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1章 ユスティニアの森

フラメア

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「私の上司が、直接貴方を見定めに来るって……」

 エリシアが顔を真っ青にしてそう言うと、俺の下へ駆け寄って来て俺にかけられた凍結を解除した。

「聞いて!今から私の上司がここに来る!フラメア様は優しい人だけど、私以上に容赦が無いの!!絶対に迂闊な事は言わないで!!生き残りたかったら――――」

 エリシアが俺の目を見つめながら必死にそう告げた。
 しかし、エリシアの言葉は最後まで続かなかった。

「フ、ラメア様……」

 言いかけながら、エリシアは俺の後ろの一点を見つめたまま固まっていた。

「どうした……?」

 エリシアの視線を追って振り返ると、そこには金髪の修道女が微笑みながら佇んでいた。
 陽光の束を集めたような美しい金髪に、修道女のようなローブのスカートには腰の辺りまでスリットが入っていた。

(いつからそこにいた……?全く気が付かなかった……)

「こんにちは、《来訪者》の方」

 金髪の修道女は俺と目が合うと、温和な笑みを浮かべてローブの端を摘んで丁寧に頭を下げた。

「私はフラメアと申します。そこいるエリシア=ユーヴネルの上司にあたります」

 フラメアと名乗る修道女は、固まったままのエリシアをよそに俺の前まで近づいて来ると、静かに話を始めた。

「さて、エリシアから既に聞いているとは存じますが、私達の組織はあなた方異世界からの《来訪者》を保護する為にやってきました」

「保護、ね……」

 言いかけながら、慎重にフラメアを観察をする。

 明らかに纏っている雰囲気が違う。
 勝てる、とか勝てないという次元の話じゃない。少しでも敵意や殺意を見せようものなら即座に首をはねられそうな、そんなプレッシャーをひしひしと感じる。

 一方でエリシアと言えば、満面の笑みを浮かべているフラメアの後ろで苦い顔をして黙っている。
 さっきまであれだけ喧しく騒いでいたのに、フラメアが現れてからは人形みたいに固まって黙りこくったきりだ。

(これは確実に、何かあるな……)

 先程のエリシアの忠告もあって考え込んだまま黙っていると、フラメアの方から話を切り出した。

「私からは一つ、貴方に提案があります」

「……提案?」

「はい。貴方の特能ギフトは、この世界に住む多くの人々を救い得る素晴らしい力です。その力を、私たちと共に使って欲しいのです」

 フラメアが金色の双眸を輝かせ、手を差し伸ばしながらそう言った。

 またそれか。提案といいつつまるで宗教の勧誘にでもあっている気分だ。
 それにこの女、穏やかな笑顔こそ浮かべているものの、目の奥では欠片も笑っていない。この笑顔の裏で何を考えているかのかがまるで見えてこない。

 それに、フラメアが来ると知ってからのエリシアの切羽詰りようも尋常では無かった。
 今思えばフラメアが俺にこの話をする前に話を付けたかったような感じだ。 

 ……いったい、何を隠している?

 ため息を吐くと、差し出された手を無視して口を開いた。

「世界のためだとか、人々のためだとか、そういうのはもう聞き飽きた」

 ピクッとフラメアの顔が僅かに引きつった。しかし気にせずに言葉を続ける。

「いい加減、俺達をどうしたいのか、本当の所を教えてくれないか」

 こちらの警戒を感付いたのか、フラメアが少し黙った。

「……我々が具体的にあなた方に求めること、ということですか?」

「ああそうだ」

「ああ、それについてはご安心を。とても簡単なことです」

 そう言うと、フラメアは再びにこりと聖母のような微笑みを浮かべた。

「私たちがあなた方に求めるのはただ――――私達の施設にて過ごし、誰も傷つけず……」

 フラメアは聖書を読み上げるような流暢さで語る。

。ただひたすらに私達の言う通りに過ごすことだけです」

 ――――は?
 俺は自分の耳を疑った。

 この女、いきなり何を言っている?
 とんでもないことを、まるで当然のことのように語り始めたこの女に絶句して上手く言葉が出てこなかった。

 協力……これで協力とはいったい何のつもりだろうか。

 これじゃ、まるで――

「まるで、罪人じゃないか…………」

 嫌悪感を込めて吐き捨てた言葉に、フラメアはクスと笑った。

「罪人……罪人ですか。ふふっ、そう言われますといい得て妙かも知れません。確かに、私達に言わせてみれば、あなた方の存在は罪そのものです」

 そこまで言ってフラメアがふと考え込んだ。

「いえ……罪というのも適切ではないですね。あなた方、来訪者たちはこちらの世界に押しやり、奪い、犯し、殺し、壊しつくす……"獣"と呼んだ方が適切かもしれませんね」

 フラメアは欠片も冗談を言っている様子も無く、張り付けたような笑顔のままそう語った。
 その姿を見て、俺は悪寒が走った。

「それを私たちが適切に管理し、矯正してあげようと言うのです。どうでしょう?断る理由なんてありませんよね?」

「――冗談じゃない……」

 思わず口をついた言葉に、フラメアはあくまで温和な姿勢を崩さず困ったように笑った。

「勘違いさせてしまったようですね。『拒否権』などというのは、最初からあなた方には存在しないものです。それでも拒むというの言うのなら……とても残念です……その力を使って快く協力してくれるならば、お互いにとても良い関係を築けたのに……」

 この女が吐く言葉の一字一句に反吐が出そうになる。
 何が協力だ。飼い殺しの間違いだろ?

 怒りを込めて睨むがフラメアは欠片も気にしていない様子だった。

「残念です……とても残念ですが、我々に協力するつもりが無いと言うのならば……」

「フレメア様!お待ち下さい!!」

 フラメアのその後の言葉を遮るように、後ろで黙っていたエリシアが口を開いた。

「この者を殺す必要まではありません!私が必ず改心させてみせます!!貴方も、今すぐ考え直して!私たちは貴方が思っているような組織じゃない!!」

 エリシアは俺とフラメアの間に入り込むと、俺の肩を揺らして必死に語りかけてきた。
 しかし、今度はフラメアがエリシアの言葉を遮った。

「いえ、それはもう必要ありません」

 フラメアはエリシアの訴えを冷たく切り捨てた。

「私はもう、既に彼女を生かしておくにはあまりにも危険だと判断を下しました。今更彼女が考えを変えたところでそれは変わりません」

 ……参った。
 異世界に来て早々、一生飼い殺しか死かの二択を迫られることになるとは。

 こうなるくらいだったら最初からエリシアの時に誘いに乗るべきだったか。
 いや、どのみちこの組織の管理下に置かれるという点で一緒だっただろうな。

「……お前たちはまだ何もしていない人間を、勝手に危険だと決めつけて殺すのか?」

 根本から相容れない人間と話しているかのような気分だった。

「あはは、なかなか面白いことを言いますね」

 もはや取り繕うこともやめたらしい。
 フラメアはこちらを嘲るように笑った。

「……面白い?」

「ええ、獣を駆除するのにいちいち理由が必要なんですか?」

「――は?」

「もし仮に、人里に危険な獣が下りてきてしまったとして、始めにするのは”話し合い”ですか?いえ、そんなことはしませんよね。檻の中に閉じ込めるか、その場で駆除しますよね?いちいち『あの獣は良い獣か、悪い獣かどっちだろう?』なんて、呑気に様子を見ているようなことはしないでしょう?」

 フラメアはそこまで言うと、冷たい目で俺を眺めた。

「誰もが自分と家族のために一にも二にも獣を"駆除"する筈です」

「……つまり、来訪者は人里に降りてきた獣だと?」

「ええ」 

 フレメアが即答する。

「それも、山に住む獣とは比較にもならない。とびきり危険な」

 聞けば聞くほど、フラメアと名乗ったこの女が語る一言一言にぞっとする。
 
 俺がこの女に抱いた嫌悪感が顔にまで出てきていたらしい、フラメアが俺の顔を見て呆れたようにため息を吐いた。

「”24034人”。これが何の数字だかわかりますか?」

 今までこの世界に来た来訪者たちの数だろうか?
 いや、あれだけ大掛かりな魔法を使って呼び寄せたのがクラス一つ分の30人だ。来訪者の数にしては多すぎる。

「……分からない」

 素直に答えると、フラメアは顔色一つ変えずに答えた。

「これは、我々が確認した中で、今まであなた方、《来訪者》たちによって犠牲になられたこの世界の方々の数です」

「二万人以上の、犠牲者……」

 フラメアの答えに絶句した。
 俺たちを転移させたロザリアの仕業か、なぜか言語の疎通が取れているものの、俺達の世界とこの世界では文化や価値観の違いは必ずある筈だ。価値観が異なれば自然と衝突も起こる。
 多かれ少なかれ、そういう事は起こってもおかしくないとは思うが、こんなにも多いとは。

 俺が言葉に詰まっているとフラメアは表情を変えずに淡々と述べ続けた。

「大量虐殺と言ってもいいものが12件、殺人が56件、殺人を含まない犯罪まで数えるとキリがありません」

「今までに我々が接触した来訪者は18人。そのどれもがこの世界の一般人では決して敵わないような特別な力を持っていました。そして、そのうちのたった14人の行いによって、これだけの犠牲者が出たのです」

「これを、”獣”と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょうか?」

 今まで全くと言っていいほど感情の読めなかったフレメアの目に、初めて感情の色が宿った。
 それは”怒り”だ。

 特別な力を与えられながら、それを他者の為に使おうともせず、あまつさえ他者にその力を振るった者たちへの激しい怒りだ。

 なるほど。俺たちは先にこの世界にやってきた"先輩"たちのせいで窮地に陥らされているわけだ。
 なんとも理不尽な状況だ。

 どうしたものか。
 とはいえ馬鹿正直にこの女に戦いを挑んだところで勝てるはずもなし。エリシアにすら勝てないのだから彼女の上司にあたるこの女には手も足も出ないことだろう。

「はあ…………」

 空を見上げてため息一つ。
 暴で勝てないのならば次は口の戦いだ。
 組織とやらとの第二試合はこの女。命を懸けた論戦の火蓋が静かに切って落とされた。
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