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1章 ユスティニアの森

来訪者③

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 日野と白鳥が目を覚ますのを待つと、二人が気を失っていた間に起こったことを話した。

 フラメアとエリシアらの異世界の組織と接触したこと。
 俺たち異世界から来た《来訪者》が危険視されていること。
 おそらく一ヶ瀬達が俺たち三人を残してこの森から転移して逃げたこと。

 そして、その《来訪者》達を探し出すことでフラメア達の組織に協力し、この森から消えた全員を見つけ出せば、この世界で罪を犯していない《来訪者》は自由を与えられるという約束を取り付けたこと。

 そして一通りのことを話し終えると――

「……一ヶ瀬の野郎――」

「ま、まあ……まだ一ヶ瀬くんの仕業だって決まったわけじゃないから……」

 日野が拳を握り固めてわなわなと震えるのを、白鳥が困った顔をしながら宥めた。

 ……まあ、実際2-4の生徒達がこの森から転移した件に関しては、まだ一ヶ瀬のしわざと決まったわけではないのだが。

 二人が意識を失っていた間に起こったことは全て伝えたが、一点だけ『俺たち来訪者がフラメアに殺される可能性があった』ことだけは伝えなかった。

 意識を失っている間に危うく殺されるかもしれなかったなんて、二人を無駄に不安にさせる必要はない。そのことは俺だけが知っていればいいことだ。

「さて、これからのことですが」

 日野と白鳥の二人に事の次第を伝え終わると、静かにフラメアが切り出した。

「まず、私たちの協力者として行動の自由を与え、他の《来訪者》を探してもらうのは貴方一人だけです。他のお二人は組織の施設にて保護し、特能ギフトの能力の制御の仕方などを学んで貰います」

 フラメアは俺を見つめながらきっぱりとそう言い放った。

「おい、それは話がちが――」

「俺はいいぜえ」

「私も、それで構いません」

 俺がフラメアに抗議するよりも先に、日野と白鳥が答えた。

「なっ……!?」

 俺が困惑していると、白鳥が俺の方を向いて言った。

「えっと、つまり……雨夜君が一ヶ瀬君たちを探し出すまで私たちは『施設』ってところで待っていればいいってことだよね?」

「いや、それは、そうだけど…………」

 組織に『保護』されるということが、それがどういうことなのか白鳥は分かっていない。いや、俺にも分からないのだ。
 協力関係になった以上、酷い目には遭うことは信じたいが……フラメアのことだ、信用ができない。
 
「大丈夫だよ、雨夜君」

 俺が言葉に詰まっていると、白鳥がふっと笑って言った。

「雨夜君は私たちのことも、この世界の人たちのことも、絶対に見捨てない。何だかんだって文句を言っても最後には絶対に助けてくれる。だから私たちは安心して雨夜君のことを待ってられる」

「何でそんなこと……」

「分かるよ。だって、私、ずっと雨夜君のこと見てたから」

「白鳥ちゃん、あー、それって……」

「あと!!!」

 日野が頬をかきながら気まずそうに喋ろうとするのを遮るように、白鳥は大声を出してフラメアを指さした。

「言っておきますけど私!自分のこと人質だなんてこれっぽっちも思ってませんから!!貴方たちが私を利用するんじゃないんです!私が貴方たちを利用するんです!」

「はー、なるほどねえ」

 フラメアに向かって啖呵を切った白鳥に、日野が感心したようにくっくっと笑い出した。

「"施設"って聞くと院を思い出して嫌な気分になるけどよ、美人なお姉さんたちと特能ギフトの特訓ができるって考えれば案外悪くねえ……いや、むしろウェルカム!!!」

 そう言うと日野が両手を広げて叫びだした。

 ……お前はどこに行っても幸せだろうな。

「貴方、随分信頼されてるのね」

 呆れてため息を吐いていると、エリシアが俺に話しかけた。

「はっ――」

 冗談じゃない。
 同じ教室にいながら、今まで碌にしゃべったことも無いような関係だ。たった一日行動を共にしたからって、そんな相手を勝手に信頼して、命まで預けるような真似までして――

「はー……分かったよ」

 もう一度大きくため息を吐くと、フラメアに振り返る。

「お前たちに協力する。俺が失踪した2-4の生徒達全員を探し出した暁には、俺たちを自由にしろ」

「約束しましょう」

 俺がそう言うと、フラメアは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

「……ああ、そうそう。そう言えばこちらからも一つだけ条件がありました」

 フラメアがふと思い出したように切り出した。

「…………条件?」

 フラメアの突然の発言に、一瞬身構える。

 ……だが、俺たち全員を解放させるという条件は、既にフラメアに認めさせた。
 多少の面倒事ならやってやるさ。

「現状、この世界で身分どころか戸籍すら持たない貴方では、どの街にも入れないでしょう」

「……まあ、そうだろうな」

 確かに、この世界の住人でない俺達には、この世界で自分のことを証明するものが何一つない。検問のようなものがあるとしたら間違いなく引っ掛かるだろう。

「そのために"Aランク以上の冒険者になること"。これが私から貴方に課す条件です」

「ん……?」

 なんだそれ。"冒険者"? 
 それが一ヶ瀬たち《来訪者》を探すのと、いったい何の関係があるのか。
 しかし、疑問を投げかける余地もなくフラメアは話を続けた。

「まず、貴方に偽りの身分を用意します。そしてここ、ユスティニアの森から最も近い都市へと向かい、冒険者という職業に就いてください」

「全ての冒険者に与えられる冒険者ライセンスはその身分を保証するものであると共に、上位の冒険者には様々な特権すら与えられます。その"冒険者特権"の中の一つに"入国権"と言うものがあります。簡単に言えば、『全ての国に制限なく自由に行き来できる』という権利です」

 ……なるほど、この世界のどこに転移したのかも分からない生徒達を探すためには、冒険者という身分と、冒険者に与えられるその特権が必要ということらしい。

「その冒険者っていうのは?」

「言ってしまえば、魔物の討伐に特化した傭兵のようなものです。貴方の特能ギフトが役に立つと思いませんか?」

 そう言うとフラメアは不敵に笑って見せた。

「貴方が冒険者を目指すにあたり、組織から一人、あなたの協力者につけますのでその者を頼ってください。……エリシア」

「うええ!?私ですか!?」

「貴方が言い出したことでしょう。それとも面倒ならやはり今ここで"処分"しますか?私はそれでも一向にかまいませんよ?」

「はい……やります……」

 エリシアが項垂れながら返事をした。

「ああ、もう一つ言い忘れていました」

 そして、ふと思い出したようにフラメアが俺に向き直って言った。

A

「一か月……」

「――不可能です!!」

 フラメアの出した条件の期限について考え込んでいると、エリシアが隣から声を上げた。

「Aランクの冒険者を目指すには、一ヶ月という期限はあまりに短すぎます!」

「いいえ、不断の覚悟と努力さえあれば、それが決して不可能では無いということをあなたは知っている筈です」

「……ですが、この世界の人間ですらない彼女には、あまりにも……」

「なりません」

 頑として認めないフラメアに、エリシアが狼狽えた。

「なぜ……!」

「これは時間との戦いでもあるからです」

 困惑するエリシアに対して、フラメアがきっぱりと答えた。

「異世界から転移してきた《来訪者》達にとって、ここはまさしく未知の地であり、そこに住むのは知らない住人達です。この世界に馴染むためにも初めの数か月は大人しくしていることでしょう。ですが、この世界で過ごしていくうちに段々とその生活にも慣れ始める。そして、やがて力を誇示したくなる」

 フラメアが淡々と語るのを、エリシアはただ聞いているだけだった。
 おそらくフラメアが語っていることは、これから本当に起こり得る未来なのだろう。

「私たちが足踏みをしていればいるほどに、《来訪者》による犠牲は増え続けます。そしてその時、真っ先に犠牲になるのはいつだって最も弱い人々です」

「しかし、フラメア様……」

 なおも引き下がろうとするエリシアの口を抑えて、俺が答えた。

「分かった。その条件で良い」

「~~~~~~~~~~~~~!!」 

 痛っ、噛みやがったコイツ。

 エリシアは俺の手を解くと、俺の面と向かって言った。

「あのね!私は貴方のためを思って!」

「いいんだよこれで。ここでゴネたところであの女の条件は変わらないんだから」

 そもそも、ここでいくらゴネたところで仕方がない。
 結局、俺たちの命はあの女のきまぐれの上にかろうじて立っているだけだ。
 ここで期限を延ばしたところで、後から気が変わって殺されたらたまったものじゃない。

 こちらがフラメアに対して差し出せる交渉材料はった一つ。
 俺の特能ギフトの有用性だけだ。

 だが、これは少しでも反抗的な態度を取れば、たちまち交渉材料から危険要素にだってなりかねない。

「それより一つ確認したいんだが、"一か月でA級の冒険者になる"というのは達成不可能な目標では無いんだよな?」

 俺が尋ねると、エリシアは少し考えたあと難しい顔をして答えた。

「……不可能じゃ、ない。だけどね、それは不可能じゃないっていうだけで一か月っていう期限はあまりにも……」

「分かった。それだけ分かれば十分だ」

「どうしますか?どうしても嫌だというのなら――」

「やらなきゃ殺されるだけだろ」

 そう答えると、フラメアは微笑んだ。

「話が早くて助かります」

 そう。これはやるかやらないかではない。やるしかないのだ。
 そして、もし仮に一か月という期限を守ることができなった場合のことは――考えるまでもない。

「そうと決まればすぐにでも出発を。特に、あなた達は少し長い別れになるので今のうちに別れを済ませておくように」

 そう言ってフラメアとエリシアが今後の方針を話し合っている間、俺と日野、白鳥の三人だけが残った。

「雨夜君、絶対に無理はしないでね。それと、身体には気をつけて……」

 白鳥が俺の手を両手で握りながら言った。
 新天地に息子を送り出すお母さんかよ。

「ハニーなら大丈夫だ。俺たちは離れていても、いつでも一緒だからな……」

 日野が俺の肩を拳で叩いてそう言った。
 これから離れ離れになる恋人かよ。

 ……なんだか気が抜けるな。気負っていたものが楽になったというかなんというか。

 ため息をつくと、改めて二人に向き直った。

「半年だ。半年以内に一ヶ瀬達を見つけ出して、お前らを自由にしてみせる」

「うんっ」
「ああ」

 Aランク冒険者になり、"特権"とやらを手に入れ、そして一ヶ瀬達を探し出し、日野と白鳥を解放する。

 もしくは――

 鹿頭の巨人の魂の収穫をした後に、エリシアが溢した言葉を思い出す。

『倒した魔物の魔力を吸収し、吸収する度に、より強く』――つまり、魂の収穫を繰り返していけば、フラメアよりも強くなれる可能性もある筈だ。
 せいぜい言いなりになって2-4の生徒達を探してやるさ、俺がフラメア達よりも弱い間はな。

 そのためにも、まずは俺自身が生き残るためにもAランク冒険者とやらにならなくてはならない。

 二人と別れを済ますと、俺たちとは反対方向に去ろうとするフラメアを呼び止めた。

「おい、本当に良いんだな?お前の言った条件は守るが、それ以外は俺の自由にするからな」

 確認の意を込めて尋ねると、フラメアは俺の見透かしたように笑ってみせた。

「どうぞ。まあエリシアが付きますから思うほど好きには出来ないと思いますが――」

 そこまで言って、フラメアは少し間を空けて言葉を続けた。

「……本音を言えば、その力をか弱い人々の為に使ってほしいとは思っています」

「……………………」

「ですが、それは私達のささやかな願いにすぎません。使命とは自覚するものであり、他人が強制するものではないからです。日々を生きる人々にそれを強制することはできませんし、暴力で以て他者を意のままにしようとするならば、それこそ”獣”と何ら変わりませんから」

 俺が黙っているとフラメアがクスリと笑った。

「それに、”人”が”人”として生きていくならば、本人にそのつもりは無くても、多かれ少なかれ誰かの役に立ってしまうものです。貴方がこの世界の法と秩序を遵守する限り、貴方は私達の守るべき民であり、良き隣人です。歓迎しますよ――」

 フラメアはそう言いながら微笑んだ。
 後ろからエリシアが早く来いと急かしている声が聞こえてくる。

「ようこそ、私たちの世界へ」
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