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1章 ユスティニアの森

来訪者①

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 献身的な狂信者エリシアを退けたと思えば、次はジェノサイド宣言の差別主義者フラメアだ。
 そしてそのフラメア曰く――《来訪者》とは罪人であり野蛮な獣そのものとのこと。

 このままだと俺は殺され、日野と白鳥の二人も俺と同じく殺されるか、良くて一生こいつらの施設で飼い殺しだ。
 それを避けるためには……生き残るためには――この女を言い負かす他に無い。

 ため息を吐いてそのまま深呼吸一つ。
 そしてフラメアを正面から見据えると、命を懸けた論戦の火蓋を切って落とした。

「お前、ごちゃごちゃと理由を並べてるけど、結局は俺達を始末したいだけなんだろ」

「っ―――――」

 フラメアの目を見つめてそう言うと、予想外の言葉に驚いたのかフラメアは一瞬言葉に詰まった。
 だが、すぐに冷静を取り戻したかのように悲しげな表情を作った。

「まさか、あなた方に手をかけなくてはならないことを、心の底から苦しく思っています」

 そう言うとフラメアは眉を顰めて俯いてみせる。
 だが、その目には嘘偽りのない冷酷さが宿っていた。

「嘘だな」

 そう言い放つと、フラメアは何も言い返さずに俺を見つめたまま黙った。
 推測が正しかったことを、沈黙が雄弁に物語っていた。

「おかしいよな。本当にこの世界の人たちのことを考えているなら、エリシアが提案したように俺達の力を善く使うのが一番だ」

「……もちろん、それが一番望ましいのは私も同意見です。ですが、貴方が先ほど拒絶したように、あなた方《来訪者》が協力的だとはお世辞にも言えません。ならば残念ですが世界の人々のために"処分"するのが――」

 悲しげに話してみせるフラメアの言葉を、俺は容赦なく断ち切った。

「いいや。本当にこの世界のためを考えているなら、"殺す"なんて安易な結論だけは絶対に出さない筈だ」

 そう言い返すと、フラメアは動揺を微塵も見せずに問い返してきた。

「なぜでしょう?」

「"素晴らしい力"なんだろ?何万人を殺しかねない力なんだろ?本当にこの世界のためを思うなら、何が何でも利用するべきだ。それこそ教育でも矯正でも洗脳でもしてな。それをちょっと断られたくらいで殺すだって?そんな勿体ないこと絶対にあり得ないな」

「……………………」

 フラメアは黙ったまま俺の言葉を聞き続ける。

「それなのに、お前はエリシアが殺す必要までは無いと懇願した時でさえ、危険だからって考えを変えるつもりは無かったな」

 そこまで言うと、横で黙って話を聞いていたエリシアが息を呑んだ。

「確かに…………フラメア様は、どうしてそこまで……」

 困惑するエリシアを他所に、フラメアに畳み掛けるように続ける。

「結局、お前にとって世界のため、人々のためなんてただの建前でしかなく、本当のところは――」

 そこまで言って、フラメアを正面から見据える。
 濁りのない澄み切った瞳に、俺の姿が映っていた。



 俺の言葉に、場の空気が凍りついたように感じられた。
 フラメアもエリシアもただ言葉を失ったように沈黙していた。
 
「……………………」

「フラメア様…………」

 エリシアが不安そうにフラメアを見つめるなか、フラメアはゆっくりと、俺を見据えながら口を開いた。

「――それがなにか?」

「は……?」
「えっ……?」

 予想外の反応に俺達は思わず声を上げた。フラメアは涼しい顔で続ける。

「……確かに、私は貴方たち来訪者によって、多くの大切な部下を失いました。認めましょう。

 フラメアは寒気がするほど穏やかな表情で、そう堂々と言って述べたのだった。

「そんな……」

 そのフラメアの答えに、隣で話を聞いていたエリシアは茫然としていた。
 しかし、フラメアはエリシアに構うことなく言葉を続ける。

「ですが仮に、私が貴方達に個人的な恨みを持っていたとして、それが何だと言うのです」

「はっ…………」

 フラメアは驚くほどあっさりと、来訪者に対する敵意を認めたのだった。

「私は貴方がたを"処分"することによって世界を守り、その行いは正義を体現しています。その過程にほんの少しばかりの私怨があったとして、なんだと言うのでしょう?」

 フラメアは不敵な笑みを浮かべて、まるで当然のことを言うかのように告げた。
 その態度は完璧な自信に満ちており、一切の後ろめたさを感じなかった。

 まるで強盗に居直られたかのような気分だ。

 ……だがしかし、フラメアはたったいま致命的なミスを犯した。

 《来訪者》を処分することによって世界を守る、その行いを――"正義"だと語ったな。

「……なら、二万人もの命を奪った来訪者達にだって、そいつらなりの"正義"があっただろうな」

 正面からフラメアを見据え、そう言い放つと、ピクッとフラメアが反応した。

 そして、フラメアは爛々と鋭く目を輝かせて俺を睨みつけたのだった。

「――

 低く唸るような声が、フラメアの喉の奥から漏れ聞こえた。

 それは、さっきまでの常に余裕な態度を崩すことのなかったフラメアとは同じ人物とは思えない態度だった。
 
「何の罪の無い人々が、慎ましく日常を過ごしていただけの人々が、ある日いきなり理不尽にも全てを奪われる……その所業のいったいどこに、正義があると言うのです」

 虐げられる人々について語るフラメアの姿には、偽りの無い剥き出しの感情がそこにはあった。

 はは、聖人君主みたいな面をしてる割には随分人間らしいじゃないか。

 弱者への同情、他者を踏みつける者への怒り。
 本質的に、フラメアの来訪者に向ける敵意の根源はここにある。

 だとするならば――――

「――じゃあ、お前がしていることはその来訪者達と一体何が違うんだ?」

 そう言い返すと、フラメアはとうとう声を荒げた。

「違う!!!私達には――」

「何が違う!!!!お前は来訪者を断罪したな!!じゃあお前が今、俺たちにしようとしていることは何だ!?」

「それは――」

「――!?」

 フラメアを上回る怒声で言い返すと、フラメアは怯んだ。
 その反応に勢いを得て、フラメアに対し正面から畳み掛けるように続ける。

「お前がしていることはお前が憎んで止まないかつての《来訪者》達の行いと一体何が違う!?答えてみろ!!」

 そう、フラメアを正面からはっきりと見つめて言い放った。
 フラメアはとうとう完全に言葉を失い、完全に静まり返った。

 フラメアはそれ以上一言も言葉を発することはなく、この場には完全な沈黙だけが残った。

「…………もう十分です」

 永遠とも思えるような長い沈黙のあと、フラメアがぽつりと呟いた。

「これ以上の語り合いに意味はありません。貴方が何を語ろうが、結論は何一つ変わりません」

 フラメアはそういって会話を打ち切ると、静かに腰から下げた剣の鞘を抜いた。

「……貴方が最後まで、その武器を抜かなかったことだけは認めましょう」

 フラメアは哀れむような目で俺を見下ろしながらこちらへ剣を向けた。

 だろうな。この女はまともに話が通じる相手じゃない。
 元からこの論戦はこいつを納得させることが目的じゃない。

 端からこの論戦の目的は――

「お待ちください!フラメア様!」

 

「私には彼らの処分は納得致しかねます!!」

 エリシアは俺とフラメアの間に割って入ると、フラメアに向かって訴えた。

「……貴女までこの者の戯言を真に受けるのですか?」

「いいえ!私はフラメア様が、私たちの組織が、この世界とそこに住む人々を守るために何よりも尽くしてきたことを、誰よりも知っています!!」

 さっきまで後ろで震えていただけのエリシアは、今はフラメアの目を正面から見つめてそう言った。

「……なら、今すぐそこをどきなさい」

「だからこそ!!!」

 エリシアはしかし、張り裂けそうな声で話を続けた。

「もし仮に、何の罪も犯していない《来訪者》まで手にかけるというのならば、私たちとかつての《来訪者》達との間に、何の違いがあるのでしょうか!罪なき者への虐殺に正義などないのだとするならば、私たちが命を懸けるべき唯一の誇りはどこにいくのでしょう!」

 エリシアが悲痛な表情でそう訴えると、フラメアは驚いた表情をした後、少し悲しそうな顔をしてエリシアに声をかけた。

「そう……それが、貴女の下した結論なのですね」

「…………はい」

 二人はしばし、剣を挟んで無言で見つめ合っていた。

 その沈黙を破ったのは、茂みの向こうから聞こえた声だった。

「フラメア様、ご報告がございます」

 振り返れば、純白のローブを纏った一人の女性がそこに立っていた。

「なんですか、今は取り込み中です」

「申し訳ありません。ですが、緊急かつ重大な報告がございます」

「……分かりました。聞きましょう」

 フラメアは短くそう言うと、その女性へ振り返った。

「現在、私を含め30人以上の調査員がこのユスティニアの森を捜索していますが、

 調査員は、感情を感じさせない声でそう告げたのだった。
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