いともたやすく人が死ぬ異世界に転移させられて

1章 ユスティニアの森

クラスメイト①

　白鳥は俺が元の世界で交流があった数少ないクラスメイトの一人だ。
　相手によって態度を変えることもなく、誰にでも分け隔てなく優しく接するような女子で、俺も学校を欠席した時には何度かノートを見せてもらっていた。

「わ、わたしのことを知ってるの……？」

　白鳥が声を震わせながら尋ねてきた。

　そうか、この格好だと俺だと分からないのか。
　この身体になってから人と会っていなかったので、今の自分の外見のことをすっかり忘れていた。
　
　……じゃあ話しかけなければよかったかな。それとも今からこの世界の人間のフリでもするか。
　いや、もう遅いか。白鳥の名前を呼んだ以上は正体を明かさないと怪しまれる。

「……俺だよ。あー……雨夜だよ」

　仕方が無いので、渋々正体を明かすことにした。

　……死ぬほど恥ずかしい。
　やばい、耳まで熱くなってきた。

　クソ、こんなことになるなら見なかったことにすればよかった。
　白鳥はクラスメイトがこんなコスプレ紛いの恰好をしていてどう思うんだろうな。

「えっ！？あ、雨夜くんなの！？そ、そうなんだ……ま、まあ他にも見た目が変わった生徒もいるからね！そりゃ性別が変わる人もいるよね！」

「あー、うん……」

　白鳥の精いっぱいのフォローが心に突き刺さった。

　……だけど、代わりに２つのことが分かった。
　一つは『この森には白鳥たちのほかにも2-4の生徒たちがいる』ということ。
　もう一つは『俺の他にも姿が変わった生徒がいる』ということ。

　つまり――"俺のこの身体は特能ギフトによる影響の可能性が高い"ということだ。
　結果だけ考えるなら白鳥達を助けたことによって情報が手に入ったといえる。

　……この羞恥の代価として釣り合っているかは置いといて。

「他にもってことは、ここにいる白鳥たちの他にも2-4の生徒たちがこの森にいるのか？」

「うん、あの時教室にいた皆この森の中に飛ばされているみたい。今は一ヶ瀬君たちが中心になって2-4の生徒たちを集めてるの。私たちはまだ集まってない生徒たちを探したり、森の出口や周囲の動物を探す捜索隊ってところかな」

　白鳥が照れくさそうに頬をかいた。

「そうか……」

　返事をしながら白鳥たちを眺める。　
　どう考えても荒事に向いていない白鳥に、黒狼に怯え切っていた他の生徒たち。

　誰・も・戦・え・な・い・捜・索・隊・、ね……
　思うところもあったが口には出さないでおいた。

「でも良かった！次々と2-4の生徒たちが見つかったんだけど、雨夜君、全然見つからないからないから心配してたんだ！でももう大丈夫！私たちと一緒に行こう！」

　白鳥はそう言うと嬉しそうに両手で俺の手を握った。

「え、あー……うーん……」

　現状、二つの選択肢がある。

　一つは、白鳥達について行って2-4と合流すること。
　もう一つは、このまま単独で行動を続けること。

　白鳥達に付いていくメリットは情報を手に入れられることだ。
　口ぶりから察するに既にほとんどの生徒たちが集まっているようだし、それだけいれば色々と特能ギフトのことも分かりそうなものだ。
　それに、もしかしたらこの森からの脱出の糸口くらいは見つけているかもしれない。

　逆に単独で行動を続ける動機はというと……俺が2-4と合流したくない、ということくらいだ。

　いや、下らない理由かもしれないけど結構切実な訳で、合流する以上この姿を見られることになるわけだし……まあ正直嫌だ。

　だけど、それと特能ギフトについて何か分かるかもしれない機会を逃すことが釣り合うかというと――

「～～～～分かった。一緒に行こう」

　本当に不本意なのだが、合流せざるを得ないようだ。

◇◇◇

　白鳥達に連れられて森の中の少し広けた所に出ると、2-4の生徒たちはもうほとんど集まっているようだった。
　どうやら本当に一人で行動していたのは俺だけだったようだ。

（剣士っぽい恰好をした奴に騎士の鎧を着ている奴、結構バラバラだな。……あれは獣耳か？）

　特能ギフトによるものなのか、俺のように見た目も変わっている生徒もちらほらいる。

　やっぱりこの姿は特能ギフトの影響で間違いないらしい。
　問題は"これ"がいったいどんな特能ギフトなのかさっぱり分からないことなんだが……やっぱり"性転換の特能"なのだろうか？

　こうして自分以外の生徒の特能ギフトの影響を目の当たりにすることができたあたり、白鳥たちに着いてきて正解だったとは思う。

　ただ……

「おい、あんな娘うちのクラスにいたか？」

「さあ？あの娘もうちのクラスの誰かが特能ギフトで見た目が変わったパターンだろ」

「だよな、正直宮下よりも……」
　　
　さっきからずっとクラスメイト達に遠巻きにジロジロと見られていて居心地が悪い。
　別に見た目が変わったのは俺だけじゃないと思うんだが、やたらと注目を集めている。

　確かにこの格好は異様だし、元が誰だか分からない分騒ぎたくなる気持ちも分かるけど……
　とは言え自分から事情を説明するのなんて論外だ。実質公開処刑そのものだ。

「……白鳥、早く帰って来てくれないかな」

　外套フードを深くかぶり直して白鳥が戻って来るのを待つ。
　肝心の白鳥たちはと言うと、一ヶ瀬たちを呼んでくると行ったきりなかなか帰ってこない。
　こんな状況の俺を一人にしないでほしいんだが。

「オイどけ！！道開けろ！！」

　クラスメイト達の好機の目に晒されながらなるべく心を無にして遠くの木を眺めていると、男子生徒たちを蹴散らして不良風の男子が近づいてきた。

「おうおう、誰だか知らねーけど心配すんなよ！ここにはこの俺様がいるんだからな！！」

　……"日野"か。

　こいつを一言で表すなら"女好きの馬鹿"だ。
　「惚れた女のため」とか言って20人対1人の決闘に挑み勝利した男だ。しかもその女子には振られている。
　流石に馬鹿すぎてあの一ヶ瀬すら日野には手を出そうとしない。何を仕出かすか分からないからだ。

「俺は【火炎魔法】の特能ギフトを持ってんだ。この力で守ってやるよ！」

　日野は自信満々に右手から炎を出して見せるとウインクをしてきた。

（うえっ……男のウインクきっつ……）

　どうやら日野も他の生徒たちと同じく、俺のことを女子だと勘違いしているらしい。

　……説明するのも面倒臭いな。
　こいつほど馬鹿だと、勝手に勘違いしていた癖に誤解が解けたら今度は逆上し始めそうだ。面倒だし黙っていた方がいいかもしれない。

　……いや、これはむしろ都・合・が・良・い・かもしれない。

　日野は基本的に、男子のことはクソ虫か何かだと思い込んでいるような奴だが、女子にはかなり甘い。
　俺のことを女子だと思い込んでいる今なら色々と気前よく喋ってくれるかもしれない。

　それに、日野は今面白いことを言っていた。
　『自分は火炎魔法の特能を持っている』と。
　つまり――

（――日野こいつは特能ギフトの判別方法を知っている？）

　俺が今一番欲しいのは"情報"だ。
　特能ギフトとは何か、この森の出口とその手がかり、そして"特能ギフトの判別方法"。何でも良い。少しでも分かれば十分だ。

　なに、勝手に勘違いしてきたのは日野の方だ。バレたら尻尾を巻いて逃げることにしよう。
　というか有用な情報だけ聞き出したら、白鳥には悪いけどさっさとこの集団から別れよう。これ以上好奇の視線に晒されるのは俺のメンタルが限界だ。

「……ああ……うん。ところで、どうして自分の特能が"火炎魔法が使える特能ギフト"だって分かったんだ…分かったの？」

　俺が自分の身体能力が向上していることに気づいたのは完全に偶然によるものだったし、蜘蛛と戦う前はそんなことになっているなんて思いもよらなかった。
　だというのに、どうして日野は【火炎魔法】なんて自分の特能に気がつくことができたのだろう？

「ん？ああ、目が覚めてこの世界に来た時から"確信"があったんだよ。『俺は炎が扱える』って。まるで産まれた時からそうだったみたいに思えてよ」

「"確信"……」
　
　日野の説明は一見、何の説明にもなっていないようだったが、思い当たる節があった。

　初めて魂の収穫や影槍を使った時の感覚に似ている。

　蜘蛛の死体から浮かんだ光を吸収を吸収しようとしたり、地面に伸びる影を操ってみようとするなんて、どう考えても頭のおかしい発想だ。
　だけど、あの時の俺にはそれをできるという確信が確かにあった。

　それにその力のどちらも、俺はその名前を知っていた。始めて使う力なのにだ。
　いや、知っていたというよりも思・い・出・し・た・、という感覚の方が近い。

　今まで使えなかったことの方がおかしいかのように、わざわざ立ったり歩いたりすることを疑問に思わないように、"力"を使えることを疑問に思うことはなかった。

「んで、実際に使えるんじゃないかって思って右手に力を込めてみたら本当に炎が出てきたんだよ！すげえだろ！？まあ、他の奴らもそうらしいけどよ」

　――つまり、力を使う条件は"確信"?
　確・信・を・持・つ・こ・と・が・出・来・れ・ば・ど・ん・な・力・も・使・う・こ・と・が・出・来・る・……？

　いや、あり得ない。あの性格の捻じ曲がった時空の魔女がそんなに都合の良い夢の力を俺たちに与える筈が無い。

　……むしろ、逆・じゃないだろうか？
　何らかの条件を満たし、その力を扱えるようになったからこそ"確信"が芽生えた、というふうがしっくりくる。

　そこまで考えて、ふと疑問が湧いてきた。

（あれ……？特能の力の使い方は分かったけど、それでも結局、日野が自分の特能の名前を知っていることの説明にはなっていないよな？）

「えっと……日野はどうして自分の特能の名前が【火炎魔法】だって分かったの？」

「格好いいだろ！？俺が名前を付けたんだぜ！【獄炎魔法ヘルファイア】とも迷ったんだけどやっぱシンプルな名前の方が格好いいしよ！」

　やば、すげえ馬鹿じゃん。
　というか、それって俺が自分の特能を性別が変わるだけの特能だと勘違いしていたように、日野も自分の特能の本質を勘違いしている可能性があるんじゃないか？

　日野の火炎魔法……というか"炎を扱う力"も日野の特能の一端にしか過ぎない可能性もあるわけだし。

　確信を持てないことには力を使うことが出来ないのならば、自分の特能を先入観を持って決めつけてしまうことは、特能の限界をも決めつけてしまうことになるんじゃないか。

「おーい、聞いてるー？俺としてはやっぱりカタカナより漢字4文字の方が強そうっていうかさ～～」

　結局、特能の力の仕組みは分かったけど特能とはなんなのかは分からないままだったな。
　だけど、特能の力を扱える道理は何となく分かった気がする。力の由来、というか使い方が分かっただけ良いか。

「パイロマンサーも悪くないけど、なんか放火魔みたいなイメージなのがマイナスポイントでさ～～」

「ありがとう。色々分かった」

　人が考え事をしている隣でうるさかったので、日野との会話は適当に打ち切ることにした。

「……おう！まだ分からないことがあったらいつでも聞いてくれよ？この俺にな」

　日野が歯をキラリと輝かせて熱い視線を向けてきた。それを外套で遮る。この視線は俺には刺激が強すぎる。
　
　それにしても、女子と話しているときの日野は別人かと疑いたくなるほどに親切だ。
　男子と話しているときもこれくらい話しやすければもっととっつきやすい奴だとは思うんだが。

　しかし、機嫌をよくしていた日野は、近づいてくる人影に気がつくと明らかに嫌そうな顔をして舌打ちをした。

「……チッ、戻ってきやがった」

「探索部隊が汗を流しているときにも女子とのお喋りに夢中になっているとは……随分と暇そうだな日野。君には向こうの監視を任せていた筈だが？」

　この姿になってから最も会いたくなかった生徒である、一ヶ瀬が苛立たしげに歩いてきた。