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1章 ユスティニアの森
黒狼
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「ギャン!!」
首元を狙って飛びかかってきた赤い眼をした黒い狼を"深紅の大鎌"で横薙ぎに切り裂く。
腹を切り裂かれた"黒狼"は断末魔をあげてそのまま地面に崩れ落ちた。
「ふう……これで最後の一匹か……【魂の収穫】」
右手を黒狼の死骸に向けてその言葉を唱えると、死体から黒く光るものが放出され、そのまま右手に吸い込まれていった。
"大蜘蛛"との初戦闘から約一時間。初めに発見した川が流れ込んでいた湖の周りをぐるりと一周したが、成果と言えば――
……こうして遭遇した化け物を返り討ちにしてはよく分からない黒い光を回収したことくらいだ。
やっぱり何らかのエネルギーを吸収しているのは間違いないようで、回収するたびに疲労と空腹を軽減してくれるので化け物を倒した後はしっかりと回収している。いや冷静に考えると怖いな。本当に何の力なんだ。
この一時間で分かったことと言えば、この森の中にいるのはあの"大蜘蛛"だけでなく今の狼のような化け物もいるということだ。
とはいえ大蜘蛛がそうだったように当然元の世界の犬や狼そのものであるはずもなく、体毛はやけに硬く全体的に筋肉質でさらに体格まで一回り大型と、元の世界の野犬や狼をさらに凶暴にさせたような感じだ。
そう考えるとこの化け物が"狼"という分類に入るのかさえもだいぶ怪しいが、この生き物のこちらの世界の呼称なんて知る由もないので勝手に"黒狼"と呼ぶことにした。黒くて禍々しいから黒狼だ。
それともう一つ分かったことと言えば"この身体"のことだ。
疾くて強い。これに尽きる。
全力で駆ければ十数メートルを1秒もかからずに詰めることができる脚力、あとさっき試しに大蜘蛛を全力で殴ってみたら軽く数メートル吹っ飛んだ。緑色の体液が腕に掛かったので二度とやらないと決めた。
大鎌が軽かったのではなく、この大鎌を玩具のように振り回せるほど筋力が上がっていたということだ。
……まあ、この身体が常人のそれではないことが判ってもまだまだ油断できないのだが。
ふと地面を見れば、こちらに飛びかかって来ている影が一つ。
「はあ、またか……」
《背後からの一撃》――隠れていたもう一匹の狼による背後からの噛みつきだ。
地面に映る黒狼の影を見るに、もうかなり近い。狼の牙とその狙いの俺の首筋まではわずかな距離しかない。
ここまで近づかれてしまうと流石に鎌を振り上げるのも、避けるのもう間に合わない。
(思ったよりも近いな……前の一匹と戦っているときから近くに潜んでたな。……仕方ないか)
「【影槍】」
そう唱えると、地面に伸びた狼の影が、いくつもの枝分かれした触手のようにぐにぐにと動き始めた。
そしてそれらが集まって螺旋状に一つに束なると、そのまま槍のように狼の心臓を貫いた。
「グギャッ……!?」
"影の槍"に貫かれた狼の動きが一瞬、完全に固まった。
その一瞬の隙に大鎌を空中にいる狼に向かって振り上げた。
「ギャン!」
大鎌に切り裂かれた黒狼はそのまま地面へと崩れ落ちた。
「……うん、便利だこの技。一度使ったらクールタイムを置かないといけないのが難点だけど」
湖の周りを化け物を倒しながら回っていたことの成果というか何というべきか。
4匹目の化け物を倒して、魂を回収しているとき、自分の影がゆらゆらと揺れていることに気が付いた。
どういうことかと思ってしばらく観察していると、その影をある程度自分の意志で動かせることが分かった。
もちろんこれは只の影なので、触ればそのまま通り抜けるのだが感触だけはしっかりとある。
「もう少し複雑な動きをさせるのは……いや、戦ってる最中にそこまで影に意識を向けすぎるのもな……」
今のところ影を操れるのはせいぜい数秒で簡単な動きしかできないので、とりあえず影を槍状に束ねて簡単な攻撃手段に使ってみることしたのだ。
こうして束ねて影で化け物を貫くと、感触だけはあるので化け物も"貫かれた"と思ってピタリと動きが止まるのでこうして足止めに使っている。
もっと訓練すれば、より複雑な動きや実際にこの影に実体を与えることもできるかもしれないが、どうだろう。少なくとも今はできない気がする。
影をウネウネと動かしながら他の活用方法が無いかと考えてみたけれど、今のところこれが一番使いやすい。
もっと多くの化け物を倒し、魂を回収していけばそのうちもっと多くのことが出来るようになるのかもしれない。
力を使えば使うほど、魂を収穫すればするほど、影を操る力が磨かれていっているように感じる。
この人生で初めてまともに上達を感じるのが殺しの技というのが、何とも虚しい。
しかし、再優先はあくまでこの森からの脱出だ。
一時間かけてこの湖の周辺を捜索したが、脱出につながる手がかりはゼロ。流石に焦りを感じてくる。
そろそろこの湖を離れて、より遠くまで捜索しにいくかどうかそろそろ決めなくてはならない。
「うーん……いたずらに出口を探して回るより、方角が分かるような何かや出口への手がかりみたいな情報を手に入れる方がいいと思うんだが……」
実際このだだっ広い森の中を、当てもなくぐるぐると回っているだけの今のような状況はそろそろ抜け出したい。
化け物との遭遇率も上がるし、歩く分体力も消耗する。
この森に入ってすでに四時間は経っていると思うが、それほどお腹が減っていないことだけが救いだ。
今が何時なのか知る術もないけど、元の世界と同じく昼夜の概念が存在するのであれば昇っている日はそのうち沈むのだろうし、空腹はいずれ飢餓に悪化するだろう。時間は決して俺の味方ではない。
考え込んでいるうちに数十メートル先に黒く動いているものが見えた。
「また黒狼か……もたもたしてると仲間を呼ぶから面倒なんだよなあ」
この数時間で何度も倒した化け物とは言え決して油断はできない。
黒狼は打たれ弱いが、動きは速いうえに狡猾だ。
集団で狩りを行う生態らしく、戦闘中に仲間を呼ばれて何度か危ない目にもあった。
それでいて鼻が利くので避けて通るのもなかなか難しい。
その点蜘蛛は大して眼も良くないのか大きな音を立てない限りほとんど気づかれることはないからこういう時に対処は比較的楽だった。
(別の道から行けば避けることもできるか?でも放置していると後から追いつかれて危ないかも……いっそ気づかれる前に倒すか)
幸いなことに黒狼はこちらに背を向けたまま、林の向こう側の何かに注意を惹かれているようでこちらには気がついていないようだった。
ここからだと茂みが邪魔で黒狼の向いている先に何があるのかは見えなかった。
「…………」
大鎌を構え、脚に力を込めて地面を蹴り上げる。
地面は抉れ、身体は跳ねるように発進して地面を蹴る度にどんどんと加速する。
鼻が利く魔物に不意打ちを仕掛けるにはどうすればいいか。答えは簡単だ。
匂いに気づかれる前に近づいて倒してしまえば良い。
「グルルルルル……………」
「――――――――――!」
駆け出してわずか数秒、大鎌で黒狼を捉えることのできる距離まで近づくと、黒狼と何かが対峙していることに気がついた。
黒狼の対峙する先、茂みの向こうには――――
俺と同じく時空の魔女に飛ばされていた2-4の生徒たちがいた。
「は!?人間!?他にも!?」
驚いて一瞬だけ駆ける脚を止めそうになる。
だけど今はそっちに注意を向けている余裕はない。
意識を黒狼に戻し、まだこちらに気が付かずに唸り続ける黒狼を大鎌の射程に捕捉する。
「グルルル…………ガウ!ガウッ!!!」
ここで黒狼がようやくこちらに気づいてけたたましく吠え始めた。
でも、もう遅い。
右手で大鎌を振りぬくと、飛びかかろうとする黒狼の脇腹を一気に切り裂く。
「キャン!」という断末魔と共に黒狼は一撃で倒れた。
黒狼が何かに気を取られていたのは運が良かったな。普通はとっくに気づかれていてもおかしくない距離だった。
「た、助かった……のか?」
「分っかんねえ……狼に襲われたと思ったら次はし、死神…………」
さて、次に対処しなければならないのはこっちか。
こちらを見て震えている人間たち……というよりこの制服、2-4の生徒たちだ。
(あー……まあそりゃ当然いるよな……別の場所にバラバラに飛ばすとも言っていなかったし)
むしろ同時に飛ばされたんだから近くに飛ばされていると考える方が自然だ。
こちらを見て顔を青ざめたままの生徒たち。その中に一人、よく見知った顔がいた。
「大丈夫か?あー、白鳥……」
首元を狙って飛びかかってきた赤い眼をした黒い狼を"深紅の大鎌"で横薙ぎに切り裂く。
腹を切り裂かれた"黒狼"は断末魔をあげてそのまま地面に崩れ落ちた。
「ふう……これで最後の一匹か……【魂の収穫】」
右手を黒狼の死骸に向けてその言葉を唱えると、死体から黒く光るものが放出され、そのまま右手に吸い込まれていった。
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……こうして遭遇した化け物を返り討ちにしてはよく分からない黒い光を回収したことくらいだ。
やっぱり何らかのエネルギーを吸収しているのは間違いないようで、回収するたびに疲労と空腹を軽減してくれるので化け物を倒した後はしっかりと回収している。いや冷静に考えると怖いな。本当に何の力なんだ。
この一時間で分かったことと言えば、この森の中にいるのはあの"大蜘蛛"だけでなく今の狼のような化け物もいるということだ。
とはいえ大蜘蛛がそうだったように当然元の世界の犬や狼そのものであるはずもなく、体毛はやけに硬く全体的に筋肉質でさらに体格まで一回り大型と、元の世界の野犬や狼をさらに凶暴にさせたような感じだ。
そう考えるとこの化け物が"狼"という分類に入るのかさえもだいぶ怪しいが、この生き物のこちらの世界の呼称なんて知る由もないので勝手に"黒狼"と呼ぶことにした。黒くて禍々しいから黒狼だ。
それともう一つ分かったことと言えば"この身体"のことだ。
疾くて強い。これに尽きる。
全力で駆ければ十数メートルを1秒もかからずに詰めることができる脚力、あとさっき試しに大蜘蛛を全力で殴ってみたら軽く数メートル吹っ飛んだ。緑色の体液が腕に掛かったので二度とやらないと決めた。
大鎌が軽かったのではなく、この大鎌を玩具のように振り回せるほど筋力が上がっていたということだ。
……まあ、この身体が常人のそれではないことが判ってもまだまだ油断できないのだが。
ふと地面を見れば、こちらに飛びかかって来ている影が一つ。
「はあ、またか……」
《背後からの一撃》――隠れていたもう一匹の狼による背後からの噛みつきだ。
地面に映る黒狼の影を見るに、もうかなり近い。狼の牙とその狙いの俺の首筋まではわずかな距離しかない。
ここまで近づかれてしまうと流石に鎌を振り上げるのも、避けるのもう間に合わない。
(思ったよりも近いな……前の一匹と戦っているときから近くに潜んでたな。……仕方ないか)
「【影槍】」
そう唱えると、地面に伸びた狼の影が、いくつもの枝分かれした触手のようにぐにぐにと動き始めた。
そしてそれらが集まって螺旋状に一つに束なると、そのまま槍のように狼の心臓を貫いた。
「グギャッ……!?」
"影の槍"に貫かれた狼の動きが一瞬、完全に固まった。
その一瞬の隙に大鎌を空中にいる狼に向かって振り上げた。
「ギャン!」
大鎌に切り裂かれた黒狼はそのまま地面へと崩れ落ちた。
「……うん、便利だこの技。一度使ったらクールタイムを置かないといけないのが難点だけど」
湖の周りを化け物を倒しながら回っていたことの成果というか何というべきか。
4匹目の化け物を倒して、魂を回収しているとき、自分の影がゆらゆらと揺れていることに気が付いた。
どういうことかと思ってしばらく観察していると、その影をある程度自分の意志で動かせることが分かった。
もちろんこれは只の影なので、触ればそのまま通り抜けるのだが感触だけはしっかりとある。
「もう少し複雑な動きをさせるのは……いや、戦ってる最中にそこまで影に意識を向けすぎるのもな……」
今のところ影を操れるのはせいぜい数秒で簡単な動きしかできないので、とりあえず影を槍状に束ねて簡単な攻撃手段に使ってみることしたのだ。
こうして束ねて影で化け物を貫くと、感触だけはあるので化け物も"貫かれた"と思ってピタリと動きが止まるのでこうして足止めに使っている。
もっと訓練すれば、より複雑な動きや実際にこの影に実体を与えることもできるかもしれないが、どうだろう。少なくとも今はできない気がする。
影をウネウネと動かしながら他の活用方法が無いかと考えてみたけれど、今のところこれが一番使いやすい。
もっと多くの化け物を倒し、魂を回収していけばそのうちもっと多くのことが出来るようになるのかもしれない。
力を使えば使うほど、魂を収穫すればするほど、影を操る力が磨かれていっているように感じる。
この人生で初めてまともに上達を感じるのが殺しの技というのが、何とも虚しい。
しかし、再優先はあくまでこの森からの脱出だ。
一時間かけてこの湖の周辺を捜索したが、脱出につながる手がかりはゼロ。流石に焦りを感じてくる。
そろそろこの湖を離れて、より遠くまで捜索しにいくかどうかそろそろ決めなくてはならない。
「うーん……いたずらに出口を探して回るより、方角が分かるような何かや出口への手がかりみたいな情報を手に入れる方がいいと思うんだが……」
実際このだだっ広い森の中を、当てもなくぐるぐると回っているだけの今のような状況はそろそろ抜け出したい。
化け物との遭遇率も上がるし、歩く分体力も消耗する。
この森に入ってすでに四時間は経っていると思うが、それほどお腹が減っていないことだけが救いだ。
今が何時なのか知る術もないけど、元の世界と同じく昼夜の概念が存在するのであれば昇っている日はそのうち沈むのだろうし、空腹はいずれ飢餓に悪化するだろう。時間は決して俺の味方ではない。
考え込んでいるうちに数十メートル先に黒く動いているものが見えた。
「また黒狼か……もたもたしてると仲間を呼ぶから面倒なんだよなあ」
この数時間で何度も倒した化け物とは言え決して油断はできない。
黒狼は打たれ弱いが、動きは速いうえに狡猾だ。
集団で狩りを行う生態らしく、戦闘中に仲間を呼ばれて何度か危ない目にもあった。
それでいて鼻が利くので避けて通るのもなかなか難しい。
その点蜘蛛は大して眼も良くないのか大きな音を立てない限りほとんど気づかれることはないからこういう時に対処は比較的楽だった。
(別の道から行けば避けることもできるか?でも放置していると後から追いつかれて危ないかも……いっそ気づかれる前に倒すか)
幸いなことに黒狼はこちらに背を向けたまま、林の向こう側の何かに注意を惹かれているようでこちらには気がついていないようだった。
ここからだと茂みが邪魔で黒狼の向いている先に何があるのかは見えなかった。
「…………」
大鎌を構え、脚に力を込めて地面を蹴り上げる。
地面は抉れ、身体は跳ねるように発進して地面を蹴る度にどんどんと加速する。
鼻が利く魔物に不意打ちを仕掛けるにはどうすればいいか。答えは簡単だ。
匂いに気づかれる前に近づいて倒してしまえば良い。
「グルルルルル……………」
「――――――――――!」
駆け出してわずか数秒、大鎌で黒狼を捉えることのできる距離まで近づくと、黒狼と何かが対峙していることに気がついた。
黒狼の対峙する先、茂みの向こうには――――
俺と同じく時空の魔女に飛ばされていた2-4の生徒たちがいた。
「は!?人間!?他にも!?」
驚いて一瞬だけ駆ける脚を止めそうになる。
だけど今はそっちに注意を向けている余裕はない。
意識を黒狼に戻し、まだこちらに気が付かずに唸り続ける黒狼を大鎌の射程に捕捉する。
「グルルル…………ガウ!ガウッ!!!」
ここで黒狼がようやくこちらに気づいてけたたましく吠え始めた。
でも、もう遅い。
右手で大鎌を振りぬくと、飛びかかろうとする黒狼の脇腹を一気に切り裂く。
「キャン!」という断末魔と共に黒狼は一撃で倒れた。
黒狼が何かに気を取られていたのは運が良かったな。普通はとっくに気づかれていてもおかしくない距離だった。
「た、助かった……のか?」
「分っかんねえ……狼に襲われたと思ったら次はし、死神…………」
さて、次に対処しなければならないのはこっちか。
こちらを見て震えている人間たち……というよりこの制服、2-4の生徒たちだ。
(あー……まあそりゃ当然いるよな……別の場所にバラバラに飛ばすとも言っていなかったし)
むしろ同時に飛ばされたんだから近くに飛ばされていると考える方が自然だ。
こちらを見て顔を青ざめたままの生徒たち。その中に一人、よく見知った顔がいた。
「大丈夫か?あー、白鳥……」
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