上 下
2 / 34
1章 ユスティニアの森

異世界転移

しおりを挟む
「ん…………」

 どうやら気を失っていたらしい。
 何が起こったんだっけ、いきなり《魔女》が現れて《異世界》がどうとか……?

 はっきりとしない意識のまま、とりあえず地面に倒れこんでいる体を起こそうと苔むした土に手をついた。

 ……
 おかしい。ここは教室の筈では……?いや、そもそも――

……?」

 はっとして周囲を見渡せば、
 異常なまでに伸びた木々は陽を遮って、光はほとんどここまで届いて来ていない。覆いつくすような枝葉の隙間から、かろうじて陽の光が差し込んでいる。

 ……何をどう見ても、ここが教室じゃないのは確かなようだ。

「なんだこれ……」

 目が覚めて早々、気が遠くなりかけながらも意識を失う前の記憶を辿っていく。

 確か……俺たちの教室にいきなり銀髪の女が現れて、不思議な力を使って見せたかと思えば、仕舞いには教室にいた全員を連れていくとか言い出した。
 送り先は曰く――《》。

 そして、目が覚めたら此処に倒れていた。

「はーーーー…………」
 
 思わず盛大なため息を吐いた。
 
 両親が死んで、親戚には裏切られる。おまけに学校ではもうずっとあの有様だ。それで次はか。
 理不尽に振り回されてばかりの人生だ。
 物事が上手くいった試しが無い。
 人が何を考えているのか分からない。口を開けば憎まれる。皆のように上手く生きられない。
 いつだって裏目ばかりの人生だ。

「はあ、クソ…………」

 今度は悪態まで飛び出して来た。もうヤケクソだ。
 誰かが人生は不幸の連続だと言っていたが、まさしくその通りだ。


 ……それでも、人生は続く。
 親が死んでも、親戚に疎まれても、クラスで孤立していても――異世界に送られようと。どれだけ嫌でも日々は続く。

 ひとしきりため息を吐くつくすと、苔まみれの地面に手をついて立ち上がる。

「……はあ、仕方ないか。まずはどうするか……」

 こちらの事情などお構いなしに世界は進んでいくのなら、立ち止まっている時間はない。重要なのは切り替えの早さだ。
 あまり運が良くはないという自覚がある身としては、時間は物事をあまり解決してはくれず、それどころか悪化させるのがほとんだということを知っているから。

 安全の確保に食糧の確保、この森からの脱出、そしてこの世界の把握。やらなきゃいけないことは多い。

 まず、安全に関しては最低限確保されていると言ってもいい。

 幸いここはある程度見通しが利いていて、聞こえてくるのも木々のざわめきくらいだ。
 人間や野生動物が来たらすぐに気づく筈だ。
 向こうがこちらに気づく前に隠れるなり逃げるなりすれば逃げ切れるとは思う……思いたい。

 一方で食糧に関しては……少しまずいかもしれない。
 あの魔女がご丁寧に食べ物まで毎食配達してくれるほど親切だとは思えない。それにあの口ぶりからすると……「この世界で自分で生きていけ」と言っているのだ。

 つまり食糧も自己調達。自分で食べられるものを探すしかない。
 それができなければその先に待っているのは確実な"餓死"だ。全くもって冗談じゃない。

 それに、時空の魔女ロザリアが最後に言っていた言葉も気になる。

(『どうせ何割かはすぐに死ぬ』、ね……)

 "何人か"ではない。"何割か"なのだ。
 この二つの間には絶望的なまでの差が存在する。
 "運が悪かったら死んでしまうかもしれない"と、"まあ死ぬのがデフォ"では圧倒的に話が変わってくる。

 このことを考えれば今すぐに行動に移らないといけない。

 そうそう都合よく食べられそうなものが落ちていることは期待できそうにないので最悪昆虫も食べることくらいは覚悟しておいた方が良さそうだ。
 いざとなれば仕方がないかもしれないが、精神衛生上それはできるだけ避けたいところだ。

「少しでも食べられそうな物、できれば安全に食べられそうなものが落ちてないか……木の実とかどんぐりとか……」

 少しでも食べられる可能性のあるものを探しつつ周囲を見渡す。
 辺りに見えるのは木、木、そして少し向こう側に川。

「……とりあえず、飲み水で困ることはなさそうだな」

 安堵しつつ周囲を警戒しながら川の方に向かってみる。
 すると歩き始めてすぐに体に"違和感"があることに気が付いた。

「なんか俺……縮んだか?」

 心なしかいつもよりも歩幅が狭い気がする。
 それに、いつもの視点から一回り下・・・・の辺りから見ているかのような感覚。
 意識は間違いなく自分のものなんだけど、身体が自分の物じゃないような奇妙な違和感を感じる。

  それに――――
 
「なんか、声も高くなってないか……?」

 そういえば声もおかしい。
 おかしいというよりやけに高い・・
 普通に喋っているつもりなのに常に裏声を出しているかのような感覚だ。
 身体の感覚の違和感といい、何から何までおかしい。

「……一体どうしたんだ、異世界に来たから身体の調子が悪いのか?」

 ”異世界”なのだから当然元の世界とは気候も変わってくる。体感では特に何も感じないが、俺が気が付かないだけで何か違いがあるのかもしれない。
 この状況でそれどころじゃなくて気にもしていなかったのだが、よく見れば今着ている服も変だ。
 というより言ってみれば服が一番変だ。

 意識を失う直前まで学校にいたのだから、今着ているのも当然”制服”の筈だ。
 なのに……

「嘘だろ、もしかしてこれ、スカートか……?」

 今、俺が履いているのは制服のズボンなどではなく、膝元くらいまでしかない丈の黒地に赤色の刺繍の施されたスカートだ。

 みるみる血の気が引いていくのを感じる。
 俺は今、女物の服を着ているのだ。

「おい、待て、嘘だろ……何が起こっているんだ……!?」

 段々と川に向かう足取りが早足になっていく。
 もしかしたら今俺はとんでもない恰好をしているのかもしれない。
 いや、「かもしれない」ではなく、実際にとんでもない恰好をしているのだ。

 男子高校生が可愛らしいスカートを履いていてまともな恰好である訳がない。
 もし、これをクラスの奴らに見られようものなら、かろうじて保たれていた俺の尊厳さえとうとう破壊されてしまうことになる。
 ”死神”というあだ名に代わり”変態”と呼ばれる日々が続くことになる。そもそも帰れるのかは別として。
 なんとしてでも今自分がどんなにヤバイ恰好をしているのか確かめなければならない。誰よりも先に。

「はあっ!はあっ……!」

 とうとうなりふり構っていられずに川に向かって全力で駆けこむと、急いで身を乗り出して水面に映った自分自身の姿を確認する。
 
「………………………」

 水面に映った自分の姿を見たとき、しばらく声が出てこなかった。

「女になってる…………」
 
 なぜなら、そこに映っていたのは見慣れた自分の顔ではなく、黒髪赤眼・・・・の美少女・・・・だったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

「私のために死ねるなら幸せよね!」と勇者姫の捨て駒にされたボクはお前の奴隷じゃねえんだよ!と変身スキルで反逆します。土下座されても、もう遅い

こはるんるん
ファンタジー
●短いあらすじ。 勇者のイルティア王女の身代わりにされ、魔王軍の中に置き去りにされたルカは、神にも匹敵する不死身の力にめざめる。 20万の魔王軍を撃破し、国を救ったルカは人々から真の英雄とたたえられる。 一方でイルティアは魔王の手先と蔑まれ、名声が地に落ちた。 イルティアは、ルカに戦いを挑むが破れ、 自分を奴隷にして欲しいと土下座して許しをこう。 ルカは国王を破って、世界最強国家の陰の支配者となる。さらにはエルフの女王にめちゃくちゃに溺愛され、5億人の美少女から神と崇められてしまう。 ●長いあらすじ 15歳になると誰もが女神様からスキルをもらえる世界。 【変身】スキルをもらったボクは、勇者であるイルティア王女に捨て駒にされた。 20万の魔王軍に包囲された姫様は、ボクを自分に変身させ、身代わりにして逃げてしまったのだ。 しかも姫様は魔王の財宝を手に入れるために、魔族との戦争を起こしたと得意げに語った。 魔法が使えないため無能扱いされたボクだったが、魔王軍の四天王の一人、暗黒騎士団長に剣で勝ってしまう。 どうもボクの師匠は、剣聖と呼ばれるスゴイ人だったらしい。 さらに500人の美少女騎士団から絶対の忠誠を誓われ、幻獣ユニコーンから聖なる乙女として乗り手にも選ばれる。 魔王軍を撃破してしまったボクは、女神様から究極の聖剣をもらい真の英雄として、人々から賞賛される。 一方で勇者イルティアは魔王の手先と蔑まれ、名声が地に落ちた。 これは無能と蔑まれ、勇者の捨て駒にされた少年が、真の力を開放し史上最強の英雄(♀)として成り上がる復讐と無双の物語。 勇者姫イルティアへのざまぁは16話からです。 イルティアを剣で打ち負かし、屈服させて主人公の奴隷にします。 彼女は主人公に土下座して許しをこいます。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ
ファンタジー
ブラック企業でエンジニアをしていた主人公の青木錬は、ある日突然異世界で目覚めた。 転生した先は魔力至上主義がはびこる魔法の世界。 だが錬は魔力を持たず、力もなく、地位や財産どころか人権すらもない少年奴隷だった。 前世にも増して超絶ブラックな労働環境を現代知識で瞬く間に改善し、最強の賢者として異世界を無双する――! ※他の小説投稿サイトでも公開しています。

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

処理中です...