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修学旅行
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「やべ……三戸先生からLINEきてた」
身支度を整えて充電器に刺しっぱなしだったスマホを手にした時だった。チカチカと小さく光るランプ。開くと見慣れた相手からの連絡を知らせるポップアップが画面に映る。
『移動時用の鞄忘れんなよ』
たった一言それだけ。その内容と簡潔な文面を見て俺は思わず吹き出した。
数日前持ち物リストを確認していた時に、うっかり俺が鞄の存在を忘れていた事を覚えてたのか。あの時も「お前、日中1人でクソデかいキャリー引きずる気か?」と笑われたけどまさか連絡までしてくるとは。お母さんか。
『忘れてません。ご安心を』
スタンプも追加したところで途中だった荷物の最終確認へと戻る。床に大きく広げたままのキャリーバック。リストを確認しながら忘れ物が無いかを指さし確認していく。
着替え、よし。
スマホと充電器もよし。
保険証と、何かあった時の為の現金よし。
もちろんサブの鞄も準備よし。
……よし、忘れ物は無いな。
キャリーバックを閉じ部屋に忘れ物が無いかと戸締りを確認する。中身をきっちり確認した鞄を手に取ると時刻はそろそろ午前5時30分。そろそろ出ないといけない時間になっていた。
「よし、行くか」
――修学旅行、始まります。
◇
学生生活一番のイベントといってもいい修学旅行。
ここ金華高校の学校でもそれは同じで、数日前から生徒達は浮足立って話題はそれ一色になっていた。俺もなんだかんだ高校時代は楽しかったし気持ちはよく分かる。あれこれと準備する時からたのしいんだよなぁ。しかし先生ともなるとそうはいかない。準備する事は信じられないほどあるのにとにかく時間が足りないのだ。
バスや部屋割りグループ決めに始まり、旅行会社との打ち合わせ、写真屋、お世話になる施設、引率の先生達との随時打ち合わせに担当ごとの準備。引率時のトラブルが起きないように細かな対処を確認したり、しおりをつくったり保護者用の連絡資料を準備したり……。もう嫌と言うほど仕事が湧いてくる。
クラス担任の先生は皆職員室で死んだ目をしながら準備をして、そうして今日ようやく修学旅行当日を迎えた。
「三戸先生、バス来たので荷物載せこんでいいそうです」
「おーし、なら点呼してどんどん積み込んでいくか」
「教員のは最後でいいですか?」
「大丈夫。ちょっと教頭先生の所言ってるから何かあったら呼んでくれ」
「わかりました」
バタバタと駆けていく三戸先生を見送り俺は今日お世話になるバスの運転手さんの元へ急ぐ。挨拶をして色々確認した後、また生徒の元へ戻りきちんと列で並ぶように注意して……。
(い、忙しい……なんだこれ)
まだ出発してないんだよな?
なんだこの忙しさ。息つく間もない。
準備中何度も「当日は目も回る忙しさだぞ」なんて他の先生方に冗談交じりで言われてたけど、本当だった。俺が学生の時も、先生方はこんな気持ちで過ごしてたんだろうか。規則に雁字搦めでつまらないと抜け出したり、興奮で話を聞いていなかったりしたあの頃の自分たちがどんなに迷惑だったか、数年越しに知る事になるとは……。
グラウンドに集めた生徒達の点呼をして出発式を終え、荷物と生徒が無事乗り終わった事を何度も確認してようやくバスに乗り込むと、準備万端体力ばっちりで臨んだはずなのにもう疲労感がすごい。
「先生……点呼無事終わりました」
「おーお疲れ」
「津木せんせー!こっち一緒乗ろうよー」
「えー先生後ろに一緒座ろー!」
「だーめ。先生は俺んとこだって言っただろ」
「えーミトセンずるい!」
「ずるくあるか。色々話し合う事があるんだから」
先に乗っていた生徒達が何人か声をかけてくれるけどこればっかりは行くわけにいかない。「ごめんね」と謝り最前列の三戸先生の隣に腰を下ろすと、俺の疲労具合に気がついたらしい彼は噛み殺すような笑いを漏らした。
「どうしたお前すでに疲れてんじゃん」
「なんでしょう……気疲れというか。普段と違って色々気を張ってるのかもです」
「まあ最初はそんなもんだよな」
「三戸先生はもう慣れたんですか?」
「いや毎回死ぬほど胃が痛い」
「ぶっ……っはははは!全然駄目じゃないですか」
「そりゃそうだろ。大事なお子さん預かる身なんだから気も張るさ」
先生の冗談に小さく肩と震わせていたが、続いて告げられた内容にその笑いもピタ、と止まった。
……そうか。確かにそうだ。
根本的な所を忘れてた。「滞りなくやれてるか」とか「何かミスは無いか」とか「問題は起きないか」とかそんな事ばっかり考えていた、俺。そうだよな高校生と言えど未成年のお子さんを数日も預けるんだ。親にとって先生が新任なのかベテランなのかなんて関係ない。信頼して預けてるんだ。
(……また三戸先生に大事な事教わったな)
この旅行はまだ始まったばかり。残りの数日間もこの気持ちを胸に刻んで頑張ろう。
ぐっと気合を入れ直しているとちらりと俺に視線を向けた先生が「まぁた変に気を張ってるだろ」と呆れたように呟く。
「そんなんじゃ持たないぞ、バスの中位寝とけ」
「え、いやいや寝ちゃまずくないですか?」
「道中唯一ゆっくり出来る時間だぞ。微睡む位いいだろ。ていうか俺が限界」
「っふふふ。ちなみに三戸先生昨日何時寝ました?」
「1時」
「勝った。俺1時30分です」
「いや誤差だろ!てか寝ろよ!」
「三戸先生こそなに夜更かししてんですか」
「荷造り終わんなかったんだよ」
「無計画すぎませんか!?」
あれだけ生徒に余裕持って準備しろと言ってた先生が前日……いやもう当日に準備してるのか。思わずツッコミ2人で笑い合っていると後方の生徒がひょこりと頭を出す。
「もー先生達煩いんだけど。生徒よりはしゃいでんじゃん」
「あ……悪い」
「てか先生達が寝てない自慢とウケんだけど」
そのツッコミにバスの中がドッと湧く。しまった生徒の前だったのにはしゃぎすぎた。教員としての威厳の為少しは落ち着いた行動をしようと思ってたのに。そんな俺とは逆に楽しそうに笑みを浮かべた先生は「仕方ないだろーお前らの為に先生寝る間も惜しんで頑張ったんだから」と反論している。
(それ言っちゃうんだ)
すると、何かきょろ、と周囲に視線を這わせはじめた先生。
助手席に座っている添乗員さんに断ると備え付けのマイクを手に取る。何をする気なんだ……?
「この際だしアンケートでも取るか」
「は?アンケート?」
「そう。お前ら昨日何時寝たのか、時間言っていくから当てはまるもの手上げろー。嘘は言うなよ」
いや本当になんのアンケートだよ。
突然始まった余興に旅行で浮足立った生徒達は楽しそうに前に注目する。……なるほど余興のつもりだったのか。確かに移動は長いしそういった配慮をするといいとは聞いてたけど、さっきの会話からこれに繋げられるのは流石としか言いようがない。やっぱり三戸先生には敵わないな。
尊敬の目で隣の先生を見上げる。
生徒の視線を浴びながら「それじゃ早い時間から順に行くぞ……」と前置きした先生は至極真面目な顔でこう言い放った。
「なら最初は……7時!」
「いや早すぎるでしょ!!!!」
俺迫真のツッコミは大爆笑をかっさらい、しばらく笑いが止まなかった。
◇
「……や、やっと着いた」
「本当にな。何回やっても慣れねぇわ」
ホテルのロビーで絞り出すような声を出すと速攻で同意の声がする。隣ではキャリーバッグを手に死んだような目をした三戸先生が「なんで学生ってあんなに元気なんだ?」と呟いていた。
(1日目から怒涛だったな……)
「ここだけの話、俺途中でピクミンやってる気分になりました」
「やめろ。これから笛吹きにくくなるだろ」
飛行機に乗る時、降りる時、空港を出てバスに乗る時、目的地に着いた時……一体何回点呼すればいいのかと思う位、旅行中は生徒の動向に注意しなければならない。万が一にでも点呼にミスがあったらまずいし、その後の予定にも支障が出てしまうからだ。それはもう滅茶苦茶気を張って点呼してトラブル発生してないか確認をして移動して……。
きっと生徒が静かだったのは午前中の平和学習の間位だっただろう。
誰一人欠ける事なくようやくホテルまでやってきた俺達は、生徒が無事部屋に入ったのを確認して一度ロビーへと戻る。自分達の部屋を確認し鍵を受け取ると、疲れた身体を引きずるようにしてエレベーターへと向かった。
教職員の部屋というのは基本的に生徒と同じ階だ。
俺達男の教員は男子部屋のある階に分けて配置される。1人部屋の所もあるらしいけどうちの高校は同じクラスの先生と相部屋スタイルらしく、自動的に俺は部屋割りでも三戸先生と一緒になる事になった。
「あ、ここですね俺らの部屋」
男子階の一番奥の一室。鍵を開け扉を開けると途端にい草と旅館特有の香のような匂いが鼻をくすぐった。俺達の部屋はよくある8畳ほどの和室は学生時代修学旅行で泊まった部屋と似たような雰囲気がある。なんとなく懐かしい気分になりながら部屋を見渡した。
「なんか懐かしいですねこういう感じ」
「落ち着くよなぁ」
「はい。わぁ……窓の下庭園みたいですよ。あそこに見えるのって池ですかね?」
部屋の奥にある大きな窓の外には清々しい程の晴天と自然豊かな風景が広がっている。ホテルの下には中庭らしきものが見えて、宿泊客らしき数人がうろうろしているのが見えた。
後で見に行ってみようと窓の外を眺めてると、不意にすぐ後ろで俺の名前を呼ぶ声がする。咄嗟に振りかえるとニヤニヤ笑いを隠しもしない先生が上着を脱いだラフな格好で立っていた。
「はしゃいでるとこ悪いけど準備しないと遅れるぞ」
「え、すっ……すみません!」
(まずい完全にはしゃいでた!)
いい歳してホテルの部屋にはしゃぐなんて……顔が熱い。
慌てて部屋の隅に置いた荷物へ駆け寄りしおりを確認する。たしかこの後は大広間に集まって夕飯だったはず。
「……」
慌てて準備しに行く津木の背中をぼんやりと眺めながら窓辺に寄りかかる。あーあ、鞄をごちゃごちゃと漁って……あれは後で後悔するだろうに。
それにしても……はしゃいでいた津木は可愛かった。思わず声かけるのを迷ってちょっと見てしまうくらいには。物珍しそうに辺りを見渡したり窓の外を眺めたり……言っちゃ悪いがやってる事が生徒達と変わらない。
自分のようにもう何度も引率なんてしているとそんな新鮮さもいつの間にか失ってしまう。観光時間とか多少ワクワクする事もあるけど、部屋1つでこうも楽しそうに思えるような感覚はとうに失ってしまった。だからこうして1つ1つに新鮮な反応をする津木が眩しくて可愛くて。
(今年は、俺も楽しめそうかな)
津木の隣だといつもと違う景色が見られそうな気がする。楽しい旅行になりそうな予感がして胸が高鳴った。
身支度を整えて充電器に刺しっぱなしだったスマホを手にした時だった。チカチカと小さく光るランプ。開くと見慣れた相手からの連絡を知らせるポップアップが画面に映る。
『移動時用の鞄忘れんなよ』
たった一言それだけ。その内容と簡潔な文面を見て俺は思わず吹き出した。
数日前持ち物リストを確認していた時に、うっかり俺が鞄の存在を忘れていた事を覚えてたのか。あの時も「お前、日中1人でクソデかいキャリー引きずる気か?」と笑われたけどまさか連絡までしてくるとは。お母さんか。
『忘れてません。ご安心を』
スタンプも追加したところで途中だった荷物の最終確認へと戻る。床に大きく広げたままのキャリーバック。リストを確認しながら忘れ物が無いかを指さし確認していく。
着替え、よし。
スマホと充電器もよし。
保険証と、何かあった時の為の現金よし。
もちろんサブの鞄も準備よし。
……よし、忘れ物は無いな。
キャリーバックを閉じ部屋に忘れ物が無いかと戸締りを確認する。中身をきっちり確認した鞄を手に取ると時刻はそろそろ午前5時30分。そろそろ出ないといけない時間になっていた。
「よし、行くか」
――修学旅行、始まります。
◇
学生生活一番のイベントといってもいい修学旅行。
ここ金華高校の学校でもそれは同じで、数日前から生徒達は浮足立って話題はそれ一色になっていた。俺もなんだかんだ高校時代は楽しかったし気持ちはよく分かる。あれこれと準備する時からたのしいんだよなぁ。しかし先生ともなるとそうはいかない。準備する事は信じられないほどあるのにとにかく時間が足りないのだ。
バスや部屋割りグループ決めに始まり、旅行会社との打ち合わせ、写真屋、お世話になる施設、引率の先生達との随時打ち合わせに担当ごとの準備。引率時のトラブルが起きないように細かな対処を確認したり、しおりをつくったり保護者用の連絡資料を準備したり……。もう嫌と言うほど仕事が湧いてくる。
クラス担任の先生は皆職員室で死んだ目をしながら準備をして、そうして今日ようやく修学旅行当日を迎えた。
「三戸先生、バス来たので荷物載せこんでいいそうです」
「おーし、なら点呼してどんどん積み込んでいくか」
「教員のは最後でいいですか?」
「大丈夫。ちょっと教頭先生の所言ってるから何かあったら呼んでくれ」
「わかりました」
バタバタと駆けていく三戸先生を見送り俺は今日お世話になるバスの運転手さんの元へ急ぐ。挨拶をして色々確認した後、また生徒の元へ戻りきちんと列で並ぶように注意して……。
(い、忙しい……なんだこれ)
まだ出発してないんだよな?
なんだこの忙しさ。息つく間もない。
準備中何度も「当日は目も回る忙しさだぞ」なんて他の先生方に冗談交じりで言われてたけど、本当だった。俺が学生の時も、先生方はこんな気持ちで過ごしてたんだろうか。規則に雁字搦めでつまらないと抜け出したり、興奮で話を聞いていなかったりしたあの頃の自分たちがどんなに迷惑だったか、数年越しに知る事になるとは……。
グラウンドに集めた生徒達の点呼をして出発式を終え、荷物と生徒が無事乗り終わった事を何度も確認してようやくバスに乗り込むと、準備万端体力ばっちりで臨んだはずなのにもう疲労感がすごい。
「先生……点呼無事終わりました」
「おーお疲れ」
「津木せんせー!こっち一緒乗ろうよー」
「えー先生後ろに一緒座ろー!」
「だーめ。先生は俺んとこだって言っただろ」
「えーミトセンずるい!」
「ずるくあるか。色々話し合う事があるんだから」
先に乗っていた生徒達が何人か声をかけてくれるけどこればっかりは行くわけにいかない。「ごめんね」と謝り最前列の三戸先生の隣に腰を下ろすと、俺の疲労具合に気がついたらしい彼は噛み殺すような笑いを漏らした。
「どうしたお前すでに疲れてんじゃん」
「なんでしょう……気疲れというか。普段と違って色々気を張ってるのかもです」
「まあ最初はそんなもんだよな」
「三戸先生はもう慣れたんですか?」
「いや毎回死ぬほど胃が痛い」
「ぶっ……っはははは!全然駄目じゃないですか」
「そりゃそうだろ。大事なお子さん預かる身なんだから気も張るさ」
先生の冗談に小さく肩と震わせていたが、続いて告げられた内容にその笑いもピタ、と止まった。
……そうか。確かにそうだ。
根本的な所を忘れてた。「滞りなくやれてるか」とか「何かミスは無いか」とか「問題は起きないか」とかそんな事ばっかり考えていた、俺。そうだよな高校生と言えど未成年のお子さんを数日も預けるんだ。親にとって先生が新任なのかベテランなのかなんて関係ない。信頼して預けてるんだ。
(……また三戸先生に大事な事教わったな)
この旅行はまだ始まったばかり。残りの数日間もこの気持ちを胸に刻んで頑張ろう。
ぐっと気合を入れ直しているとちらりと俺に視線を向けた先生が「まぁた変に気を張ってるだろ」と呆れたように呟く。
「そんなんじゃ持たないぞ、バスの中位寝とけ」
「え、いやいや寝ちゃまずくないですか?」
「道中唯一ゆっくり出来る時間だぞ。微睡む位いいだろ。ていうか俺が限界」
「っふふふ。ちなみに三戸先生昨日何時寝ました?」
「1時」
「勝った。俺1時30分です」
「いや誤差だろ!てか寝ろよ!」
「三戸先生こそなに夜更かししてんですか」
「荷造り終わんなかったんだよ」
「無計画すぎませんか!?」
あれだけ生徒に余裕持って準備しろと言ってた先生が前日……いやもう当日に準備してるのか。思わずツッコミ2人で笑い合っていると後方の生徒がひょこりと頭を出す。
「もー先生達煩いんだけど。生徒よりはしゃいでんじゃん」
「あ……悪い」
「てか先生達が寝てない自慢とウケんだけど」
そのツッコミにバスの中がドッと湧く。しまった生徒の前だったのにはしゃぎすぎた。教員としての威厳の為少しは落ち着いた行動をしようと思ってたのに。そんな俺とは逆に楽しそうに笑みを浮かべた先生は「仕方ないだろーお前らの為に先生寝る間も惜しんで頑張ったんだから」と反論している。
(それ言っちゃうんだ)
すると、何かきょろ、と周囲に視線を這わせはじめた先生。
助手席に座っている添乗員さんに断ると備え付けのマイクを手に取る。何をする気なんだ……?
「この際だしアンケートでも取るか」
「は?アンケート?」
「そう。お前ら昨日何時寝たのか、時間言っていくから当てはまるもの手上げろー。嘘は言うなよ」
いや本当になんのアンケートだよ。
突然始まった余興に旅行で浮足立った生徒達は楽しそうに前に注目する。……なるほど余興のつもりだったのか。確かに移動は長いしそういった配慮をするといいとは聞いてたけど、さっきの会話からこれに繋げられるのは流石としか言いようがない。やっぱり三戸先生には敵わないな。
尊敬の目で隣の先生を見上げる。
生徒の視線を浴びながら「それじゃ早い時間から順に行くぞ……」と前置きした先生は至極真面目な顔でこう言い放った。
「なら最初は……7時!」
「いや早すぎるでしょ!!!!」
俺迫真のツッコミは大爆笑をかっさらい、しばらく笑いが止まなかった。
◇
「……や、やっと着いた」
「本当にな。何回やっても慣れねぇわ」
ホテルのロビーで絞り出すような声を出すと速攻で同意の声がする。隣ではキャリーバッグを手に死んだような目をした三戸先生が「なんで学生ってあんなに元気なんだ?」と呟いていた。
(1日目から怒涛だったな……)
「ここだけの話、俺途中でピクミンやってる気分になりました」
「やめろ。これから笛吹きにくくなるだろ」
飛行機に乗る時、降りる時、空港を出てバスに乗る時、目的地に着いた時……一体何回点呼すればいいのかと思う位、旅行中は生徒の動向に注意しなければならない。万が一にでも点呼にミスがあったらまずいし、その後の予定にも支障が出てしまうからだ。それはもう滅茶苦茶気を張って点呼してトラブル発生してないか確認をして移動して……。
きっと生徒が静かだったのは午前中の平和学習の間位だっただろう。
誰一人欠ける事なくようやくホテルまでやってきた俺達は、生徒が無事部屋に入ったのを確認して一度ロビーへと戻る。自分達の部屋を確認し鍵を受け取ると、疲れた身体を引きずるようにしてエレベーターへと向かった。
教職員の部屋というのは基本的に生徒と同じ階だ。
俺達男の教員は男子部屋のある階に分けて配置される。1人部屋の所もあるらしいけどうちの高校は同じクラスの先生と相部屋スタイルらしく、自動的に俺は部屋割りでも三戸先生と一緒になる事になった。
「あ、ここですね俺らの部屋」
男子階の一番奥の一室。鍵を開け扉を開けると途端にい草と旅館特有の香のような匂いが鼻をくすぐった。俺達の部屋はよくある8畳ほどの和室は学生時代修学旅行で泊まった部屋と似たような雰囲気がある。なんとなく懐かしい気分になりながら部屋を見渡した。
「なんか懐かしいですねこういう感じ」
「落ち着くよなぁ」
「はい。わぁ……窓の下庭園みたいですよ。あそこに見えるのって池ですかね?」
部屋の奥にある大きな窓の外には清々しい程の晴天と自然豊かな風景が広がっている。ホテルの下には中庭らしきものが見えて、宿泊客らしき数人がうろうろしているのが見えた。
後で見に行ってみようと窓の外を眺めてると、不意にすぐ後ろで俺の名前を呼ぶ声がする。咄嗟に振りかえるとニヤニヤ笑いを隠しもしない先生が上着を脱いだラフな格好で立っていた。
「はしゃいでるとこ悪いけど準備しないと遅れるぞ」
「え、すっ……すみません!」
(まずい完全にはしゃいでた!)
いい歳してホテルの部屋にはしゃぐなんて……顔が熱い。
慌てて部屋の隅に置いた荷物へ駆け寄りしおりを確認する。たしかこの後は大広間に集まって夕飯だったはず。
「……」
慌てて準備しに行く津木の背中をぼんやりと眺めながら窓辺に寄りかかる。あーあ、鞄をごちゃごちゃと漁って……あれは後で後悔するだろうに。
それにしても……はしゃいでいた津木は可愛かった。思わず声かけるのを迷ってちょっと見てしまうくらいには。物珍しそうに辺りを見渡したり窓の外を眺めたり……言っちゃ悪いがやってる事が生徒達と変わらない。
自分のようにもう何度も引率なんてしているとそんな新鮮さもいつの間にか失ってしまう。観光時間とか多少ワクワクする事もあるけど、部屋1つでこうも楽しそうに思えるような感覚はとうに失ってしまった。だからこうして1つ1つに新鮮な反応をする津木が眩しくて可愛くて。
(今年は、俺も楽しめそうかな)
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