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相談とアドバイス
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終業を知らせるチャイムが聞こえ、俺は黒板に字を書く手を止める。生徒に背を向けたままほんのちょっとだけ顔を顰めた後、何事も無かったかのように振り返った。
「……はい。では今日はここまで。残りの解説はまた次の時間にするのでプリントは捨てないように」
締めの挨拶をすると生徒は一斉に片付けを始めたり、友人と喋ったりでもう俺の事なんて気にもしていない。
手元に広がった自分の教材をまとめながら、俺は授業後お決まりになりつつあるため息をついた。
新任教師として赴任し早3か月。
最初こそホームルーム1つで緊張してたり、生徒とも距離感をつかめなくて四苦八苦したけどそれも随分慣れた。他の先生方は皆いい人だし、ネットや先輩から聞いていた嫌な先生というのもほとんどいない。きっと人生初の赴任校としては最適ともいえる環境なんだろう。
そう思えるようになったのも、全て同じクラスの担任である三戸先生のおかげだ。
面倒見も良くてとにかく優しいあの人は俺が困っていると気がつくと、常にさり気なく手を貸してくれた。
ホームルームの進行で四苦八苦する俺に、自身の体験や見ていて気がついた事を1つ1つ説明してくれた。そのおかげで最近は生徒の前に立って進行する事にだいぶ慣れてきたと思う。
生徒との距離感だってそうだ。最初の俺はいろんな事に不慣れで簡単に言うとガチガチだった。若い子のテンションについていけないのと、足早にかけられる声にどう答えていいのか分からないのでうまくコミュニケーションが取れず、一時期生徒には『そういう堅物キャラ』なのかと思われていたらしい。
それが解決したのも三戸先生のおかげだ。
三戸先生とのやりとりを何度か見た生徒から「先生って面白いね」と弄ってくるようになったのだ。
少しずつ、少しずつそうして絡んで来る子が増えていき、今では他の先生と大差ないくらいには生徒に話しかけてもらえるようになったと思う。
しかも生徒から聞いた話だと、俺のいない所で三戸先生が「津木先生は案外気さくで面白いぞ」と広めてくれていたそうだ。初めてその話を聞いた時、感謝のあまり廊下で先生を見かけた時に思わずタックルで抱き着いてしまった。
そうして少しずつ悩み事が改善してきた所で、俺は新たな悩みに直面している。
◇
「おー、津木先生お疲れ」
「……あ、お疲れ様です」
「……」
4時限目の授業を終え職員室に戻ると、プリントの印刷をしていた三戸先生がひょい、と手を掲げた。さっきの時間は授業がないコマだったのか。
挨拶をしてそのまま机へと戻ると、その後ろを大量のプリントを持った先生がついてくる。
教材を仕舞って椅子に腰かけると、同じように自分の席に座った三戸先生が「なあ」と声をかけてきた。
「津木先生昼飯どうする?」
「え。食べますが……」
「誰が食べるか食べないか聞いたよ。どこで食うかって話」
「……ああ」
昼休みは基本的に職員室の自分の机で昼食を取る先生が多い。
けど稀に外のベンチで食べたり、準備室で仕事しながらたべたりする事もある。
考えてなかったけど、俺はいつもの様に職員室で食べようかな、と思っていると答えるより先に三戸先生が口を開いた。
「俺外で食うけどいっしょにどう?」
「外ですか?」
「そう。天気いいし気持ちいいぞ~」
たしかに今日はここ最近雨続きの天気の中では珍しいほどの青空だ。
外で食べるのも気持ちがいいかもしれない。それになによりせっかく三戸先生が誘ってくれたのだし。
了承するとよし、と笑みを浮かべた先生が弁当片手に立ち上がる。
俺も……と鞄の中から弁当を取り出している間、何か言いたげな顔をしている三戸先生に気がつかなかった。
どこへ行くのかとついて行けば、向かった先は体育館の入り口にある小さな階段スペースだった。
三段程の階段に腰掛ける三戸先生を見て思わず苦笑してしまう。
「なに笑ってんだよ」
「いやぁ、なっつかしいなと思って。学生の時よくここで食べてました」
「俺も。ここ案外穴場なんだよな」
先生の隣に腰掛けると、スラックス越しにコンクリートの熱が伝わってくる。
まだまだ梅雨は続くのかと思ってたけど、この暑さだと梅雨明けも近いのかもしれない。
そうしてしばらく無言で飯を食っていると、三戸先生は徐に口を開いた。
「津木先生なんか悩んでいるだろ」
「っ!……っごほ……え、え??」
「わっかりやすいなぁ」
「え……なんで……」
「なんで分かったのか?そうだな、さっき挨拶した時表情が暗かったのと、最近授業に行く前ちょっと顔が強張るようになったな、と思って。緊張かと思ったけどなんっか様子が変だな~と思ってさ」
「……そんなわかりやすかったですか?」
「俺にはな」
(……不覚だ。そんな分かりやすく態度に出してたなんて)
「授業の事か?なんか失敗でもしたか?」
「いや……その」
「別に無理に聞き出すつもりはないけど相談位ならのってやれるぞ」
……どうしよう。
三戸先生に相談した方がいい結果になるだろう事はもうよーくわかっている。
ただこれ以上迷惑かけていいのかとか、呆れられないかとかいろんな感情が湧いてきてなかなか口が開かない。
もごもごと言い淀んでいると何を勘違いしたのか、「もしかして」と目を細める。
「悩みって色恋関係とかか?」
「えっ!?あ、いや違います!」
「ほんとかぁ~?いいぞ別に色恋関係の相談でも。優しい三戸先生が聞いてやるよ」
「だから違いますって!俺が悩んでるのは……」
……ええい、もうどうにでもなれ。
色恋でしょげてると勘違いされるよりましだ。
お茶を煽り口を湿らせると、ここ最近悩んでいる内容についてゆっくり話し始めた。
「……はい。では今日はここまで。残りの解説はまた次の時間にするのでプリントは捨てないように」
締めの挨拶をすると生徒は一斉に片付けを始めたり、友人と喋ったりでもう俺の事なんて気にもしていない。
手元に広がった自分の教材をまとめながら、俺は授業後お決まりになりつつあるため息をついた。
新任教師として赴任し早3か月。
最初こそホームルーム1つで緊張してたり、生徒とも距離感をつかめなくて四苦八苦したけどそれも随分慣れた。他の先生方は皆いい人だし、ネットや先輩から聞いていた嫌な先生というのもほとんどいない。きっと人生初の赴任校としては最適ともいえる環境なんだろう。
そう思えるようになったのも、全て同じクラスの担任である三戸先生のおかげだ。
面倒見も良くてとにかく優しいあの人は俺が困っていると気がつくと、常にさり気なく手を貸してくれた。
ホームルームの進行で四苦八苦する俺に、自身の体験や見ていて気がついた事を1つ1つ説明してくれた。そのおかげで最近は生徒の前に立って進行する事にだいぶ慣れてきたと思う。
生徒との距離感だってそうだ。最初の俺はいろんな事に不慣れで簡単に言うとガチガチだった。若い子のテンションについていけないのと、足早にかけられる声にどう答えていいのか分からないのでうまくコミュニケーションが取れず、一時期生徒には『そういう堅物キャラ』なのかと思われていたらしい。
それが解決したのも三戸先生のおかげだ。
三戸先生とのやりとりを何度か見た生徒から「先生って面白いね」と弄ってくるようになったのだ。
少しずつ、少しずつそうして絡んで来る子が増えていき、今では他の先生と大差ないくらいには生徒に話しかけてもらえるようになったと思う。
しかも生徒から聞いた話だと、俺のいない所で三戸先生が「津木先生は案外気さくで面白いぞ」と広めてくれていたそうだ。初めてその話を聞いた時、感謝のあまり廊下で先生を見かけた時に思わずタックルで抱き着いてしまった。
そうして少しずつ悩み事が改善してきた所で、俺は新たな悩みに直面している。
◇
「おー、津木先生お疲れ」
「……あ、お疲れ様です」
「……」
4時限目の授業を終え職員室に戻ると、プリントの印刷をしていた三戸先生がひょい、と手を掲げた。さっきの時間は授業がないコマだったのか。
挨拶をしてそのまま机へと戻ると、その後ろを大量のプリントを持った先生がついてくる。
教材を仕舞って椅子に腰かけると、同じように自分の席に座った三戸先生が「なあ」と声をかけてきた。
「津木先生昼飯どうする?」
「え。食べますが……」
「誰が食べるか食べないか聞いたよ。どこで食うかって話」
「……ああ」
昼休みは基本的に職員室の自分の机で昼食を取る先生が多い。
けど稀に外のベンチで食べたり、準備室で仕事しながらたべたりする事もある。
考えてなかったけど、俺はいつもの様に職員室で食べようかな、と思っていると答えるより先に三戸先生が口を開いた。
「俺外で食うけどいっしょにどう?」
「外ですか?」
「そう。天気いいし気持ちいいぞ~」
たしかに今日はここ最近雨続きの天気の中では珍しいほどの青空だ。
外で食べるのも気持ちがいいかもしれない。それになによりせっかく三戸先生が誘ってくれたのだし。
了承するとよし、と笑みを浮かべた先生が弁当片手に立ち上がる。
俺も……と鞄の中から弁当を取り出している間、何か言いたげな顔をしている三戸先生に気がつかなかった。
どこへ行くのかとついて行けば、向かった先は体育館の入り口にある小さな階段スペースだった。
三段程の階段に腰掛ける三戸先生を見て思わず苦笑してしまう。
「なに笑ってんだよ」
「いやぁ、なっつかしいなと思って。学生の時よくここで食べてました」
「俺も。ここ案外穴場なんだよな」
先生の隣に腰掛けると、スラックス越しにコンクリートの熱が伝わってくる。
まだまだ梅雨は続くのかと思ってたけど、この暑さだと梅雨明けも近いのかもしれない。
そうしてしばらく無言で飯を食っていると、三戸先生は徐に口を開いた。
「津木先生なんか悩んでいるだろ」
「っ!……っごほ……え、え??」
「わっかりやすいなぁ」
「え……なんで……」
「なんで分かったのか?そうだな、さっき挨拶した時表情が暗かったのと、最近授業に行く前ちょっと顔が強張るようになったな、と思って。緊張かと思ったけどなんっか様子が変だな~と思ってさ」
「……そんなわかりやすかったですか?」
「俺にはな」
(……不覚だ。そんな分かりやすく態度に出してたなんて)
「授業の事か?なんか失敗でもしたか?」
「いや……その」
「別に無理に聞き出すつもりはないけど相談位ならのってやれるぞ」
……どうしよう。
三戸先生に相談した方がいい結果になるだろう事はもうよーくわかっている。
ただこれ以上迷惑かけていいのかとか、呆れられないかとかいろんな感情が湧いてきてなかなか口が開かない。
もごもごと言い淀んでいると何を勘違いしたのか、「もしかして」と目を細める。
「悩みって色恋関係とかか?」
「えっ!?あ、いや違います!」
「ほんとかぁ~?いいぞ別に色恋関係の相談でも。優しい三戸先生が聞いてやるよ」
「だから違いますって!俺が悩んでるのは……」
……ええい、もうどうにでもなれ。
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