私は、音の中で生きている

qay

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「で、彩白。なにこれ?」
 
 おそらく、私が通うなんちゃって進学校において最も無駄な科目は音楽だ。そう断言できる。何故なら、この女ですら教師が務まるんだから。
 その無駄科目担当教師、佐藤茜はへらへらと絶妙にイラつく顔をしながら私の前で紙切れをヒラつかせている。
 
「なにって、進路希望調査でしょ?」
 
 迷うことなく答える。
 
「そう、締め切りが五月終わりまでのやつ」
「今日は六月一日だよ。もう終わった話じゃん」
「他のみんなはそうだね。でも、彩白は終わってないよ」
「なんで?」
「……それは、聞かなくてもわかるでしょ?」
 
 茜とは小さい時からの付き合いだから、今更遠慮なんてしない。それに、こういうのはお互い様だ。
 幸いにも紙で溢れている生徒指導室は、ちょうど良くクーラーが効いていて居心地は悪くない。今日は退屈な授業がとても短く終わり、時間はまだ十三時を回ったところ。
 とりあえず暇だから、暫く茜に付き合ってあげることにした。
 
「まだ高校一年生で進路もなにもないでしょ」
「ご家族との相談は?」
「……あの人達は関係ない」
「でもね」
「うるさい。家の事には首を突っ込まないで」
「いや……、ね?」
「茜には関係ない」
 
 私が明確に拒絶すると、茜は大袈裟に深々とため息をつく。こういうところが昔から、いちいち癇に障る。柔らかいソファーに勢いよく身体を押し付ける。
 
「色々と言いたいことはあるけど、とりあえず、今の私はこの学校の先生であなたの担任。親しき仲にも礼儀あり、だよ。わかるかな? いろはちゃん」
 
 本当に子供だったあの頃のように名前を呼ばれて、少しムッとした。預けたばかりの身体を起こす。目を細めて、口角を均等にあげて顔の角度を調整する。私は手を合わせて顔の右横に持っていき、この女に向けて言い放つ。
 
「はい! すみませんでした、佐藤せんせ!」
 
 そんなにお望みなら、できるだけ大袈裟に、とことんやってやろう。手だけを戻して、顔を見せつけるように睨みつける。
 
「……私と二人きりで、その顔はやめて」
 
 へらへらしてた顔が一瞬にして不機嫌なものに変わる。
 さっきまでの余裕はどこにいったのか、茜は私から目を逸らして宙を見つめている。
 
 そもそも、先にそういう態度をとったのは茜だ。だけど、二人きりでこの顔をすると絶対に目を合わせようとはしない。中学生になったあたりの頃、初めて見せた時に泣いて喚かれたのを思い出した。
 
「なら、どうしろって?」
 
 このままだと面倒なことになりそうだったから、とりあえず表情を戻して足を組む。この人を怒らせると面倒なのはよく知ってる。
 
「まぁ、それは、……もういいよ」
「言いたいことがあるなら言えば?」
「……もう、いい」
 
 私がこういう顔をみせると、あからさまに不機嫌になる。
 彼女は出会った時から、何も変わっていない。
 まだ小さくて、私がギターのことしか考えてなかったあの頃から。
 明確に変わったのは毎月のように色が変わっていた髪が、教師になって黒に統一されたくらいだ。
 当時、小さかった私も「この人、幼いなぁ」って思ったぐらい。今では背も大して変わらない。
 
 だけど、この高校では凄く人気者らしい。よく茜ちゃんと呼ばれてクラスメイトに慕われているところを見かける。
 顔はいいと思うけど、この気分屋で無茶苦茶な奴が大人気だなんてこの学校は末期だと思う。みんなはコイツの本性を知らないんだ。
 すると、何かを感じとったのか「なんか、失礼なこと考えてるでしょ」と目敏く反応してくる。
 こういうところは無駄に鋭いなと思うけど「そんなことない」と返しておいた。

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