先生、至急職員室まで。~教育担当になったのは、あこがれ続けた先生でした~

綴乃ゆう

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文化祭当日

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「それじゃあ2年2組、一位目指して頑張るぞ――――!」

一斉に上がった掛け声が教室の中に響き渡る。その声量に思わず耳を抑えて顔を顰めていると、同じように耳を抑えた三戸先生と目が合って思わず苦笑した。

「すごい熱気ですね」
「まあ盛り上がるのはいい事だろ」
「あーー先生達もほら円陣入ってよ!」
「っちょお、俺らはいいって……!」
「駄目ー!もう1回行くよ!」

あれよあれよと円陣に加えられ、問答無用で隣の生徒ががっしりと肩を組む。反対側からするりと伸びた腕が三戸先生の手だと気づいて一瞬肩が跳ねそうになる。意地で押さえつけたけど。

「よし、それじゃあもう1回行くぞ~」

文化祭当日の朝、こうして円陣を組むのなんて何年振りか。
非日常にそわそわしていた胸が高まってくるのを感じ、俺も他の生徒に負けないよう大きな声を上げた。



「2年2組、猫カフェやってまーす!」
「身長150cmのSサイズ猫ちゃんから、180超えの大型猫ちゃんまで揃ってまーす。よろしくお願いしまーす」


廊下の方から聞こえる呼び込みが何度聞いてもおかしくて裏方で思わず肩を震わせる。
新規客が来たのか、ガラリという扉の音と同時に「いやそういう猫カフェかよ!」という迫真のツッコミが聞こえてきて、俺は思わず持っていたジュースを零しかけた。

「ちょっと三戸先生!気を付けてくださいよ!」
「ははは、わり……いやぁ、何度聞いても面白いよな」
「確かに。でもいいアイディアだと思いました。インパクトあるし面白いし」

2年2組が模擬店のテーマにしたのは『猫カフェ』だった。
もちろん本当の猫カフェは無理だ、どうするのかと聞いていたら生徒自身が猫になって給仕をするという。

猫耳のカチューシャにクリップでつけるタイプの尻尾。衣装はクラスTシャツで、その背面に自分の猫としての特徴や一言紹介を簡単に書いておくという。最初案を聞いた時、職員室で俺と津木先生は思わず手を叩いて笑ってしまったが、よくよく考えたらかなりいいアイディアだ。
メイドとか男装女装みないなものだと被るけどそれはない、衣装代もそれほどかからない。なによりクラスTシャツがいい思い出になる。
笑いを抑えながら許可の印を押した所で、うちのクラスの今年のテーマはこれに決まったのだった。


「ドーナツ4つお願いしまーす」
「オレンジ2つと、コーヒー1つお願いします!」

(……賑やかだなぁ)

毎年の事ながら文化祭中の校内はいつもと比べ物にならない位賑やかだ。
模擬店をしてる教室が忙しいと思いがちだが、意外や意外一番忙しいのはこの裏方と言っても過言ではない。次々にやってくる注文をこの狭いスペースで準備しなければいけないからだ。それに加えて在庫確認とか不足しそうなものがないかとか、金銭授受に問題はなかったかとか確認する事が山の様にある。

文化祭は今日と明日の二日間。
初日の午前中はまだどれ程混むかとか、トラブルについても未知数の為、基本的にどのクラスも担任が常時様子見する事になっている。俺と津木もオープン直後からバックヤードに籠っては在庫の確認やらお金のカウントやらバタバタ動き回っていた。

「……なんか、俺文化祭でこんながっつり仕事すると思ってなかったです」

背後でぽつりと漏らされる声に振り向くと、金庫のお金を必死に計算しながら津木先生が苦笑いを零す。確かに生徒の文化祭だし監督業務くらいしかしないと思うよな。

「金額合ってるか?」
「あ、はい今の所は大丈夫です」
「確かに文化祭なのに教員がこんな働くのと思わんでもないが、何かトラブル起きないように補助するのは必要だしな」
「あっ、すみません別に愚痴のつもりじゃなくて!」
「分かってるって。意外だったんだろ」
「そうですね、でも楽しいですよ」

なんかこの年で文化祭の忙しさ体験できるとは思わなかったんで、と口元を綻ばせる津木は確かに楽しんでる感じだ。そう言われると確かに30歳過ぎてもこうして学生に混じって文化祭を体験できるのってかなり貴重な時間なんじゃないだろうか。毎年の事で当たり前になっていたけど。

(こいつといると忘れてた感覚思い出すな)

特に今年なんて、好きな奴と一緒の文化祭。
まさかこの年で一緒に準備したり裏方をしながら喋ったりする日がくるなんて。自覚した瞬間ゆるゆると緩む口元がバレないように俯きながら作業に集中する。暗いバックヤード、肩が触れそうなほど寄り添って作業する時間がこんなに終わらなければ……と思ったのは初めてだった。


それからバタバタと動き回り、午前中はなんとか問題もなく終了する事が出来た。
午後担当の生徒と入れ替わった所で、午前中の営業を乗り切った生徒達は思い思いに文化祭を楽しもうと散っていく。このタイミングで先生達も昼休憩だ。

売り上げは一旦職員室に引いて保管する決まりになってる。金庫から専用バックに移し替えてる津木の横で、俺は午前中の売り上げ数と、在庫量を記載したリストを見ながら「んー……」と眉をひそめた。

「このままだと思ったより早く在庫切れるかもしれないな」

もったとしてもギリギリだろう。
明日の分は確実に足りないだろうし、これは追加で買い出しをしなければならないかもしれない。文化祭当日に生徒を校外に出す事は禁止だから放課後教師が行く事になるが、まあそれくらいいいか。業務スーパーがちょっと遠いから大変だけど在庫を切らすわけにはいかない。

「三戸先生どうしました?」

ひょこ、と顔を覗かせた津木。簡単に状況を説明すると「自分が帰りに行ってきますよ」と何でもないように返してきた。

「この間と同じ店なんですよね?それなら俺の方が近いし」
「は?いやけど家通り過ぎるだろ」
「それ言いだしたら三戸先生なんて真逆じゃないですか」
「俺が行くからいいって」
「いやいや新入りの俺がさっさと帰るのは流石に……」

両者一歩も引かない言い合い。
津木は真面目だし仕事にも真摯に取り組むし良い奴なんだけど頑固なんだよな……。
俺がいいって言ってるんだから任せればいいのに。初めての文化祭で疲れてるだろうに。確かに新入りが……という感情も分からくもないが、俺としては好きな奴には雑務するより休んでほしいのだけど。

「……わかりました」

不意にぽつりと津木が呟く。
珍しい、折れたのかと視線を向けるとじっとこちらを見つめる津木と目が合う。

「じゃあ2人で行きましょう!」
「は……?」
「よく考えたら買い物量多いし2人で言った方が効率的です。荷物は俺が預かれば学校へ置きに戻る必要もないし早く終わると思います」
「あ、いや確かにそうだけどわざわざお前まで来る必要ないんだぞ?」
「俺が行きたいんで。気にしないでください」
「おぉ……そうか」

薄い唇をグッと結び瞳を揺らしている姿がどこか緊張してるように見えたのは俺の気のせいだろうか。
まあ津木がいいというのなら別に構わない。むしろ一緒にいる口実ができたと内心ガッツポーズしたいくらいだ。流石にしないけど。

はやる気持ちを抑えようと大きく息をつく。
何も気にしていない、大人でただの上司の三戸の顔を作ると「ならお言葉に甘えて一緒にお願いするか」と軽く肩を叩いた。
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