先生、至急職員室まで。~教育担当になったのは、あこがれ続けた先生でした~

綴乃ゆう

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春一番が吹き荒れて数日後の事。
新学期に合わせるよう咲き誇っていた桜は多少その風で散ってしまったが、相も変わらず薄桃色の花びらが通りを彩って人々の目を楽しませている。

そんな学校のロータリーを眺めながら、俺はスマホを掲げると記念にと写真を一枚撮った。

(……懐かしいな)

去年の今頃もこの桜に思わず見惚れたっけ。
あの時は緊張から写真を撮る余裕なんてなくて見るだけだったけど、1年もたつと気持ちもだいぶ余裕がある。
ちらりと確認した時刻はいつもよりちょっとだけ早かった。
今日は新年度1日目だから仕事が山のようにある。早く行って少しでも進めておかなければ。履き潰れてきた靴で砂利の床をぐっと踏みしめると、俺はスマホを片手に振り返った。



3月に入ってすぐの頃、俺は人生初の人事発表の場を経験した。

「それでは来年度の担当クラスを発表します」

穏やかな教頭先生の声。
ピリ付いた職員室は普段では考えられない程静まり返っていて、俺は思わずぐっと膝に置いた拳を握る。

まずは3年から……と読み上げていく声は淡々としていて、名前を呼ばれた先生も特に反応する事なく黙って聞いている。
この雰囲気あれだな……、部活のスタメン発表の時みたいな感じ。
あの時は呼ばれた人がガッツポーズをしたり歓声を上げてたりしたけど、今間違いなくそれをするべき場じゃない事だけは分かる。絶対怒られる。

「……3年3組担任。三戸碧海先生」
「……っ!」

不意に聞こえた名前にバッと顔を上げると、机の下に伸びた手がバシッっと太ももを叩く。痛い……。

「大人しくしてろ」

口パクで怒られてしょげてると、眉間にしわを寄せた顔のまま先生が俯く。
小さく肩が震えてるのが見えて「何笑ってんだよ」と言い返しそうになった。

「続いて2年3組担任。津木湊先生」

聞き慣れた名前に顔を上げる。ぽかんとしてる間にどんどん進んでいく発表に俺は思わず聞き間違いかと視線をうろうろ彷徨わせる。それを見た三戸先生が今度こそ必死の様子で笑いをかみ殺しているのを鳥羽先生達がおかしそうに眺めていた。




「あーおかしかった。声出るかと思った」

発表の後、給湯室に集まった自分と三戸先生、鳥羽先生に友野先生。
来年度の担当クラスの話になるのかと思えば、最初に話題になったのは発表の時の俺の狼狽えぶりについてで。

「なんで呼ばれてびっくりしてんだよ。呼ばれるに決まってんだろ」
「呼ばれなかったら逆にびっくりだよね」
「いや……まさか担任で呼ばれれるとは思ってなくて。あと直前に部活のスタメン発表みたいだなぁって思ってたから頭がバグったというか」
「あー確かにスタメン発表ぽい。サッカー部でも発表するあんな空気だもんな」
「へーそんなもんなんか」
「前から思ってたんですけど三戸先生運動部未経験ですか?」
「経験してるわけないだろ。あの運動神経だぞ??」

淹れたてのコーヒーを片手に、決して広くはない給湯室でダラダラと喋る。
1年前ならこんな風に職員室で過ごす事になるなんて思っても見なかった。この1年俺も、だいぶ先生らしくなったのかな。

「津木先生は俺と同じ2年担当だね。よろしくー」
「よろしくお願いします鳥羽先生。頼りにしてますね」
「俺は友野先生とかぁ……」
「おいなんだよその嫌そうな声」

憤慨した友野先生の声にワッと弾けるような笑い声が漏れる。
結局話に夢中で淹れたままのコーヒーは飲む時にすっかり冷めてしまっていたのだった。



「……おはようございます」

職員室の扉をあけると数人の先生が「おはよう」と挨拶を返してくれる。
流石に早かったからかその声は少ない。いつも通り部屋の奥の自分の席……と向かいかけた所で、俺はびたりと足を止めた。

(そうだった。席替えしたんだった)

新年度を期に配置換えされた机。今度の席は以前と真逆の給湯室から離れた側の奥の席だ。ちなみに三戸先生は前方の席。かなり離れてしまった。

席を間違えかけた事をからかわれたりしつつ、新しい自分の席へと向かう。
移動の時にきっちり掃除し直した机はまだ何も乱れてない。きっちり整理整頓された机で錨の置き物が妙に目を引いた。

(これも、離れたら何が何だか分かんないな)

ついこの間まで悪戯で入れ替わっていた置き物。
三戸先生の持つ波の置き物と並んでるのに見慣れたせいで、個別に見てしまうと妙に寂しいというかなんとも言えない気分になる。改めて先生と離れてしまったんだという事を嫌でも自覚してしまい、胸がぐっと重苦しくなった。

はぁ、と思わずため息をもらした時だった。
ブブブとマナーモードにしているスマホが鞄の中で震えだす。
画面には先程まで考えていた人の名前が書かれていて、俺は慌てて通話ボタンをタップした。

「っ、もしもし」
『ピンポンパンポーン。お呼び出しを申し上げます』
「は??」
『津木湊先生、津木湊先生。至急体育館裏までお越しください~』
「いや呼び出し場所が物騒だな」
『っふふふ……至急お越しください~』
「はははっ、わかりましたよ。呼び出しは絶対ですからね」

ちょっと待ってて下さいと伝え電話を切る。
簡単に荷物を置きスマホを手に取ると、俺は緩む口元を見られないよう隠しつつ、職員室を飛び出した。

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