報源なの!」

 エリシアが慌ててなにやら言い訳をしてくる。
 小うるせえ。

「なんだよ!水臭いじゃねぇか!戻って来てるなら一声くらいかけてくれりゃいいのに!」

「ああもう、それより注文!シードル二つね!」

 エリシアは慣れた様子で注文を告げた。

「二つ……?」

 エリシアが注文を告げると、店主が注文票を手に持ったままポカンとしている。

「私と彼女の分ね」

 俺も飲むのかよ。
 エリシアは素っ気なさそうに返事をすると、熊のような親父はエリシアの隣にいる俺のことを見て目を見開いた。

「おお……」

 固まったままの親父を他所に、エリシアに耳打ちをする。

「おい……俺はまだ未成年なんだけど」

「そっちの世界の話は知らないけど、この世界では14歳からが成人なの。流石に14歳は超えてるでしょ?」

 そんな俺達のやり取りを聞きながら、熊のような体格の親父は今にも泣き出しそうな顔をしている。
 そして感極まった声で言った。

「ついに……ついにエリシアにも、一緒に酒を呑む友達ができたんだな……!」

 店主は感慨深そうに涙を流し始めた。

「ちょっと!」

 エリシアが顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。

「よかったなぁ~エリシア。お前、この街に来て半年以上経つのに、ろくに話す相手もいなかったもんな……うちの娘と同い年だから、ずっと心配してたんだよ」

 そう言ってとうとう店主が「うおおおん」と男泣きを始めた。

「あーもううるさいな!!いいからシードル持ってきて!」

 エリシアが顔を真っ赤にして親父をしっしっと追い払った。

「エリシア……お前、人見知りなのか……」

 なるほど、最初の方のエリシアのあの態度はあれか。
 人見知りが初対面の相手に適切な対応が分からなくなっていたやつか。

「あ゛あ゛あ゛あああ!!!!私の……頼れるクールなイメージが……」

 エリシアが羞恥のあまり、テーブルに頭を突っ伏して悶え始めた。

 頼れるクールなイメージ?最初からないよそんなもん。
 いや、最初だけあったな。会ってから30分くらいは。


「ん゛ん゛っ……さて、これからの方針を決めましょ」

 ようやく落ち着いたらしい。
 酒場の親父が注文を受けて戻っていくと、エリシアが咳払いをして仕切り直した。

「で、具体的に俺はどうすればいい?」

「ギルドが掲示している依頼を受けて、地道にギルドポイントを貯めていくしかないかな。ギルドが募集している依頼には、金銭報酬とは別にギルドポイントっていうのがあって、一定のラインまで貯まると上のランクに上がれるの。もちろん報酬もギルドポイントも、高ランクの依頼ほど貰える分は大きい」

「依頼って具体的に何をするんだ?」

「今までと何も変わらない。魔物を倒すだけ。得意でしょ?」

 なるほど。それならあの森でやっていたことと変わらないな。魂の収穫のために魔物を倒すか、ギルドの依頼という形で魔物を倒すかの違いだ。

 それならシンプルで分かりやすい。

「さっそく依頼に行きたいんだけど、蜘蛛や狼の討伐依頼はあるのか?」

「ユスティリアの森の魔物のこと?行けないけど?」

「――は?」

「《マンイーター》と《ブラックハウンド》の討伐依頼のことでしょ?あれらは駆け出しの冒険者にとって、いわば最初の壁なの。そもそもユスティニアの森自体が最低ランクの冒険者が単独ソロで入ることは禁止されてるから」

「えっ、じゃあどうやって依頼を受ければいいんだよ……」

「地道に都市近郊のもっと弱い魔物を倒してランクを上げるとか――もしくはFランクでは単独での活動が認められていないだけで、ユスティニアの森に入ること自体は上のランクの冒険者と一緒なら許可されてるから、パーティを組むとか」

「でも、Fランクの依頼はギルドポイントが少ないんだよな?」

「うん、Fランクの依頼だけを受けていたら、FランクからEランクに上がるだけで半月はかかると思う」

 常識的に考えて、FランクからAランクまで上げなきゃいけないのに、Eランクに上がるまでに半月かけていたらどう考えても間に合わない。

「……詰んでね?」

 意気消沈しながら聞くと、エリシアが不敵に笑った。

「そこで、私が考えた攻略法がある」

 エリシアは、指を組みながら話し始めた。

「冒険者どうしはパーティを組むことができるの。ランクに差がある冒険者どうしは2ランク差まで同じ依頼に同行することができる。つまり、Fランクである貴方はDランクの冒険者と組んで、Dランクの依頼を受ければいい。実力はDランクなんか遥かに超えてるんだから、依頼自体は余裕でこなせる」

 あれ、なんか、どこかで聞いたことのあるような攻略法だな……

「受ける依頼のランクが高ければ高いほど、当然、貰えるギルドポイントも上がる。FランクやEランクの依頼はスルーしてDランク以上の依頼をこなしていけば、あっというにランクを上げていくことができるわ」

「……もし俺がDランクに上がったら?」

「そしたらその人とは別れて、次はCランクかBランクの冒険者と組むのがいいかな。Cランクになったら次はBランクと組めればベスト」

「…………ブースティングじゃねえか……」

「ブー……なんて?」

「いや、なんでもない」

「ちなみに、私はこれを"ランクブースト"と名付けたわ」

 エリシアが胸に手を置いてドヤ顔で言った。
 フレーズちょっとパクっただろ。

 ともかく、エリシアの話はだいたい理解した。
 要はランク差の規定ギリギリの相手と組んでより高いランクの依頼を受け続けていくという訳だ。
 確かに、一見合理的に見える。

 だが――

「終わった……」

「え゛!?なにが!?まだなんにも終わってないけど?」

「エリシア、最初に言っておくけど、俺は『人と仲良く』とか『協力』とか、そういうのが死ぬほど向いてない」

「え…………?あー……ああ……」

 思い当たる節があるのか、エリシアが俺から目を逸らした。

「助けて……なんとかしてくれ。エリシア、いやエリシアさん……」

「そんなこと言われても……私はAランクだから、特別規定でBランクより上じゃないと組めないの」

 エリシアが気まずそうに言った。

「だから、その……頑張って」

 使えねええええ。
 しかも秘策ってブースティングかよ。

 他の冒険者の協力が必要となる攻略法なのに、実行者は対人能力に難があって、おまけに協力者までコミュ障ときた。

「まあ、その、なんだ。お前ら……頑張れよ」

 お通夜みたいな雰囲気になったテーブルに、親父が気まずそうにガラスのジョッキを二つ持ってきた。

「……まあとにかく、乾杯しましょ。貴女のユスティニアの森からの生還と、この世界での――成功を願って」

 エリシアはごほんと咳払い一つして仕切り直した。

「じゃあ、乾杯!」

 俺のガラスにエリシアのガラスががしゃんとぶつけられ、子気味良くガラスが響いた。
 こうして都市における一日目が終わった。
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