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 結局、こういうところが人としては足りていないらしい。
 まだまだ学ぶ事は多い。

「いやー、とても怖いとは思うよ」
「……お前、俺らを舐めてんの?」

 彼の瞳がユイを射抜く。

「俺も……、アリスも正真正銘の悪魔だよ」
「……? さっき教えてもらったし、わかってるよ?」
「孤児院っていうのは、首輪を嵌めることで飼い慣らした悪魔を飼育するための場所だ!」
「うん。なんとなく理解した」
「ここの管理を王家に命じられた奴は、前も、その前も、そのまた前も、例外なく全員が俺達に殺されてる!」
「そうなんだ。……まぁ、そうだろうね」

 首輪で魔術を完璧に抑えることなんてできない。
 だが王家が役割を与えてる以上、悪魔とはいえ簡単に殺すわけにもいかないだろう。
 だからといって悪魔をマトモに管理なんてできるわけもない。
 力を持たないただの人がここに放り込まれることは死を意味する。
 いつ殺されるかは悪魔達の匙加減でしかない。
 ここの管理を命じれば仕事上の事故死となり、命令することでも人を消せる。
 表向きには人を殺せない王家にとって、素晴らしい使い心地の施設だろう。
 作り出せる理由は多ければ多いほど便利だ。

「ならっ! その態度はなんだよ!」

 考え事をしていると、興奮状態のアルは炎を掌の上に作り出した。
 そして、それをユイの顔の前まで持ってくる。

「俺は、お前なんか今すぐにでも殺せる」
「だろうね」
「……今すぐにでもやってやろうか?」
「それは困るなー。まだ死にたくない」

 真っ赤な色の中に蒼が混じっている炎。
 たしか『焔鬼』とアリスが言っていたっけ。
 彼の魔術は本当に、とても綺麗だ。
 だが、炎の先でユイを睨みつける彼の表情には焦りが見える。

「私はアル君の言う、首輪付きだと思うんだけど。私、同じくらいの力を持っているかもしれないよ?」
「でも、これまで貴族のお嬢様だったんだろ?」
「うん。だったね」
「これまでは自分が悪魔だって知らずに生きてきたんだろ?」
「……まぁ、そうかもね」
「俺達が怖く、ないのか……」
「いや、だから怖いっていってるじゃん」

 アルの問いに、ユイは淡々と答える。

「全くそうは見えないんだよ!」
「えー、そうかなー」

 アルは言葉に詰まっているようだった。
 また、何か間違えただろうか。

「ほんと、お前はなんなんだよ……」

 おそらく恐怖からか、アルは後ずさる。
 彼の手には、もうあの綺麗な炎はなくなっていた。

「お前は……、悪魔だとしても美しすぎる」
「それは、ありがとう?」

 きっと今のは嬉しいことを言われたはず。
 なら、返答はこれであっているだろうか。

「俺もアリスと同じように、一瞬で狂わされそうになった……」
「ほんと? アル君、私は嬉しいよ」

 その言葉を聞き、ユイが近寄ろうとすると、

「くるな!」

 また、拒絶された。
 どうやら、これも違うらしい。

「……アリスは、面倒くさいやつで……、性格も歪んでいて……、誰かの言うことを素直に聞くような奴じゃない……」

 あぁ、そういうことね。
 人は理解できないモノを見たら怯えてしまう。
 つまりはそういうこと。

「さっきまでお前に対して口の聞き方ですらキレていたアリスが……、魔術を使って脅してもあそこで座ったままだ……」

 彼は後ろの方で大人しく座るアリスを指差す。
 やはり、人も魔人も全く同じだ。
 結局は意思を持った、ただの生命体に変わりはない。

「本当にお前は……俺達と同じ『人』か……?」

 あぁ、楽しくて仕方がない。

「さぁ? アル君からはどう見える……?」

 彼の表情をみると、笑いが込み上げて抑えられない。

「君から、私はどう見えるのかな?」

 どれだけ強大な力を持っていても、悪魔だと恐れられても、所詮はただの人だ。
 それなのに忌み嫌われ、恐れられて、こんなところに閉じ込められて汚れ役をしている。
 だから、可哀想な彼を導いてあげないと、施してあげないと、満たしてあげないと。

「ほら、素直に言ってごらん? ……アル君は私に何を求めているの?」

 見抜かれているという動揺が、アルの顔全体に広がっていく。
 ……もっと見たい。
 ユイが彼に向けて歩き出そうとした時だった。
 突然、甲高いベルの音が広間全体に響き渡る。

「アル君、これは」
「……先生。仕事の時間だ」

 先程までとは違い、いたってアルは真剣な表情をしていた。
 ユイの呼び方も、お前から先生へと変わっている。

「仕事?」
「みろ、そこに王家からの命令書がくる」

 丸いテーブルの上にどこからか紙切れが落ちてきた。
 その紙には、容姿、氏名、年齢、性別、大体の居場所が記されている。
 要するに、コイツを殺してこいってことだろう。

「ほら、行くぞ」
「あ、うん」

 アルの後ろを歩き、ついさっき入ってきたばかりの扉を指差す。

「先生とアリス以外は自由にここから出られない。……仕事は俺がやるから引率だけしろ」
「わかった。でも、他の子達は?」
「……アイツらは出てこない。最近はほとんど俺が仕事をしてる」
「そっか」

 ユイは扉に手をかける。

「おい」

 すると、後ろから声がかかった。

「……? アル君、なにかな?」
「俺はお前を信用していない」

 凄く怖い顔だ。
 それなら、笑って返そう。

「いいよ。今はそれで」

 ユイは勢いよく扉を開いて歩き始める。
 聞こえるくらいの舌打ちをしたアルは、素直に後ろを着いてきた。

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