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2章 冒険者ギルド

都市

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 ユスティニアの森を抜けると、森の外は一面の草原だった。
 どこまでも広がる草原には街道が一本まっすぐに伸び続けている。

 延々と続く街道には俺たちの他には誰もおらず、時折吹く風が草原を波のように揺らしている。この街道に沿って二時間も歩いていけば現在エリシアが滞在している都市に着くらしい。

「いい?改めて言っておくけど、貴方が受け入れたのは本当に厳しい条件なんだからね」

 先を歩いていたエリシアがくるりと振り返ると、念を推すように人差し指を立てた。

「"一か月でAランクの冒険者になる"だろ?」

 時空の魔女ロザリアによって転移させられた森の中で、俺は特能ギフトという力を与えられ、身体を女に代えられて鹿頭の巨人ケントゥリオという森の化け物には殺されかけると、それはもう散々な目に遭った。
 そして最終的には、エリシアやフラメア達の異世界の組織の協力者という立場になり、偽りの身分と行動の自由を手に入れた。

 ただし人質付き、条件付きだ。

 あの森の中で共に鹿頭の巨人に立ち向かった日野と白鳥はフラメア達の組織に『保護』され、同じくロザリアによってこの世界に転移してきた他のクラスメイト達――《来訪者》を全て探し出すまで解放されることはない。
 そして俺はと言えば、一か月以内にAランクの冒険者になれなければ処分ころされる。

「まあ、正直ピンと来てないって言うか……そもそも冒険者って何って感じなんだけど」

「はぁ、だと思った……あのね、冒険者って言うのは――」

 正直に答えると、エリシアはため息を吐いて再び歩き始めるとぽつりぽつりと話し始めた。
 見ず知らずの来訪者を庇ったり、こうして巻き込まれても嫌々ながら協力してくれるあたり、生真面目な奴だ。

「『冒険者』って言うのは、冒険者ギルドからの依頼を受けて魔物の討伐や護衛などを行う人たちのことで……言ってみればフリーの傭兵みたいなものね」

「じゃあ、その冒険者になってひたすら魔物を狩りまくっていればいいのか?」

「……そんなに甘いものじゃない」

 エリシアが振り向くことなく言い切った。

「全世界に57ある冒険者ギルドに所属する5万人の冒険者のうち、Aランクの冒険者の数はたった260人。全体の0.5%に過ぎない」

「…………少ないな」

「そう。Aランク冒険者という立場は、間違いなくこの世界における頂点の一角。その頂まで貴方はたった一か月で上り詰めないといけないのよ」

「でも、それは不可能じゃないんだろ?」

「不可能じゃない。でもそれは"制度上は不可能じゃない"ってだけ。実際に一か月でAランクまで上がるなんて現実的じゃない」

 呆れとも諦めともつかない声色で、エリシアが呟いた。

 今のエリシアの話で、一か月でAランク冒険者になるということがどれだけ難しいか――いや、それがほとんど不可能に近いことだと言うことは良く分かった。

 しかし、たとえそれがどれだけ厳しい条件なのかに関わらず、結局俺にはやるしかほかに選択肢は無い。

 できなければ俺は処分ころされ、日野と白鳥の二人は死ぬまで『保護』と言う名の飼い殺しになる。

(それだけは絶対に、冗談じゃない)

 静かな決意と共に、視界の端に見えてきた目的地の"都市"へと踏み出した――ところで後ろからエリシアに外套フードを引っ張られた。

「あっ、ちょっと待って」

「ぐえっ……なんだよ」

 締まらねえ……
 いや、締まってはいるんだが、首が。

 首を擦りながらエリシアに抗議の視線を向ける。……が、エリシアは構わずにごそごそと腰から提げた鞄《ポーチ》の中を漁ると、その中から何やら束のようなものを取り出して俺に押し付けた。

「都市に入る前にその大鎌にを巻き付けて」

「……何これ?」

 エリシアが差し出して来たのは白い布の塊のようなものだった。
 広げてみるとそれは白い包帯のようなもので、端の方にはルーン文字のような刺繍が施されている。

「魔力の阻害効果が掛かった帯。アーティファクトを他の人に気づかれずに包んで運ぶための魔道具の一つ」

「アーティファクト?魔道具?」

 これまた聞いたことのない単語に思わず首をかしげた。
 俺の反応を見て、エリシアはそこからかというふうに額に手を当てて天を仰いだ。
 クソ、腹立つな。

「アーティファクトは神々の残した遺物で、魔道具はその技術体系を真似て作られたもの。……ていうか、そんな禍々しい魔力を放つアーティファクトを持ち歩いていて、今まで本当に何もなかったの?」

「いや、特に……なんとも?」

「そう……へー……」

 素直に答えると、空返事をしながらエリシアが目を逸らした。
 おい、目を合わせろ。何なんだこの鎌は。

「……とにかく!都市の中みたいな人の目がある所では絶対に大鎌から白帯を剝がさないで。このアーティファクトを知られたら、まず揉め事が起こるから」

 エリシアが誤魔化すように捲し立てながら、ぐいぐいと白帯を俺に押しつけて来る。
 というか、そもそもこの大鎌を使うこと自体が怖くなってきた。実は使うごとに何か代償があるんじゃないだろうな。

「というか、そもそも貴方が来訪者だっていうことだって誰にも知られちゃ駄目だからね!特能ギフトの力も禁止!」

 エリシアに口喧しく言われながら、押し付けられた白帯を大鎌の刀身に巻きつけていく。巻きつけた晒は、ぴたりと大鎌の柄に吸い付くように密着していった。

 大鎌に白帯を巻き付けると、改めて都市へと向かった。
 フラメアの組織が用意した偽りの身分証は、欠片も疑われることなく検問を突破した。こんなものを出発の前のものの数分で用意して見せた組織の力が怖い。


「これが、異世界の都市……」

 都市の中は、石造りで出来た建物がぎっしりと立ち並んでいて道行く人々で賑わっていた。大通りには店が所狭しと軒を連ねていて、そのどれもが元の世界では見たことのないようなものばかりが売られていた。

「ほら!こっち!」

 エリシアに連れられて、石が敷き詰められた大通りを歩く。
 ……のだが、すれ違う人々が通り過ぎざまに俺の方を見てギョッとした顔をして通り過ぎていく。

「……あのさ、本当にこれ・・持って街の中歩かないとダメ?さっきからすれ違う人にジロジロ見られてるんだけど……」

 ユスティニアの森を抜けてからずっと親の形見のごとく抱き抱えさせられているのは、氷漬けにされた鹿頭の巨人ケントゥリオの頭だ。
 ビジュアルだけを見るなら悪趣味な成金が玄関に置いていそうなアレで、見た目がかなりヤバイ。
 というか白帯で隠すのは本当に大鎌であってる?本当に隠さなきゃいけないのはこっちなんじゃないのか?

「そんなに嫌なら別に捨てても良いけど、後で後悔することになると思う。だって、当分の貴方の生活費になるんだから」

「う……」

 そう言われて鹿頭の巨人ケントゥリオの頭をじっと頭を見つめる。

 ユスティニアの森にて俺、日野、白鳥と……そしてエリシアの四人が命がけで倒したこの鹿頭の巨人ケントゥリオは高ランクの魔物らしい。
 冒険者ギルドから懸賞金を掛けられていて、持っていけば褒賞金を貰えるのだそう。

 組織は俺の身分を保証しているだけで、俺の生活まで面倒を見てくれる訳ではない。自分の生活費は自分で稼がなくてはならないのだ。
 つまりは、この頭が当面の俺の生活費ということになる。

「はあ……わかったよ。じゃあ早くそのギルドとやらに行って渡しちまおう」

 結局、視線に耐えながら通りを歩いた。
 目の前に伸びる道のりがその倍は長く感じた。


 通りを進むと街の中央にある広場に差し掛かり、エリシアはそこで足を止めた。

「ここが冒険者ギルド」

 広場の真ん前に、他の建物よりも一回り大きい建物が建っていた。
 入り口の上には剣と杖が交差したマークが描かれた看板がかかっている。

(看板の上の文字は……『冒険者ギルド』か。読めるな。会話と同じように読むのも問題無いってことか。知らない筈の文字が勝手に頭の中に入ってるのは気持ち悪いけどな)

 立派な装飾の施された扉をエリシアが開けると、中から喧騒が飛び出して来た。

「すごい活気だな……」

「ここはギルド、酒場、宿屋の三つが併設されてるこの都市の心臓部だからね。あらゆる人とお金がここに集まるの」

「へー……」

 ギルドの中は酒場と受付が一緒になったような造りになっていて、鎧を着た人間やローブ姿の人間でごった返しており、ガヤガヤと騒がしい声が響いていた。

「よし……じゃあ、ここで待ってて」

 俺がギルドの光景に圧倒されていると、エリシアは人に持たせていた氷漬けのケントゥリオの頭部をひょいと持ち上げて、慣れた足取りでさっさと奥へと歩いて行った。
 しばらくエリシアの後ろ姿を呆然と見送っていたが、はっと我に返って慌てて後を追おうとした頃にはエリシアの姿はもう見えなくなっていた。

「……………………は?」

 結論から言うと、俺は酒場に一人置いて行かれた。
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